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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼マイ・フェイヴァリット・DJ(2)
d0017381_3484424.jpgイルコモンズはそれほど熱心なハウスの
リスナーではなく、特に90年代に入ってから
以降のものはフォローできてないのですが、
Deep House Com という、このサイトに
アーカイブされてる初期のハウスは好きです。

このサイトには現在1,300を超える音源が
アップされてますが、初期のものでは特に
次の4つのトラックがおすすめです。


085 Frankie Knuckles Warehouse 1977
008 Frankie Knuckles Warehouse 1979
018 Larry Levan Paradise Garage 1987
163 The Wizard WJLB Detroit 1989

ハウス発祥の地、ウェアハウスとパラダイスガレージでのフランキーナックルズと
ラリー・レヴァンのDJプレイで、ハウスの初期衝動が感じられるよい音源です。
またウィザードのプレイを聞くと、ジェフ・ミルズの天才ぶりとともに、この時点で
すでにハウスがひとつの完成形態を迎えていたことがわかります。そして、
個人的には次のふたつがハウスのピークであると同時に、終わりのはじまり
だったような気がします。

411 Larry Levan Live at The Choice (Final) New York 3_16_1990
693 Derrick May Live at The Music Institue, Detroit 1988

ほかにレア音源としては、ラリー・レヴァンの日本でのプレイがありますが、
残念ながら、いまや伝説となっている「電源落とし」は収録されてません。

141 Larry Levan Live in Japan 1990
242 Larry Levan Live at Endmax Japan Early 90's

あと、もうひとつレアな音源としては、ジュリアナ・トキオォォォオ!!!!!!!の
ジョン・ロビンソンの音源があります。

186 John Robinson Midday Mix Live at Club America 1993
124 John Robinson Kiss Mastermix Dance Party 5/12/1990

d0017381_3273287.jpgなにをかくそう、ハウス系のDJで
イルコモンズがいちばん好きなのは、
他ならぬ、このジョン・ロビンソンで、
いわゆる"イケイケ"のイメージで
語られることの多い、そのスジでは、
あまり評価されてないDJですが、
あの当時、日本でいちばんたくさん
The KLF をプレイしていたのは、
まちがいなくジョン・ロビンソンで、
下のプレイをきくと、URほどではないにせよ、
この人は意外にポリティカル・コンシャスなDJだったことが再認識できます。

407 John Robinson Martin Luther King Day Master Mix.
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by illcommonz | 2006-05-21 03:37
▼マイ・フェイヴァリット・DJ (1)
d0017381_230291.jpg
ただしくは「アンカー」と呼ぶのですが、イルコモンズが毎晩欠かさず聴いてる
「ラジオ深夜便」(NHKラジオ第一放送)のDJの方がたです。イルコモンズは、
テレビをもってないので朝から晩まで日がな一日ずっとAMラジオを聴きながら
仕事をしてます。よくいわれるように、この番組のアンカーの方たちはみなさん、
きれいなことばづかいで、ゆっくりと、ていねいに、お話をしてくださるので、
スローライフとはまったく縁のない生活を送ってるイルコモンズの唯一、
心安らぐ憩いのひとときになってます。アフリカからひきあげてきた直後から
聴きはじめたので、もうかれこれ10年くらい聴いてます。イルコモンズの
ことばづかいにときどき、旧い日本語の云いまわしが混じるのは、たぶん、
この番組の影響です。また毎年、夏になると、戦時中の話や終戦の日の
思い出をつづったおたよりの紹介が多くなり、イルコモンズの戦争嫌いは、
たぶんそれにも影響をうけてます。あとこの番組では、イルコモンズの好きな
パーシー・フェイス・オーケストラやレーモン・ルフェーブル・オーケストラ、
フランク・プゥルセル・オ-ケストラの曲がひんぱんに聴けるので、それも
愉しみにしてます。ちなみに今日の午前2時台の「ロマンチックコンサート」は、
ローズマリー・クルーニーとペギー・リーの特集で、午前3時台「にほんのうた・
こころのうた」は、筒見京平作品集です。こないだ、mixi のイルコモンズの
プロフィールにある「好きなラジオ番組」の欄に「ラジオ深夜便」と書いてあるのを
ご覧になった火曜日ワールド・ネットワーク・ロサンゼルス担当の藤本(庸子)さん
からおたよりをちょうだいしました。こういう思いがけないこともあるので、mixi も
まんざらすてたものではないな、とそう思いました。
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by illcommonz | 2006-05-21 02:44
▼異文化誤解の文化人類学序説
d0017381_2344876.jpg「異文化誤解の文化人類学序説」
(イルコモンズの「文化人類学解放講座」より)

