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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼講師略歴(付:私のアカデミックライフほか)
d0016471_14273829.jpg小田マサノリ / イルコモンズ
(民族学/現代美術/文芸批評/デザイン/映像制作/民衆音楽)
 1996年  一橋大学大学院社会学研究課博士課程 単位取得退学
 1997年~ 日本学術振興会 特別研究員(PD)
 2000年~ アジア・アフリカ言語文化研究所 COE非常勤研究員
 2004年~ 中央大学文学部 兼任講師
 2009年~ アジア・アフリカ言語文化研究所 特任研究員

連絡先:mod@aa.tufs.ac.jp

【著述】 『人類学のコモンセンス』 『The Uncanny Experience in Cyber Culture』
『リノベーション・スタディーズ』 『音の力』『日常を変える!クリエイティヴ・アクション』
『野生の近代再考-戦後 日本美術史』『美術に何が起こったか』『素人の乱』(共著)のほか
「現代思想」「図書新聞」「美術手帖」「VOL」「文擧界」「文藝別冊」「ユリイカ」「情況」
「10+1」「インターコミュニケーション」「暮しの手帖 別冊」「道の手帖」等に著述多数、
著書なし。→詳細

【展示】 「日本・現代・美術・沈没」(00年 水戸芸術館) 「太陽のうらがわ/太郎のはらわた」
(01年 ナディッフ)「give piece/peace a chance」(01年 横浜トリエンナーレ2001)
「去年、トリエンナーレで」(02年 横浜赤レンガギャラリー)「EXPOSE2002」(02年 KPO
キリンプラザ大阪)「殺すなアンデパンダン」(03年 康ギャラリー) 「アジア文字曼陀羅」
(03年 アジアアフリカ言語文化研究所) 「戦後?」(04年 appel) 「アサバスカンリバイバル」
(05年 AA研) 「バ  ング  ント」(05年 P-HOUSE) 「アラビア文字の旅」 (06年 AA研)
「台湾資料」(07年 AA研) 「鮮麗なる阿富汗」 (08年 AA研) 「好奇字展」(08年 AA研)
「イルコモンズの回顧と展望(仮称)」展 (08年 大阪市立近代美術館) 「SIGNS OF
CHANGE」(08年 EXIT ART)ほか→略歴

【講演】 「リミックスのやめどころを知る」(03年) 「戦後?のなかでの戦後!の詩と工作」
(04年) 「さよなら万博」(04年) 「ザ・フューチャー・ポーヴェラ」(05年) 「若松映画と
暴/力」(05年) 「アドルノにきく、六〇年目の今日、詩をよむことは依然として野蛮なの
だろうか」(05年) 「新宿インティファーダ」(05年) 「野生の近代再考-戦後 日本美術史」
(05年) 「アザーミュージック」(05年) 「イルコモンズアカデミー」(06年) 「ゴダールの愛の世紀/一なる国家と歴史の孤独に抗する二の愛」(06年) 「イルコモンズ・トラベリング・アカデミー福岡・大阪・京都・名古屋」(06年)「イルコモンズの"平和授業"」(06年)
「アナーキズムとアートの現在」(06年) 「イルコモンズ・アカデミー」(05-08年)
「イルコモンズの「精密な受信機はふえてゆくばかりなのに、世界のできごとは一日で
わかるのに、"知らないことが多すぎる"と、あなたにだけは告げてみたい」(07年)
「民主主義のはじまりの風景~うるさくてめんどくさいことはいいことだ」(08年)
「PRODUCTION AND DISTRIBUTION OF SOCIAL MOVEMENT CULTURE」(08年)
「メディア・アクティヴィズムの回顧と展望」(08年) 「ニューヨークの都市文化」(08年)
「学生運動と人類学」(08年)

【映像】 イルコモンズ・チャンネル on YouTube

【楽団】 T.C.D.C. / ウラン・ア・ゲル / デモス&クラトス

「およそ学者にとって、いちばん安易な道は、自分の学問に一応完結した体系を与えるのに都合のいいように、学問の対象や目的を限定していく方法であろう。私は人生の行路半ばにして迷い込んだ文化人類学という学問になると、当初から、限定された境界や完結した体系などを至難とするほどに、茫漠とした対象領域と性格をもったものではないかと思う。こんなことをいうと、学会の一部から、「いや、それはお前が勝手にそう解釈したり、空想をひろげたりしているだけのことで、この学問には早くから民族学というような名前で限定された対象や目的ははっきりしているではないか。この学問的な伝統からはみ出して、任意に専門分野を拡大していったら、専門というものの純粋性も深さも失われて、単なるアマチュアの教養に堕してしまうばかりだ」という非難をうけることだろう。事実また、私のアカデミックライフは、このような非難にさらされながら、続けられてきたといってもよい。」(石田英一郎)

「私は民族学科に移った。この学問はまったく実証的に、研究者の主観や思惑、感情を排除して、対象そのものをとらえ、帰納的に結論を得ようとする。およそ芸術活動とは正反対なこのあり方に私は逆に情熱を燃やし、打ち込んでいった。自分の運命自体に挑むようなつもりで。パリ大学の民族学教授で、映像記録の専門家であるジャン・ルーシュが企画をたてた。ミシェル・レリス、構造主義で有名なレヴィ=ストロース、それに私の三人を映すという。この映画はまず、こんな質問からはじまる。「なぜ芸術家であるあなたが、マルセルモースの弟子になったのですか?」「芸術は全人間的に生きることです。私はただ絵だけを描く職人になりたくない。だから民族学をやったんです。私は社会分化に対して反対なんだ」。事実、私はそれを貫き通している。絵描きは絵を描いてりゃいい、学者はせまい自分の専門分野だけ。商売人は金さえもうけりゃいいというこの時代。そんなコマ切れに分化された存在でなく、宇宙的な全体として生きなければ、生きがいがない。それはこの社会の現状では至難だ。悲劇でしかあり得ない。しかし、私は決意していた」(岡本太郎)
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by illcommonz | 2009-04-18 16:28
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