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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼多摩美講義 「M9とレヴェル7のもとでの「社会彫刻=芸術」の発生」

▼ヨーゼフ・ボイス「社会彫刻」

 「すべての人間が芸術家であるということは、すべての人間に本当の能力があるということです。なにも音楽をつくったりする必要はないのです。例えば、今日の現代的な飛行機に乗り込みますと、この飛行機を作るためにどれほどの発明の才能が必要であったか、どれほどの創造力、クリエィティヴな力が必要であったかということがすぐに解ると思います。その意味ですべての人間が芸術家だと私は言っているのです。昔のドイツ語の表現ですが、医学を医術、農業を栽培術といったりしましたが、その術が必要なわけです。もちろん芸術でもその術を使わなければなりません。いわゆる近代以降は、芸術の概念を非常に高度な精神行為に美化してしまいました。昔は芸術という言葉はもっと技術とかの概念に近いもので、日常的に使えるということを本能的に予感できる言葉でした。その意味で芸術大学とか、あるいは画廊とかいうろくでもない、ケツの穴みたなところで営まれているものだけが芸術だと思ってはならないわけです。」(ヨーゼフ・ボイス)

 「人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りに、ちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は、人の世よりもなお住みにくかろう。越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」(夏目漱石)

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 東日本大震災と福島第一原発事故の影響により「二週間、繰り延べ」になっていた多摩美術大学(美術学部芸術学科大学院)の講義「芸術の発生学」を開講します(毎週火曜4限・八王子キャンパス)。今回の地震と原発事故にともない、下記の「授業計画」を大幅に変更し、「災害における芸術の発生」について講義します。災害/復興のなかから発生してくる「社会彫刻=芸術」について考えます。

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▼多摩美術大学美術学部芸術学科大学院講義「芸術の発生学」

[担当教員] 小田マサノリ+中沢新一※

※ 「中沢新一先生は今年度から客員教授になりました。中沢先生の今年度の開講科目は「芸術人類学」(川瀬慈先生と合同)および4年生の「ブリコラージュ設計」と、卒論・修論指導、「芸術の発生学(大学院)」(小田マサノリ先生と合同)です。詳しくはシラバスを参照してください。」(2011年4月1日 多摩美術大学美術学部芸術学科研究室)

[授業のねらい]
 「山みちをのぼりながら、こう考えた。とかくに、この世は住みにくい。住みにくさが高じると、安いところへ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画ができる」(夏目漱石)というように、自分が生きている時代や社会との関係の中から発生してくる芸術と、いま、発生しつつある芸術を考える。

[授業計画]
 1.芸術1.0
 2.生まれてきてすみません
 3.芸術の発生1.0.0 アウトサイダー
 4.芸術の発生1.0.1 マージナル
 5.芸術の発生1.0.2 アヴァンギャルド
 6.芸術の発生1.0.3 シチュアシオニスト
 7.芸術の発生1.0.4 パンク
 8.芸術の発生1.0.5 ノイズ
 9.芸術の発生1.0.6 レジスタンス
 10.芸術の発生1.0.7 プロテスト
 11.芸術の発生1.0.8 リベレーション
 12.芸術の発生1.0.9 アナーキー
 13.芸術の発生1.1.0 デモクラシー
 14.芸術の発生1.1.1 マイノリティ
 15.芸術の発生1.1.2 フリーダム
 16.芸術2.0
 17.芸術の発生2.0.0 アートアクティヴィズム
 18.芸術の発生2.0.1 カルチャージャミング
 19.芸術の発生2.0.2 フラッシュモブ
 20.芸術の発生2.0.3 プランクス
 21.芸術の発生2.0.4 クリエイティブコモンズ
 22.芸術の発生2.0.5 フリーウェア
 23.芸術の発生2.0.6 DIYムーヴメント
 24.芸術の発生2.0.7 MAKEムーヴメント
 25.芸術の発生2.0.8 クラフティヴィズム
 26.芸術の発生2.0.9 アノニマス
 27.芸術の消滅
 28.それでもまだ生まれつづける芸術
 29.生まれてきてよかった

[参考資料等] レヴェッカ・ソルニット「災害ユートピア」など、必要に応じ、資料配布する。
[学生に対する評価] 創作発表、研究報告、レポート等による。

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d0017381_253744.jpg[課題] 「地震や津波は人間に対する「自然の復讐」である。人々は火山の火口のまわりで死のダンスを踊りながら、太陽がまた明日も昇ると信じて、楽しい人生だなどと言っている。紳士淑女、大学教授、政治家などは、進歩や文明開化の名において、虚偽に虚偽を重ね、自然を破壊し、自然に背いている。自然は真空を嫌う。愛か憎悪か!自然は代償を好む。眼には眼を!自然は戦を好む。死か独立か!自然は復讐を奨励する。復讐は甘美である。「自然に背く害虫」である人間を殺すのは、自分達の女神である「自然の法」だ。彼等は進歩の名において、彼等よりもよきものを、彼等の堕落した水準にまで引きおろそうとしている。彼等のこの傲慢や術策の価値を彼等に知らせねばならぬ。」(夏目漱石)

[問い] 地震と津波についてこう書いた漱石がもしいま生きていたら、原発事故についてどんなふうに書いただろうか?