誤解が理解のしそこないであるとするなら、
理解は誤解のしそこないである。
異文化の誤解は天災ではなく人的災害であり、
誤解はたえず再生産され、反復される。

「異文化誤解の映画史1&2」では、「異文化としての日本」や「他者としての日本人」が、
二〇世紀の映画のなかで、どのような記号(音楽・色彩・文様・アクセントを含む)によって、
「表象」されてきたかをみてきました。こうした大衆映画を対象にした文化研究のことを、
最近は「メディア・スタディーズ」などとよびますが、文化人類学では1950年代にすでに
こうした研究が行われていて、たとえば、マーサ・ウルフェンシュタインは1955年に
「同時代映画における子供のイメージ」という研究を行っています。そしてなにより、
文化人類学にとって、こうしたメディア分析は予備的な研究であって、文化人類学が
その本領は発揮するのはこの後です。文化人類学はこうした分析を出発点とし、
よりリアルな異文化の理解(ここでは誤解)を求めて、その理解(ここでは誤解)の
動かぬ現場をつきとめ、そこで綿密な現場検証、すなわちフィールドワークを行います。
好くも悪くも文化人類学には現場主義という伝統があり、文化人類学者になるには、
フィールドワークが欠かせません。たとえば、「異文化誤解の映画史1&2」でみたような
サムライ、ゲイシャ、キモノ、フジヤマ、ヤクザ、風呂、ネオン、カブキ、ニンジャなどの
記号やイメージを流通させている現場のひとつに、海外のジャパニーズレストランや
スシバー、また国内のギフトショップなどがあげられます。

d0017381_2342449.jpg
こういった現場をフィールドワークしてみると、大衆映画の中で日本を表象する記号が
あまり変化しないことの理由がみえてくるかもしれません。講義のなかで紹介したように
それには映画というメディア特有の事情もありますが、それだけではなく、映画の外の
現実世界には、このように日本文化をデモンストレーションしディスプレイする記号の
劇場のような場が存在し、そこで記号の再生産が行われていることも関係しているの
です。この講義は、みなさんを文化人類学者にすることを目的としていませんが、もし、
こうした問題に興味がある人は、自分でフィールドワークをやってみるのもいいでしょう。

d0017381_23431223.jpg
この講義では、ここからさらにもっと先にすすみます。二〇世紀は映像の世紀と呼ばれ、
日本文化を表象するのはなにも映画だけではありません。また記号を再生産する現場
はレストランやギフトショップだけではありません。一般にマルチメディア社会と呼ばれる
現代にはテレビ、ゲームソフト、ビデオクリップ、インターネットなどさまざまなメディアが
存在し、それぞれのメディアがさまざまなかたちで日本の文化を表象しています。特に
AV機器の普及によって、これまでは、もっぱらテレビや映画のような大きなメディアの
一部の制作者や専門家たちによってのみ行われてきた文化の表象が、アマチュアの
人びとの手によって行われるようになり、さらにインターネットなどの普及によって、
それが広く配信されるようになりました。そして、それらは文化人類学者たちが好んで
フィールドワークを行う現場のように決して固定されたものではなく、次から次に、
現われては消えてゆく非常に変動性の高いものです。さらに日本文化の表象は、
劇映画だけでなく、音楽ビデオやアートフィルム、コメディ、アニメなど多種多様な
ジャンルにまたがって存在するので、それらをすべてカヴァーすることは困難ですが、
逆にそこが、文化人類学の「雑種の学問(雑学)」としての力が発揮できるところでも
あるので、今回の講義ではあえてそこをフィールドとして選びとり、文化人類学の
可能性をひらく(解放)ための実験として、さまざまなメディアのなかに現われ、
浮遊し、移動してゆく日本文化の表象をキャッチ・アップしてゆきたいと思います。

