いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼SASPLデモのためのリズム講座

[コール] てるみぃわっと(で)えもくらすぃるっくすらいく
[レスポンス] でぃすいずわっと(で)えもくらすぃるっくすらいく


いつもここころにモータウンを。


で、スネアとタムとバスドラは、こう叩いてて、ホーンは、こう吹く。

[関連]
▼おじさんのための裏拍練習曲
http://illcomm.exblog.jp/21221211/


▼議事堂のうるさい家主たち、あるいは、民主主義のポルターガイスト
http://illcomm.exblog.jp/13027714/
--------------------------------------
(おまけ)

げらすてだっ すてだっふぉよらい
げらすてだっ どんぎばっざふぁい


いうこときくよなやつらじゃないぞ


いうこときかせるばんだ おれたちが
いくこときかせるばんだ きみたちが

# by illcommonz | 2014-10-29 02:55
▼家のならずもの

 冬眠の時期がちかづいたせいか、ねずみたちの動きが活発で、台所のものをかたっぱしから食い荒らして、こまる。これまでだいぶ大目にみてきたが、昨日は、パック入りのスープを3袋食い破って、流し台のなかを水びたしにした。しかも、お客さん用にとってあるインド米のはいったプラスチック・ケースにまで手をだし、ケースのふたに穴をあけてしまった。ここまでくると、さすがに勘弁ならんので、このならずものどもを、退治することにした。
# by illcommonz | 2014-10-27 21:09
▼「ドゥドゥドゥドゥ、イッツ・オール・ライト」


 失業者をはげますために、マドリッド市内の職業安定所でおこなわれたフラッシュモブ。演奏されたのはビートルズの「ヒア・カム・ザ・サン」。そして今日は、月に一度の「失業手当て」の認定日。ハローワークに行くと、いつもこの動画のことを思い出し、自分もこんな目にあってみたいし、こんなふうに演奏してみたいと思いながら、「ドゥドゥドゥドゥ、イッツ・オール・ライト」と鼻歌をうたいながら、順番を待っている。

 Here comes the sun (doo doo doo doo)
 Here comes the sun, and I say
 It's all right

 Little darling, it's been a long cold lonely winter
 Little darling, it feels like years since it's been here
 Here comes the sun
 Here comes the sun, and I say
 It's all right

 Little darling, the smiles returning to the faces
 Little darling, it seems like years since it's been here
 Here comes the sun
 Here comes the sun, and I say
 It's all right
# by illcommonz | 2014-10-27 20:41
▼「思想的変質者」の父が消えた

「赤瀬川原平さん死去=前衛芸術の旗手・芥川賞作家―77歳」
 「前衛的な芸術活動で知られ、作家としても芥川賞を受賞、「老人力」などの著作がある美術家の赤瀬川原平(あかせがわ・げんぺい、本名克彦=かつひこ)さんが26日午前6時33分、敗血症のため東京都町田市の病院で死去した。77歳だった。葬儀は近親者で営み、後日お別れの会を開く。喪主は妻尚子(なおこ)さん。横浜市に生まれ、大分市などで育った。武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大)中退。1950年代末から無審査の美術展に絵画などを出品し始め、60年に芸術家集団「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」、63年には「ハイレッド・センター」の結成に参加。素材にゴムチューブを使ったり、さまざまなものを梱包(こんぽう)したりする実験的作品で注目された。65年には千円札を原寸大に印刷した作品が通貨模造罪に当たるとして起訴され、「千円札裁判」と呼ばれ話題に。「芸術か犯罪か」で議論を呼び、後に有罪が確定した。一方で「尾辻克彦」の筆名で小説も発表し、81年に「父が消えた」で芥川賞を受賞。物忘れなどの老化現象を肯定的に捉えた98年のエッセー「老人力」はベストセラーになった。直木賞作家の赤瀬川隼さんは実兄。並行して、建築家の藤森照信さんらと街中で発見した不思議な事物を写真に収める「路上観察学会」などの活動も行った。最近は体調を崩し療養していたが、容体が急変したという。全国を巡回する回顧展が予定され、千葉市美術館での開幕を28日に控えていた。」 (時事通信 2014年10月27日)


 「思想的変質者」の父が消えた、そんな感じがした。赤瀬川さんが書いた本のなかでは、「オブジェをもった無産者」と「虚構の神々」がすきだった。「略称・去年トリエンナーレでポスターを持った無産者」展(2002年)と「イルコモンズ現代呪術展/悪魔の角笛と呪いの太鼓をもった不能犯」展(2014年)というタイトルは、「オブジェをもった無産者」をもじったもの。いまから10年くらい前、故・岡本敏子、椹木野衣といっしょに、青山のバーでお酒をのんだことがあった。ネオダダ時代のこと、読売アンパンのこと、美学校講師時代のこと、ずっと聞きたかったことは、ぜんぶそのときにきいた。それからしばらくして、「美術手帖」の赤瀬川原平特集号に、「地球をとめてくれ、僕らはもうおりたいんだ」という文章とグラビアを寄稿したのだが、あれは読んでくれただろうか。もういちど会って、それをききたかった。

--------------------------
[追記]
 赤瀬川さん、今年亡くなった父と同じ年だったのか。あらためて、ふりかえってみると、自分にとって赤瀬川さんは、バンクシーみたいな存在だった。現代美術家であると同時に、オブジェを持ったプランクスターだった。だからこそ、当局から「思想的変質者」と呼ばれたのだろう。そして本人もその呼び方が気に入っていたので、こんな本まで書いたのだろう。


▼赤瀬川原平 「追放された野次馬―思想的変質者の十字路」 (1972年)
# by illcommonz | 2014-10-27 20:20
▼「テイ、タイって切って強く言う」


