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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼次次展:事事をギニョる妹の力
d0017381_9213666.jpg2002年に大阪と
横浜でKPOのコレ→ex.
に追加出展したよしみで
内覧会の招待状を
いただきましたので、
昨晩は秋の月島まで
足をのばし、ひと足
お先に失礼して、
←コレをみてきました。

KIRIN ART PROJECT 2005 「次次」東京展
9月30日[金]-10月23日[日] タマダプロジェクトアートスペース
[出展]石上純也・大森隆義・カワイオカムラ・淀川テクニック・束芋

まずはじめにひとつおことわり。いちおう、この展覧会は、賞金30万円がかかった、
コンペティションなので、エントリーしてる4人の作家の不利益につながらないように、
つとめて公平にバランスよくレヴューするのがエチケットであり仁義だと思うのですが、
それはプロの批評家のシゴトなので、ここではそうせずに、いきなり私見を述べると、
グランプリはぜひ大森さんにと思いました(その理由は後で)。で、イルコモンズは、
平叙文での対象記述がニガテなので、以下、説明ヌキで走り書きすると、まず、
淀川テクニックは、ほんとにテクニックに長けてるなぁと感心しました。ディスプレイの
仕方から写真の構図のキメ方、ストーリー構成にいたるまで、どこをとってもほんとに
うまいなぁ、と思う反面、うますぎて、たま~に今日はひとつ情に流されてみるか、とか、
情にほだされてみるぞ、と思った日には、そのテクのうまさがアダになる日もあるという
のが難点かと思いましたが、このまま写真集とかドキュメントビデオがつくれそうな内容
と質(そしてそのテクニックもありそう)なので、選者のヤノベ君とのコラボ期待します。
次に、石上純也の作品については、なにはともあれ「建築の構造計算ってのは、
スゴいものだな」と感心する同時に、美術と建築のちがいを感じました。グリナーウェイの
幾何学的に設計された画面よりさらにシャープな重力計算によって準備された食卓には、
献立として、たわみやにおいや木目までサーヴしてあって、万事手ぬかりなしの
ヌーヴェル・ゴシック、万事折り巻き済みのダイニング・テーブルでした。ただひとつ
残念だったのは、見た目にいかにもテーブル・マナーの悪そうなイルコモンズは、
このテーブルのイスに座らせてもらえなかったということぐらいでしょうか。もっとも
それは、ちゃんとパーティむきのジェントルな格好をしてゆかなかったイルコモンズが
悪いのですが、それにしてもがっくり。で、次は二つとんで束芋ですが、いきなり、
うあうあううあうあうあうあうあうあうあうああああああうううと、あごがはずれそうなくらい
呆然と見入ってしまいました。ゴシック建築とはうってかわってこちらは、構造計算の
及ばざる「次次変化」の世界、神経繊維たっぷりのリゾーム・ミートのうごく生成変化図。
たとえば、クリス・カニングハムの「ゴム肉人間ジョニーくん」とか、その教父である
フランシス・ベーコンの「法王インノケンティウス」なんかの、おとこのしるしを残した
肉たちにはまだ叫び声をあげることがゆるされているけれども、束芋がギニョる
肉のサーカスでは「おだまり!うるさくするんだったら、そのお口を縫っちゃうわよ!」と
キャタプラのついたミシンがカタカタカタカタと侵攻してきて、カクカクカクカク.............
「           !!!!!!!」と悲鳴をあげたくても、あげる口すら塞がれた叫喚なき地獄
絵図の世界。しかも、ジェンダー的情念のなんとかとか、セクシャルななんとかとか
そういうものをまるで感じさせない、すぐれて同時代的で時事的な浮世絵として描き
ぬかれているところが圧巻です。円形のスクリーンは、いま・ここのその外にあるグロー
バル世界の夜の闇を映すプラネタリウムのようにも思え、この逃げ場のない人間天体
観測ショーの最後に、スクリーンのかげから現れた一匹の(   )が、スクリーンのへり
をつたって何度かとびはねた後、やがてそこからスクリーンの外にとびたってゆくところ
は感動的で、作家から贈られた希望の贈りものみたいで、そこには「おんな」というより、
民俗学でいう「妹の力」を感じました。そんなものすごい作品を先に見てしまったせいで、
カワイオカムラのビデオ作品「ヘコヒョン」についてはもう冷静な目で見れなかったので、
言及はさけますが、会場で配布していた「アート」についてのテキストには共感を覚えま
したので、その部分をここに書き写すことします。「2005年、田を耕してもヘコヒョン、
2009年、魚を獲ってもヘコヒョン、2011年、きっと生きているだけでヘコヒョンと言わ
れる時代が来るだろう。その前に、すべての観客は大急ぎでヘコヒョンを見るのをやめ
て、ヘコヒョンにならなければならない。ヘコヒョンを語ることで自分を表現してはいけ
ない、ヘコヒョンに自分の薄っぺらな物語をたくしてはいけない」。いや、まったくのところ、
イルコモンズもそう思うし、またそう思うからこそ、わざわざヘコヒョンの作家を廃業したり、
ヘコヒョンの展示に介入するのをやめたわけなので、このマニフェストには大いに共感
を覚えました。で、最後に大森隆義ですが、本当にただの油絵です。そのただの感じと
いうのは「自動ドアだと思って立ってみたら動かないのでよく見たらただのドアだった」
という感じで、「でも、よく考えてみれば、ドアは自分の手であけるもので、そういえば、
もともとドアとはそういうものだ、ということを忘れていることすら忘れていた」ことに
気づかせられるような感じの絵です。中原昌也の小説のような凄みこそないものの、
というか、ないからこそ、見てもなんの感動もないし、見てよかったとか、見れて
うれしいとか、見て癒されたとか、あのキャラはいいとか、これはスーパーなんとかだとか、
次はこれだとか、いまのうちに買っとけ、とか、そういうスペクタクル性やマーケット性を
ほとんど何も持たない、手ぶらの絵で、もし、あの絵に描かれた人物たちが現実に
存在するなら、そのごく限られた数人と作家本人には確実によろこびを与えるような、
絵本来の「捧げもの」としての機能やその原質にふれさせてくれるような、そういう
ほんとうにただの絵です。なんのしかけもありません。おそらくグループ展に出せば
誰の眼にもとまらず、コンテストにだしても絶対に賞などとることのない絵で、
もしかしたら表に出るのはこれが最初で最後になるのではと思わせるような絵なので、
そういう作品にこそ、グランプリの栄光や名誉はさておき、これからの絵の具代として、
賞金30万円のうえにさらに「キリングループ製品1年分」もつけて、贈るのがよいのでは、
と思った次第です。あと、余計なことですが、大阪展ではぜひKPOでいちばんよい部屋に
展示するのがよいのではとも思いました。できれば「へこひょん」のテキストに近いところに。