[上映作品リスト] [1B] トーマス・エジソン「ジャパニーズ・ビレッジ」(1901年) ERPI教育映画社「日本の子どもたち」(1941年) フランク・キャプラ「戦争への序曲」 (1943年) 米国財務省「わたしのにっぽん」 (1945年)  米国戦事局「ふたつの都市の物語」(1946年) ザ・トーキングヘッズ「ワンス・イン・ア・ライフ・タイム」(1981年) カルチャークラブ「ミス・ミー・ブラインド」 (1983年) シャロン・ロックハート「ゴショガオカ」(1997年) マドンナ「ナッシング・リアリー・マターズ」(1999年) マドンナ「イフ・ユー・フォゲット・ミー」(1999年) ライナー・オルデンドルフ「マルコ第7番:京都」(2001年) フィオナ・タン「サン・セバスティアン」(2001年) ウィーザー「ハッシュ・パイプ」(2001年) DJ KRUSH「SUSHI」(2004年) 国土交通省「ようこそジャパン」(2004年) マシュー・バーニー&ビョーク「拘束のドローイング第9番」(2005 年) ナミキバシ(小林賢太郎+小島淳二)「日本の形~鮨」(2005年) ナミキバシ(小林賢太郎+小島淳二)「日本の形~土下座」(2005年) ゾーン4499「ニッポン」(2006年) ロブ215「スーパー8の日本の旅」(2006年) オレンジ・グローブズ「ジャパン・トリップ」(2006 年) ニコール・ブラックマン&ガブリエル・ペナバス「ヴァンパイア・ゲイシャ・TO・ゴー」(2006年) UFJ TSUBASA Securities「CM」(200X年) ローラーガール「ゲイシャ・ドリーム」(200X年) MAD TV「メモリーズ・オブ・ゲイシャ」(200X年)ASK A NINJA 「ニンジャに聞いてみよう」(2006年) SEGA 「PS2 ザ・ヤクザ 英語版予告篇」(2006年)

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d0017381_1441264.jpg【課題】 劇場未公開のモンド映画にみる異文化理解と誤解

「見よ、あれが東京の灯だ」予告篇
(The Light of Tokyo)
イルコモンズ編(作者不詳 制作年不明)
海外向け東京観光案内映画・成人指定*
カラー 5分8秒 18.7MB wmv

【ナレーション】
ある女の話:このネオン・ライトは全部、キャバレー、ソープランド、映画館、中華料理店、劇場、パブの看板だ。この繁華街の中心には3つ以上の映画館があって、その反対側には2,600席の大劇場がある。つまりここが歓楽街の中心だ。でも、ここで私がありつくことができた仕事は、公衆浴場の仕事だけで、これは長くつづかなかった。結局、私は「お江戸キャバレー」に行ってみることにした。ここには有名はハットリ・ダンシング・チームがある。私はホステルの仕事がやりたかったが、西洋風のダンスが踊れないので、仕事をもらえなかった。マネージャーは「芸者ハウスに行けばなんとかなるよ」といってくれたけど、実はそこもダメだったのだ。でも、そのことは彼には云わないでおいた。そして私はまた、さまよいつづけた...

