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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「レイブと呼ばれる」
d0017381_734657.jpg「古来、わたしたちは山々に住み、生きとし生けるものはそこから湧き出る水により恩恵を受け、共に生きてきました。けれど、この百年程の短い間に経済発展の為に人間中心の身勝手な行動を続け、山や森を破壊し水を汚し続けています。だからこそ今、山を守り、水をきれいにし、そしてすべての生態系を維持して、そして後世に 繋いでいくことが本当に必要とされているのだと思います。ここ”朽木生杉”は地元の方々が先祖代々、森や水を守り続けてこられた神聖な場所です。またその上流に広がる生杉ブナ原生林は近畿1,700万人の飲み水をまかなう琵琶湖の最も重要な水源地となっています。「山水人村」では、この朽木生杉の地で持続可能な未来社会の提案として、パーマカルチャーを出来るだけ生かし、現在では実際に田植えや畑作りも始めています。「山水人」は・・・美しい朽木の自然の中での生活、そして祭りによって人々の集まる意識の中での、様々なすばらしい出会いを通して、この地に、永久的に続く本当の”村”を作ることを目指しています。」(「山 水 人 村」)

d0017381_7342649.jpg「ただダンスが好きで騒ぎたい人がいるなら、その人たちは六本木で楽しめばいい。しかし、山水人のように、大自然の中で体験することに大きな意味があるんだ。そして、ダンスという方法で頭ではなくて体を使って音楽を感じ、そして世界を理解することで、今までの思考が停止して、新しい感覚が動きはじまるんだよ。だからといって、特別な知識が必要な訳ではない。ダンスを通じて人々は自分というエゴから解放され、集合意識のような空間に触れることが出来る。それは、とても直感的なことだといえる。」(GOAGIL)

▼「レイブ」に向かう6人、大麻所持容疑で逮捕」
「乾燥大麻を隠し持っていたとして、滋賀県警は29日、兵庫県**町**、会社員****容疑者(25)ら3人のグループと、大阪府**市**、会社員****容疑者(32)ら3人のグループを、大麻取締法違反(所持)容疑でそれぞれ現行犯逮捕した。両グループは滋賀県高島市朽木地区で29日正午から30日朝まで開かれる「レイブ」と呼ばれる野外の音楽イベントに向かう途中だったという。発表によると、**容疑者ら3人は29日午後2時半頃、高島市朽木中牧の県道で、かばんなどに乾燥大麻を所持していた疑い。**容疑者ら3人も共謀し、乗用車内に乾燥大麻を隠していた疑い。県警は今回のイベントに備え、検問を実施していた。」(読売新聞 2009年8月30日)

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「GOAGILへご来場下さった方へ」
「2009年8月29日。警察の検問によりGOAGILのパーティへ来られる方より数名の逮捕者が出ました。それによって、警察より山水人代表者が呼び出され「“レイブ”を中止にしない限りは会場内での一斉捜査を行う」という通告を受けました。弁護士に相談した所、執行はありえるという事でした。純粋に音楽と自然を楽しみに来られている中で大変不本意ではありますが、山水人運営者たちでの話し合いの末、GOAGILにも理解を得た上で、4時間半程のプレイの後に、中止とせざるを得ませんでした。チラシやHPに記載してます通り、基本的に料金の払い戻しは出来ませんが、GOAGIL前売り券及び振り込み用紙をお持ちの方で、中止を知って入場を取り止めた方は、大変お手数ですがyamauto_mura@yahoo.co.jpまでお問い合わせ下さいますようお願いします。ご来場くださったGOAGILの”入場証”をお持ちの方は、そのお詫びと致しまして、9月4日金曜日に開催される山水人村まつりの入場料金を無料とさせていただきます。お越しを心からお待ちしております。絶対に、法律で禁止されている薬物の持ち込みは一切お断りします。今後もどうか山水人の存続の為に、ご理解とご協力をお願い致します。」

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「パーティー」の主催者や「村まつり」をたのしみにしてた人たちはさぞかし残念だろう。それにしても、検問の実施、実名報道、一斉捜査の通告というのは、どうみても、「レイヴ狩り」としか思えない。ナチスの史実が教えるように、権力が「健康」や「健全さ」を奨励し、社会が盲目的にそれに追従し、そろって「退廃」や「堕落」を禁圧しはじめた時は用心しておかないといけない。おそろしく保守的な道徳観と偏見が横行し、みせしめと密告と自警団が流行し、やがて、窮屈で退屈で鬱屈したファッショな世の中がやってくる。あぁ、おそろしい。。。

d0017381_735881.jpg▼「退廃芸術」
「退廃芸術とは、ナチスが近代美術を、道徳的・人種的に堕落したもので、ドイツの社会や民族感情を害するものであるとして禁止するために打ち出した芸術観である。ナチスは「退廃した」近代美術に代わり、ロマン主義的写実主義に即した英雄的で健康的な芸術、より分かりやすく因習的なスタイルの芸術を「大ドイツ芸術展」などを通じて公認芸術として賞賛した。これらの公認芸術を通してドイツ民族を賛美し、危機にある民族のモラルを国民に改めて示そうとした。一方近代美術は、ユダヤ人やスラブ人など「東方の人種的に劣った血統」の芸術家たちが、都市生活の悪影響による病気のため古典的な美の規範から逸脱し、ありのままの自然や事実をゆがめて作った有害ながらくたと非難された。近代芸術家らは芸術院や教職など公式な立場から追われ、ドイツ全国の美術館から作品が押収されて「退廃芸術展」など全国の展覧会で晒し者にされ、多くの芸術家がドイツ国外に逃れた。一方公認芸術は、「人種的に純粋な」芸術家たちが作る、人種的に純粋な「北方民族」的な芸術であり、人間観や社会観や描写のスタイルに歪曲や腐敗のない健康な芸術とされたが、その実態は農村の大家族や生活風景、北方人種的な裸体像が主流の、19世紀の因習的な絵画・彫刻の焼き直しにすぎなかった。」(Wikipedia)

こうしたことをふまえながら、「社会的排除に対して、今、芸術には何が出来るのか」と考えると、こたえのひとつがみえてくる。すなわち、岡本太郎などをふくめたレジスタンスの芸術家たちがかつてそうしたように、クリーンなものやピュアなもの、ヘルシーなものやハッピーなものにあえて逆らうような「対抗的な退廃芸術」をつくること。それが今と今からの芸術/家にできることのひとつかもしれない。もっともそうなると、世の中からは疎まれ、嫌われ、誤解され、排除され、岡本太郎がいう「社会のいけにえ」にならざる得なくなるのだが、はたしてそういう覚悟と気概を持った作家はいるのだろうか?なおかつ、それをちゃんと理解し評価できる評論家はいるのだろうかと、そんなことを考えた。
[PR]
by illcommonz | 2009-08-31 07:40
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