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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼ザ・ラディカル・デモクラシー楽団
d0017381_5352490.jpg▼楽団「デモスとクラトス(仮称)」(*イメージ図)

【設立趣意書】 「まず叫びがあった。あなたは覚えているだろうか?おそらくきっかけになるのは、街路に響くマーチングバンドのリズムである。それまで何千もの身体がひしめく空間にただよっていたのは、きまりの悪いよそよそしさだった。そこには敵意や不信感はないが、見知らぬどうしの冷たい距離があった。しかし、その瞬間に、互いを隔てる壁が消えうせる。ドラムの最初の一撃とともに、最初に亀裂が走るのは、互いを隔てるまなざしの壁、パフォーマンスやライブを受動的に享受するだけのオーディエンスたちのまなざしがつくる空間、すなわち、スペクタクルの空間である。メロディが鼓動のように群集に伝わるにつれて、われわれはホーンの音に魅せられる。腕やことば、記憶そしてノイズ、それらが時間や欲望を通じて、ゆるやかに結びつけられてゆく。直接性と情動をつくるというラディカルな美学が実践されているのである。その美学の概念がもとづいているのは、芸術的なつくりの内容よりも、集団的な創造のプロセスから生まれる関係や経験である。われわれはここで情動の空間の創造をまのあたりにしている。それは共にある空間であり、さまざまな結合、議論、共同性が出現するのに不可欠な前提条件となる結合である。そうした機会をつうじて、さらに新しい関係や相互行為が可能となる民衆の空間が出現する。だから、(ドゥルーズがいうような) 民衆の欠如はもはや嘆くべきことではない。情動をつくるという視点からストリートアートやパフォーマンスアートを検討することは、それらの芸術活動がさまざまなポテンシャルをつくりだし、さらにそれがいかに自己組織化のフォームの発展に寄与しているかを検討すること他ならない。基本的な活動形態は贈与(そしてパフォーマンス)という無償の交換であり、それによって芸術の商品化の論理を回避しようとする。そこに受動的な消費の余地はない。すべてのオーディエンスが同時に参加しなければならない。この意味においてラディカルなマーチングバンドの方法は興味深いのだ。それは通常の空間をきりくずす芸術的なパフォーマンスであり、街路に移動可能な情動の空間がつくりだされ、そこに新たな関係が出現する。その関係には希望が宿り、日常生活の網の目のなかに血が通うことになるのだ。マーチングバンドが登場するやいなや、人びとはパフォーマーとオーディエンスを分断していたステージをみつめることをやめ、マーチングバンドの動きにあわせて踊り騒ぐ。もともとマーチングバンドは国家形態に属するものであり、国家が定義する空間をもたらすものだ。その集団は整然とコントロールされて隊列をなし、軍隊に密接に結びついている。そこで提供されるのは、行動への刺激を与える一種のサウンドトラックである。だが、こうした国家や軍隊への結びつきがあるからこそ、それらが抗議の戦術として転用されたり横領されるときに、それがきわめて愉快なものになるのである。しかし、そうした空間が妨害や問題なしに存在すると思ってはならない。そうした空間に対する弾圧や回収は避けがたいものである。また、それらもくりかえしているうちに儀式化されたものとなり、固定した循環のパターンへと後退するだろう。問題はつくりだした空間の情動的なボリュームをキープしつづけることである。スペクタクルへ回収されるワナを回避し、さまざまな瞬間や可能性が凝り固まったり、つくられたかたちのなかで生気を失わないようにする方法である。これは決して一度かぎりの出来事で終わるものではないし、そうなる可能性もない。それはラディカルな想像力を自ら定位させる持続的なとりくみに他ならない。それは絶えざる更新のプロセスであり、そのなかで公共圏から可能性のスパイラルが生まれ、強化されてゆくはずだ。」(スティーヴン・シュカイティス)

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by illcommonz | 2009-04-05 05:36
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