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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼ストア系
d0017381_19253784.jpg「情報遮断が必要だという文化的コンセンサスが
熟していない現状では、私たちは少なくとも古代
ストア学派の教えに従うべきではないだろうか。
ストア学派の人びとは友だちに、なんでもかんでも
見てはいけない、また、過剰な視覚情報に溺れて
いはけない、と忠告したものだ。「目に見える無数の
モノのかたちやイメージが次々とはいりこんできて、
心の底に積みかさなる...それらは心を圧迫し、混乱をもたらすだろう。心はそれを
処理できるようにはできてないからだ。その結果、災禍をもたらす余分な亡霊たちが
生まれ、私たちの思考は散漫になる」。これらの亡霊は死に絶えることはないが、
私たちは確実に死んでゆく」(ポール・ヴィリリオ)
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by illcommonz | 2006-01-31 19:39
▼安息なき睡眠実験中
d0017381_18302694.jpg「諦めよ、わが心、獣の眠りを、眠れ」
シャルル・ボードレール『悪の華』

ということで、失われた動物の眠りをもとめて、
日夜、とりこじかけの睡眠に明け暮れています。
理性と思考がめざめているときは感受できない
野生の感覚(眠った感覚)をめざめさせる実験を
もうすこし続けてみます。

←アンディ・ウォホール「スリープ」(1963年)より
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by illcommonz | 2006-01-31 18:29
▼どんな王様も
d0017381_1054825.jpg
「寝た子にはかなわない」という
ことで、今年のイルコモンズは、
断固として眠ることにしました。

おっ師匠さんが呼んでも、
おっ父さんが呼んでも、
聞きっこなしで、平然と眠る
生活をしてみることにしました。

誰が何と云おうと、何が起ころうと、「我レラ関知セズ」の毅然とした寝相で、
どうぶつのように、こどものように、バートルビーのように、いつでも・どこでも、
時勢の波にさからって「眠る抵抗」と「寝言の発明」を実践してみることにしました。

