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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「阿呆!何だそんなことも知らないのか!」
d0017381_105788.jpg今朝、岡本敏子さんが亡くなられました。
死因は心不全、享年79歳でした。
先月の『情況』(5月号)に書いた、岡本太郎の「明日の神話」に
関する評論に対する返事の手紙を、ついこないだ貰ったたばかりで、
その手紙には、「明日の神話」をメキシコから日本に移送する
プロジェクトの今後のことが綴られていて、最後に「よく見ていてね。」と
そう結ばれていたので、尚更のこと、計画半ばでの死が惜しまれます。

思えば、3年前、岡本太郎記念館での赤瀬川原平さんの講演の後の
食事の席で、太郎が書いた「殺すな」のことを知らなかった椹木野衣と
僕に「阿呆!何だそんなことも知らないのか!」と渇を入れてくれたことが、
後に「殺す・な」をたちあげるきっかけともなったのですが、あの時は本当に、
敏子さんを通じて、あの世から岡本太郎に怒鳴られたような気がしたものです。
(詳しくは『文藝別冊 岡本太郎』収録の「殺すなからはじめよ」をご覧下さい)

d0017381_10561936.jpg左の写真は01年の冬、
「太陽のうらがわ/太郎のはらわた」
展をひらいた際、かつて太郎が
遊んだ南青山の太郎の家から
NADiffギャラリーまでの路上で
行ったパフォーマンスに参加して
くれた時の敏子さんの写真です。
この時、まわりには大ぜい人が
いたのですが、何故かこの写真には
敏子さんしか写ってなくて、しかも、

なんだか遠くからこちらを見てる...

敏子さんが遠くに逝ってしまった今、この写真を見ると、妙に胸に迫るものがあります。
ついに、太郎が敏子さんを呼んで、むこうに連れて行ってしまったんだな、と。
そして、残された阿呆どもは、これから何をすべきなのか、と、喪に服しながら思案中。
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by illcommonz | 2005-04-20 10:37
▼文化人類学解放講座、はじめました
d0017381_3142046.jpg文化人類学者になりそこねているイルコモンズのかたわれが
文化人類学者になりすまして文化人類学の講義を行います。

講義名:文化人類学 共通科目・通年
(通称・文化人類学解放講座) 

本年度は課目履修者のためにブログを用意しました。

文化人類学解放講座BLG(平成十七年度改訂版)


出席はとりませんので、どなたでもご自由にご覧下さい。
なお、参考までに昨年度の講義評価はこんな感じです
内容充実度:★★★★★ 単位習得度:★★★★★
(「みんなのキャンパス調べ」)
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by illcommonz | 2005-04-18 16:35
▼バンパク考
d0017381_1174656.jpg『文擧界』05年5月号に、
椹木野衣著『戦争と万博』の書評として、
こういう長いタイトルの原稿を書きました。

「空間空転空歩不自然下調合不配合
グラグラバラバラのわるい戦記が書かれ、
今日また新たな万博が開幕する」
(文=小田マサノリ)

万博については、これより前に『10+1』(36号)にも書いたので、
この書評と来月の『美術手帖』に掲載される公開書簡で
たぶんもうウチドメだ、と思っていたところに、
DJSpooky ことPaul D. Miller から
別の万博のお知らせが届きました。

Interactive Multimedia Culture Expo
d0017381_1405671.jpg
これには The Freight Elevator Quartet の
Luke DuBoisも参加するようなので、
もし「一生に一度は万博」なのだとしたら、
観てみたいのはこちらの方だけど、よく見たら
←このへんのトーンがRGBなのでヤメました。
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by illcommonz | 2005-04-12 14:09
▼イルコモンズマッドソーシャルサイエンスアワー(最終回)
[先週までのあらすじ]
d0017381_1217172.jpgテレビを見るのをヤメ、テレビゲームから足を洗うと、
このスペクトルの趣味が、だんだんだんだん
すこしづつすこしづつ、ぼんやりぼんやりと
変わってきて、ある日、パチン!とスィッチします。
ゲシュタルト反転的に、コペルニクス転回的に、
スィッチします。

たとえば、こんな具合に、

d0017381_12194470.jpg
見るものばかりでなく、
自分の手でつくるものまで、
そのテイストや好みがガラッと
変わってしまいます。
CMYKの世界が
イイ感じに見えてきます。

