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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼大友良英アンサンブルズ 煙の王様たちと昭和残響伝

▼[YouTube] "without records" - YCAM Otomo Yoshihide / ENSEMBLES

昨年、YCAMで大友良英が100台のレコード・プレーヤーを使ったインスタレーションを行なうという話をきいたとき、まずまっさきに頭に浮かんだのは、クリスチャン・マークレーが1992年に東京でやった「100台のターンテーブル・オーケストラ」だった。

このマークレーのオーケストラに、ターン・テーブル奏者の一人として自ら参加した大友もおそらく、いや、当然、そのことが頭にあったはずだが、結果として、大友がこしらえてみせた音響とその風景は、マークレーのそれとはまったく異なるものだった。両者の違いのひとつは使用する機材とその配置にある。

マークレーのインスタレーションではたしか、Technics のDJ仕様のターンテーブル(たぶんSL-1200シリーズ)が使われ、螺旋状に配置された100台のターンテーブルがさまざまなディスクを同時にプレイしていた。螺旋状の配置はターンテーブルの回転を想起させるものであり、つまりそれによってマークレーは、会場をひとつの巨大なターンテーブルにしてみせたわけである(その点でボアダムスがブルックリンでやった「77 ボア・ドラム」に近い)。そこに展開していた光景は「スペタクル」のそれであり、そこで響いていた音は「アンサンブル」ではなく、ひとつの「オーケストラ」のそれであった。


▼[YouTube] Christian Marclay mini documentary

それに対して、今回の「休符だらけの音楽装置」展で大友が用いたのは、高性能のターンテーブルではなく、それぞれ素性の異なる、さまざまな色やかたちの「古いポータブル・レコード・プレーヤー」だった。

それらは、日本コロンビアやビクター、ナショナル、タクトといった国内の家電メーカーが一九六〇年代から一九七〇年代(昭和三〇年代から四〇年代)にかけて製造販売していたもので、当時まだ非常に高価なものだった本格的なステレオセットを買えない若者や子どもたちがレコードを聴くためのエントリーマシンだった(今回集められた100台のプレーヤーの中には、自分が子どもの時はじめて手にした(そして最後は分解して壊してしまった)のと同じビクターのレコードプレーヤーや、親戚の家にあったナショナルのプレーヤーもあった)。

▼大友良英アンサンブルズ 煙の王様たちと昭和残響伝_d0017381_20273289.jpg
▼出番を待つ100台のポータブル・レコード・プレーヤー(撮影=飴屋法水)

そこにはモノラル方式のものもあればステレオのものもあり、また7インチのシングル盤以外に10インチや12インチのレコードを(そしてもちろんソノシートも)きけるものなどなど、さまざまなタイプの「ポータブル・レコード・プレーヤー」が集められた。こうした、いわゆる「ポータブル・レコード・プレーヤー」と「ターンテーブル」には大きな違いがある。「ポータブル・レコード・プレーヤー」は自前のアンプとスピーカーを内臓しているため、アンプやPAに接続しなくても単体で音を発することができる。つまり「ポータブル・レコード・プレーヤー」は、自分で回転しピックアップした音を、自分でアンプリファイし、自分自身で音を発することのできるインディペンデントな音響装置である。

▼大友良英アンサンブルズ 煙の王様たちと昭和残響伝_d0017381_20283215.jpg
▼ビクターのポータブル・レコード・プレーヤー(イルコモンズ蔵)

