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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼AAF学校・講義ログ
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▼「アクティヴィズムと芸術+ワークショップ」[講師] 小田マサノリ/イルコモンズさん

 「今回の講座は、東京都の「東京都安全・安心まちづくり条例」を読むところから始まりました。

 ちなみに、昨日10月11日は「安全・安心の日」だったそう。この安全・安心条例では、これまで犯罪にならなかったことが処罰の対象となります。今後、さまざまな都市に波及していくことも考えられます。浅草の公園ですら、看板に『許可の無い演奏は禁止します』とありました。公園なのに演奏しちゃダメなの?あの楽しげな、おじいちゃんバンド(レパートリーは、「あこがれのハワイ航路」ほか懐メロ♪)は、都政にとって害をなし、安全・安心ではないということでしょうか。それとも著作権違反とか?《審査》に通った、「ヘブン・アーティスト」じゃないと、公園で練習すらもできない?

 まさに、奪われる自由時間、失う寛容性ということか。。。

 イルコモンズさんは、この条例に疑問を呈します。街がどうあるべきかは人によって考え方は違うでしょう、子どもが誘拐されたり、放火事件があったりすることも事実ニュースになっています。でも、監視カメラを増やすことや、上から圧力で果たして犯罪が抑止できるのでしょうか?安全・安心といううたい文句によって、街から失われてしまう寛容性、これを取り戻すにはどういう方法があるでしょうか、と。

 ここで、当日用に作成されたビラを紹介し、夏目漱石の「草枕」を引用されました。

 「人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りに、ちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は、人の世よりもなお住みにくかろう。越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」

d0017381_1653770.jpg このビラには、黄色い文字で「リクレーム・ザ・トレランス」とあります。リクレームは「取り戻す」、トレランスは「寛容」ということ。9.11以降、NYをはじめテロが連続しました。以後、ヘンな行動はテロと読み替えられ、犯罪ではないかと疑われ、他人や異質な人に対して非常に疑心暗鬼に陥っています。それを「トレランス・ゼロの時代」と呼ぶそうですが、その寛容性が失われた時代に生きる我々に、寛容性を取り戻すことができるかと問いかけ、トレランス・ゼロの時代をさまざまなやり方で変えようとしている人々が世界にはたくさんいます。それが今回紹介するアクティビストたちです。

 この「リクレーム・ザ・トレランス」は、「リクレーム・ザ・ストリート」という運動にちなんでいるそうです。この運動は、1991年にはじまり、94年に大きなムーブメントとなりました。1994年、英国議会が、ムーブメントになりつつあったレイヴ・カルチャーを脅威に感じ、それを防止することを目的(大衆の"群衆化"の禁止?)としたCJA法案を可決しました。それに対して猛然と反対する運動として、ロンドンの路上からはじまったリクレーム・ザ・ストリートが繰り広げられました。

 では、いったい何からストリートを取り戻すのか。

 それは、法律への反対という意味のほかに、ひとつは車中心の街づくりに対して、そしてもうひとつは、大都市に顕著に見られるように、グローバル企業の広告、店舗に埋め尽くされたストリートから公共空間を取り戻すということの意味が込められているといいます。これら映像にくわえ、WTO(世界貿易機構)やG8サミットでの抗議行動での映像を紹介、初回の五野井さんの会でも紹介されていたフラッシュモブなど、数々のアクティヴィストたちの実際の映像を紹介していただきました。これまでのシュプレヒコールをあげて行進するデモの形態から現代のマーチングバンドやパペットを使ったり、ダンスを繰り広げるような祝祭的なスタイルへの変遷をたどります。

 運動スタイル転換の契機となったのは、1999年11月にあったシアトル(米)でのWTOに反対する抗議行動だそう。映像では、黒い衣装をきたマーチングバンドが楽しそうにリズミカルな音楽をかなでます。祝祭的な雰囲気のなか、さまざまな工夫でパフォーマンス風の抗議行動を繰り広げます。これら抗議行動には、さまざまなアクティヴィストが集います。戦争反対、労働運動、環境運動、女性解放、同性愛権利、人権団体などなど、さまざまな主張があります。それらはブロックといって、互いに住み分け衝突を避ける仕組みが導入され、カラーリングされています。イエローは、特定の主義主張を持たず、過激な行動はとらないブロック。レッドは、共産主義、グリーンはエコロジスト、ブラックはアナーキスト、ピンクは同性愛などなど、互いに干渉しすぎないようにルールづくりがあったり、配慮がされているそうです。そして、自らインディペンデントなメディアをつくり、YouTubeなどを駆使して活動を世界に発信していきます。このシアトルでの抗議行動は大成功し、実際にWTOの会議は開会式すら開かれることなく終わっています。