とはいえ、テレビのスイッチを消し、テレビを見るのをヤメても、
「いま・そとにある」世界は何にも変わりません(あたりまえ)し、
世界の見方がそれほどドラマチックに変わるわけでもありません。
でも、それを長く続けていると、カントが哲学や思想の手にあまる
手ごわい相手だと考えた人間の「趣味判断」、つまり、
何を「イイ感じ=快=OK=KOOL=快」と感じ、
何を「ヤな感じ=NG=F××K=不快」と感じるか
という「好き嫌い」の趣味やテイストが変わるかもしれません。

d0017381_12375726.jpgイデオロギーや思想や
道徳や倫理や正義にですら
簡単には変えることのできない、
我と我が隣人たちの「趣味判断」の
モードを切り替えてみるための、
そのきっかけづくりとして、
毎年恒例のアドバスターズ


このアクションはオモシロイなと思うワケです。
Reclaim the public space!!!!!!!!
平成十七年度テレビ消灯週間今年も4月25日から
世界同時多発的にはじまります。具体的には、
空港や駅などの公共の場で垂れ流しになってる
テレビ放送をアドバスターズ特製のリモコンで
消してまわる、というのがそれなのですが、
その宣伝広告を見ていたら、
今から30年以上前に、花森安治が『暮しの手帖』で
こんなキャンペーンをうってたのを思い出しました。

d0017381_12341969.jpgよく知られるように、
こうした花森の抜群の広告センスは、
戦時中、大政翼賛会宣伝部に勤務
する中で磨かれたもので、戦後の花森は、
そのセンスとスキルを180度反転させ、
国家(花森の云い方では"くに")への
異議申し立てと「来るべき民主々主義」
のために転用してみせたわけです。
このへんはアドバスターズが、消費型
資本主義のエージェントである広告の
スキルを反資本主義の運動に転用して
みせるのと同じやり口になっているの
ですが、


「ある家庭のみそ汁の作り方を改めさせるほうが、
内閣の一つ二つを倒すよりむずかしい」

と書き、「はじめに暮しありき」と考えた花森は、カント以上に、
ひとの「趣味判断」を手ごわい相手だと考えていたようで、
だからこそ花森は、『暮しの手帖』を通じ、人びとの「暮しの趣味」を
「改めさせる」ような料理やファッション、インテリアの具体的な提言と
オルタナティヴなライフスタイルを宣伝し続けたわけです。

雑誌『暮しの手帖』の表紙の裏に今でも毎号掲載されている
花森の書いたマニフェストには、暮しの趣味の改革者としての
花森の思考と実践を読みとることができます。

とまれ、この二十一世紀のポストモダーンな世界において
人を動かすことのできるものは、もはやイデオロギーや
思想や道徳や倫理や正義なんかではなく、
「趣味判断」ではないか、と、イルコモンズは(も)、
そう考えるので、あ、っ、た(完)。
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by illcommonz | 2005-04-10 12:39
▼・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
d0017381_5532321.jpg




あ、でも、もうすぐ、

がはじまりますよ。
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by illcommonz | 2005-04-08 05:55
▼では、テレビを見るのをヤメると、ひとはどうなるのか
d0017381_2241788.jpgイルコモンズマッドソーシャルサイエンスの時間です。
「テレビをみるとアタマがワルくなる」
という古くからの云い伝えがありますが、
それでは、テレビを見るのをヤメると、
ひとはアタマがよくなるのか、といえば、
こたえは、ズバリ、NOです(たぶん)。
現に僕らは二人とも1989年の冬以来、
テレビを見るのをぱったりヤメましたが、

それで脳の血のめぐりがよくなったか、といえば、ちっともそんな風には思えません。
もちろん「スペクタクル社会考現学」とか「メディア民俗学」の古典的研究にヨれば、
テレビは「さめたメディア」であり、ひとを「ただ見てるだけの受け身の客」にする、
といわれてきましたし、たぶんそうでしょう。それは認めるとして、そこからさらに
もう一歩前ノメリになって知りたいのは、テレビを見るのをヤメると、頭がよくならない
にしても、なにか変わるのかということです。ぶちまけて云ってしまえば、
HOW DOES IT FEEL, LIFE AFTER TV? なワケです、で、どうなのよ?