マークレーの「ターンテーブル・オーケストラ」は、ターンテーブルをレコードをプレイするための再生/演奏装置(あるいは楽器)として使ったが、それに対して大友は「Without Records / レコードなし」とした。それによって「ポータブル・レコード・プレーヤー」は、レコードの再生と演奏のための装置であることをやめ、プレーヤーそれ自身が自らの発する音を個々に鳴り響かせる「プレーヤー=演奏者」に変化した。この「自律した音響装置」(こういってよければ「音楽機械」)が発するのは、どこか別の場所ですでに録音されたり記録された音ではなく、個々の「ブレーヤー」自身がいま・ここで、ナマで何かにぶつかり、たたき、ひっかき、こすれ、ひきづることで発する音である。あるものは、どもり、あるものは、つぶやき、そしてまたあるものは、叫び、泣き声ををあげる。そうした、ひとつとして同じもののない「プレーヤー」固有のリズムと唯一無二のノイズが奏でる合奏は、コントロールされ指揮された「オーケストレーション」ではない。それは、各々の「プレーヤー」がそれぞれに持つキズや歪み、逸りや壊れを排除せず、多数多様な「個」の断片や切片を、「共」の音として共存させる「アンサンブル」であり、それはデモクラシーのはじまりの場の喧騒を思わせる。

そもそもデモクラシーは、まさか政治に口出しをするなどとは思われていなかったデモスたちが一斉に声をあげ蜂起することからはじまったとされるが、そうしたデモスたちのあげる声は支配階級の人間たちにとっては動物の鳴き声や獣の叫びのようなノイズにしか聞こえなかったという。かたや、まさかそんな音を出すとは思われていなかった「ポータブル・レコード・プレーヤー」たちが鳴り響かせる「アンサンブル」は、そうしたデモクラシーのはじまりの場で鳴っていたであろうデモスたちのノイジーな「アンサンブル」を思わせる。そう、デモクラシーのサウンドトラックはつねにノイズ・ミュージックであり、大友のインスタレーションには、マルチチュード的な民衆蜂起のアンサンブルを聞き取ることができる。ちなみに、フランス語の「アンサンブル」という語には社会的な用法がある。それは「団結」を意味し、この「アンサンブル」という言葉が「魔法」のような力を持ったことがある。1995年のパリでのことであり、アントニオ・ネグリはそれについてこう書いている。

▼大友良英アンサンブルズ 煙の王様たちと昭和残響伝_d0017381_2031214.jpg「毎週土曜日には、まるで花火のように美しいデモが行なわれました。デモの先頭には、フォグランプを点灯させ、タンバリンのリズムに合わせて行進する鉄道員たちがいました。さまざまなものごとが結集することによって、大都市のなかで「コモン」と集団的利益が構築されてゆくという感覚を軸に、ひとつの根本的で決定的な運動が生み出されたのです。ストライキが起きるまでは、日常茶飯のこととして、地元のギャングとバス運転手たちが衝突しては、運転士が殴られたというってバス路線の抗議ストがくりかえされていたわけです。ところが「みんなでひとつになろう (Tous Ensemble)」という言葉が、社会的行動の地平を一転させたのですが。まさに魔法の言葉でした。」

さまざまな歪みやズレやキズをもった、決して上等ではない庶民向けの「ポータブル・レコード・プレーヤー」たちがつくりだす「アンサンブル」は、相対立するものや異なるものが一致団結してたちあがる、民衆の「アンサンブル」としての「デモ」を思わせる。

YCAMと今回の東京のインスタレーションは基本的に同じものだが、東京のインスタレーションは、10分に一度くらいのゆっくりしたサイクルで「アンサンブル」が鳴り響くように設呈してある(古いポータブル・レコードプレーヤーの愛用者の目からすると、古い機材なのでそのくらいの方が機械にとってもよいと思う)。そのため、アンサンブルを待ちながら、それが歴史の反復のように起きるまでの期待と待機の時間を過ごすことができる。またプレーヤーの配置はYCAMの展示よりもよりランダムになっていて、オーケストラのように指揮者や聴衆の方に向かって配置されておらず、それぞれ別々の方向を向いたものたちが、そこで「群れ」をなしてるという感じに並んでいる。あるいは、庭園のように整備されない、原生林や森の植物たちのように群生していると云ってもよい。