24時間365日眠らない市場に対するレジスタンスとして。眠らせない力に対する
カウンター・アクションとして。世界に背を向け、世界を我らが寝床として、眠ってみせる、
ポリティカル/ポエティカル・スリーピンの実験をやってみることにしました。ということで、
これからいろいろとご迷惑をおかけしますが、なにしろ今年は、世間に煩いをもたらす
「厄年」をむかえたので、そこは、どうかひとつ、ご勘弁を。
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by illcommonz | 2006-01-25 10:23
▼ただいま
d0017381_12594799.jpg
試験電波発射中
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by illcommonz | 2006-01-24 13:01
▼誕生記念休暇
d0017381_6423446.jpgといっても、そんな制度があるわけではなく、
単に使い残しの有給休暇が残っていたので、
今日は仕事を休むことにしました。とりあえず
何本か映画をみてから、もし天気がよければ、
街にでかけます。で、これから見る映画は、
「ザ・デイ・アフター」「ナイト・オブ・ザ・リビング・
デッド」「アメリカンナイトメア」「モンティパイソン」
「24アワーズ・パーティーピープル」です。
ジャンルに一貫性がないのは、それぞれテーマ
が異なる原稿を書くためのリサーチだからです。
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by illcommonz | 2006-01-17 06:46
▼もうすぐ生まれます
d0017381_337837.jpg
「相手が誰であろうと、わけのわからない箱に入れさせたりはしない。
たとえ空が落ちてきても、大地が音を立てて裂けても」(村上春樹「蜂蜜パイ」)
        *             *             *
今日1月17日はイルコモンズが生まれてきた日なのですが、何の因果か、
この日にかぎって、よくないことが起こります。多国籍軍がバグダッドを
空爆して湾岸戦争がはじまったのも、この日だし、神戸で大地震が
起こって大勢の人が死んだのも、この日です。歴史をひもとくと、ほかにも
いろんなことが、この日に起きてはいるのですが、それはまた別の話で、
いくつになってもうれしい自分の誕生日の日に、こういうよくないことが
続けて起きてしまうのは、どうにも気が滅入るものです。そういうこともあって、
ここ数年、誕生日の日が近づくと「また何か起きるんじゃないだろうか」と
心配でしかたがなく、誕生日の当日は、とにかく何事もなくこの日が過ぎ
去ってくれることだけを願いながら過ごしてきたのですが、でも、考えて
みれば、一年に一度の、せっかくの誕生日をそんな杞憂でつぶしてしまう
のはつまらないことだなと思いなおし、誕生日前の数週間のあいだ、ある
空想をして誕生日を楽しむことにしています。その空想はどういうものか
というと、いまは1966年の冬で、もうじき自分がこの世界に生まれてくる
というのがそれです。空想というより、一種の思考実験のようなものですが、
これは結構たのしめます。キンと空気のさえきった寒い日の夜に外にでて、
1966年当時もたぶん同じような格好で同じような場所にあったはずの
月とか星座とか山とか線路とか電柱を眺めながらぶらぶら歩きまわって、
もうじきこの世界に自分が生まれてくるのを待っている、という状況を想像
するのはなかなかいいものです。自分の誕生を待ってるその想像の主体
が誰なのかは謎ですが、カタイ話はぬきにして、iPodで音楽を聴きながら、
じぃっと空想をめぐらせていると、そのうちおへそのあたりになにか温かみの
あるものが感じられてくるから不思議です。というわけで、もうじき夜が明けて、
あと何時間かするとイルコモンズの40番目の弟か妹が生まれてきますので、
どうぞよろしくおねがいします。
-----------------------------------------------------
[追記1] 自分の誕生日の日に起きた歴史上の出来事を調べるには、
下記のデータベースがおすすめです。
「この日のできごと」
[追記2] 今年いろいろ試してみた結果、寒いこの時期の空想には、ペルトの
この曲がよいようです。もうすぐ誕生日の方は、ぜひ試してみてください。
アルヴォ・ペルト「鏡の中の鏡 Spiegel im Spiegel」
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by illcommonz | 2006-01-17 03:45
▼来週がたのしみなビデオ
d0017381_030474.jpg中原(昌也)くんの「ナコイカッツイ」評を書きとめながら、
そーいえば、「ザ・リング2」をまだ見てなかったことを
思い出したので、忘れないうちに今晩見ることにしました。
世間では「あんまり怖くない」との、もっぱらの評判ですが、
どうなんでしょう。一応、ハズれたときの保険として、一緒に
ジョージ・A・ロメロの新作「ランド・オブ・ザ・デッド」も貸して
貰いました。もうじき「現代美術における死の表象」について
原稿を書きはじめなければいけないので、さしあたりまずは
最新のホラー映画を見ることからはじめてみようと思い、
貸して貰いました。さて貞子とゾンビは相変わらず元気かな?
どっちももうとっくに死んでるのに「元気かな」というのも変ですが、ゾンビと幽霊は死んでも
死なない、しぶとさとタフさが命。死んでもなお、一体なにが彼女や彼らを行動に駆り立て、
一体なにが彼女や彼らの"生なき生きがい"となっているのか、たとえ怖くなくても、そこさえ
見て、考えることができたら十分です。それにしても、ほんとに貞子はKATHYにうりふたつ
だなぁ。横浜の煉瓦倉庫で暴れてた時のことをついこのごろのように懐かしく思い出します。
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by illcommonz | 2006-01-16 00:59
▼応答する江戸マルチチュード
d0017381_2134072.jpg「まつり」と「けんか」が江戸の華だということは、
イルコモンズも知ってましたが、一文の得にも
ならないことに共同でとりくみ、売られたものは
買う、という祭と喧嘩の文化を支えていたのは、
あらゆることに応答しコミットしようとする江戸
マルチチュードのコール&レスポンスの精神
だったのだ、ということに、これを見てはじめて
気がつきました。

