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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼イルコモンズのけむり
d0017381_11415591.jpg●さてさて、ようやく仕事がかたづいたので、
ここらで、ちょっと、一服しようかな。
■あ、やっと、もどってきたね。今回はまた
ずいぶん長くかかったね。
●なにしろ息をヌいてまわるのが僕の仕事だ
からね。でも最近は何だかもう、殺人的に
忙しくて。こちらの息がキれそうだよ。
■なにはともあれ、これでようやくふたりそ
ろって話ができる。やっぱりひとりで書くの
は体によくないね。息が詰まりそうになる。
●そう。「存在する」とは、これ、すなわち、
病める時も健やかなる時も雨の日も風の日も
絶対的に「複数-で-共に-あること」って、
そう、ナンシーの本に書いてなかったっけ。
■本じゃなくて、翻訳版の本の帯にね。
●あ、そうか。でも、あれは良い帯だね。そ
れに原書と訳書を一緒にならべると、こんな
風になかなかきれいだよ。
■そんなことより、どう思う、タバコのアレ。
●あぁ、アレねぇ、「ついに、ヘルスケア・
プロパガンダがはじまったか...」って感じで、
プロクターの『健康帝国ナチス』を、いま、
また読みかえしてるところだよ。「健康増
進法」って、どう考えても、不気味すぎる。
■たしかに靴音が迫ってきてる感じがするね。
●聞いたところによると、宮内庁は「恩赦の
たばこ」も廃止することにしたそうだよ。ま
さに国策なんだね、これは。優良生活者と
健康市民のための、というか、ためだけの、
健全で明るく衛生的な社会と街づくりは、僕
らみたく、規則ただしく乱れた生活を送って
る人間にとっては息の詰まる思いがするね。
ゴダールが云うようにもともと「愛」と「国家」
対極にあるものだから、見かけは
どうあれ、アレが国民の健康への気遣い
なんかではないことが分かってるだけに、
余計なお世話だという気がする。むろん、
受動喫煙の方がよっぽど迷惑だというのは
承知してるから「ここで吸うな」と云われれば
「はい、ごめんなさい」ってひっこむけど、
そうじゃない、主体的喫煙にまで口をはさま
れるのは、やっぱり余計なお節介だね。
■あ、いやそうじゃなくて、ここで話したい
のはあのウルサイ警告文が、タバコのパッケ
ージ・デザインをだいなしにしてるってこと
の方で、人の健康に配慮するふりはしても、
デザインにはそうしないんだなってことだよ。
●たしかにタバコのパッケージやロゴには、
それをデザインしたデザイナーがいるからね。
例えば、ピースはレイモンド・ローウィだし、
ハイライトは和田誠、ホープは塩塚四郎かな。

■でも、この話をすると「海外はもっと徹底してる」ってそう云われるんだ。
それは僕も承知してて、例えば、カナダのタバコのパッケージがそうで、
汚れた肺や歯ぐきの写真をあしらったものから、病院のベッドに横たわる
肺ガン患者の写真がレイアウトされたものまであるからね。さすがに
あそこまでいくと、もうタバコのパッケージには見えない、と、そう云わざる
得ないくらい明確なコンセプトメーキングとデザインワークがされていて、
あそこまでやられれば、さすがにこちらも「まいった」って感じで観念するけど、
いまの日本のタバコのあれは、まるで蛇の生殺しみたいで、あれじゃ、
デザインが成仏できないし、特に君みたいに、ものをつくる人間からすると、
デザインに対する陵辱的行為だという風に思わないか?
●いや、パッケージにしろ、ポスターにしろ、デザインは、作り手の手を一度
離れてしまえば、後は世間の手垢と雨風と消費にもまれ、最後はゴミとして
捨てられる試練の連続だから、そこは割と平気なんだけど、もしグッドデザインを
破壊するんなら、グッドテイストにしろバッドテイストにしろ、それに匹敵する
だけの強度をもったデザインでもって凌駕してほしいとは思うね。そうすれば
迷わずに成仏できるからね。
■つまり見苦しいのはイヤだということだね。
●まぁ、そういうことになるね。
■僕はデザインは得意じゃないけど、工作ならできるので、
自分用にこんな自前のパッケージこしらえてみたんだけど、どうだろう?