さらにYCAMと東京では照明が違っていた。YCAMでは広いホールの高い天井からダウンライトとスポットライトで会場全体が薄明るく、ほぼ均等に照らされていたが、東京の会場では、ボルタンスキーのインスタレーションで使われるような小さな白熱球が低い天井から吊り下げられ、それぞれの電球がプレーヤーたちを小さく照らし出すというかたちに変わっていた。電球のフィラメントのかたちが見えるくらい光量がしぼられているため、会場全体は非常に薄暗く、光もまばらで、陰影があり、影が濃いという感じがした。さらに、昔よくあったような柄のついたリノリウム製の床のせいで、派手な「スペクタクル」とは無縁の、どこかうらさびれた感じもした。そこに小さな電灯の明かりがポツポツと灯り、あちらこちらでモーターや機械の作動音がきこえる。ときおりサイレンのような音もきこえる。どこかそれは、京浜工業地帯あたりの小さな工場街の夕暮れ時を思わせるサウンドスケープである。そんな場所で、次の「アンサンブル」が鳴り出すのを、ぶらぶら歩きながら待ってると、不意にある楽曲がよみがえってきた。

レコード・プレーヤーが奏でる機械的な音の合奏とは対照的に、非常に感傷的で、陰影にとみ、ノスタルジックで、かつ、リリカルな響きを持ったその楽曲は、かつて大友がリミックスした山下毅雄の「ひとりだけの空」と、大友がその山下に捧げた「Song for TV」である。

▼大友良英アンサンブルズ 煙の王様たちと昭和残響伝_d0017381_20324676.jpg大友良英「山下毅雄を斬る」

CD「山下毅雄を斬る」のライナーノーツのなかで大友はこう書いている。

「アヴァンギャルドな世界を渡り歩いてきた私の本質は案外素朴な浪花節だったりするのだけれど、そんなことに気づいて、そのことを平気でカムアウト出来るようになったのは、なによりも山下音楽との出会いが大きかったような気がする。アルトサックス二本だけで演奏された「煙の王様」の挿入曲「ひとりだけの空」はその映像とともに日本のテレビ史に残る本当に美しい作品だ。」(大友良英)

その山下のオリジナル版は「山下毅雄の全貌 ドラマ編」のなかで聞くことができる。

▼大友良英アンサンブルズ 煙の王様たちと昭和残響伝_d0017381_20355395.jpg▼山下毅雄「山下毅雄の全貌 ドラマ編」←ここで視聴可

「ひとりだけの空」は、1962年(昭和三十七年)に、テレビ番組「煙の王様」のために書かれた作品なので、会場に集められた100台のポータブル・レコード・プレーヤーとほぼ同じころにつくられた作品である。この曲について山下自身は「山下毅雄の全貌 ドラマ編」のライナーノーツにこう書いている。

「ああ、煙だ。ああ、懐かしいなあ。アルトのデュオがキレイだねえ。ホントに奇をてらうことなく、そのまんまの気持ちでやってるの。はずかしいけど、そういうことなんです。いまそういうのが少ないのが残念ね。ああ、この女の子の声。まだ生きてるんだろうね。ああ、良い声だ。涙が出てきますね。」(山下毅雄)

大友は「山下毅雄を斬る」と題した文章のなかで、山下についてこう書いている。

「残念なことに、昭和50年代以降日本が明るいバブルに向かってゆくなかで彼の活躍の場は次第になくなってゆく。だが彼の最初期の作品「裸の王様」の陰影あるメロディは武満徹の「どですかでん」とともに、今も私の心を揺るがし続けていることだけは明記したい。彼の作品から平気で陰影を消毒してしまう無神経なリミックスがはびこる世間への警鐘として。」(大友良英)

そう書く大友による「ひとりだけの空」のリミックス・ヴァージョンは、というと、まず遠雷と電車の効果音から静かにはじまり、町の子どもたちがあげる歓声をバックに、マリンバとアコースティック・ギターのデュオがこの曲の陰影にとんだメロディをいとおしむように丁寧に演奏してゆく。それは「昭和50年代以降、日本が明るいバブルに向かってゆく」以前の薄暗さや陰影を消さないすばらしいリミックスに仕上がっている。「私の本質は案外素朴な浪花節だったりするのだけれど」と、そう書く大友の叙情的な側面がうかがえる本当に美しい伴奏である。100台のポータブル・レコード・プレーヤーに囲まれたなかで、ふと、その曲の響きを思い出した。