「ヒミツホゴホウ、ハンタイ」参加を 学生ら最後のデモ
 「強行採決された特定秘密保護法に、意思表示をしよう。僕たちの言葉で、私たちのやり方で――。首都圏の学生らによる「特定秘密保護法に反対する学生有志の会(SASPL)」が25日、東京・渋谷で最後のデモをする。12月10日の施行日に合わせて官邸前で抗議活動をした後、解散する。今後は秘密法にとどまらず、メンバーそれぞれが社会で起きている問題に声を上げていくという。「四角い画面を眺めてるだけじゃ何も変わらない。他人事でなく、考え語りあう場になれば」。会の中心メンバー、奥田愛基(あき)さん(22)らが22日に記者会見をし、デモへの参加を呼びかけた。「トクテイ、ヒミツホゴホウ、ハンタイ! テイ、タイって切って強く言うとラップっぽくなるから。マイクの持ち方はこう」。今月中旬、都内の私立大学の空き教室で、ヒップホップスタイルのメンバーが音楽に合わせて説明していた。集まったのは10代、20代の学生たち。「道行く人に向けて話そう」「参加者全員で渋谷の街に問いかけるイメージで」(2014年10月23日 朝日新聞)

 「トクテイ、ヒミツホゴホウ、ハンタイ! テイ、タイって切って強く言うとラップっぽくなるから。」←これすごく大事。あと「ホウ」ではなく「ホォ」と短く強く言うのもいい。この「ファイナル」の後からはじまるはずの、セカンド・シーズンもたのしみである。



「特定秘密保護法に反対する学生デモFINAL@SHIBUYA」
[日時] 2014年10月25日(土)15:30-
[場所] 東京・代々木公園ケヤキ並木集合


【メッセージ】
 「昨年2013年の12月6日に成立した特定秘密保護法。SASPLは、この特定秘密保護法に反対し、抗議する個人の集まりとして出発しました。2月1日のデモに始まり、シンポジウムや勉強会など様々な活動をしてきました。特定秘密保護法は12月12日までに施行される事が決まっており、今回の10月25日のデモはSASPLとしての最後のデモです。この法律が可決される前、国会前には5万人近い人が集まり、抗議の声をあげました。私たちは最後までこの法律に対して声をあげていきます。」

 「作られた言葉ではなく、刷り込まれた意味でもなく、他人の声ではない私の意思を、私の言葉で、私の声で主張することにこそ、意味があると思っています。私は私の自由と権利を守るために、意思表示することを恥じません。そして、そのことこそが私の〈不断の努力〉であることを信じます」(第2回学生デモのスピーチから)




# by illcommonz | 2014-10-23 20:50
▼おじさんのための裏拍練習曲






(おまけ) リフ研究





# by illcommonz | 2014-10-18 23:36
▼いいぞ、もっとやれ


 この10年ずっと待ちつづけていたのは、このシンコペーションだ。もし、一言だけ口をはさませてもらえるなら、「いいぞ、もっとやれ」といいたい。



# by illcommonz | 2014-10-18 22:38
▼「殺すなCOBRA 東谷隆司追悼版」


▼「殺すなCOBRA 東谷隆司追悼版」(2004年/2012年) 11分52秒 ※未公開
[撮影] シャロン・ハヤシ [編集] イルコモンズ [再編集] イルコモンズ

※2012年10月16日に他界した東谷隆司を偲ぶ会(「東谷隆司ナイト」2012年11月29日)の席で、故人を追悼するために、故人が参加した通称「殺すなCOBRA」(正式名称 John Zorn's Cobra 東京作戦 椹木野衣「殺す・な」部隊)(2004年11月15日)の記録映像を11分間に短縮したもの。当日は時間の都合などで上映されなかったため、故人の二周忌を前に初公開。

[関連]
▼イルコモンズのふた「【東谷隆司ナイト】」(2012年11月28日)
http://illcomm.exblog.jp/17265448/
▼「John Zorn`s Cobra 東京作戦 椹木野衣「殺す・な」部隊」
http://home.catv.ne.jp/dd/fuyuki/krsn/

------------------------------------
▼椹木野衣「東谷隆司-その「存在と体温」」
 「インディペンデント・キュレーターの東谷隆司が亡くなった。44歳、あまりにも早すぎる死だった。(中略) 「時代の体温」展は、「ダブ平&ニューシャネル」という大竹伸朗の最高傑作を生み出したこともあるが、ひとりの画家としての田中敦子に真正面から光を当てた点で、とりわけ評価されるべきだろう。(中略) 現在、世界の美術界で高い関心を集める田中敦子を、「具体の」という当時まだお決まりだった形容から切り離し、公の場で最初に評価したのは、まぎれもなく東谷隆司の画期的な仕事だったからだ。
 が、東谷は「時代の体温」展のあと、早々に世田谷美術館を去ることになる。詳しい理由は知らない。そのあとは横浜トリエンナーレの事務局、東京オペラシティアートギャラリー、森美術館と、いずれも首都圏の現代美術の中心となる施設に学芸員として関わり(よく、「オレほど日本の現代美術のエリートコースを歩んで来た学芸員はほかにいないですよ」と、なかば冗談混じりに話していたものだ)、やがて、みずから選び取った「インディペンデント・キュレーター」の道を歩むことになる。それは、一定の組織に従属することなく展覧会をキュレーションし続けることは可能かという、彼ならではの日本の環境への挑戦でもあったように思う。
 その間、東谷は「ガンダム 来たるべき未来のために」(サントリーミュージアム天保山ほか巡回、2005-2007年)を手がけ、「釜山ビエンナーレ2008」では日本担当となり、同ビエンナーレの2010年展では、彼にとって初となる国際展の総合コミッショナーをつとめた。ほかにも僕自身とのかかわりで言えば、東谷にキュレーションを依頼した大阪での大竹伸朗「ダブ景」展(KPOキリンプラザ大阪、2000年)や、オプアートへの関心から共同キュレーションした「オプ・トランス!」展(同、2001年)のことも忘れられない。また、2003年にイラク戦争への反戦デモ・ユニットとして、小田マサノリらと「殺す・な」を立ち上げたときには、宇治野宗輝や山川冬樹らとともに活動の主力となり、雨の日も晴れの日も路上でミニ・アンプをキャスターで引っぱりながら、黒い単弦のギターで参加してくれた。「殺す・な」の仲間とは他にも、戦争ゲームにヒントを得たジョン・ゾーン「コブラ」のライヴも行ったし(東京作戦「殺す・な」部隊、隊長=椹木野衣、2003年11月、現「山本現代」)、こうしたデモ活動の延長線上で、僕らは諏訪の奇祭「御柱」や下北半島の恐山まで遠征したが、東谷はそのすべてに同行してくれた。そして、深夜のカラオケ・ボックスで同室したとき、皆を最高に楽しませてくれたのも東谷だった。とにかく、大胆なコンセプトで時代の切っ先に打って出る反面、周囲への細やかな気配りに満ち、なにより、ひとりひとりの美術家への汲み尽くせぬ愛情に満ちていた。こんなキュレーターは、もうあらわれないだろう。そう思うと、どうしようもなく寂しい。
 けれども、冷静に振り返ってみたとき、キュレーターとしての東谷隆司の仕事で、最初に手掛けた展覧会「時代の体温」を超えるものは、ついになかったように思う。だからこそ、もし彼が生前に口にしていた「時代の体温2」を、より大きな機を得て実現していたら、と想わずにはいられない。が、それはついに実現しなかった。理由はなんだろう。ある時から目立つようになった彼自身の心身不調のせいだろうか。あるいは、ダイナミックに上昇し下降する生の「体温」をそなえた東谷のような存在に、それに釣り合う大舞台を任せることができなかった、日本の美術界の器の小ささだろうか。」
# by illcommonz | 2014-10-15 20:57
▼「いま官邸は本気で「呪詛の効く霊能者」について関係筋に問い合わせしていると思います」