#いま見たら段落分けがなくて、すごく読みにくいですが、でも、たまには、
  こういう書きっぱなしもいいか、と思ったので、このままにしておきます。
  それにもともとイルコモンズの「地の文」というのは、こういう感じなので。
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by illcommonz | 2005-09-30 09:34
▼号外・イルコモンズさん勝訴
d0017381_14364041.jpg
[ニュース解説] 画像を拡大してみる
現在の日本の法令では、2人以上の人間が集まると、結社、もしくは、
団体とみなされ、日本の法律に抵触するような会話、もしくは、談合が
おこなわれた場合、共謀罪が適用されますが、「四人称複数」の存在
であるイルコモンズさんたちの、詩的な言動や謀議に対して、はたして、
共謀罪を適用することが可能かどうか、その是非をめぐる、はじめての
公判が今日、東京地裁で開かれ、予審の結果、詩的に数えた場合に
複数の人格であっても法律上はただ独りの個人であるとの判断が示され、
被告のイルコモンズさんたちに対して「無罪」の判決が下りました。
なお原告である国は、押収した資料*をもう一度よく調べなおしたうえで、
あらためて控訴するとの対決姿勢をあらわにしています。(ロイター通信)

[イルコモンズさんの談話]
ふふふ、はじめからこうなることをにらんでイルコモンズをつくったわけ
ですから、当然の判決だと思ってますよ。ミッキーマウスとおなじでね、
イルコモンズというのは人間ひとりひとりの心のなかにいるわけだから、
みんながそれぞれ自分で考え自分で計画し自分で勝手に行動する
やまねこみたいなイルコモニチュードの群れになれば、なにがこようと、
へっちゃらです。なんたって、存在とは、常に-複数-で-共に-なる-こと、
なんだから、ふふふ。(共同通信)

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以上、「インディペンデント・ニュース23」は「外道スタイル」ほか各社の
提供でお送りしました。

------------------------------------------------------
*家宅捜索で押収された資料一覧(一部)