▼大友良英アンサンブルズ 煙の王様たちと昭和残響伝_d0017381_20451073.jpg▼「煙の王様」
(解説)
CD「山下毅雄を斬る」では、この曲の後にメドレーで「Song for TV」が収録されている。「Song for TV」は、大友の膨大な作品群の中で私が最も好きな作品のひとつで、今から七年ほど前に「昭和残響伝」というテーマでDJをやったとき、最後にかけたのが、この曲だった(ほかには浜口庫之助やJ・A・シーザー、それにPYGの「花・太陽・雨」、そして城達也のナレーション音源などをかけた覚えがある。)

大友や自分が生まれた昭和三〇年代や四〇年代が「よかった」とは決していわないが、その頃の陰影のあるモノや暮らしや風景が好きなのは確かだ。いまの時代と比較して、もしその時代によいところがあったとすれば、それはその頃につくられたものは、すぐに買い替えたり捨てるためにつくられたものではなく、大事にすれば長く使えるように丈夫につくられていて、こわれにくいし、こわれても修理や修繕ができたということだろう。長持ちするから長く使い、長く使っているうちに汚れもすれば傷もできるし、ノイズも出る。だが、そこに愛着が生まれる。かつてレコードやテープにA面とB面があったように、ものごとには表と裏があり、光と闇があり、それが互いに交錯していた。それを消してしまったバブル時代の無駄に明るい音楽やスーパーフラットな造形に比べると、昭和三〇年代や四〇年代の陰影のある世界や休符のある時間の方が「好き」なのは確かである。「Song for TV」について、大友自身はライナーノーツにこう書いている。

「ラストはそのままメドレーで、私の本質に立ち返って「泣きと音響」で締めくくらせてもらった。この曲のループは度々いろいろな作品にでてくる私の好きなモチーフ。CDではフェイドアウトしているが、実はこの音はそのあとも止まる事無く、あるときは轟音の濁流となったり、またあるときはサントラで童謡のような顔をしたり、またあるときはミニマルな電子音にもなるし、ジャズにも歌謡曲にもなって今も鳴り続けている。」(大友良英)

「テレビのための歌」と題されたこの「泣きと音響」の曲は、「休符だらけの音楽装置」展では「ポータブル・レコード・プレイヤーのための歌」となり、100台のポータブル・レコード・プレーヤーがつくられた時代の遠い残響を響かせるサウンドトラックとして、低く静かに鳴り続けているようだった。

最後に、「山下毅雄の全貌 ドラマ編」に収められた「煙の王様」のエンディングには、こういうセリフがはいっている。

「今日、工場の人がきて、そう云ったの。ずぅっと、あそこにいられるんですって!きこえた、パパ!」

*ここで視聴可

これは「煙の王様」のなかで立ち退きを迫られていた家の子どものセリフで、「ああ、この女の子の声。まだ生きてるんだろうね。ああ、良い声だ。涙が出てきますね」と山下が書いていたのはこの声だが、これは「休符だらけの音楽装置」の100台の古いポータブル・レコード・プレーヤーたちが「まだここにいてもいいんだ」とそう云っているように思えた。

「休符だらけの音楽装置」展はとにかく涙がでるほどよいインスタレーションだった。もうすぐおしまいなので、ぜひ見に/聞きにいかれることをお勧めしたい。

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[追記] 大友の手によるレコード・プレーヤーの改造やセッティングもさることながら、会場全体の照明とプレーヤーの電気制御も見事だった。なんでも自分でやるDIYも大事だが、こうしたサウンド・インスタレーションをやるには、腕のいいエンジニアがついていてくれないといけないなと思わされた。
by illcommonz | 2009-07-30 20:56
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