ある男の話:夜も更けるにしたがい、ここには神社仏閣の慎みを忘れた、酒と笑いと愛と背徳がうずまきます。あとはすべて、あなたが支払うお金次第です。この繁華街には40の映画館があり、有名な「国際劇場」もここにあります。ここではあらゆるものがキラキラと輝く姿で登場します。日本のヌードショーは、ただ裸を見せるものではありません。またむやみに人を刺激するものでもありません。ヌードは人びとの生活様式の一部であり、ゲイシャがまさにそうです、ゲイシャは日本におけるセックス・シンボルなのです。 日本でサービス産業に携わる人たちは独自の組合と組織を持っています。ミュージャン、歌手、役者、ダンサーたちもそうです。だから仕事にあぶれることはありません。東京には400軒もの酒場があり、そこでは毎晩6つのステージが開かれます。つまり2,400のショーがあるのです。そこには、西洋風のレヴューから西洋化された日本のショー、そして純粋な日本の舞台芝居など、さまざまなものがあります。月がのぼるころからそれははじまり、東京を愉しませてくれます。東京は世界のエンターテイメントへの大いなる入口です。だが、それも男たちがそれに気前よくお金を払わなければ、存在できないのです。さぁ、ごらんください、クピ・ハヌーラさんです。いちばん新しいクイーンです。 こうしてショーははじまり、そして、それは朝まで続くのです...

ある女の話:(つづく) ★そして、この後、意外な展開が…

*次回 「東京の灯から遠く離れて」 をおたのしみに。
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by illcommonz | 2006-05-21 01:29
▼頭脳警察がやってくる!
d0017381_19473926.jpg近ごろ世間では脳の働きや仕組みに関するものが流行してるようで、
「脳の生理」や科学に関心が集まってるようですが、その反面、
「脳の政治」についてはさほど関心がもたれてないように思います。
というのも、もし、このまま「共謀罪」が成立してしまったら、いずれ
あの頭脳警察(Brain Police)がやってきて、僕らの脳みそが
勝手に/自由に行う、ばかげた思いつきや気ままな想像、実行を
前提としない非現実的なソーシャル・プランニングや、現実に
とらわれない未来のポリティカル・シュミレーション、そして、
そのための共同の思考実験や思索の試みといった、いわゆる
僕らの精神活動そのものを刑罰や処罰の対象にし、それにプレッシャーとマインド・
コントロールを課してくることになるわけで、脳のメカニズムよりもむしろ、この脳の
ポリティクスの方が、イルコモンズはずっと気になります。

かねてより、今日の国会(5月19日)で「共謀罪」の強行採決が行われるかもしれない、
といわれてましたが、いまヘタに強行採決をすると、当座の国会運営に支障をきたす、と
ふんだらしく、採決は来週に持ち越されたようです。「どうせ、いつでも採決できるのだから、
ヒヒヒ」という多数派のオトナたちの計算がはたらいたのでしょう。ところで、この「共謀罪」を
かつての「治安維持法」になぞらえて、詳細に比較検証してみせてくれる人たちもいますが、
(たぶん法学部を出た方なのでしょう)、かたや、そういう法に関するリテラシーをもたない
ドシロウトのイルコモンズが、「共謀罪」のことを考える時、いつも脳みそに浮かんでくるのは、
フランク・ザッパの「頭脳警察は誰だ?」という曲で、それはこんな演奏とこんな歌詞の
うたです。

d0017381_1959825.jpgFrank Zappa& The Mothers of Invention
"Who Are The Brain Police?" (1966)

Aahh ah ahahahaaa, aahh ah ahahahaaa!!!
What will you do if we let you go home,
And the plastic's all melted, And so is
the chrome? Who are the Brain Police?


Aahh ah ahahahaaa, aahh ah ahahahaaa!!!
What will you do when the label comes off,
And the plastic's all melted, And the
chrome is too soft?

Aaahhh! Think I'm very tired
and I'm going to die
I think I'm going to die,
I think I'm going to die
I think I'm gonna die....
Going to die!
Who Are The Brain Police?