[画像] 「呪いの日(々) ヴゥードゥー・アクティヴィズム」展(2014年)

 「ノーベル賞がもうすぐ発表になります。村上春樹が文学賞、憲法九条が平和賞というダブル受賞の可能性もあります。いずれも安倍政権にとっては大きなダメージになることでしょう。「ぜったい取りませんように」と官邸はたぶん霊能者を動員して呪詛をしているはずです。
 村上春樹の文学賞受賞はそのあとのスピーチが気になるからです。作家は必ず「民主主義と言論の自由が終わりつつある日本社会」に対してきびしいコメントをするはずだからです。政府はそんな話聞きたくない。それより問題はその後の国民栄誉賞問題です。
 きっぱりと現政権の政策を批判する作家に政府は国民栄誉賞なんか上げたくない。でも、与えないと「政府は現政権にいい顔をする人間だけにしか賞を出さないのか」という話になって、「じゃあ、前にもらったけど、返す」という人が出てくるかもしれない。
 とりあえず「ノーベル賞受賞者をこれから50年で30人出す」というような「売国」的目標はただちに撤回。かつてノーベル平和賞を受賞した日本人に対する栄誉も「あんなろくでもない選考委員会の決めたことは認めない」とすべて取り消す(首相の大叔父さんですけど)。
 そういうことが起きないためにも、いま官邸は本気で「呪詛の効く霊能者」について関係筋に問い合わせしていると思います。いや、本気で。」(内田樹 2014年11月5日)

 「そういうこと」が起きるために、安倍が探している「呪詛の効く霊能者」の呪詛を、はねかえす呪いをかけておいた。



 ほかにも、あちこちで呪われてるようなので、安倍にやとわれた霊能者もたいへんだろう。


[画像] 建築とかあれこれ 呪いもあれこれ「悪霊安倍 日本終了のお知らせ?」より
# by illcommonz | 2014-10-06 01:37
▼賞罰など

「ノーベル平和賞予測、「憲法9条保持する日本国民」浮上」
 「10日にノルウェー・オスロで発表される2014年のノーベル平和賞の受賞予測に、「憲法9条を保持する日本国民」が浮上した。受賞予測を毎年発表しているオスロ国際平和研究所(PRIO)が3日、ウェブサイト上の予測リストを更新し、それまで「欄外」だった「憲法9条」がトップに躍り出た。受賞への期待が高まりそうだ。受賞予測リストは、①フランシスコ・ローマ法王②エドワード・スノーデン氏③「ノーバヤ・ガゼータ」(ロシアの新聞)④ドニ・ムクウェゲ氏(コンゴ民主共和国の医師)⑤マララ・ユスフザイ氏(パキスタン出身の女性の教育の権利提唱者)が挙がっていたが、3日付でリストが更新され、フランシスコ法王が「憲法9条」に差し替わった。他の4候補は順位が入れ替わっただけだった。PRIOのハープウィケン所長(52)は3日、朝日新聞の取材に応じ、「中立や不可侵、平和主義につながる原則を掲げる憲法9条は、軍事的な紛争解決が多用される昨今において重要にもかかわらず、十分に光が当てられていない。領土問題などアジアがはらむ将来の紛争のおそれについても注目されるべきだ」と話した。」(朝日新聞 2014年10月4日)

 自分も、賞罰は、ない。もちろん、ちびこもんずも、ない。だから、もし来週、ノーベル賞の受賞が決まったら、さっそく履歴書に書くことにしよう。こんなふうに。


ちびこもんず: 「さっさと、よこせ。2年連続で、よこせ。」
# by illcommonz | 2014-10-04 01:32
▼「何ものにも冒されてはならない、こちら側があちらを変えるくらいの力を見せたい」(今日の反核反戦展)

▼「今日の反核反戦展2014」
[日時] 2014年11月22日~12月13日 9:00~17:00(月曜休館)
[会場] 原爆の図 丸木美術館 埼玉県東松山市大字下唐子1401