・イルコモンズ「見よぼくら四人称複数イルコモンズの旗」
  『現代思想』03年2月号

・イルコモンズ「見よぼくら四人称複数イルコモンズの旗、改メ、殺すなの旗」
  『現代思想』03年6月号

・イルコモンズ「さよなら落書きなき世界
  ~街をノックするものを怖れているのは誰か」
  『現代思想』03年10月号

・イルコモンズ「ぼくらの住むこの世界ではデモに出る理由があり、
  犬は吠えるがデモは進む」
  『情況』03年10月号

・イルコモンズ「ミスタージョニーライドンさん、あなたに神のXXXXを、
  さもなくば、ノー・フューチャーの祝福を」
  『別冊文藝』04年4月

・イルコモンズ「前衛なき戦中美術所縁荒事十八手ノ手帖①~⑨」
  『情況』04年5月号~05年3号号

・イルコモンズ「地球をとめてくれ、僕らはもうおりたいんだ」
  『美術手帖』04年8月号

・イルコモンズ「BL:タイトルなし」
  『インターコミュニケーション』05年春号

・イルコモンズ「びびびのねずみ男をめぐる冒険」
  『ユリイカ』05年9月号
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by illcommonz | 2005-09-29 23:59
▼日本のポエト8+
d0017381_22544597.jpg
**********************************
日本のポエトリー・リーディングス詩華選・其の8
**********************************
【仮題】 レイジ・アゲインスト・ザ・モダン・エイジ
【副題】 一発即天去私のリーサル・リベンジ
【分類】 近代的知識人の憤怒と呪詛の詩
【適性】 グラインドコア、トリップホップほか
................................................

 セレブな紳士と淑女
 ザ・コーポレイションと
 コーポレイション

 企業と機関は
 グローバルの名のもとに
 虚偽に虚偽をかさね
 自然を大破壊

 政治家たちは
 リベラルの名のもとに
 虚偽に虚偽をかさね
 自然を大破壊

*自然にそむいてる
 自然にそむいてる

**人ビトは今日もまた
 火山の火口のまわりで
 死のダンスを踊りながら
 太陽がまた明日ものぼると信じ
 楽しい人生だなどと云っている

*自然にそむいてる
 自然にそむいてる

 セレブな紳士淑女よ
 余は君らを憎む
 余は君らを憎む
 余は君らすべてを憎む
 余は君らを
 わが生涯の最後まで
 君らの種族の最後の一人まで
 心底から憎む

**人ビトは今日もまた
 火山の火口のまわりで
 死のダンスを踊りながら
 太陽がまた明日も昇ると信じ
 楽しい人生だなどと云っている

*自然にそむいてる
 自然にそむいてる

 自然にそむく害虫である
 人間を殺すのは
 自分たちの女神である
 自然の法なのだ
 地震や津波は
 人間に対する
 自然の復讐なのだ

*自然にそむいてる
 自然にそむいてる

**人ビトは今日もまた
 火山の火口のまわりで
 死のダンスを踊りながら
 太陽がまた明日も昇ると信じ
 楽しい人生だなどと云っている

*repeat
**repeat
_______________________________________________
英語原詩:夏目金之助 (a.k.a.夏目漱石)
現代語訳:イルコモンズ
(一部補作)

----------------------------------------------------------------------------
[追記] これは漱石が日露戦争前夜に英語で書いたと云われる檄文に手を加えたものです。
なんにせよ、漱石の書いたものだとすれば、もうとっくの大昔にパブリック・ドメインにはいり、
著作権は即天去私して迷わず成仏、諸行無常の三途の河流れの中を自由にスイムしてる
と思われるので、下の憲法詩と同様、これをラップのリリックや、ポエトリーリーディングの
テキストとして無断で使ってもらっても構いません。許可はいりません。字句や文言を
いじってもらっても構いません。ラップだけでなく、ダブ(以下省略)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
[創作のてびき] "智にはたらきすぎたときは情に道しるべの旗をさしておくこと"

「山みちをのぼりながら、こう考えた。智に働けば角がたつ。情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。とかくに、この世は住みにくい。住みにくさが高じると、安いところへ
引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画ができる」
夏目漱石「草枕」(1906年)

[マッシュアップむきの詩とうた]
「ぼくらはみんな生きている、生きているから歌うんだ、ぼくらはみんな生きている、
生きているから悲しんだ、手のひらを太陽にすかしてみれば、まっかに流れる
ぼくのちしお、みみずだって、おけらだって、あめんぼだって、みんなみんな
生きているんだ、ともだちなんだ」
やなせたかし「ウィー・アー・ノット・アローン、手のひらを太陽に」(1961年)

[注意]ただし、こちらは作者(アンパンマンの人)が存命中なので、著作権が生きている♪
生きているから、うたおうとすると、いろいろ角もたてば棹もたつ。手続きを通せば窮屈だ。
とかくに世間は住みにくく、引越しするにも金がいる。無償の太陽にそむいて流るる資本の
ちしお。今日も資本の火を吹くグローバル大火山大噴火、おどれやおどれ、死のダンス、
ふにくりふにくら、たのしい生活、ふにくりふにくら、おいしい生活、ふにくりふにくらくらと、
めがまわる。あゝ、こんなことなら、いっそ、みみずやおけらやあめんぼにうまれてくれば
よかったのにと悟ったとき、ふと見た手のひらから、詩がうまれ、うたのちしおが、こぼれ、
でる。
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by illcommonz | 2005-09-29 23:05
▼新日本憲法草案(附・解説)+挿画
d0017381_18304430.jpg
去る8月31日の夏休み最後の日に、戦後六〇年目の今年の夏休みの
宿題として、「イルコモンズ憲法」という仮のタイトルで作文したものに
「原田企画」の原田さんが挿画を寄せてくれましたので、あらたに
「新日本憲法草案」としてレイアウトデザインをこしらえてみました。#拡大してみる