Aahh ah ahahahaaa, aahh ah ahahahaaa!!!
What will you do if the people you knew,
Were the plastic that melted,
And the chromium too?
Who Are The Brain Police?


ある日、ザッパは、朝の五時ごろ、自分の頭のなかで誰かがずっとこの歌を
歌ってるのに気がつき、その奇妙な感覚につき動かされて、この曲を書いたらしく、
まさかそれを自分が演奏し、歌うことになるとは思ってもみなかったそうです。
なので、上の歌詞の意味は、当のザッパ自身にもよくわからないようですが、
後にあるインタヴューでザッパはこんなふうに話してます。

「多くの人びとが自分の脳のなかに警察をもってるんだ。いってみれば、民営化された
兵隊みたいなものさ。僕はこれまでにも、自分からすすんで自分を捕まえ、自分で
自分の脳を罰しようとする人たちを大勢見てきた。それは本当に悲しいことだ。それは、
脳を取り締まる自警団だよ。そしてそれは公的な力によるものではなく、自分で自分の
首をしめるようなもんさ。だから、多くの人びとがそうしてることにたとえ気づいたとしても、
いったいなにが中心になって、そうさせているのかをつきとめるのが難しいんだ。
そして僕が云いたいのは、いま多くの人たちが民間の頭脳警察になりたがっている
ということで、その数は日増しにどんどん増えてきている。そういう人たちは「こんな
ことは考えるべきじゃない」と自分にそう言いきかせ、その考えをふりはらうために
自分をぴしゃりと嗜めるんだ。だから、いくら脳の警察署に苦情をいったってムダさ。
自分からすすんで自分を去勢しようとする人たちにうんざりさせられるのがオチだよ」

"A lot of people police their own brains. They're like citizen soldiers, so to speak. I've seen people who will willingly arrest, try and punish their own brains. Now that's really sad. That's vigilante brain policism. It's not even official, it's like self-imposed. It's hard to pin it down to one central agency when you realize that so many people are willing to do it to themselves. I mean, the people who want to become amateur brain police, their numbers grow every day - people who say to themselves, "I couldn't possibly consider that", and then spank themselves for even getting that far. So, you don't even need to blame it on a central brain police agency. You've got plenty of people who willingly subject themselves to this self-mutilation."

d0017381_20432285.jpgいかにもザッパらしい、皮肉と挑発に満ちたこの話からも
わかるように、頭脳警察というのは、あの制服を着た国家
公務員のことではなく、自分で自分の考えることを自分で
取り締まるようになることであって、「共謀罪」というのは、
自分の脳みそのなかに見えない警察をつくらせる装置な
わけです。

そのむかし、刑務所の囚人たちを効率的に管理する
装置としてパノプティコン(一望監視装置)というしかけが
ありました。これは囚人たちに、なにをしてもすべては、
監視されているという強迫観念を植えつけることで、
囚人たちの行動を囚人たち自らで自己規制/規律化
させるというものです。これは功利主義者のジェレミー・
ベンサムが、最も安上がりで最も効率のよい監獄の
メカニズムとして発明したカラクリです。これは人を、
目に見える行動や身体動作のレヴェルでコントロール
しようとするものですが、これに対して共謀罪は、
目に見えない思考や想像のレヴェルで人をコントロールし、目に見えない監獄に
とじこめるようなものです。

d0017381_20454565.jpg
さて、こういう法律ができたとき、
Aahh ah ahahahaaa!と悲鳴をあげて死んで
ゆくのは何でしょうか?思考の自由です。そして、
思考の自由を奪われた人間のことをなんと呼ぶ
でしょうか?ゾンビーです。自由な思考と想像の
はばたきを檻の中にとじこめる共謀罪は、思考と
精神のパノプティコンであり、僕らをゾンビーにする
頭脳警察はもうそこまで近づいてきているように
思います。

.......と、こういうことばかり書いてると
「イルコモンズは狼少年だ」と、いわれるかもしれませんが、
それでもやっぱり書いておきます。

頭脳警察が来るぞ!頭脳警察が来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、
頭脳警察は、誰だ?頭脳警察は、僕らだ。

そして僕らを頭脳警察にするかもしれない、法律の審議がいま国会で行われています。
生-政治(バイオ・ポリティクス)に続いて、いま、脳-政治(ブレーン・ポリティスクス)が
はじまろうとしている。これって気になりませんか?