▼「冒されないアートを―すべての核・あらゆる戦争にノーを」
 「戦争は何故起きるのかという問いに、論理的には答えを出すことが可能だが、では、戦争が起きないようにすることは可能か、という問題に応えるのは極めて難しい。だが、その一つの答えと言えるかどうか、わが国はあの大戦争での無残な敗北の結果、その痛切な教訓として、武力を放棄し二度と戦争をしないことを誓い、理想的な平和憲法を創った。けれどもその後、戦争は世界のあちこちで殆ど絶え間なく起きている。テロとの区別もつかないような戦争が……。
 何故起きるのか、ここで強いて単純にその理由を考えてみると、先ず要因として、民族・宗教・制度・思想・信条・イデオロギーの相違、対立があり、その上に経済的利害損得のせめぎ合い、争いが憎しみを伴って加わる。それが個人の単位でなく集団や国家の間で起きるのがテロであり戦争なのだ。
 経済は、人間の度し難い欲望と感情によって動き、政治は、その経済と不可分の一体である。戦争は政治の最終的形態である、とクラウゼヴィツは言っている、だとすれば、戦争の究極の原因は、国の経済・産業を担い動かしている当事者たちの「欲望」という名の心的エネルギーの蠢く場の中にあると言わなければならない。一口に欲望と言っても、食欲・性欲という生存本能を根底として、それに付随する物欲・金銭欲・権力欲・支配欲・名誉欲・その他分類するのも困難な、多岐にわたるさまざまな種類がある。それが単に、当事者の個人的な欲望としてではなく、それらが集合し絡み合い、政・官・財の集団的欲望すなわち政治の欲望=国家の欲望となって膨れ上がり、それが他の国の利害と衝突して暴力沙汰となる、それが戦争だ。
 ところで「芸術」は本来そのような「政治」とは異なる位地にあるものだ。心と体、形而上と形而下の関係、というべきか。しかし、芸術家もまた「生活」という次元で政治と密接に関わらざるを得ない、だから芸術が政治と全く無縁であることは不可能なのだ。それかあらぬか陰に陽に、政治は作家の生活を通じて芸術に干渉する。芸術が政治に有害な作用を及ぼさないためでもあろう。もし、ひとたび非常事態(戦争)が発生すれば、表現の自由など容赦なく踏み躙られる。そのことは、かつての戦争が厭というほど証明してくれた。だからわたしたちは、そのような政治の身勝手を許してはならないのである。
 しかるに、この国の政治家たちは、あの敗戦による得難い教訓として立派な平和憲法を作り上げたにもかかわらず、自らが守るべきその憲法を忽ち邪魔者扱いにしはじめた。それは、アメリカの帝国主義的世界戦略に乗せられたせいでもあるのだが、とにもかくにもこの国を昔の姿に近付けたいとする保守的政治の力学は、戦後絶え間なく復古に向けて作用し続けたのである。特に先の衆院選で自民党の安倍政権が返り咲いて以来、大勝した勢いに乗り、ここぞとばかり「戦後レジームからの脱却」と称して戦前的旧体制への回帰を急ぎ始めた。目指すは、念願の憲法改正(改悪)そして戦争のできる「強く美しい」国造りである。それで、「アベノミクス」とかいうあやかしの景気回復術を弄しながら「特別秘密保護法」をはじめ、矢継ぎ早に幾つもの悪法を成立させてしまった。国益のため、そして同盟国アメリカのためには、戦争も辞さない、という構えである。そのためには原発もまた廃止するわけにはいかないという。
 このような危機的状況を前にして、わたしたち美術に携わる者は、政治と芸術の関係について深く思いを致さなければならない。その上で美術(芸術)の表現者は、おのれの仕事が、何者にも命じられたり指示されたりしたものではないこと、全く内発的欲求によるものであることを常に自覚していなければならないのである。
 さもなければ、生活という名の内的現実に深く入り込んでいる政治という外的現実が、いつしか芸術を冒していることに気が付かず無頓着になるかも知れない。もし、その内発する欲求以外の様々な欲望がそこに(作品に)混じれば、それはその分だけ芸術の純粋性を失うことになるだろう。作品は汚れてしまう。権力、なかんずく国家権力は、常に理不尽かつ巧妙な手段を弄して自らの保身とその拡大のために国民を利用するのだ。芸術もまた利用される。だが、芸術は断じて権力に利用されてはならない。権威になびいてはならない。何ものにも冒されてはならないのだ。むしろ、でき得ればこちら側があちらを変えるくらいの力を見せたいものである。」(2014年4月29日 今日の反核反戦展2014 呼びかけ人 池田龍雄)


 「でき得れば」、これでもって、「こちら側があちらを変えるくらいの力を見せたいもの」なのだが、どうしたらこれに参加できるのだろう。東京都美術館で展示することは480%無理だが、丸木美術館ならきっと展示してくれそうな気がするのだが。

# by illcommonz | 2014-10-03 22:15
▼「彼らに呼びかけ、大人のチェーンを構築しました」

【政總 0012】梁振英深夜見記者,表明拒?辭職,並稱短期?會委派政務司司長林鄭月娥見學聯,引起示威者不滿。有部分示威者打算衝?政總,?一批示威者築成人鏈,呼?他們切勿衝?。(破折號 Dash 2014年10月3日)

「【0012】短期の投与のための幹事長、夫人キャリーラム、デモ参加者の不満を引き起こし、連合会を見に任命されると言って、辞任を拒否したことを示す、記者を見てリョンチョン瑛の夜ランズ。インパクトランドを意図した一部のデモ隊が、デモ参加者の別のグループは、衝撃をしない彼らに呼びかけ、大人のチェーンを構築しました。」(Google による自動翻訳)

 Google の自動翻訳はこの程度のものだが、それでも「大人のチェーン」という言葉と、この写真でおおよそのことはわかる。もっとくわしいことは、下の英文のレポートと、Twitter にアップされた、その部分訳をよむとわかる。(やはり人の手による翻訳のほうがいい)。

▼dj sniff @dj_sniff
「↓ 行政長官の演説後、一部の怒ったデモ参加者が香港島と九龍を結ぶ龍和道を封鎖しようとしたが、多数の参加者が止めたとのこと。高校生の若きリーダーJoshua Wongは「これは大衆の支持を得るための戦いだ、我々は絶対にそれを勝ち取らなければならない。道路を封鎖すれば台無しになる」と」(dj_sniff 2014年10月3日)


 デヴィッド・グレーバーが、2011年のオキュパイウォールストリートのさなかに、書いたとおりのことを、いま、目にしている。

 「人というのは、子ども扱いされると、子供のように振る舞ってしまう傾向があるが、大人として接すれば、成熟した責任ある大人として振る舞うのだ。直接民主主義と自由、そして人間同士の連帯に基づく社会が可能だということを、私たちは理屈で証明したりしない。それは行動によってのみ示すことができるだけだ。」(デヴィッド・グレーバー「不可能なことを実現する」)