これからさらに、こまかい字句の調整や文言の推敲を重ねてゆくつもりです、が、
もとより「憲法」というのは誰のものでもない「コモンズ」(=共有物・共有財産)なので、
もしなにか好い思いつきや修正案、新提案などがありましたら、メールかmixi を通じて、
どしどし、ご意見、ご感想、ご希望、ご要望、ご提案、ご反論、ご異論、お寄せ下さい。
ああでもないこうでもない、こうしたらああしたらと、手に手をくわえたうえで、できたものを、
実験として、ある「現代詩」の雑誌の審査と選評のある投稿欄に送りたいと思ってます。

そもそも、民主主義とか云いながら、憲法第96条のさだめるところ、とかによれば、
憲法の改正案を決定し発案し発議できるのは国会の両議院と内閣だけである、
というのは何とも納得できない話で、作文を書くことくらい誰だってできるはずなので、
国会や内閣がヘンてこな改正案をこちらに投げてよこしてくる前に、先にこちらで
もっと好い改正案を準備しておいて、どちらが好いか互いにたたかわせ合おうというのが、
この詩作の趣旨であり、未来の夢の政治・直截民主主義にむけての実験とレッスンです。
もし、この趣旨と実験に賛同し共感し支援してくれる方がいらっしゃいましたら、
年齢・性別・国籍・職業・思想・信条・趣味・宗教はいっさい問いませんので、
ふるってこの共働(原文ママ)制作へのご参加をおねがいします。以上。

-----------------------------------------
[追加1] というわけで、もし憲法を改憲するなら、第9条よりもまず先に第96条を改憲し、
憲法改正案の発案を、国民からの「直截公募制」にして、詩人や作家やこどもたちに、
おそろしく詩的で、かつ文学的で、しかも想像的で、理想と現実と矛盾がせめぎあうような
モノ凄いやつを書いてもらうのはどうかなと、イルコモンズは思うのですが、いかがでしょう?

[追加2] それから、この憲法詩をラップのリリックや、ポエトリーリーディングのテキストとして
無断で使ってもらっても構いません。許可はいりません。字句や文言をいじってもらっても
構いません。ラップだけでなく、ダブでもフォークでもイルビエントでもパンクでもグラインドコアでも音楽のジャンルは一切問いません(J-POPは好きじゃないですが、排除はしません)。
ラジオエデットでも12インチ・エクステンデッドでもメガでもラガでもガバでも何でも好きなように
ミックス・アップ/ダウンしてください。最後に、もういちど書きますが、許可はいりません。
でも、できたら、できた、デモ、音源とかは、聴いてみたいです。
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by illcommonz | 2005-09-28 19:15
▼野生の近代
まだちょっと先ですが、わすれないうちに、お知らせします。
下記のシンポジウムにイルコモンズも出ます。
出番は4日(金)ですので、ご愛顧よろしくお願いします。

d0017381_1483341.jpg 国立国際美術館新築移転1周年記念連続シンポジウム
「野生の近代:再考-戦後日本美術史」
http://www.nmao.go.jp/japanese/kouenkai.html#
11月3日[木・祝] 4日[金] 5日[土]*入場無料
国立国際美術館地下1階講堂

[出演] 浅田彰、尾崎信一郎、尾崎眞人、
小田マサノリ(イルコモンズ)、黒田雷児、
椹木野衣、島敦彦、高島直之、建畠哲、
千葉成夫、中井康之、中原佑介、林道郎、
針生一郎、平芳幸浩、正木基、光田由里、
李美那(50音順)
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by illcommonz | 2005-09-28 14:19
▼サーカスがくるぞ
d0017381_12524548.jpgえーと、たしか、ですね、
僕らの記憶にマチガイがなければ、
←コレが今日からグランド・オープンする
は、ず、な、の、に......とんとん、
とんと音沙汰がありませんね、
横浜トリエンナーレ、の、事務局からの、
お招きのお誘いとおたよりが...

たしか、僕らの記憶に狂いがなければ....

イルコモンズが「元・元・現代美術家」ではなく、×ダマサ×リの名前で、
まだ「現代美術家」のふりをしてた、あの2001年セプテンバー・イレブンの夏、
グラウンド・ゼロの秋、アフガン戦争のとき、た・し・か・「介入」ではなく
「正式出品」
で、第一回目の横浜トリエンナーレに参加、した、ような、
記憶があるんですが、思いチガイでしょうか.....