-------------------------------------------------------------------
d0017381_21362782.jpg[追記1] 「共謀罪」を考える時もうひとつ思い出すのは、
「アワーミュージック」です。あの映画のおしまいの方に、
「イスラエルの人が平和のために一緒に死んでくれたら
うれしい」と口にしたオルガがイスラエル兵に射殺される
というドラマがありました。そのオルガは爆弾はおろか、
銃すら持たず、持っていたのは本だけでした。
「疑わしきは罰せよ」という「共謀罪」は、この銃弾を連想させます。いや、より正確に
いえば、「イスラエルの人が平和のために一緒に死んでくれたらうれしい」という
オルガの空想に、ひとが相槌をうったら、ふたりまとめて射殺する、というのが
「共謀罪」のような気がします。
-------------------------------------------------------------------
[追記2]
たとえば、こういう詩的な対話がなされたとき、共謀罪は適用されるのでしょうか?
[Aさん] 共謀罪の成立に加担せしものども、やがて、ひとりのこらず、
      かなしき目にあひぬるは、いかおかし。
[Bさん] 然り
ともあれ、もし「共謀罪」が成立したら、詩と呪文とブードゥーが復活するはず。
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by illcommonz | 2006-05-20 20:49
▼【警告】 はじめに一言
d0017381_6381916.jpg
「叫 び と 笑 い は よ く 似 て い る」
(岡崎京子「ヘルタースケルター」)

【注意】心臓の弱い方は決して見ないで下さい。
これは、プエルトリカンとハワイアンの血をひく、
実在するモデルの話で、かなりショッキングで、
ヘルタースケルターな内容です。


「死が彼らを分かつまで」(Til DEATH did them part!)2006年 B/W 00分10秒

真偽は定かではありませんが、3日ほど前に本人自らがYouTubeにアップしたもの
だそうです。残された別のヴィデオ・クリップ「ソマヤは栄光をもとめて立ち上がる」
(とそれに対するコメント)をみると、実際、「ヘルタースケルター」の"りりこ"みたいな
存在だったようです。
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[追記]「惨劇はとつぜん起きるわけではない. そんなことがあるわけがない. それは
実にゆっくりと、徐々に用意されている、進行している」(岡崎京子「リバーズ・エッジ」)
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by illcommonz | 2006-05-18 06:55
▼火の鳥(Firefox)とともに
d0017381_5263091.jpg
←コレが復活しました。
Video Downloader 2
説明不要でこれをみればわかります。
動画の強みは言語のバリアを
こえてしまうことだと再確認。
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by illcommonz | 2006-05-17 05:35
▼マイクロソフトを愛せない理由
d0017381_3405190.jpgこないだmixiの「マイクロソフト・ユーザー」コミュに参加したら、
コミュニティの運営をひきつぐ、次の管理者の立候補者が
いなかったため、そのコミュニティが閉鎖されてしまいました。
もしかしたら、このヴィデオをみちゃたのかもしれませんね。

ザ・メイキング・オブ・マイクロソフト
「MS I-Pod PRO 2005xp」
カラー 2分55秒

ことばではなかなか伝わらない「マイクロソフトを愛せない理由」を、ゆたかな想像力と
すぐれた表現力で説得的にみせてくれています。特に iPod が好きな人にとっては、
悪夢だと思います。どんなにステキなものでも、マイクロソフト流のビジネスモデルの
手にかかると、みるみるうちに、ダメになってゆくということが、よくわかります。
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by illcommonz | 2006-05-17 03:44
▼「異文化誤解の映画史」のためのスポット広告
d0017381_2213897.jpgイルコモンズの文化人類学解放講座
「異文化誤解の映画史」のためのスポット広告
B/W 48秒 3.83MB wmv