▼Sushobhan ‏@sushobhan
「#HKProtests An amazing shot from #HK930 via @stinson」(sushobhan 2014年9月30日)

▼リムカーワイ @cinemadrifter
 「こんな綺麗な香港を見たことがない。よく見ると政府官庁を囲んだ、デモを行う数えきれない群衆があたかも今回のデモの象徴、黄色リボンの形を作っているように見える。これは単なる偶然だと思わない。地形的にも風水的にもう今回の革命を予測したかも。 」(リムカーワイ 2014年10月2日)

 9月30日の香港の夜景。 コペルくんがこの光景をみたら、なにを考えただろう。

 「コペル君は、叔父さんと二人で、あるデパートメント・ストアの屋上に立っていました。コペル君は黙って、すぐ下の通りを見下ろしていました。降っているのか、いないのか見分けにくいほど細い霧雨が灰色の空から静かに絶え間なくおりてきて、コペル君の外套にも、ちいさな銀色の水玉がいっぱいつきました。7階建ての上からみおろす通りは、細い一本の溝でした。その底を、たくさんの自動車が、あとからあとから続いて流れてゆきます。玩具のように小さくみえる、その電車の屋根は濡れていました。いや、自動車も、アスファルトの路面も、立ち並ぶ街路樹も、何もかもみんなびっしょり濡れて、光っていました。すると、コペル君の心の中に、今までにはなかった一つの変化が起こってきました。最初にコペル君の眼に浮かんできたのは、雨に打たれている、暗い冬の海でした。眼の下が一面の海で、ところどころに立っているビルはが、その海面からつきでている岩のように見えてきたのでした。コペル君はその想像のなかで、ぼんやりと、この海の下には、人間が生きているんだと考えていました。ふと、その考えに自分で気づくと、コペル君はなんだか身震いがしました。びっしりと大地を埋め尽くしている小さな屋根、その数え切れない屋根の下に、みんな何人かの人間が生きている、それは当たり前のことでありながら、恐ろしいような気のすることでした。こうして見下ろしている今、その人たちは何をしているのでしょう。何を考えているのでしょう。それは、コペル君にとって、まるで見通しもつかない、混沌とした世界でした。」(吉野源三郎「君たちはどう生きるか 第一章「へんな経験」より抜粋)

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[参考]
「香港民主化デモ、知っておきたい5つのこと」
(ウォール・ストリート・ジャーナル 2014年9月30日)
# by illcommonz | 2014-10-03 04:15
▼「戦争ではなくファッションを」

「戦争ではなくファッションを創ろう!」モデルらがデモ行進、「シャネル」15年春夏 
 「フランス・パリで23日から10月1日まで15年春夏パリコレクションが開催されている。30日にはカール・ラガーフェルドが手がける「シャネル」が新作を発表した。」(2014年9月30日 AFP通信)


 AFPの日本語版ニュースでは、カリスマ・デザイナーのラガーフェルドが先頭に立って、デモの中心にいる上の写真が使われていたので、「それは、いまどきのデモらしくないな」と思ったので、YouTubeで動画を探してみたら、どうやらそれはわずかなあいだのことだったらしい。


 「HISTORY IS HER STORY」
 「BOYS SHOULD GET PREGMNANT TOO」
 「WOMEN'S RIGHTS ARE MORE THAN ALRIGHT」

 などなど、プラカードに書かれた内容からしても、こちらの並び方のほうが、そのフェミニンな主張によりふさわしいとと思う。何年か前にシャネルは、動物保護運動からの要請にこたえて、「リアルファー(ほんものの動物の毛皮)」を使うのをやめて、「ファンタジー・ファー」という名前の人造のファーにきりかえたようだし、スウェットショップ(低賃金工場)についても、シャネルではなく、シャネルのニセモノを密造している工場がスウェットショップだったというニュースくらいしか読んだことがないので、そういう点からも特にケチをつけるところはない。あと、デモの並び方以上に、気になったのは、そこでどんな音楽が使われ、どんなコールがされていたのかだが、動画でみるかぎり、それもわるくないと思った(上の動画では3分50秒目あたりから)。これでデモのイメージが変わるとは思わないが、「ああ、こういうデモがあったらいいなぁ」と思わずため息をつかせ、つかのまの夢を見させる効果はあった思う。もともとファッションとはそういうものだから、当然といえば当然ではあるが。それはともかく、もしカメラマンたちが、こんなふうに気合いをいれて撮影したら、デモとその見え方もすこし変わるかもしれない。


このショーを撮影する報道関係者
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(おまけ)

 このショウに参加していた水原希子の上の写真をGoogle の画像検索にかけたら、なぜか下の画像がヒットした。なんの絵なのかわからないので、この画像のフランス語のキャプションを google で自動翻訳したら、「バイエルンパリIsabeauにma_Entrée」と出たが、それでもやっぱり、わからない。



# by illcommonz | 2014-10-03 00:20
▼「反戦 来るべき戦争に抗うために、山谷えり子国家公安委員長辞任要求抗議」

「反戦 来るべき戦争に抗うために」展
[日時] 2014年9月25日(木)-29日(月)12:00-20:00
[場所] SNOW Contemporary 東京都世田谷区弦巻2-30-20 1F XYZ collective内
※会期中無休 ※入場無料

[呼びかけ文]
 2014年7月1日、集団的自衛権の行使容認が閣議決定されました。例えば、近くは、2003年からの自衛隊のイラク派兵など、憲法9条に明白に違反する政策がなされてきたのは事実です。しかし、今回の閣議決定は、日本政府が自発的に「戦争参加が可能な国家」であることを宣言したものであると理解できます。このことは、戦後日本においてまがりなりにも順守されてきた憲法9条において維持されてきた、平和憲法への決定的な裏切りです。日本の自衛力に関しては、様々な立場があり得るでしょうが、今回の熟議を経ないままの強引な閣議決定は、民主主義的な観点から言っても容認すべきではありません。