d0017381_11521095.jpg
●ハハハ、これはいいね。この画像はどこで見つけた?
■「塩とたばこの博物館」のアーカイブにあったのを失敬したんだ。
昭和30年代に実際に使われてた宣伝らしい。
●「今日も元気だ、たばこがうまい!」って名調子だね。
生きてる実感にあふれてる。というか、詩的ですらある。
■よく、たばこは「百害あって一利なし」とか云われ、たしかに
医学的に判断すれば、そうなんだろうけど、別に僕らは、
医学的な損得勘定だけで人生を送ってるわけじゃないからね。
「元気」にしろ、「うまい」にしろ、それは利益計算からはじきだされる
ものじゃなくて、デリダのいう「計算し得ないもの」であって、
常に計算を超えたところから「やってくる」、美学的な情動だ。
●それに、そもそも「生きる」ってことは、死すべきものとしての
人間の運命にさからって、つねに死神の裏をかきながら、
死に抵抗して生き延びてゆくことだからね。岡本太郎に
云わせれば「本当に生きるということは死んでもいいということだ」。
■僕もそう思うので、パッケージのふちには、こう書きこむことにしたんだ。

「メメント★モリのひととき」

●そうだね、たばこが「死を与える」ものだというのは事実だけど、
死を想わせるそれは、「いま・まだ・ここにある生」を輝かせてくれる
ギフトでもあるからね。つまり、たばこは毒であると同時に薬でもある
ファルマコンだということだね。
■そういうこと。実はこないだ「コーヒー&シガレッツ」でイギー・ポップと
トム・ウェイツがふたりでたばこをプカプカ吹かしながら、
コーヒーを飲んでるのを見て、ふと、そんなことを考えたんだ。
知っての通り、二人ともそれぞれに破天荒な人生を送ってきて、
健康とはまるで縁のなさそうな人間だけど、それでもああやって、
二人とも、ちゃんと生きてるのを見てたら、そんな風に思ったんだ。

d0017381_1222292.jpg
●僕も君に勧められて観たけど、むしろ僕は、あの共に生きてる感じが
いいなぁ、って思いながら、その同じシーンを見てた。たしかガタリが
こんな風に云ってたよね、共に何かをするってことは一緒に息をすることだって。
いわゆる、まわし飲みとは違うけど、ああやって、互いが吐き出した煙を
互いに吸い込みながら、無為な営みと蕩尽の時間を共有する相棒と
場があるってのはいいもんだな、と、そう思いながら見てた。だから
僕にとって、あのヘルスケア・プロパガンダの不愉快なところは、
そういうイルな生の共有地を奪うだけでなく、さらに喫煙者と嫌煙者の
犬猿化を煽ってるように思えるところで、だからこそ、そういうネガティヴ・
キャンペーンに対しては「ああ、今日も元気だ、たばこがうまい」という
イルな生の歓びの宣伝を、つき返してゆきたいものだね。