グループ魂「大江戸コール&レスポンス」(2006年)

ふだんテレビを見ないので、背景のよくわからないところもありましたが、
予備知識なしでも笑えます。特にガイジンさんの間(ま)のおかしさと
タイミングのズレが実に絶妙で、脱構築の哲学がいうところの「他者」の
介入がもたらす「差延」というのは、要するにこういうものだと思います。
他者にひらかれた社会の余白には福があるとはまさにこれのことなり。
惜しむらくは、女とこどものレスポンスがないことで、それがあったら、
いうことなしです。さらに、動物のレスポンスがあったら、完璧です。
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by illcommonz | 2006-01-15 21:38
▼もし死んで生まれ変わるとしたら
d0017381_2017864.jpg
ニンゲンになるのは、一回ぐらいパスして、一度、こういうモノに化けて、
生きてみたいものです。これは以前どこかのサイトで偶然見つけたもので、
ドイツのボン市に実在する「文化的コモンズの驚くべきかたち」という
キャプションつきで紹介されていた物件です。電車の駅なんかにも
これと似たものがありますが、これは文字通りの青空文庫、天下御免
のオープン&フリー・ライブラリーですね。こういう格好をしたものが
そのへんの公園にずらーっと並んでたら、さぞかし愉快でしょうね。
それを想像するだけで気分が晴れやかになる、よくできたイマジナリー
アーキテクチャーであり、ソーシャルなコンセプチュアル・アートだと
思います。ローテクだけど、建てつけがよく、丈夫そうなのがまたよくて、
知恵の樹みたいでいいですね。建築家のルイス・カーンによれば、
学校の「原風景」というのは「樹の下」であるらしく、何か事情があって、
ある知識が必要になったとき、ひとは大きな樹の下にいって、そこに
いつもいる人たちから、その知識を分けてもらっていたそうです。
そういえば、ベルトルッチの『水の寓話』という映画でも、老いた師が
若い弟子が戻ってくるのを何十年も待っていたのは木の下でした。
(この映画、戦後のイタリア・ネオ・リアリズムのスピリットが突然、
インドに舞い降りたかのような素晴らしい映画ですから、ぜひどうぞ)

東京都の知事さんも、こういうものを考えて実際につくってしまう人こそを
「ヘブン・アーティスト」と呼んで、そのパトロンになるべきだと思いますね。
もしいま東京の公園にこういうものをつくったたしたら、即刻、撤去される
でしょうね。知識や情報を無償で自由に交換し合う、こういうパブリックな
インスタレーションこそ本当のパブリックアートじゃないのかと思うんです
けどね。たとえ、実用できなくても、ギフト・エコノミーのモニュメントや、
未来社会のモノリスのようなものとして、これはすごくよいと思います。
もし死んで生まれかわったら、こういうモノのイルなヴァージョンになって
みたいものです(というか、自分でつくればいいのか)。兎も角まちがっても、
「白いポスト」にだけは生まれ変わらないようにしよう。
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by illcommonz | 2006-01-15 20:07
▼「ナコイカッツィ」と体験学習のすすめ
(イルコモンズの「文化人類学解放講座」より)

d0017381_17483723.jpg
そういえば、今回観る「ナコイカッツイ」について、作家の中原昌也がこんなふうに
云ってました。

「これはインディアンがアメリカに送りつけた「貞子」のようなビデオムービーですよ」

なるほど、さすが、うまいこと云うなと思いました。とはいっても、ビデオを見た1週間後に
何かが起きるような映画ではありませんので、どうかご心配なく。ただ見る前と見た後では
僕らがいま生きている世界に対するものの見方がすこしぐらいは変わるかもしれませんが。