 このような現状において、美術になにが可能だろうか。美術における何らかの表現行為が、直接的に政治に効力を持つことはほとんどあり得ないだろうし、美術とは必ずしも、政治に対するアジテーションのためだけに存在するものではないでしょう。では、美術にかかわる人間は、自らの立場において何もしなくてもいいのか。勿論、時局に対して拙速な行動を取るべきではないというのもひとつの態度表明ではありますが、このタイミングにおいてなんらかのアクションを起こさないことは、未来の遺恨になると私は考えます。

 そこで、閣議決定の報道がなされた直後、私は突発的に、今回の閣議決定に反対するアクションを起こすべきではなかろうかと考えました。何も、作品やステートメントそれ自体によって「反戦」のメッセージを発する必要はありません。美術がある一定の自律性を持った表現であるとするならば、これまで積み重ねてきた主張を曲げ、反戦のメッセージを作品やステートメントに込める必要はないと考えます。ただ一点求められることは、展示という発表行為で個々の自立した表現者が、名前を連ねることだと考えます。もちろん、美術関係者の名前を並べて意見広告を出すだけでもいいし、あるいはネット上でキャンペーンを打つだけでもいいのかもしれません。しかし、美術に携わる私たちが可能な方法論には、「展覧会」という、特定の場所を一定期間占め、そこで自らの表現行為を発信するという、ほかの芸術ジャンルにはない手段があります。ゆえに、意見広告やデモ行動や署名活動(もちろん、それらを否定するものではないにせよ)ではなく、あえて「展覧会」として世に問うべきなのではないでしょうか。

 この展覧会は、アンデパンダン形式で開催します。展覧会場は東京都内某所で、会期は9月25日(木)から29日(月)です。最初の呼びかけをTwitter上で閣議決定直後に行ったため、既に参加賛同者は集まっていますが、私のこの呼びかけ文を読んで、「降りる」という選択をとる人もいるかもしれません。それもひとつの態度表明でしょうから、そのことを批判したりはしません。

 ともあれ、ノンポリの美術関係者であろうと、今回の集団的自衛権行使容認については、展覧会というかたちで反対の態度をきちんと表明すべきではなかろうか。私はそう考えます。この展覧会は、形式的には私が実行委員長を務めますが、展覧会自体は参加者全員が実行委員として主体的に責任をシェアすることが重要だと考えています。私は今回、一切のキュレーションを行いません。ゆえに、主体的に展覧会に関わる覚悟がないならば、参加は見合わせたほうがいいでしょう。このような展覧会を本気で組織する以上、参加賛同者にも相応の覚悟を持っていただきたい。お友達同士のグループ展気分や、単なるノリで参加するのだったら、それは控えていただきたい。ただ一点、集団的自衛権行使容認に反対し、日本が「戦争参加が可能な国家」となることに反対し、将来的に決して無いとは言えない戦争への突入に対し「反戦」という意思を共有できるならば、参加してください。このことは、日本から現われる未来の美術家や美術に携わる人々に希望を託すことになるはずですし、より広く、将来の子どもや若者たちに希望をつなぐことになると確信しています。

 知ってのとおり、太平洋戦争期には、美術家だけにとどまらず多くの芸術家が、総力戦のうちに動員されていきました。美術も社会と無関係ではない以上、時局の変数に対応し、変容を迫られるものではあります。しかし他方では、表現の自律的な領域を確保しておかないと、個々の表現は単なる社会の反映に過ぎなくなってしまいます。一見いまでは与件として私たちに保障されているかのように見える「表現の自由」など、知らぬ間に奪い取られているかもしれない可能性が潜在している。そして現在、そのような危機的状況は、既に足元にまで迫ってきていると私は考えます。

 私は自らをノンポリと自認していますし、「平和な戦後」しか知らない世代においては、ある程度そのような「ノンポリ」さは共有されていると思います。しかし、自らに与えられた「ノンポリ」さに甘んじて、「華麗にスルー」している場合ではない局面に至っている。今こそ行動の時です。

 この呼びかけ文に賛同し、参加を表明する美術関係者は何らかの方法で私に連絡を下さい。この呼びかけで集まった参加者に対しては、私は実行委員長として、展覧会の会場の準備、広報活動の実施について責任を負って遂行することを約束します。

 2014年7月31日「反戦―来るべき戦争に抗うために」展 展覧会実行委員長 土屋誠一

[参加アーティスト]

青山悟
浅見貴子
飯沼英樹
池田剛介
石川竜之介
出津京子
伊藤敦
内海聖史
内山依津花
梅津庸一
浦田健二
荻野僚介
海津研
利部志穂
嘉手苅志朗
金藤みなみ
工藤春香
小池一子
酒井貴史
阪田清子
櫻川豊敏
佐々木健
佐々木優
佐々木友輔
佐藤純也
志水佑
Sin_g
super-KIKI
鈴木純平
鈴木一琥
snAwk
五月女哲平
高橋耕平
武谷大介
田中功起
辻野絵美利
豊嶋康子
中山二郎
西尾祐馬
西尾美也
福永大輔
BO-JW
前野智彦
マエノマサキ
眞島竜男
マダムかよこ
水谷一
三田健志
ミヤギフトシ
ムカイヤマ達也
柳井信乃
山際妙
山極満博
吉田和貴
与那覇大智
リュ・スンウォン
(五十音順)


▼「山谷えり子国家公安委員長辞任要求抗議」
[日時]2014年9月29日(月)19:30-
[場所] 東京・霞ヶ関総務省(合同庁舎第2号館)前にて
「在特会と繋がりがあるにも拘らず、在特も在日特権も否定もしない国家公安委員長は辞任せよ!」


# by illcommonz | 2014-09-28 22:16
▼【公開】 呪いの日日呪奏団 「呪いの日(々) 奉呪即興百連奏」

▼呪いの日日呪奏団「呪いの日(々) 奉呪即興百連奏」(2014年9月21日)
 「平成二十六年九月二十一日夜、自民党総裁 安倍晋三の、生誕を呪って、
呪詞「呪いの日(々)」が、百回、奉呪即興演奏された。」