では、また来週、
おあいしましょうね。
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by illcommonz | 2006-05-13 22:04
▼ジャン=ポップ・ゴダールのマルクスとぺプシの子供たち
d0017381_8355118.jpgもうすぐ発売されるゴダールの「アワーミュージック」のDVDに、
オマケとして「生フィルム」がついてくるんだそうです(笑)。
時代は変わったなぁ。。。でも、どんなに時代が変わっても、
この映画はいつみても若々しく、JーP・レオの演技は、
いつみてもおんなじ。JLGのボーイズ&ガールズ・ムービー。

ゴダールの「男性 女性」予告篇
1966年 B/W 1分52秒 mov

←このパッケージもいいですね。

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[追記] このサイトで「アルジェの戦い」(1966年)の予告篇も見れます。
この予告篇ではじめて知ったのですが、03年に米軍がイラクを空爆した時、
抵抗行動に備えてペンタゴンの司令部でこの映画が参考上映されたそうです。
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by illcommonz | 2006-05-13 09:02
▼教育基本法違反
d0017381_5215411.jpg
フランスに「カルティエ現代美術財団」というのがあって、ここは現代美術系の、
割とユニークな企画展をたまにやるところで、例えば最近だと、ポール・ヴィリリオが
監修した「未知なるもの」展(とそれに先駆けて行われた「速度」展)なんかがそうです。

そのカルティエ財団の大規模なコレクション展が、こないだ東京都現代美術館で
開幕したのですが、そのオープニングの席で都知事がまた人騒がせな発言をしたらしく、
フランスの新聞「リベラシオン」がそれをいち早く報じ、ネットやMLなどでもしばらく
話題になってました。

d0017381_5461985.jpg
「東京都知事、現代美術を腹にすえかね」
カルチエ財団、展覧会の開会式でとんだ「とばっちり」

 普通、日本の式典は、ありがたいお言葉をもって華やかに
開会を告げる。この日、開会の式辞の栄に浴したのは、炎と
燃える(そして炎を燃やしたがる)東京都知事、石原慎太郎、
73歳である。彼の隣には、カルチエ・インターナショナル会長
ベルナール・フォルナス、東京都現代美術館館長・氏家齊一郎、カルチエ財団理事
エルヴェ・シャンデスも顔をそろえている。会場のざわめきが徐々に静まる。しかし、
石原は何も事前の準備をしていなかった。マイクを手に、正面の巨大スクリーンを
見据えながら(そこには、硫黄質の雲、ボンデージ・アートの作品、暗殺された写真家
アレール・ゴメスによる裸体などが映し出されている)、石原は、いくぶん口ごもりながら、
いつもながらの歯に衣着せぬ言辞を繰り出した。「都知事は酔っぱらってるのか?」
―彼の最初の数語に「ショックを受けた」ある日本の有名スタイリストが首をかしげる。
実のところ東京都知事は、フロアの招待客たちを前にして、いつもながらのお家芸を
披露してみせたにすぎなかったのだ。彼はすべてをぶち壊しにしてやろうと考えた。
手加減などまったく抜きにし、彼は現代美術をこき下ろし、愚かしくもそれを西洋芸術
だけの専売品のごとく描き出してみせるのだった。招待客に背を向けて話す尊大無礼、
決めつけの口調と難解を装った語彙をもって石原は、展覧会そのものをこっぴどく
やっつける。たった今、案内付きで鑑賞してきたばかりの展示がよほど退屈だったの
だろう。「今日ここに来て、なにかすごいものが見られるんだろうと思っていました。
ところが実際は何も見るべきものはなかった。」イヤホーンで同時通訳を聴きながら、
ベルナール・フォルナスはぐっと息をこらえる。(以下省略) *全文はこちら
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記事にもあるとおり、もちろん知事は酔ってなんかなくて、これは完全に素面での
発言です。そのむかし、NY市長のジュリアーニが「センセーション」展をこっぴどく
批判し、ブルックリン美術館の助成金をカットしたというのは有名な話で、いくら、
都知事が「東京のジュニアーニになる」と公言していたとはいえ、そんなところまで
マネなくてもいいだろうにと、ついそんなことまで思ってしまうような発言です。

