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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼明日の神話の原画と壁画はちがう
d0017381_3525371.jpg
と思いました。以下の作文は、いまから1年半くらい前に、原画(=下絵)について
書いたもので、壁画についてはまた別のことを感じましたが、それについては、また、
「明日のブログ」で。

ちなみに「明日の神話にまけぬくまの子くーまん」は、下の作文のエッセンスを
こどもでもわかるように物体化してみたもので、現代の絵画のひとつである、
携帯画面をつかった、オルタナティヴな批評のようなものです。
........................................................................................

 岡本太郎の「明日の神話」・・・・・・・・・・・・・・・イルコモンズ
 「前衛なき戦中美術所縁の荒事十八番ノ手帖 其の九(2005年)」より

●この連載もそろそろ一年になるので、このへんで一区切りつけて、しばらく休みを
とろうと思うんだけど、どうだろう。

■「荒事十八番」も半分まできたことだし、悪くない考えだね。じゃ、前半の最後は、
岡本太郎の話でしめることにしよう。

●先月号の音楽欄で、一九六七年に制作が中断されて以来、「未完の最高傑作」
として神話化されてきたB・ウィルソンの「スマイル」が、三十七年目に遂に陽の目を
見て、ツアーが行われたという話があったけど、その同じ年の一九六七年から
三年がかりで制作され、完成した後、結局一度も陽の目を見ることなくそのまま
三十五年間ずっと行方不明になってた岡本太郎の「幻の最高傑作」が今まさに
蘇ろうとしてるね。

■原爆の巨大なキノコ雲の下で核の炎に焼かれる人間と被爆した第五福竜丸を
描いた「明日の神話」だね。被爆から六〇年目の今年、この再び見出された壁画を、
メキシコから日本に移送するというプロジェクトが目下進行中で、青山の岡本太郎
記念館でいまちょうどその下絵の展示をやってるけど、これは何としてでも実物を
この眼で見てみたいものだね。

●幅三十五メートルというから、縦にしたら「太陽の塔」のちょうど半分くらいの大きさの、
かなり巨大な壁画だね。

■もともとこの「明日の神話」は「太陽の塔」と同じ時期に手がけられたもので、
「太陽の塔」と対をなす作品だといわれてる。現に六七年に撮影された大阪万博の
ニュース映画では、「明日の神話」の下絵と「太陽の塔」の模型づくりを同時に進め
ている太郎の姿を見ることができる。いってみれば、太郎は、片方の手で、万博という
国家の祭典のシンボルとなる「太陽の塔」をつくりながら、もう片方の手で、「明日の
神話」を人知れず描いていたというわけだ。モダンな建築が建ちならぶ万博会場の
どまんなかを突き破り、「人類の進歩と調和」という、これまたモダンなテーマを
豪快に笑いとばしてみせた「太陽の塔」がアポロン的な反博作品だとしたら、
「明日の神話」の方はディオニュソス的だね。

●「太陽の塔」が人間の生命の根源であるマザーネイチャーとしての「原色の太陽」を
讃えるものだったのに対し、「明日の神話」は人間の生を根こそぎ奪いとるデーモン
としての原爆という「黒い太陽」を直視させるものだから、この二つの作品は単なる
対ではなく、対極的な緊張関係にあるものだ。太郎が五〇年代に書いた「黒い太陽」
という文章の中に「黒い太陽に矢をはなとう、そして赤いカニをしとめなければならない」
というフレーズがあるけど、核の放射能に汚染された暗黒の空と海とを引き裂いて、
画面いっぱいに真っ赤な炎を走らせた「明日の神話」はまさにそれだね。

■その同じ文章の中で太郎は、今日は「実験的に太陽をつくりだした時代」だと云い、
それによって太陽に対する神秘や感動が失われたという。だから自分は「幻想的に
太陽を神話化する」のであり、「暗い、やきつく光を持った―黒い太陽」を「克服」し、
「身体いっぱいに新しい太陽を作り出すこと」、そして、それによって「価値観念を
根底的に逆転」させることが「芸術の課題である」とそんな風に書いてる。
「明日の神話」はいわばこのマニフェストに真正面からとりくんだ大作で、太郎の
作品には「太陽の塔」のように太陽をモチーフにした作品が多いけど、その中でも
ずばぬけて強い強度を持ったこの作品がこうして再び、幻ではなく現存する作品
として回帰してきたいま、太郎の最高傑作はこの「明日の神話」ではないかと
僕はそう思うんだ。

●最高傑作かどうかはさておき、ある意味、集大成的な作品であることは確かだね。
太郎が「黒い太陽」という文を書いたのは五六年なんだけど、この同じ年、太郎は
「死の灰」という原爆を主題にした作品を描いていて、さらにその前年、つまり、
第五福竜丸事件の翌年にあたる五五年には「燃える人」という作品を描いてる。
この作品には血ヘドを吐く第五福竜丸やキノコ雲の目玉がすでに登場していて、
この絵の構図がほぼそのまま「明日の神話」の右側半分の構図として引き継がれ
ている。一気呵成に絵を書きあげることの多かった太郎の作品の中にあって、
「明日の神話」に限っては、その下絵が何種類もつくられているということなどからも、
この作品が太郎にとって相当に手強い相手だったことがわかるね。