【演奏】呪いの日日呪奏団
大熊ワタル(呪いのクラリネット)/こぐれみわぞう(呪い太鼓)/
菱沼尚生(呪いのチューバ)/天森浩(呪いのホルン)/
イルコモンズ(地を揺らす怒りと呪いのサックス+摩尼機械)
【撮影】中村友紀

※この演奏で、どうして100回以上演奏したことになるのかについては、同じ日に別のアングルから撮影された「解説つき」のカラー映像をご覧ください。


▼「2014.09.21「呪いの日(々)」/安倍晋三誕生呪賀会」
【撮影】KEN23

 この演奏では、いろんな楽器(と楽器ではないもの)が使われていますが、よくみると、誰も楽譜をみていません。というか、楽譜がありません(そもそも僕は楽譜がよめません)。というのも、この日の演奏は最初から最後まで全部、即興だったからです。はじめはグレゴリオ聖歌風に(あくまで風(ふう)です)、おごそかにはじまった曲が、やがて地を揺らす怒りのハードロックになり、それがだんだんプログレ風に進化していったかと思うと、一転して、ちんどんになったりと、まさに変幻自在の音楽の迷宮で、途中で何度も道を見失いつつ、ときどき道を(音を)ふみはずしながらも、それでも最後までやり通せたのは、もちろん、ジンタらムータのおかげです。師匠の大熊さん、おかみさんのみわぞうさん、兄弟分のひっしー、NORA BRIGADEの天森さん、ありがとうございました。
 そのジンタらムータのCDが、今日、リリースされました。
タイトルは「怒りの日」です。一曲目に「怒りの日」が収録されています。こちらは非常に完成度の高いアレンジと緻密な演奏になっていますので、ぜひお買い求めを。


▼こぐれみわぞう @koguremiwazow
 「昨晩のイルコモンズ呪奏団での演奏、個人的には起承転結の承が終わった程度で、御本尊を開帳していないような按配。 呪うという行為は無縁のものだったけど、一方的なものではなく、因果応報な呪いはありだと実感。クライマックスはこれからだ。」(2014年9月22日のツイート)

 「クライマックスはこれからだ」、ぼくもそう思っています。

 今回のモチーフは「呪い」だったので、あまり宣伝もせず、少人数でひっそりやりましたが、次は、もう一度「怒り」にもどって、路上で白昼堂々と、トラメガも使って、大人数でやりたいと思っています。「呪いの日々」はつづき、「怒りの日」は来たりぬ。

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(おまけ)

安倍くん 「よく勉強して、日本をとりもどしましょうね。」
女子学生 「ふん、昨日、呪っておいたから、覚悟しときな。」
# by illcommonz | 2014-09-24 23:47
▼「いまごろ気づいて、じたばたしても、もう手遅れである、呪いはすでにかけられた」

▼呪いの日日呪奏団「呪いの日(々)奉呪 百連奏」百秒ミックス
 「平成二十六年九月二十一日夜、自民党総裁 安倍晋三の、生誕を呪って、
呪詞「呪いの日(々)」が、百回、奉呪演奏された。」(その百分の一の百秒ミックス)

【演奏】 呪いの日日呪奏団
大熊ワタル(呪いのクラリネット)/こぐれみわぞう(呪い太鼓)/
菱沼尚生(呪いのチューバ)/天森浩(呪いのホルン)/
イルコモンズ(地を揺らす怒りと呪いのサックス+摩尼機械)
【撮影/録音】KEN/ACHAKOV
【編集】イルコモンズ


▼安倍晋三@AbeShinzo
「沢山のお祝いのコメント、メッセージありがとうございます。 今日、還暦を迎えました。 人生一区切りですが、更に元気に国の為頑張っていこうと思います。 http://fb.me/6QZAdVbUH」(安倍晋三 2014年9月21日のツイート)

 謹んでお呪い申しあげました。いまごろ気づいて、じたばたしても、もう手遅れである。呪いはすでにかけられた。首相を辞めるまで、この呪いは解けないので、あしからず。

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[関連]
▼「呪いの日(々)」/安倍晋三誕生呪賀会」
(講演と呪詞「呪いの日(々)」奉呪生演奏)
//illcomm.exblog.jp/21132354/
▼「このくにあはれ」
http://illcomm.exblog.jp/21122898/
▼「祈るな、怒れ、願うな、呪え」
http://illcomm.exblog.jp/21112643/
▼「芸術の秋、呪術の秋、三災七難の時代(とき)、となりの人は何する人ぞ」
http://illcomm.exblog.jp/21090890/
▼「呪いの日(々)/ヴゥードゥー・アクティヴィズム~イルコモンズ現代呪術展」
http://illcomm.exblog.jp/21106302/
# by illcommonz | 2014-09-23 02:01
▼【最終日】「呪いの日(々)」/安倍晋三誕生呪賀会」(講演と呪詞「呪いの日(々)」奉呪生演奏)

▼「呪いの日(々) コンセプトビデオ」(2014年 13分31秒)
※会場で上映中の映像、12分40秒目あたりから怖ろしい呪いが...


▼「呪いの日(々)」/安倍晋三誕生呪賀会」
[日時] 2014年9月21日(日)20:15より
[場所] 東京・新宿 ラバンデリア http://cafelavanderia.blogspot.jp/
 ※入場無料(但し、ワンドリンク注文お願いします)※賽銭歓迎

[式次第]
【第壱部】イルコモンズ民族学講座
 ・「イルコモンズはなぜこんなことをするのか」
 ・「三災七難(さんさいしちなん)とはなにか」
 ・「アフリカのパワーフィギュアについて」

 ・「同時代世界の現代呪術」(ワールドカップ2014と日本彫刻作家展2014)

 ・「世界のヴゥードゥー・アクティヴィズム・ツールキット」
 (ご休憩)
【第弐部】呪詞「呪いの日(々)」百遍
 「呪いの日日呪奏団」
 ・大熊ワタル(呪いのクラリネット)
 ・こぐれみわぞう(呪い太鼓)
 ・菱沼尚生(呪いのチューバ)
 ・天森浩(呪いのホルン)
 ・イルコモンズ(呪いのサックス+摩尼機械)