おかしいなぁ。。。。。。ねぇ、かあさん、ぼくのあの展示どうしたでせうね?
ええ、あの夏、秘宝館から沼池にゆくみちゆきで、アートにたまりかねて、
最後にまたゴミクズに突きもどしてやった、あのガラクタ/ピースな展示ですよ。

d0017381_1332842.jpg
ああ、そうそう、これですよ、かあさん。
そうそう、これもそうですね、かあさん。
そうだ、これもでしたね、かあさん。

d0017381_1322543.jpgあれはね、好きな展示でしたよ。
ぼくはあの時、ずいぶんくやしかった。
だけど、いきなり風が吹いてきたときも、
そのあと、いちねんすぎても、だぁれも、
なぁんにも、してくれないもんだから....
あれ?かあさん? ねぇ、かあさん、かあさん、
かあさん、ってば、かあさん、かあさん、
かあさん、かあさん、かあさぁぁぁぁぁぁぁん!

もういいかげん、あのときのことは忘れてしまいました!!!!!!!

だから、せめて、ナントカのよしみで、入場券のいちまいくらいは、
おくってくださいませんか、横浜トリエンナーレ事務局さま。

おくってくれるだけでいいんです、あとはなぁんにもしないから。
介入もしないし、展評も書かないから。

木下、キグレ、矢野、ボリショイ・わっしょいと、サーカスに、
てんで目のないイルコモンズにどうか入場券を2人分、
なんて野暮なこと云わず、せっかく「街にサーカスがやってくる」んだから、
イルコモンズが担任している一学級分くらい、どどどどどどどーんと気前よく、
おくってくださいませんか、横浜トリエンアーレ事務局さま(はぁと♡

d0017381_13114824.jpg

・・・という感じに、僕にとって「サーカス」というのは、たのしくて愉快なもの、
というだけでなく、やがて哀しく、そして、何だかちょっとコワイところもある、
そういうものなのです。というわけで、今日、開幕した4年目のトリエンナーレ、
アートサーカス・ザ・横浜トリエンナーレ2にも、そういうものを期待してます。
そしてもしまた、何かが起こった時は、今度こそちゃんと何かやって見せて下さいね。
世界が思わず目をみはるようなアクロバット的コンテンポラリー・レスポンスを。Chu!!d0017381_1333302.gifd0017381_1333302.gif
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by illcommonz | 2005-09-28 13:04
▼夏休みが終わって
d0017381_11131791.jpg
後期最初の、
今日の講義は、
前期に実施した
定期試験の講評でした。

実施した試験問題は、
いつもと同じく、こういう
問題でした。


【問題】************************
自分で自分にこたえられる問題を自分でつくり、
自分で答えを出して、自分で評価してください。
*****************************
これは今から5年くらい前に、東京のある女子大の非常勤講師として、
はじめて教場に登壇したときから、教科によらず、科目によらず、
どの大学の、どの学部でも、同じようにずっと出しつづけてきた
試験問題で、一種のインディーズ・ステューデント養成試験、
別名・クール・クール・インディペンデント交感テスト(笑)です。

もともとは「現代の日本文化」を"教える"という講義ではじめたもので、
ただし・・・「ここでの"教える"は、educate ではなく、あくまで
情報を"おしえる"という意味の inform であって、僕はみなさんに
教えるようなことは何にもありませんよ」という「おことわり」つきの、
講義の現場から、うまれてきたものでした。

で、今年は特に、勤務先の大学が、試験中の不正行為の防止と
その監督および処罰に、非常に神経をとがらせてることが判ったので、
ならば及ばずながら、イルコモンズが、ひと肌ぬいで御協力いたしましょうと、
カンニングその他もろもろの不正行為を完璧に防止し、撲滅するために、

【通達】**************************************
「持ちこみすべてOK、PC・携帯電話・電子辞書の使用もオール可、
そのほかグループでの話し合いや助け合いも可。ネット検索も可」
******************************************
という新しいレギュレーションを試験的に導入して試験を実施したので、
不正行為はゼロ、疑わしい答案は一枚たりともありませんでした。
さらに試験監督の負担も著しく軽減され、処罰の対象となるものも
なにもありませんでしたし、そしてなによりも、総体的に、
答案のクオリティがめざましく向上しました。

しかも、あろうことか試験当日に、講師が遅刻してきたため、
そのおわびに制限時間なしの時間無制限の試験になり、
しかも教室の席が足りないというハプニングまで発生したため、
席のない学生は教室の床にベタ座りして試験をうける始末。
ただし時間を無制限にしたことで、これまた、総体的に、
答案のクリエイティヴィティがめざましく向上しました。