■ついでにいうと、太郎が「黒い太陽」や「燃える人」を発表した時期というのは、
「アウシュビッツ以後、そして、ヒロシマ以後、詩を書くことは野蛮である」という
アドルノの有名なテーゼが記された『プリズメン』が刊行された時期とちょうど
重なっていて、アドルノ的理性が超克不可能なものとして立ちつくしてみせた、
その同じ時期に太郎は、そうした「現代的ニヒリズム」こそ「克服しなければ
ならない」と書いて、やがて「明日の神話」へとたどりつく暗く危険な道に踏み
出している。理性の醒めた目からすれば、まさに「野蛮」にほかならないような、
そうした危険な賭けに太郎をつき動かしたのは一体何だったのだろう。

●まず一つには「平和」とは与えられるものではなく、「闘いとる」ものだという
考えが太郎にはあったようで、太郎はこう書いてる。「原爆がサクレツした
という事実と平和の問題とは言うまでもなく別個の秩序である。平和運動は
あの激しい現実をみつめたところから始まる。それは戦争よりもっと積極的に、
強烈に闘いとるものなのだ」「ヒロシマ'63」

■この「強烈に闘いとる」という姿勢は「明日の神話」の中心で文字通り火ダルマ
になりながら、しかし死に物狂いで踊ってる骸骨の図に最もよく現れてて、
その立ち姿はどこかしら「殺すな」の文字や「戦士」の絵を思わせるものだし、
さらにその燃え上がる骸骨の灰色の骨によって照らし出された世界の図は、
かつて太郎が交流を結んだバタイユの次の文章と強く交感しあってるように思う。
バタイユはこう書いてる。

 「私が、ある瀕死の存在の、恍惚として憔悴しきった顔を、それを変貌させる
 ひとつのヴィジョンの中に思い浮かべるとすれば、この顔から放射されるものが
 空の雲を照らし出しているというものがそれで、その灰色の微光は太陽それ
 自体の輝きよりも深くモノに浸透する力を持つようになる。この表象の中で死は、
 照らし出す光と同じ性質を持つようになる」。

●つまり「明日の神話」は、原爆の「激しい現実を見つめる」ものであると同時に、
その圧倒的な悲劇をそれとは何か別のものに変貌させる強烈なヴィジョンの
闘いであって、まさに岡本敏子が指摘しているように、それは「ただ惨めな、
被害者の絵ではない」ということだね。

■そう、原爆という最悪のものを相手に死のダンスを踊る骸骨は現代のディオ
ニュソスであって、人間の生を最も強く照らし出す「死を前にした歓喜」のうちで
死と生とがぶつかり合い、新たな分裂生成の魔術が起きるその瞬間を
描きとったのが、太郎の「明日の神話」だと思うんだ。

●悲惨、残酷、絶望、苦悩、狂気、「それに耐えながら、あえて前進するところに
デーモニッシュなたくましい創造がある」と太郎はどこかでそう書いてたけど、
「明日の神話」は、このデーモニッシュな力から生まれたものにほかならず、
それは矛盾に直面するたび思考を停止させてしまう硬直した理性を矛盾の
束縛から解放してやる起爆力を含んでいる。岡本敏子は「明日の神話」を
評して「画面全体が哄笑している」と書いてるけど、「哄笑」とは「死を前に
した歓喜」が発する破裂音のさえずりだ。誰もが知ってる太郎の有名な
言葉に「芸術は爆発だ」というのがあるけど、太郎の作品の前に立つ時、
その画面から鳴り響いてくるのはガーン!とかバーン!といった騒々しい
音ではなく、持続する小さな爆発の連鎖が奏でるリトルネロの方なんだ。
いいかえればそれは、花火のようにパーッと開いてサーッと閉じてしまう
ものではなく、開いたまま永遠に閉じることのない開放状態の爆発であり、
決してやむことのない哄笑だ。

■その感じは太郎の遺作となった、そのものズバリ「哄笑」と題された彫刻を
見るとよくわかるね。古代の洞穴を思わせる無彩色の土管にはいくつもの
穴があって、火や風や光や音が自由に通りぬけることのできる開放された
空間になってる。そんな風にあらゆるものを受け入れ、そしてあらゆるものが
通過していった後の抜け殻のような作品について太郎はこう書いてる。

 「これは笑っている人間です。あまり愉快そうでなく、苦しがっているようです。
 しかし、この笑いと苦悩は矛盾していないのです。真の喜悦、嘆喜は苦しみに
 近いし、また反対に苦悩は残酷な喜びと交錯しています。これが人間精神の
 本質です」。

これを読むと「哄笑」は「明日の神話」で「死を前にした歓喜」を放射していた
あの骸骨のその後の姿であり、それはまた太郎自身であったように思えてくる。

●かつてヨシダ・ヨシエは、丸木位里・俊の「原爆の図」を背負って巡回展示を
やったけど、そんな風に「明日の神話」が運び人を見つけ、僕らの目の前に
現れることを願ってる。(了)

*岡本太郎の「明日の神話」展は東京・南青山の岡本太郎記念館で4月4日まで
開催中(←とっくに終わりました)

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[追記] 今回公開された「壁画」については、イルコモンズのともだちの
東谷(隆司)さんが、キュレーターの目でみたプロフェッショナルな論評を
mixi に書かれているので、ぜひ、そちらをご覧ください。壁画の前で
東谷さんの目が"分裂"し、評価が"矛盾"してるところがすごくいいです。

岡本太郎「明日の神話」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=208675702&owner_id=898215
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by illcommonz | 2006-08-31 03:55
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