▼呪奏歌【呪いの日(々)】(Dies Exsecror) 祭文+樂符
 (編曲:大熊ワタル、改詞:イルコモンズ) ※来場者ほぼ全員に進呈

 [祭文] 
 このくにあはれ
 三災七難の時代
 祈りの句も尽き果つ
 震へし怒り 
 地を揺らす
 呪ふは我ら 
 呪ひの日々

 [楽譜]

 (一)
 こ  の  く  に  あ わ れ ー
 ふぁ み  ふぁ れ  み ど れ れ

 さ  ん  さ  い  し ち や く の  と  き
 ふぁ ふぁ そ  ふぁ み れ ど み ふぁ み  れ

 い の り の く も つ き  は つ
 ら ど れ れ れ ど み ふぁ み れ

 (二)
 ふ る へ し い か り
 ら ら ど ど し そ ら

 ち を ゆ  ら す -
 ら そ ふぁ そ ら ら

 の ろ ふ は わ れ ら
 ら ら ど ど し そ ら

 の ろ い  の ひ - び
 ら そ ふぁ そ ら れ れ

 (※百回くりかえす)

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[追記1]
 いま解決できなかったことはくりかえされる
 より悪質に、より深く広く
 これは厳たる法則のようだ
 (茨木のり子「くりかえしのうた」)

[関連]
▼「呪いの日(々)/ヴゥードゥー・アクティヴィズム~イルコモンズ現代呪術展」
http://illcomm.exblog.jp/21090890/
▼「芸術の秋、呪術の秋、三災七難の時代(とき)、となりの人は何する人ぞ」
http://illcomm.exblog.jp/21106302/
▼「祈るな、怒れ、願うな、呪え」
http://illcomm.exblog.jp/21112643/
▼「このくにあはれ」
http://illcomm.exblog.jp/21122898/
# by illcommonz | 2014-09-20 21:55
▼あはれなくにのこどもたちへ

よく、いかり、


そして、


よく、のろえ。

 何をつくるときでも、どんな展示をやるときでも、実は、いちばん見てほしいと思うのは、こどもたちである。こどもをびびらせたい、こどもを泣かせたい、こんな大人もいるのだから、大人をなめてはいけない、と教えたいのだが、見てくれるこどもは、なかなかいない。でも、こどもにうける自信はある。大人は判ってくれなくても、こどもが判ってくれれば、それでいい。
# by illcommonz | 2014-09-18 01:53
▼「このくにあはれ」

▼「このくにあはれ」「日本はいまも病気である」(「怒りの日(々)/イルコモンズ現代呪術展」


 世中にありとしある事のさまざまを
 目に見るにつけ
 耳に聞くにつけ
 身にふるるにつけて
 其よろづの事を心にあじはへて
 そのよろづの事の心を 
 わが心にわきまへしる
 これ事の心をしるなり
 物の心をしるなり
 物のあはれをしるなり
 わきまへしるところは
 物の心事の心をしるといふものなり
 わきまへしりて感ずるところが
 もののあはれなり
 くにもまたしかり
 このくにあはれ

 「このくにあはれ」(イルコモンズ 2014年)


 ほんとうに、とりもどさなければならないのは、政治への怒りと呪いだと思う。

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(参考)
「【日本文化のキーワード】第一回 もののあはれ」
 「今回より【日本文化のキーワード】を企画。全4回のシリーズでお届けしていきます。テーマは、第一回「もののあはれ」、第二回「幽玄」、第三回「風狂」、第四回「侘び寂び」。平安から、安土桃山時代まで、日本人なら誰でも聞いたことのある、日本文化のもっとも重要なキーワードを、ごいっしょに毎回クルーズしていこうと思います。第一回目は、和歌・物語文学の根本を解き明かす「もののあはれ」。これは、宣長が、和歌や『源氏物語』から見つけた平安時代の文学、また貴族の生活の底流を流れる美意識である。「もののあはれ」は、ベストセラー『国家の品格』でも紹介され、今やブログでも盛んに取りあげられていますね。これら、今世の中で話題になってる「もののあはれ」の捉え方も、間違いではありませんが、少しかたよっているのではないでしょうか。宣長が提唱したのは「はかなく美しいものに、感動する心」だけではありません。そもそも「もの」とは何か? 漢字で書くと「物」の方です。現代日本語では、生命のない対象物、英語のThingの意味のみに、おおむねなっていると思われます。ところが近世まで、宣長や歌人、文芸作者のみていた「もの」には、実に広範で豊潤な意味がありました。正直、すべてをみると何がなんだか、ワケがわからなくなるほど雑多です。いきなり正解をいいますと、「もの=物」とは、「ワケのわからないもの」なのです。日本人にとって、ものはもの以上である。もののけという言葉があるが、あの「もの」は、じつは目に見えぬ精霊のことである。つまり、魂をものといっている。 古代人にとって「もの」は単なる物質ではなく、カミ・オニ・タマと同様、具体的な形をもたない霊的な存在だと考えられていました。また、概念としては、これら四つを総合した包括的なものだったようです。海外では森羅万象に不可知な生命現象が潜むとする〈アニミズム〉という概念があります。さらに、〈アニミズム〉をより根源的、普遍的に説明する〈マナ〉という新概念が、タイラーの弟子たちによって提唱されました。〈マナ〉はメラネシア人たちに信じられている、超自然的な存在・力・霊性です。このようにみていくと、宣長の「もののあはれ」は、ただ日本人だけの美的感性に限局されたものではなく、文化人類学、民俗学などの視点も交え、捉えなおす必要があるようです。」
# by illcommonz | 2014-09-17 23:59
▼GENPATSU NASHIDE CR(A)SITA 2013-2014

▼「GENPATSU NASHIDE CR(A)SITA 2013-2014」
 (原 発 な し で 暮 し た 2 0 1 3 年 - 2 0 1 4 年)

 電気が足りなくて困ったことなんて一度もなかった一年でした。

# by illcommonz | 2014-09-15 22:14
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