それから今回も「コヤニスカッツィ」と同じく、別に退屈してないのに、見ている途中で、
なぜか無性に眠くなるという現象が起きるかもしれません。おそらく今回の作品の方が、
そうなる可能性が高いと思います。というのも、人間の脳というのは、処理しきれない
過剰な情報に継続的にさらされて脳に過大な負荷がかかると、一種の防御反応として
脳が頭を睡眠モードに切り替えるそうです。なので、それは脳が悲鳴をあげてるわけ
なので、もし見てる途中で眠くなったら無理をせず、あっさり寝てください。それに実は
こうした「過剰な情報の氾濫による思考の停止や判断の低下」というのは、この映画が
現代社会、あるいは、スペクタクル社会の特徴のひとつとして描こうとしたことでもある
ので、それに敏感に反応して眠りこんでしまうのは、そのことを自分の体験を通して
認識する、よい体験学習の機会になると思いますので、授業中だからといって、遠慮
せずに、堂々と寝てください。大切なのは、そうした思考や判断を麻痺させる見えない
「情報爆弾」が僕らの脳のなかに日々撃ち込まれ、記憶や知識のスクラップ&ビルドが
起こっているということを知ることで、そう考えると、この作品がリアルな実写映像をあまり
使わなかった理由もわかると思います。そして、現代の戦争がどこでどういうかたちで
起こっているかもわかると思います。

第一作目の「コヤニスカッテイ」は北アメリカにロケして、そこでのバランスのこわれた
生活とスピードにフォーカスをあてた作品でした。第二作目の「ポワカッティ」は、インド、
アジア、南米、中国、中東にロケし、そのバランスのこわれた生活とスピードが、北米
以外の地球の多くの国と地域にまだ拡大してゆくプロセスにフォーカスしたものでした。
それは一般に資本主義経済やアメリカの価値観が世界を覆うというかたちで語られる
ことの多いグローバリゼーションをそれとは別の視点から見せてくれるもので、とりわけ
目に見えないスピードや情報の爆発は、物質文化のみならず、それが人間の生き方や
ものの考え方という精神文化にまで変化をもたらすということを教えてくれています。
ということで第三作の「ナコイカッツィ」では、この作品がどこにロケし、何にフォーカスし、
そして、どのような出来事を叙事詩的に描き、どのような未来を黙示しているのかを
考えながら、見てみてください。

d0017381_19101388.jpgそれから、当日は講義のはじまる10分くらい前から、
「セイクレッド・プラネット」という作品を「教材」として
試写上映します。これは、2004年に制作された
ディズニー制作のドキュメント映画で、「コヤニスカ
ッティ」を見た人なら、「あれ、これって?」と思うような
映像手法でつくられています。また、「ミッキーマウス、
ハイチへ行く」を見た人なら、「いってることとやってことが
ずいぶんちがうなぁ」と思うようなナレーションを聞くことが
できますので、興味のある人は、すこし早めに教室に
集まってください。


[追記] 「カッツィ・トリロジー(3部作)」はこれで完結ですが、いま、ゴドフリー・レジオと
フィリップ・グラス、それに第一作「コヤニスカッツィ」の撮影を担当したロン・フリッケが
再びチームを組んで、特定の作者をもたない新しいタイプの映画の共同製作を進めて
いるようで、その映画は「野蛮なエデン」というタイトルになることが予告されています。
下記のサイトにある「ストーリーボード」を見ると、9.11、新保守主義、自爆テロ、
貧富の格差、原理主義、ウォールマート商法などをとりあげた映画になるようです。
気になるのは、後半部に挿入される「笑い」と「喜劇」で、それが希望のそれなのか、
それとも発狂のそれなのか、そのへんが見どころかもしれません。現時点ではまだ
完成の見込みが立ってないようですが、この「ストーリーボード」や作者のない共同
制作という映画づくりの方法は非常に示唆的なので、ぜひ参考にしてみてください。
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by illcommonz | 2006-01-15 19:12