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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼[COP15] なぜ、多くのアフィニティー・グループがコペンハーゲンに
d0017381_4492140.jpg集まって、ゆかいに歌い、踊り、騒ぎ、そして、
生命の炎を燃やす政治的アクションをおこなうのか?
それを理解するための、ひとつのヒント。

「環境問題を国民的課題にするため、運動をひろめなければならないが、それには自分たちのグループの中で元気になれる原則を具体化しなければならない。一九八〇年代初期の運動の欠点は、「世界の終わり」が近いとするキリスト教の黙示録的意識だったと思う。異教の教えには時の終わりはない。時は循環であり、循環はめぐり、またもどってくる。私たちの目標は自分たちを殉教者として捧げることではない。私たちの手本は地球である。種をまくと芽がでて、成長して枯れる、を何度もくりかえす。それが私たちの政治的なモデルだと思う。社会を変えるプロセスは、一生のとりくみであり関わりだ。地球をまもる意識の変革は、長期のプロジェクトだ。政治活動は、ときに犠牲をともない、傷つくこともある。アメリカの政策とその歴史決定や選択のせいで、酷い目にあっている人たちが世界中にいるのは事実だ。私たちはこれらの政策に反対し変更させ、危険をともなう行動をしなければならない。だが、非暴力には苦難を理想化する傾向がある。それはよくないと思う。苦難をうけいれ、とりこまなければならない、とガンジーは云ったが、女性たちが何千年ものあいだ犠牲になってきのに、多くの女のいのちが奪われただけで、なにも変わっていない。ガンジーの思想はある意味でエコロジカルではないのだ。私たちがすべきことは、暴力を吸収するのではなく、暴力をとめ、暴力を変え、そのエネルギーを奪い、それを創造的な変化に変える方法を見つけることだ。運動をするととてもさわやかな気分になれるのに、そのことはあまり評価されていない。地球の破壊を阻止する行動を組織するとき、実は私たちは癒やしの行為をしているのであって、それは自由で気分がいいことだ。いまの文化で自由になれる機会はほとんどなく、これは数少ないその機会である。権威の壁をこえ、管理に抵抗し、変化を創造するときに感じるよろこびや興奮、解放感についてもっと語ってもいいのではないか。誤った解決策は、本当にたたかうべき敵から目をそらすので危険である。手品のように現実から目をそらし、解決策の真偽がわからなくなる。この長期の運動では、まず小規模で集まって自分たちのアクション・グループやサポート・サークルをつくり、自分たちのキャラクターやパーソナリティを尊重しなければならない。必要なのは新しい組織のありかただ。コミュニティ、つまり、個人的な支援と行動を中心とするちいさなグループをつくり、人びとが理解してくれる長期的な運動を優先的につくろう。巨大な組織にかかわることはない。グループは小さいときに最も力を発揮する。少人数のグループでないと個人的に知り合えない。グループが大きくなると人びとの顔が見えなくなる。小さなグループは一緒になってネットワークや協力関係をつくり、大きな共同行動もできる。しかし本当の基盤は、個人的に顔見知りでおたがいに価値を認め合う人々のちいさなコミュニティにある。私たちがつくるグループや組織のあり方は、元気がでるものでなくてはならない。私たちが存在を否定された状態で生きたくないのなら、持続性の思想が最優先されるべきだろう。これが私たちみんなのヴィジョンになることを願っている。私たちはそれが実現可能だと思っているので、楽観的になれる。私たちは本当に流れを変えることができる。地球の破壊をとめられるのだ。やがて地球のすべての人びとが、贈物を火にささげ、そして、お互いの顔をこわがらずに見つめるときがおとずれる。地球が歌っている。彼女(=地球)はあなたのなかにあらわれる。あなたが彼女のなかにあらわれるように。歌おう、あなたの踊りは彼女のおどり、まわる星、そして永遠に燃えさかる炎のおどり、あなたのはたらきが彼女のはたらきになったので、骨から灰が、灰から痛みが、痛みからふくらみが、ふくらみからはじまりが、はじまりからはたらきが、そして、はたらきから誕生が生まれ、歯車が回転し、流れが変わる。」(スターホーク「権力・権威・神秘」より抜粋)



支配者や権力者たちの目には「混乱」としか映らないだろうが、
私たちの目には「人間=地球の原住民たちのまつり」にみえる。
もっとたくさんのドラム・ギャザリングを、もっとたくさんの歌と踊りと炎を。
これまで何千年ものあいだ、地球の多くの民族や文化は、
共同体が悪疫や災厄に見舞われると、
その危機をのりこえるためのまつりや
世界を変えるための儀式をとりおこなってきた。
(うそだと思うなら人類学の本をみてみるとよい)

人間のクライメートが変わらなければ、世界は変わらないし、
人間のクライメートが変われば、地球のクライメートも変わる。
なぜなら人間は、この世界と地球の一部なのだから。
そう考えて行動するのが野生のエコロジーの実践だと思う。

人を閉塞させる節約ライフやエコポイント獲得ゲームより、
人をつなげぎあわせるまつりやデモの方がずっと効果的だと思う。
もちろん支配者や権力者たちは、それをおそれるだろうが、
彼らがおそれるものにこそ解決の糸口があるのではないのだろうか。

節約は解決ではないし、COP15にはなにも解決できない。
いや、そもそもCOP15には解決するつもりなど毛頭ないだろう。
なぜなら彼らにとって不安な気候は格好のビジネス・チャンスだからだ。
温暖化やCO2の議論にしたって、それは本当の敵から目をそらさせ、
ものごとの真偽をわからなくさせるものではないのだろうかと、
そう思えてならない。

[関連] 「ほんとうのニュースは」(「イルコモンズのふた。」2009年12月13日)
http://illcomm.exblog.jp/10555507/

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[追記] マーケットがうずうずしている。マネー資本主義の次はカーボネイト資本主義だと。

「COP15 交渉難航で排出量取引市場が行方を注視」
「コペンハーゲンで開催中の気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)の行方を欧米の排出量取引市場がかたずをのんで見守っている。欧州で取引される二酸化炭素(CO2)排出量はこの5年で60倍を超え、売買に伴う付加価値税の差額をかすめ取る組織的脱税事件も発覚した。市場原理を活用して温暖化防止を効率的に進める目的で創設された排出量取引の市場は、「ポスト京都」交渉の難航を見越して揺れ続けている。京都議定書から離脱した米国でも州や企業が独自に排出量取引を導入している。ECX系列の米シカゴ気候取引所では1トン当たりCO2価格は昨年5~6月、7・4ドルをつけたが、現在では15セントまで値崩れした。米国では排出量取引を認める温暖化対策法案が上院で審議されており、法案が成立すれば米市場は一気に拡大するはずだが、排出量取引導入の可否は依然不透明なままだからだ。ロイター通信などによると、市場関係者は「昨年の排出量取引市場は世界で1250億ドル。米国がCOP15で削減義務を負い、市場参入すれば20年までに年3兆ドルに成長する」という夢を描くのだが…」(産経新聞 2009年12月14日)
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by illcommonz | 2009-12-14 05:07
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