参考までに、試験中、答案作成支援のために教室で流した
「定期試験のためのサウンドトラック」の、セットアップ・リストは、
次のとおりでした (ただし曲順はやや順不同)。
...........................................................................
d0017381_11404831.jpg
 ・ジム・オルーク「ハッピー・デイズ」
 ・マックス・イーストレイ「ハイドロフォン」
 ・ブライアン・イーノ 「ディスクリート・ミュージック」
 ・藤原ヒロシ 「ドーン~ダブハンター」
 ・ウィリアム・バシンスキー 「ディスインテグレーション・ループ第4番」
 ・J-L・ゴダール「ヌーヴェル・ヴァーグ(OST)」
 ・池田亮二「スペース」
 ・ギャビン・ブライヤース 「タイタニック号の沈没」
 ・LGS 「ダイアル・トーンズ」
 ・コンピュータ・スープ「ソフト・ビニール」
 ・フェネス「セシリア」ほか
.............................................................................
フェネスの「セシリア」が流れる教室で、学生たちが熱心に答案づくりに
とりくんでいる風景を教壇からながめると、なんだか岩井俊二の映画の
一場面を観てるようで、なかなか感動的でした。で、テストのおわりは、
いつも最後にかける、ヴンダーの 「ルック・アウト・フォーユア・セルフ」でした。
フェネスとヴンダーは、夏のテストでも冬のテストでも、どちらでも結構、
つかえますから、ぜひ一度テストしてみてください。

で、今日は、このテストのコンセプトとその「こたえ合わせなき講評」の日に
うってつけの文章を。夏休みのあいだに見つけておいたので、そのプリントを
最後に配布して、この日の講義をおわりました。そのテキストというのは、
鶴見俊輔が岩波書店の「図書」に連載している「自分用の索引」の中の
「夏休みが終わって」というタイトルの短いコラムで、そこにはこんな風に
書いてありますので、このブログを見てる学生諸君は、特に次の引用箇所に
よぉく目を通しておくように。試験にはたぶん出ないけど、大事なことなので、
しっかり読んでおくこと、以上。では、また来週。

=======================================
 明治六年に全国ではじまった学校制度は、①先生が問題を出す、
 ②その正しい答えとは先生の出す答えだ、という前提にたっており、
 生徒自身がそれぞれ、6歳までに知っていることの中から自分で
 問題をつくり、答えを出すということは除外されている。もし大学まで
 進むとして、十八年、自分で問題をつくることなく過ぎると、問題とは
 与えられるもの、その答えは先生が知っているもの、という習慣が
 日本の知識人の性格となる。今は先生は米国。[...] 教師も、明治
 以前の寺小屋の気風を受け継ぐ時代から離れて、大学教育学部
 養成の教師たちになると、知識人共通の性格から自由ではない。
 [...]そのときの光背を失わずに、点数によって人を見ない運動を
 続けている人は、現代の中で私の知る限り、無着成恭だけである。
 こうした姿勢を日本の教師は、小・中・高・大を通して失った。無着
 成恭が僧侶になったのは、今の日本の学校に彼のいる場所がない
 からだ。[...]日本の大学は、日本の国家ができてから国家がつく
 ったもので、国家が決めたことを正当化する傾向を共有し、世界
 各国の大学もまたそのようにつくられて、世界の知識人は日本と
 同じ性格を持つと信じられている。しかし、そうではない。(以下略)
 鶴見俊輔「夏休みが終わって」

--------------------------------------------------------------
[追記1]
こないだ見た映画で、モリ・トラオレは、「人を、1、2、3と数えるのは、
人をバン、バン、バンとピストルで撃つのと同じです」て、いうてはったけど、
そやったら、45点とか、66点とか、21点とか、人に点数をつけんのんは、
マシンガンつこうて人をハチの巣にすんのと同じなんやろか、とか、
そんなことをボンヤリ考えながら、講義を終えて、教室をでると、
別学部から聴講しにきてる学生さんが寄ってきて、こう、云われました。
 「先生は反抗的ですね」(たぶん(笑)つきで)
普通、こういうのは、教師が生徒に対して云うことなので、さすがに
ギョッとしましたが、でも、つい、「あ~、気がつかなかったけど、
そうかも。」って、なんだかアホみたいな返事をしてしまいました。
で、後になってから、「そうか、あの時はこういうふうに返事すれば
よかったんだ」って反省しました。これも鶴見俊輔が書いてることで、
反抗的なものはたしかに煩(わずら)わしいものかもしれないけど、
でも「反動は決して悪ではない」と。
というわけで、どうやらイルコモンズは、まだまだ修養が足りないようなので、
どこかの寺小屋のモンクに弟子入りさせ、鍛えなおしてもらったほうがよさそうです。
なので、もしどこかよい寺小屋があれば、ぜひ、イルコモンズまで、ご一報を。