それに、「他国ヲ尊重シ、国際社会ノ平和ト発展ニ寄与スル態度ヲ養ウコト」とか、
「伝統、文化、芸術ヲ尊ビ、学術ノ振興ニ努メ、他国ヤ他文化ヲ理解し、新タナ
文明ノ創造ヲ希求スル」とか「教育基本法」に書いたところで「天下の都知事が
これじゃねぇ、、、」と思わずにいられません。

もし都知事が平山郁夫の絵をけなしたのであれば、へぇ、、、とも思いますが、
そもそも現代美術を「わからない」とか「つまらない」と云ってけなすことくらい
簡単なことはなくて、もともと現代美術作品には、通り一遍の常識的判断や
伝統的価値観をあえて拒否し、それがつくりだす混乱や判断停止によって
主体的な思考を促すように仕組まれたものが多く、だからこそ、それをなんとか
理解し、人が思わず言葉を失くしてしまうようなわけのわからないものを、
どうにかして言語化しようとするのが、いわゆる知識人とか文学者の役割で
あるはずなのに、それを放棄してしまって「いったいどこが文学者なんだろう?」
と思いました。いっそ酔っていてくれた方がまだ救いがありますし、それに
どうせけなすなら、岡本太郎の「法隆寺は燃えて結構!」みたいに、ズバッと
やってくれないと、斬られた方だって成仏できません。

それともうひとつ驚いたのは、こうした都知事の発言に対して現代美術サイド
から反発があるかと思いきや、案外それほどでもなく、この発言を必ずしも
「擁護するものではない」にしても、それに一定の理解を示そうとする意見や
クールな論評が散見され、そのものわかりのよさの方に違和感を感じました。
つい数日前、mixi で、キュレータの東谷さんが、連日、都庁に抗議の電話を
かけていたという話
を読むまでは、正直、ちょっと居たたまれない気分でした。

たしかに石原慎太郎をやたらに批判すると「左翼だ」とか「感情的な反発だ」とか
いわれかねない風潮があります。また、一般的に「感情的反発はよくない」とも
いいます。たしかに感情にまかせた反発にはみっともないものもありますが、
でも、それも相手次第で、これまで、さんざんひとの感情を逆なでするような
ことをくりかえしてきた人物に対しておこなう感情的な反発はそれなりに理に
かなった反発だと思うし、とりわけ、相手がある種の権力や社会的影響力を
もった人物である場合はなおさらのこと、感情の力を奮い立たせて反発する
べきだとも思います。たとえば、都知事の過去のこういう発言や行動に対して
ひとは感情や神経を逆なでされなかったのでしょうか?

d0017381_5434175.jpg今日の東京をみると、不法入国した多くの
三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪を繰り
返している。こういう状況で大きな災害が
起きた時には大きな騒擾事件が想定される
(石原慎太郎)

*写真は「ビッグレスキュー東京二〇〇〇」

ということで、まだしばらく会期があるので、時間ができたら、この展覧会も
見に行こうと思います。
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[追記] おそらく、この件とは関係ないと思いますが、これまでまるまる
7年間のあいだ、新規の収蔵作品購入費がゼロだった東京現代美術館に、
ようやく今年、予算がついたそうです。
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by illcommonz | 2006-05-13 06:21