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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼オールナイトでもまだ全然たりない
d0017381_3384782.jpg「一橋人類学セミナー」については、
上映した映像のリストやURLも含め、
後日、あらためて報告しますが、
まず、ひとこと感想を云うなら、
「まだ全然たりない」です。



足りていたのはスクリーンのサイズだけで(設営をやってくれた院生のひとたち、
ありがとうございました)。PAは音量こそあったものの音圧が足りませんでした。
それよりもなによりも「文化表象の政治学」からすれば、ツッコミどころ満載の
映像を用意して行ったにもかかわらず、議論が思ったほどもりあがらず、そこが
ちょっと残念でした。また、時間と音量が足りなくて、上映しなかった映像もまだ
たくさんあるので、チャンスがあれば、リターンマッチをやりたいと思っています。
できれば今度は、3日間連続のブート・キャンプ方式でやりたいくらいです。
そのくらいしないと、RECLAIM THE ANTHROPOLOGIXにはならないので、
ぜひやりたいと思います。当日、質問がなかったので、説明しませんでしたが、
RECLAIM THE ANTHROPOLOGIX というタイトルはデマカセにつけたもの
ではなく、ある意味をこめています。まず、"ANTHROPOLOGIX" というのは、
文化人類学がまだ「科学のふりをした詩のようなもの」だと思われていた頃の
人類学、つまり、ANTHROPOLOGYという学問になる直前の状態を指していて
(だから語尾が"Y"ではなく"X"なのです)、それは、ゾラ・ニール・ハーストンや
マヤ・デーレン、カート・ヴォネガットやゴダールやバロウズや岡本太郎のような
クリエイターたちを魅惑する刺激に富んだもので、ある種のいかがわしさや
挑発性や実験性、前衛性や反権威性をもったプロジェクトでした。つまり、
そういうクリエイティヴでアグレッシヴな人類学をとりもどしたいという意味を
こめて、RECLAIM THE ANTHROPOLOGIX なのですが、とりわけ何から
それをとりもどしたいか、といえば「失われた10年」といわれる1990年代から
今日に至る状況からです。さいわい文化人類学者になりそこねたイルコモンズ
には守るべきものが何もないので、このへんでそろそろロスト・ジェネレーション
からの反撃を開始したいと目論んでいて、現代美術家を廃業した時と同様、
「失うものはなにもない、職業以外は」という姿勢ですので、もしこの無謀な
プロジェクトに賛同される方がいらっしゃれば、ぜひ一緒に何かやりましょう。

[追記] 以下は、当日、上映した映像のうちのひとつです。YouTubeをただ
観察するだけでなく、そこに参与するためにアップしました。賛否両論分かれる
ようなつくりになってますので、YouTubeのコメント欄にどうぞ自由にコメント
してください。こんなふうに、YouTubeにアップすれば、ザ・レジデンツの
メンバーやフラハティの親族、そしてイヌイットの人たちが目にする可能性も
あるので、そうしたところからのレスポンスも期待しています。

d0017381_5452978.jpg
▼THE ESKIMORPHOZE A.P.T.N.mix
http://www.youtube.com/watch?v=JoCtu0CN-bI"
編集=イルコモンズ 9分59秒 カラー+B&W 英語字幕つき
[FOOTAGE]
▼ロバート・フラハティ「ナヌーク」(1921年)
▼ザ・レジデンツ 「ディスコモー」(2002年)
▼A.P.T.N. 「Inuit Mittatin」(2005年)

【エピローグ】
「この作品で語られる話はすべて過去形で表現されています。なぜなら
この作品のベースになっているエスキモー、とりわけ、北極エスキモー
(イヌイット)の人びとは、政府の福祉政策によって、一九六〇年代の
後半に、その「悲惨な」生活環境から「救出」されてしまったからです。
いまでは、北極エスキモーの人びとは、政府が支給したプレハブ住宅
に一人残らず完全に移住させられ、一日中、再放送のテレビを見て
過ごしています」(ザ・レジデンツ「エスキモー」(1979/2002年)より)

[解説]
映像人類学の「原点」であるロバート・フラハティの映画「ナヌーク」と
ザ・レジデンツのヴィデオ・クリップ「ディスコモー」の映像をミックスし、
さらに「エスキモー」の上記の「エピローグ」に対するレスポンスとして
A.P.T.N.(アボリジニ・ピープル・テレビジョン・ネットワーク)制作の
テレビ番組映像を付け加えたもの。この番組は「再放送」ではなく、
イヌイットの人びとが自ら制作した番組で、イヌイット文化における
笑いやユーモアの重要性をとりあげている。

*詳しくは下記のエントリーと当日配布した資料を参照してください。

▼世界の周辺で起きている変化を想像する
http://illcommonz.exblog.jp/2053673/
▼文化人類学解放講座・後期・第二部
http://illcommonz.exblog.jp/2232036/

[参照記事]
(映画「ナヌーク」についての論評)「これは、非常に生き生きと、かつ自然に
描かれ、人類学者にとって魅力的な映像になっている。ただし、一方で、この
映像には、音楽やスクリプトが大きな影響を及ぼしており、ディレクターの関わり、
商業的意図を感じざるを得ない。撮影の仕方や構成の仕方、そして音楽や
スクリプトは慣習的なものであり、それは前回の「Sans Soleil」とは対照的に、
私たちの理解を助け、「居心地よく」感じさせるものであった。しかし、それは
既存概念や感覚や価値に何かを訴えたのだろうか?そして人類学的なもの
だと果たして言えるのだろうか?」(マイケル・リチャードソン、一橋大学
「映像と人類学~エスノグラフィックフィルムの問題―エスノグラフィック
フィルムは信頼に足る証拠として使うことができるか?」
より)

[問い]
「このミックスは、既存概念や感覚や価値に何かを訴えたのだろうか?
そして人類学的なものだと果たして言えるのだろうか?」(イルコモンズ)

[応答]
(特になし)

[参照映像]
▼トーマス・エジソン「エスキモーの村」(1901年)
▼ロバート・フラハティ「ナヌーク」(1921年) 米国版/日本版
▼エンサイクロペディア・ブリタニカ・フィルム「エスキモー」(1951年)
▼ザ・レジデンツ「エスキモー」(2002年)
▼ザカリアス・クヌク「氷海の伝説」(2001年)★
  ↑ 
 とにかく、この映画を見よう。すべてはこの映画にたどりつくための、
 はしごにすぎない。たどりついたら、はしごはポイとはずしてよい。

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[追記] 当日は十分に話をする時間がなかったので、この場を借りて応答します。
まず「イルコモンズは啓蒙主義者ではないのか?」という疑惑について云えば、
おそらくそのとおりで、ついでに云えば、「ロマン主義者」だと思っています。
そしてグレーバーが書いてるように、ロマン主義的であることをあまり恐れすぎ
ないほうがいいのではないかとも思っています。つぎに「イルコモンズの欲望は
なんなのか?」という問いについて云えば、欲しいのは研究職のポストではなく、
教職と毎週つかえる教室です。最後に「イルコモンズが人類学から脱落した理由」
ということについて云えば、自分としては「脱落」ではなく「離脱」だと思っていて、
「脱落」にしろ「離脱」にしろ、「なりそこねてよかった」と思ってます。ひとつには
人類学を相対化してみることができたし、人類学以外のスキルを身につけることが
できました。なによりマージナルで分裂したポジションからものを考えるクセが
つきました。そして、いま目指しているのは、Activist-Artist-Anthros という
3A(トリプルA)です。本当はAlternativeというのも付けてたいくらいですが(笑)。
[PR]
by illcommonz | 2007-07-16 05:58
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