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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「ぶたに真珠、都知事にカルチェ」(抜粋)
d0017381_12353033.jpg以前、このブログで
予告したこの原稿
〆切日だったので、
昨晩、書いて、今朝、
編集者に渡しました。
展覧会はもうとっくに
終わってるし、いまは
レバノン戦争の動向と
その終結にむけての
対話と理解が重要で、
無用な争いはもううん
ざりなので、そういう
姿勢で書きました。

掲載紙は「図書新聞」、発売日は今週の土曜日です。この書評紙は、販売価格
(たしか240円)のある商業出版物で、いま、ここに全文を載せるのは、渡世の
仁義に反するので、ここでは、発売前の「予告篇」として本文の一部のみを抜粋し、
著者に無断で掲載します。次の号が出て、店頭から消えたら、全文を載せます。

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東京都現代美術館「カルティエ現代美術財団コレクション展」
「ぶたに真珠、都知事にカルチェ~レバノン戦争に面して」
(文=イルコモンズ)

●レバノンで戦争がはじまったね。イスラエル機甲師団が南レバノンの国境線を越えて
レバノン侵攻を開始したそうだ。ベイルート郊外への本格的空爆もはじまったらしい。
■南レバノンの国境地帯というと、映画「ラミアと白い凧」の舞台になった土地で、
ベイルートの郊外にはアルマン・フェルナンデスが、がらくたになった戦車をつみあげて
つくった「平和への希望」という巨大なモニュメントがあるんだけど、そこがまた戦場に
なってしまうわけだね。
●本来なら今回は、東京都現代美術館の「カルティエ現代美術財団コレクション」展に
ついて、同展のオープニングセレモニーで、同展を「がらくたばっかりで、見るべきものが
ない」とけなした石原慎太郎東京都知事(以下都知事)に対して異議申し立てをするつもり
だったけど、すっかりその気も失せてしまったね。
■それは同感だけど、でも、こういう時こそ、戦場から遠く離れたところにいる僕らにできる
ことは、自分のなかにレバノンをつくることで、そこで云うべきことをきっちり云っておくこと
じゃないか。
●それだったら「ぶたに真珠、都知事にカルチェ」というタイトルで十分だよ。つまり、あの
コレクションに見るべきものがないのではなく、都知事に見る目がないだけの話で、現に
僕が見に行った時は行列ができるほどの盛況ぶりだったし、僕の目にはどれもこれも
面白くてたまらかった。
■まぁね、これまで、銀座の街に装甲車を走らせたり、あれやこれやの差別的発言で、
さんざん人の感情を逆なでしてきた都知事だから、君がそういう感情的反発をしたくなる
気持ちも分かるけど、でも、どうだろう、レバノンで戦争がはじまってしまったいま、僕らに
求められているのは、美意識や価値観を共有しない他者に対する想像力と、立場の
ちがいを超えた理解の試みで、おそらくいつも以上にそれが求められているように
思うんだ。そこで今回は、都知事の挑発にのらずに、どうせわかりあえないことは、
端から承知の上で、オッペンハイムのあの気の遠くなるような長い長いテーブル(図参照)
についたつもりになって、具体的に、どの作品のどこが、都知事の気に喰わなかったのか
を考えてみるのはどうかと思うんだ。(中略)

【飛ばない飛行機と使えない監視艇】
d0017381_1373949.jpg■特に、パナマレンコなんて、
こう云ってるくらいだからね。

「これが機能すれば奇跡だが、
機能しなければ、より完璧だ」


●ははは、それは傑作だね。
■そこが、都知事の癪のタネなのさ。(中略)

【サラ・ジー「立ちあがるものは必ず萎縮する」】
■何かあるたびに「ひるむな、たちあがれ」という都知事は、さぞやカチンときただろうね。
●そう考えると、だんだん都知事が気の毒になってきたよ。(中略)

d0017381_13125977.gif【太陽の季節とボクシング】
■あれも「男らしさ」や「勇敢さ」や「勝利」を美徳と考える都知事には、
「見たくもないもの」だっただろうね。
●いやはや、まったく気の毒だ。なんだか、だんだん
都知事の内心が理解できてきた気がする。(中略)


【マイノリティーのブルース】
■そういう作品に都知事は「みるべきものがない」と感じるのだろうか。
●もしそうなら、その鈍感さは、気の毒な気がしてくるね。「太陽族」の
生みの父とはとても思えないな。
(中略)

【「俺はきみのために死に行く」を見に行くか】
●僕は、戦争好きの男たちと国家は大嫌いだけど、女と子供たちは好きだからね。
それにいまは、レバノンで「いま、起きてること」の方が気がかりで、現代美術は、
これにどうNOをつきつけるのか、元・現代美術家としてはそのことの方が気になる。
(以上)

[文中で言及した作品]
○デニス・オッペンハイム「テーブル・ピース」
○アルマンフェル・ナンデス「ホープ・フォー・ピース」
○マーク・ニューソン「ケルヴィン40」
○パナマレンコ「パナマ、ノヴァ・ゼンブラヤ」
○ジェームス・コールマン「ボクス」
○サラ・ジー「たちあがるものは必ず萎縮する」
○ナン・ゴールディン「性的依存症のバラッド」
○クラウディア・アンデュジャール「アイデンティティ」
○アルタヴァスト・ペレシャン「我々の世紀」
○石原慎太郎「太陽の季節」
○石原慎太郎「俺は君のために死にに行く」

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この原稿ではとりあげられませんでしたが、このほかに同展では、ウィリアム・
ケントリッジのアニメーション作品「ステレオスコープ」と、アドリアナ・バレジョン
のインスタレーション作品「ラパの麗人」がよかったです。ケントリッジの作品は、
最後にものすごい量の青い涙が目から流れおちるシーンが泣けました。バレ
ジョンの作品は、国立近代美術館の「ブラジル・ノスタルジア」展でみたものより
スケールが大きく、ブラジルの歴史の裂け目に圧倒されました。結論として、
いいコレクションだと思います。都知事のように「解説がないと分からないような
作品はきらいだ」なんてことを堂々と人前で云えるのは、はっきりいって、テレビの
見すぎです。スペクタクル社会依存症です。自分の頭を使いましょう>都知事
(都民より)
[PR]
by illcommonz | 2006-07-25 13:16
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