d0017381_7112612.jpg■ということで、じゃ、さっそく、一本、
恵んでくれないか、そのファルマコンを。
●よし、きた、じゃ、これでも食らえ、
小さな死の爆弾の贈り物だ。
■メルシーズ、アサンテス、
サンキュス、グラッチェ、サーナ。
●タバコを恵む、といえば、生前、
ドゥルーズは、相棒のガタリからよく、
もらいタバコをしてたみたいだね。
ドゥルーズがちょっと猫背になって、
ガタリがさしだしたタバコを、
「お、すまんね」という感じでもらってる
そんな写真をどこかで見たことがある。
■それは僕も見たことがある。
翻訳版の『カフカ』の表紙の見返しに
なってる写真がそれだけど、残念ながら、
下の部分がトリミングされてるので、
タバコのやりとりは見えないけどね。
●じゃ、この写真はその直後のものだね。
ドゥルーズはひどい喘息持ちだったから、
家ではタバコを吸わせてもらえなかったので、
それで外でガタリと会ったときに、
息ヌキをしてたんじゃないか?
■それもあるだろうし、特にこの世代くらいまでのヨーロッパの知識人や芸術家たちは、
ナチスがやった身体のジェントリフィケーションに対する抵抗として喫煙していたという
ところもあるからね。
●そう考えると、タバコというのは、ギフトエコノミーや生-政治を考えるのに
なかなかあおつらい向きだね。
■この続きはまたいずれ。
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by illcommonz | 2005-06-19 12:10
▼イルコモンズの左手
余談ですが・・・・下の文化人類学のブログをたちあげたのには魂胆があります。

d0017381_2434997.jpg

実は、これまでにも文化人類学の教科書のテキストを書いたり、
装丁デザインをやったりしたことはあるのですが、どの教科書も
やたらと字ばかり多くて、どうも自分にはしっくりこないので、
現代書館から翻訳が出てる「フォー・ビギナーズ・シリーズ」
(*原書は、トーテム書林(米)とアイコン書房(英)
の共同出版による"INTRODUCING"シリーズ)
のように、漫画や雑誌みたいに、見て読んで愉しめる
文化人類学の教科書をつくりたいと思い、そのための
手慣らしの習作として、これをやってるわけですが、
いくら教育と学習目的のフェアユース、とはいえ、
これだけの数の図版の使用許可をとろうとしたら、
いかにもタイヘンそうなので、地下出版以外のかたちで
これが出版されることなど金輪際ありえないでしょうから、
右手で売文の原稿を書き散らかしながら、余った
左手で売り物にならない講義録をしたためてる、という次第です。
もし万が一「ウチで出版しよう」なんて向こう見ずな編者者がいらしたら、
その時はもちろん相談に応じますが、その時は人柱(ひとばしら)が一本、
必要だと思います。それはさておき、来週の土曜日(6月19日)発売の
『図書新聞』にまたひとつ雑文を書きましたので、最寄りの図書館か
一部書店の店頭にて、ご愛顧よろしくお願いいたします。

タイトルは下記のとおりです。

「ブリンギン・イット・オール・バック・トゥ・ザ・フューチャー・ポーヴェラ・
ラグ・マイナス・ゼロ・ノーリミッツ~貧乏の叡智が貧しい未来のうたをさえずる」
(文=イルコモンズ)

内容は、豊田市美術館「アルテ・ポーヴェラ」展の展評ですが、
このブログに書いたものとはまったく別の話になってますので、
ブログとあわせてこちらもどうぞ。
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by illcommonz | 2005-06-11 02:17
▼文化人類学解放講座・大解放中
いま、Cマークの大学で担当している「文化人類学解放講座」
いよいよ佳境にはいり、そのブログで公開している教材資料の
制作に追われているので、「イルコモンズのふた」の更新は、
いましばらくお待ちください。

d0017381_1284032.jpg
イルコモンズ編「文化人類学解放講座◎教材資料・縮刷版」
#拡大図を視る

【警告】 この教材資料を、制作編集者に無断で 複製ならびに
頒布することを禁じることを禁じます。ただし教育と学習目的の
利用のみに限ります。 (C)commonrights 2005

d0017381_1301634.jpgちなみに、いまは、
ヤコペッティの「世界残酷物語」の
あたりをやってます。

文明という魔物、
常識という重力、
学問という権威、そして、
グローバリズムの帝国
からの/を生きる人たちへの
文化人類学(の/による)解放講座"
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by illcommonz | 2005-06-11 01:43