 これを契機として、アクティヴィストの抗議行動は、これら祝祭性を帯びた新しい世代の行動スタイルが定着します。でも、このブロックという仕組みは、みんなが力を合わせるという側面を失うことになりました。そして、2003年、メキシコのカンクンでのWTO会議では、ブロックを維持しながらも、失ってしまったみんなで力を合わせて行動するということが試みられます。それは、バリケードに長い綱をかけ、みんなで綱引きのように引っ張ってバリケードを破壊するという行為です。ブルドーザーのようなマシーンを使わず、人の手によって、連帯して行動するということが再度取り入れられていきます。2005年のスコットランドのG8サミットでも、アクティヴィストたちを盛り上げたのは、マーチングバンド。このようなバンドを、ラディカル・マーチングバンドというそうで、アメリカのハングリーマーチング・バンドなどが有名だそうです。

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 後半は、ドラムサークルの映像を紹介し、アナーキスト・ドラム・ギャザリングをとりあげました。

 反グローバリズムにおいて、さまざまな言語をもつ人々が世界中から集まります。英語が必ずしも通じるわけでもありません。その中で、ドラムという誰にでもできる楽器をつかい、太鼓をたたきながら連帯感をうみだす、音を通じた合意形成を体験する、それがドラムサークルのワークショップです。単にドラムといってもさまざまな楽器があります。それぞれ個々のドラムがもつ文化的背景を尊重しつつ、そこから自由に奏でるドラムサークルを体験します。

 そこでのファシリテーションの方法や、小さな音を弱い音を聞き、大きな音の中で埋もれてしまう小さな太鼓の音をもり立てて行くこと、それが大切だということに触れます。そして、ドラムサークル中、「もっともゆっくり歩むものに足並みをそろえて進む」という、サバティスト(メキシコ)の一節を紹介、いまの効率優先の社会、議会制民主主義の多数決の原理、弱者切り捨ての構造、そういうものの不平等をドラムサークルを通じて体感していきます。

 最後に、シアトルの抗議行動で逮捕された刑務所の前に集まり、支援者たちが祝祭的なパーティーをひらいた映像が流れました。そこでのベトナム反戦運動家による新しい世代のアクティヴィストたちを祝う、トム・ヘイデンのスピーチは、たいへん感動しました。



 そして、アートの切り口としての今回のワークショップを語られ、第2回AAF学校で、新川氏が紹介したと同じく、ヨーゼフ・ボイスの一節を紹介し、ドラムサークルの余韻さめやらぬ中、今回の講座が終了しました。」

 「すべての人間が芸術家であるということは、すべての人間に本当の能力があるということです。なにも音楽をつくったりする必要はないのです。例えば、今日の現代的な飛行機に乗り込みますと、この飛行機を作るためにどれほどの発明の才能が必要であったか、どれほどの創造力、クリエィティヴな力が必要であったかということがすぐに解ると思います。その意味ですべての人間が芸術家だと私は言っているのです。昔のドイツ語の表現ですが、医学を医術、農業を栽培術といったりしましたが、その術(クンスト)が必要なわけです。もちろん芸術でもその術を使わなければなりません。いわゆる現代の近代以降は芸術の概念を非常に高度な精神行為に美化してしまいました。昔は芸術という言葉はもっと技術とかの概念に近いもので、日常的に使えるということを本能的に予感できる言葉でした。その意味で芸術大学とか、あるいは画廊とかいうろくでもない、けつの穴みたなところで営まれているものだけが芸術だと思ってはならないわけです。」 ヨーゼフ・ボイス「草月ホール対話集会」

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 以上、「AAF学校2009」よりほぼ全文転載。
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by illcommonz | 2009-10-15 16:07
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