[追記2]
「答案用紙に写真とかイラストとかふき出しみたいのがあるけど、
あれ、なあに?」という問い合わせを受けましたので、おこたえします。
あれは「つるつるぴかぴかのまっさらな白紙の答案用紙を前にすると
ビビってアタマがまっしろになってしまう」という意見がイルコモンズから
寄せられたので、それをうけて、イルコモンズにデザインしてもらった
答案用紙です。なにしろ「問題」を受験者に白紙委任しているので、
そのうえ答案用紙までミニマルアートみたいな白紙だと、さすがに
手も足も出すことができず白旗をあげる学生も出てきかねないので、
「使っても使わなくてもどちらでも自由」ということで特別に用意した
補助車つき自転車ならぬ、補助デザインつき答案用紙です。
いったい誰がどっちをむいて誰にむかって何を云っているのか、
てんで、ちんぷんかんぷんなモノローグ的論述を避け、
議論にディスカッシヴなフローとリズムを与えるための
フローチャートとキャラクターアイコンをあしらった、
ユーザーフレンドリーなデザインになってます。
それ以外に、どうしてもうまく問題が思いつけない
受験者のためにイラストをつかったサブテストも
オマケでついてて、ユニバーサル・デザインとか
そういうのがニガテなイルコモンズにしてはめずらしく
バリアフリーなデザインです。この用紙を思う存分使って
おもいっきりラクガキやカキコミをしてくれた受験者や
ふきだしやアイコンを上手に使ってニュアンスと
笑いに富んだ議論を展開してくれた受験者もいて、
答案を読むのがぜんぜん苦痛じゃありませんでした。
「学生たちの答案を読まされるのは苦痛だ」と、
いつも悲鳴をあげている教師の方は、
いっぺん、この方式を試してみられるとよい
と思います。なにしろ簡単ですから、
誰でもできます。
ここにサンプルがありますので、
詳細はこちらをご覧下さい。

■平成十七年度 文化人類学解放講座 前期学期末試験用 補助答案用紙
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by illcommonz | 2005-09-27 11:27
▼ち、き、ゅ、う、の、じ、け、ん、としてのグローバリゼーション
(「文化人類学解放講座」より転載)

d0017381_8371721.jpg後期の「文化人類学解放講座」の
最初の数回の講義では、
みなさんたちもたぶん、もう、
耳たぶでタコヤキが焼けるくらい
聞きあきてしまったコトバだと思う
「グローバリゼーション」というものを
もういっぺん、その原点のほうまで
ズルズルとひきづりもどして、そこから、
「グローバリゼーション」というものを
もっとより遠くまで考えぬいてゆくための
長い序奏/助走のようなものとして、
スケールの大きな映画をみます。
まず最初にまとめて見るのは次の3本です。

ゴドフリー・レジオ監督
「コヤニスカッティ」(1983年)

ブルース・コナー編集
「クロス・ロード」(1976年)

ウィリアム・バシンスキー撮影
「ディスインテグレーションループ第一番」(2001年)

とんで、12月頃の講義では、ファーストフード(マクドナルド)や
ブランド・シューズ(ナイキ)、キャラクターズ・グッズ(ディズニー)など、
ぼくたちわたしたちの日常生活の現場とその身のまわりにころがってる
モノから「グローバリゼーション」を至近距離で考えてゆきますが、
(そのときは「ザ・ビッグワン」「ミッキーマウス、ハイチへゆく」などを観ます)
そこではたぶん、すっきりとした出口や解答がみえにくくなってしまう
と思いますので、そこで思考を窒息させてしまわないために、
まずスケールの大きな地球サイズの映画をみておいて、
それを、思考がとまりかけたときに想像力でもういっぺん
そのねじをまきなおすための糧にしたいと思います。

そこでまずはじめに、「グローバリゼーション」という、
まだ見通しの立ってない、そして、ついつい、あたまでっかちな話に
なりがちな問題を「グ ・ ロ ・ ー ・ バ ・ リ ・ ゼ ・ ー ・ シ ・ ョ ・ ン」
という感じにひらいてゆくために、それを「ち、き、ゅ、う、の、じ、け、ん」
としてとらえ、ちょっとカタイいことばですが、「文明批評」という古くからある
ジャンルのはなしに、いったん、つなぎなおしてみたいと思います。

d0017381_8373723.jpg
そこでまずは「コヤニスカッティ」という映画をみて、
「グローバリズム」の「ブローブ=地球」そのものに
目をひらいてみるということからはじめようと思うのです。。

次にみる「クロスロード」は、「コヤニスカッティ」のような、
人類に警告をうながすような映画が制作されたいきさつや
その時代背景を知るためのものであると同時に、今年は
原爆投下から60年目の年であり、また来年は
第五福竜丸事件から50年目の年でもあるので、
その意味でも、いま、特に観ておきたいと思います。

最後にみる「ディスインテグレーション・ループ第一番」は、
はじめはどこかステキなものに思えた「グローバリゼーション」
というものが、やがてその圧倒的な負の部分をおもてに
さらすことになっていった、そのきっかけとなった事件を
しずかに記録した作品としてみることにします。