d0017381_2304066.jpg[こたえ] スペクトルの趣味がカワリます(きっぱり)。
そう、残念ながら、テレビを見るのをヤメたくらいでは、
一度身についてしまったスペクタクル消費民的生活習慣は、
なかなかヌケません、が、スペクトルの趣味なら変わります。
その昔、まだテレビをよく見ていた頃(MTV創世記の頃)は、
←こういうMYKのカラーモードがヌルく見えてキライでした。
これはブラウン管テレビの画面を構成するRGBのカラーモードが、
スペクタクルの世界、ではなく、世界のスペクトルを見る時の
標準設定モードとして意識下にプリセットされてたためと思われます。
現に当時は、このテレビをメディアとして出現したテレビゲームの画面のパキパキした
RGB混合ビームの光の明滅と強烈なコントラストにすっかり目を奪われたものでした。
とかく刺激の強いモノが好きなコドモにはRGBはピッタリです。し・か・し・

d0017381_3154458.jpgテレビを見るのをヤメ、テレビゲームから足を洗うと、
このスペクトルの趣味が、だんだんだんだん
すこしづつすこしづつ、ぼんやりぼんやりと
変わってきて、ある日、パチン!とスィッチします。

では、このつづきは、また来週、このチャンネルで。
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by illcommonz | 2005-04-07 02:24
▼日の丸弁当を見てたら、思い出したことども
d0017381_219616.jpg


「戦争の放棄を誓った第⑨条こそ日本のアジアの国国に対する戦後謝罪だった。
この第⑨条を放棄することは、すなわち、謝罪を放棄することである」
by Chalmers Johnson

というJ・ユンカーマンの「映画 日本国憲法」のロードショーが、
もうじきトーキョーで始まるようです。こないだ死んで亡霊になったデリダ
ジョンソンのこのフレーズを目にしたら、どんなトラックバックをつけたでしょうね。
「謝罪/赦しを放棄することは不可能である」かな。それとも、

♪オレの目を見ぃろぉ、何にも云うなぁ~、かな

この日本の古い歌謡曲の歌詞の意味はこう。

この目を見れば私の云いたいことは分かってくれるだろう。
お願いだから、もうこれ以上、云わせないでくれ。

でも、そこをあえて書くと、憲法条改造反対、これが正論♪、わかってんだけども、
これが今年だと、また格別なのよ、あれは笑えないなぁ、改正させたくないなぁ、
こんな曲でも流してみるか、♪みーんな そそのかれちまう、つーいつい、
流されちまう。結局、○○でまいっちまう、それは誰のせい?それはアレだ!
○○のせい!

で、これはスチャダラパー(光嶋誠/松本真介/松本洋介)「サマージャム'95」の替歌。

と、「帝国の影」つながりでスチャダラジョンソンをメガミックスでつないでみました。
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by illcommonz | 2005-04-06 02:10
▼さよなら万博④~万国博の中心でパニックをまき起こしたモノ
d0017381_64414.jpg「わけがわからなくなっています」(会場関係者)

モトはといえば、「テロや食中毒の防止
のため、警察や有識者と相談した結果」
の措置だったそうですが、開幕前から
市民の反発を喰らってた、愛知博への
「弁当持参禁止令」に宰相が「よっしゃ!」
と横から口出しした結果が、この始末。
モトはといえば、テロをウマイ口実にした、
外食産業の利益保護のための措置で、
万博会場のグローバル・コモンに軒を連ねる
資本主義に配慮した措置だと思うのですが、
そこに気紛れな宰相が「親方日の丸風」を
吹かせてみたら、「そうは問屋が卸さぬ」と
マーケットが反発したという感じですか。

昔から「食べ物のなんとかはなんとやら」と云いますが、万博という、かつての
帝国&国家の祭典の場での、この弁当をめぐる「市民的不服従」には、ネグリ
&ハート・ライクな「新たな帝国」の「生政治」に対する、マルチチュード的レジ
スタンスの匂いがして、このにおいだけで、ゴハンが軽く3杯は食べれそうです。
というわけで、今日の弁当のオカズは、このニュースにきめました。

ええ、欲しがりませんとも、いつまでも、どこまでも、千代に八千代に、
さざれ石のさざれゆくままに、コモンズこそが世で、「負けるが勝ち」こそが
対自然の叡智、グローバル・イルコモンズの生き(のび)る道。
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by illcommonz | 2005-04-05 09:01
▼「批評は、ブログに言うだろう」
d0017381_149335.jpg「"今"がそんなに好きか」と
「遮光された部屋:ブログの画面論」
by 鈴木一誌

すると、あるブログは、批評に、
こう応えましたとさ。
「まさか!」
←イルコモンズ画
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by illcommonz | 2005-04-04 04:04
▼世も末ということ
d0017381_8333496.jpg[ブッシュ] 親愛なるダライラマさま....
[法王] .......

生前には、こんなこともあったので、
さぞや世をはかなんで逝かれたのでは
なかろうかと、異教徒ながらに思う、
永訣の日の朝。
「空飛ぶ聖座」の冥福を祈る。
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by illcommonz | 2005-04-03 03:23