d0017381_2533134.jpg[教材資料] 「今ではパラダイスについて語る人はほとんどいない。けれでも、私たちのあいだに、パラダイスが閃光のように現れたらどうなるだろう。それも最悪の状況で?その閃光は大昔のどこか遠くにあるパラダイスとちがい、わたしたちが実はどんな人間で、わたしたちの社会がどれほど違ったものになり得るかを見せてくれる。それは危機に底力を発揮するパラダイスである。それは自らの可能性をまったく開花させることなく縮こまり、憂鬱な社会にあまんじているわたしたちの普段の姿とのコントラストを通じて示される。よくも悪くも、長期的な社会・政治的な変革は瓦礫の中からうまれる。いまの時代、パラダイスがあるとすれば、そこへの扉は地獄のなかにある。災害は普段、わたしたちをとじこめている堀の裂け目のようなもので、そこから洪水のように流れ込んでくるのは、とてつもなく破壊的なものか、あるいは創造的なものだ。ヒエラルキーや公的機関はこのような状況に対処するには力不足で、危機においていつも失敗するのはそれらだ。反対に成功するのは市民社会のほうで、人びとは利他主義や相互扶助を感情的に表現するだけでなく、挑戦をうけてたち、創造性や機知を駆使する。災害がエリートを脅かす理由のひとつは、権力が災害現場にいる市井の人びとに移るからだ。そういった瞬間には、市民そのものが政府、すなわち臨時の意思決定機関となる。このように、災害は革命でも起きたかのような展開をみせる。これは唯一可能なパラダイスだが、決して安定した、完璧なかたちで存在することはないだろう。」それは深刻な問題や苦しみへの対応というかたちでのみ出現する。パラダイスをつくることは私たちの宿命である。これまでに文学のなかなどで語られたパラダイスは、せいぜい永遠のヴァケーション程度のもので、意味のないものだった。「地獄のなかのパラダイス」は即興的につくられる。わたしたちはそれを状況に即してつくるが、その過程で、わたしたちの強さや創造力が求められ、自由な創案を発揮できる。地獄のなかでつくられた、こういったパラダイスは、わたしたちになにができ、わたしたちが何になれるかを教えてくれる。」レヴェッカ・ソルニット「災害ユートピア/なぜそのとき特別な共同体がたちあがるのか」より抜粋

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[講義項目] BANKSY/ECD/アーシュラ・K・ル=グイン/ダミアン・ハースト/イルコモンズ/デリック・メイ/ヤノベケンジ/飴屋法水/素人の乱/4.10原発やめろデモ!!!/糸井重里/七尾旅人/オノヨーコ/村上龍/ディック・ブルーナ/水木しげる/斉藤和義/大友良英/電気グルーヴ/八谷和彦/小沢昭一/小沢健二/コリンコバヤシ/いとうせいこう+ダブマスターX/いるといらとそのなかまたち/トリオ・ザ・キャップス&wiz/水村美苗/RUMI/アートNPOエイド/OLIVE/ほか

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[備考]
d0017381_134611.jpg「福島を諦めたら、大げさでもなんでもなく日本は、世界はとりかえしのつかないことになると思う。福島の現状をしっかり見据える事。政治的な色眼鏡なしで、ここから文化を生み出す事。それが出来なければ僕らは本当に負けてしまう。だれかのためにっておもうと無力感でると思うけど、文化って多分、まずは自分が生きるためにあって、じゃないと他人にも説得力ないと思います。今までのアミちゃんのやり方でいい・・そう思ってます。それにしても文化なんて言葉正面から使うときがくるなんて思ってなかった。」(大友良英 otomo yoshihide 2011年4月26日のツイート)

▼「美術展中止相次ぐ…欧米など貸さず」
「東日本大震災の影響で、海外の美術品を借りる展覧会の中止が相次いでいる。地震に原発事故が追い打ちを掛け、欧米などの美術館が作品や同行するスタッフの安全を考慮し、貸し出しを見合わせたためだ。今月9日に開幕予定だった豊田市美術館(愛知県)の「ジョルジョ・モランディ」展は、イタリア側が安全を懸念し、保険会社も「保険を引き受けるのは不可能」と判断したため中止が決まった。岡山県立美術館も22日から予定していた「トーベ・ヤンソンとムーミンの世界展」を中止。童話「ムーミン」の原画など約130点をフィンランドの博物館から借りるはずが、「日本で何が起こるか予測できず、貸し出しはできない」と連絡があった。「被災地から遠い場所なので安全」と再考を求めたが、方針は変わらなかった。学芸員は「気持ちも分かるが、楽しみにしていた人たちのことを思うと残念」と話す。」(読売新聞 2011年4月15日)

「震災後、これから。」
「菊池敦己:地震が起こってから、"今○○にできること"、"今アーティストにできること"、"今デザイナーにできること"というメールばかりが届くんですよね。もう、カチンときて。なんで今だけなのか、普段からやればいいじゃないかと。今回の震災によって、変なナショナリズムや、変なまとまり感を持ちはじめていて、ちょっと気持ち悪いなと思っています。今はまだ、震災のさなかですよね。今本当に必要なのは、お金じゃないですか。デザインに今できることなんて無いんですよ。以前から、何かモノを作ることは身勝手な行為だと思っているのですが、今は全然作る気がしない。被災された方々のことや、今も続く原発のことを考えると、自分の中ではモノを作る気分ではなないんですよね。それなのに、"この震災に向けて、何か一枚デザインしてください"とか言われて。ちょっと違うんじゃないかなと。僕は個人的にそう思っているんです。」(鈴木心「震災後、これから。」2011年3月27日のディスカッションより)
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by illcommonz | 2011-04-26 02:59
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