参考として、この3本のアート系ドキュメント・フィルムをつづけて
みるときのキーワードは「文明」「バランスのこわれた世界」
「テクノロジー」「悪魔の発明」そして「黙示録的予言」がそれです。
実際、この3本の映画には、ストーリーも、ナレーションも字幕も
なんにもありません。唯一例外として引用されるのは、
アメリカ先住民ホピ族のことばと予言だけです。
ともあれ理屈や物語はあとまわしにして、まずは
目で体験し、それを記憶にとどめることから
はじめたいと思います。

その次は、視点の標高をもうすこし地面や海面の方に移し、
人間の生活サイズのことがらに焦点をしぼってゆくために、
次の2本の映画をみます。

ヴェルナー・ヘルツォーク監督
「緑のアリの夢みるところ」(1984年)

スカイ・ヴィジュアルズ制作
「クラ・島々をめぐる神秘の輪」

d0017381_8375817.jpg
「緑のアリの夢みるところ」はオーストラリアの先住民と
企業との衝突を描いたフィクションです。この映画には、
物語のなかの登場人物として文化人類学者が2人でてきますので、
前期の「文化人類学者になりしました人たち」のつづきとしてみてください。

「クラ・島々をめぐる神秘の輪」は、前期の講義でみた
トロブリアンド諸島の「クラ」のその後のはなしとしてみると同時に、
テクノロジーの問題などにひきつけてみてもよいかと思います。

以上が10月から12月にかけての講義のおおまかなプログラムです。
あとの具体的な内容のはなしは、そのつど教室で。

----------------------------------------------------
*注意:
映画の上映は10月3日(月)の講義から開始します。
前日はよく睡眠をとり、体調をととのえた上で、
定刻どおりに教室に集まってください。
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by illcommonz | 2005-09-26 06:15
▼ぼくらのクラブのリーダーの
d0017381_1934546.jpgおじさんが、ミッキーマウス・クラブの
白人のこどもたちにミッキーマウスの
かきかたを教えているところのように
見えるのですが、どうなのでしょう?
目の錯覚か合成写真でもないかぎり、
そういうふうにしか見えないのですが、
どうなのでしょう。まさかこどもたちに
ミッキーマウスの著作権とボノ法の
適用範囲についての注意と勧告を
うながしているようには思えないので、
とりあえずそう判断することにしますが、
村上春樹が「海辺のカフカ」のなかで、口さがないカーネル・サンダースの
口を借りて書いてたくらい、いまのディズニー・カンパニーは著作権に
ものすご~くうるさいので、今となってはもうなかなかお目にかかれない
貴重なシーンのように思えます。ま、そんなことは、さておき、ではなく、
そんな話題までふくめた「文化人類学解放講座」を、明日からまた
再開します。Cマークの大学で、毎週月曜の5限(16:35-18:05)に、
110番(AV6)教室で開講します。出席は講師が遅刻した日にかぎり、
例外的にとるだけであとはとりません。講義は下記のブログにそって、
すすめます。後期の主なトピックは「グローバリゼーション」です。
以上、では、あした、教室で。

「文化人類学解放講座」
http://illcommonz.exblog.jp/
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by illcommonz | 2005-09-25 19:46
▼ぼくたちの次の世代のぼくたちの風景
d0017381_1717315.gif
雑誌に目がないイルコモンズの
雑誌二連発。

先週のあたまに買って以来ずっと
カバンにいれて持ちあるいてて、
時間があれば飽きもせず何度も
眺めかえしていたのが「リラックス」
10月号 特集=「ぼくたちの風景」


先月の特集「平和がいいね」は「そうかねぇ...」という感じでしたが、
この号は「ふむ、そういうことなのか」という感じで妙に得心しています。
というのも、表紙になってる湯村輝彦の、どうみてもこれはやばばばすぎる
レイモンド・ペティボン・ライクなイラストをのぞくと、「いいなぁ~」と思ったのは、
みんな70年代生まれの作家たちの作品で、ぼくたちの世代の次の世代の
ぼくたちの番がこれで完全にはじまったという、うれしい感触を得てます。
なかでも特に「これはたまらないなぁ~」と思ったのは大橋仁の写真。
ミッキーマウスのかたちをしたお弁当箱の中に、コピーライトもクレジットも
ライセンスもプライスもなにもないホームメイドのおむすびがふたつ、
いろんなおかずと一緒に詰めこまれ、ニッコリ笑ってる写真。それとあとは、
いまちょうどパルコミュージアムでの写真展がはじまった安村崇の、
日常のなかのオカルト的だけど、なまぬるい風物(ふうぶつ)を常温で
とらえた写真二葉。これがかなり気にいって気になってます。
それにしても、世代も時代もすべて超えて、千代に八千代に
ヘンなのは、高橋由一の油絵。そのとなりにある、なぜか
それだけクレジット表記のない、ややフェイクのはいった
構成主義的なグラフィックスと、おそろしく妙なくらい
マッチしていて、本当によくわからない絵です。
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by illcommonz | 2005-09-25 18:05