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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼イルコモンズ・アカデミー・オープニング・ムービー
d0017381_2255178.jpg
▼ILLCOMMONZ AKADEMY (OP)
http://www.youtube.com/watch?v=GYXeZp1Vwz8
(カラー 1分5秒 2007年)

こないだの札幌でのイルコモンズ・トラベリング・アカデミーのためにつくったOPです。
ローファイ・ラインアートと80’Sテクノポップが、過ぎ去りしニューアカデミズムの時代を
思い起こさせます。リソースは某「放送大学」のPVで、秘密博士のアーカイヴ「80年代
希望のこだま」から引用しました。マッド・ソーシャル・サイエンティストは、アカデミーと
名のつくものをみると、ジャックしたりハッキングせずにはいられないようです。それは
イルコモンズもまた然り。
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by illcommonz | 2007-07-31 23:14
▼アウトテイク
d0017381_16205436.jpgなにげなく、ハードディスクのなかをみたら、作文はしたけど、
それにつける画像や動画がみつからず、アップしそこねてた記事や、
ネット環境がなくて、アップするタイミングをはずしてしまった記事、
書いたのに、忙しすぎて、書いたことすら忘れてしまってた記事が、
次から次にぞろぞろぞろと出てきました。かつて、ナンシー関が
そう書いたように、「ちゃんとした生活」というのは、まず第一に、
「ものをくさらせない暮し」だと思うので、これからお彼岸にむけて、
そういうアウトテイクやデッドストックをそろそろそろと解放して
ゆこうと思います。

なかには相当ふるいものや、まったく季節はずれのものもありますが、
よんでも、おなかをこわす心配はないと思いますので、どうかご安心を。
..................................................................................
▼ものをくさらせない暮らしのローセオリー
http://illcomm.exblog.jp/4206636
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by illcommonz | 2007-07-31 16:26
▼キカイじかけのプライム・ミナイスター
d0017381_2363262.jpgザ・ライン・イン・スパイン・スタイズ・
マインリー・イン・ザ・プライン
[訳] スペインの雨はおもに平野にふる

トゥワード・ザ・ビュータイフル・
ナショナライズム・ナイション・スタイツ
[訳] うつくしい国へ


▼上記の文のアクセントとイントナイション
http://www.youtube.com/watch?v=qbqra7kRXbk
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by illcommonz | 2007-07-31 02:48
▼長期間の服役によって人格が破壊され
d0017381_2821.jpg実態が把握できない
状態が続いている
国のニュース。
▼エヌ・エッチ・ケー・ニュース
http://www.youtube.com/watch?v=g1AgecL-nxM

このニュースと大差ないくらい、この国の政治はくるいはじめてる。
被爆国が核武装をするとか、戦争放棄の理想を捨てるとか、
あたまがどうかしてる。NHKのロゴも、よくみると、あっちむいたり
こっちむいたりして、なんだか様子がおかしいぞ、大丈夫か?
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by illcommonz | 2007-07-31 02:13
▼泣き虫、そうりだいじん、いえーぃ、
d0017381_017486.jpg安倍人事 「お友達重用」続けるか、改めるかが焦点
自民党は30日の役員会で安倍晋三首相(総裁)の続投を了承し、9月に予定する内閣改造や党役員人事に焦点が移った。首相は「人心一新、適材適所」を掲げるが、塩崎恭久官房長官は同日午後の記者会見で、首相に近い議員を登用してきた人事手法を「基本的には変える必要はない」と明言。党内には失言の相次いだ閣僚人事だけでなく、「お友だち人事」「仲良し偏重」への批判も強く、首相補佐官体制の見直しも含めて安倍人事のあり方が問われる。(毎日新聞 7月30日)

国政のニュースをみてると、だんだん了見が
せまくなってきて、底意地が悪くなってくるのが
分かったので、とうぶんみるのをやめたいと思った。
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by illcommonz | 2007-07-31 02:01
▼無抵抗と無行動に抗する原理・殺すな
d0017381_5553485.jpg「作家の小田実さんが死去 国際的な反戦運動に尽力」

反戦、反核など国際的な市民運動に取り組んだ作家で、「ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)」元代表の小田実(おだ・まこと)さんが30日午前2時5分、胃がんのため東京都内の病院で死去した。75歳だった。自宅は公表していない。32年大阪市生まれ。45年の敗戦前日の8月14日に大阪大空襲を体験、そこで目の当たりにして後に「難死」と呼んだ「無意味な死」への怒りが言論活動や市民運動の源泉となった。65年、ベトナム戦争に反対して哲学者の鶴見俊輔さん、作家の開高健さんらとベ平連を結成。米ワシントン・ポスト紙に日本語で「殺すな」と大書きした反戦広告を掲載するなど、運動の支柱となった。(「アサヒコム」2007年7月30日)

2003年の春、米英軍のイラク攻撃に抗議して「殺すな」(後に「殺す・な」と改名)を立ちあげたとき、その精神的支柱になったのは、べ平連からの依頼で岡本太郎が書き、1967年に「ワシントンポスト」紙に掲載された「殺すな」の文字だった。これについては椹木野衣との共著「殺すなからはじめよ」(「別冊文藝」2003年)と「見よ、僕ら四人称複数イルコモンズのふた、改メ、殺すなの旗」(「現代思想」2003年)などに詳しく書いたので、省略するが、その「殺すな」を立ちあげるときに読んだのが、小田実の「「殺すな」から」だった。なかでも特に、これから引用する文は、2003年の「殺すな」からはじまって、現在にいたるまでの、イルコモンズとしての様々な抵抗の表現や反グローバリズムの講義/抗議活動などに大きな影響を与えていると思う(例えば「T.C.D.C.」や「前衛詩としての第9条」「SOMEDAY OVER THE WINDOW」そして「文化人類学解放講座」や「イルコモンズ。アカデミー」にも)。矛盾をおそれぬこと、常に行為の現場とせめぎあいの表現を選びとろうとすることなどがそれだ。だから、ここでも、冥福など祈らないし、もちろん「しょうがない」とあきらめたりもしない。それは精神的な無抵抗だと思うからだ。それよりも「作家は死んだが、それがどうした、書いたものはいまでも読めるし、読めなければ、ここに書きとるまでのことだ。作家は死んでも、「殺すな」は死なない」と考え、そうすることにした。姓こそ同じだが、故人とは何の縁もないし、会ったことすらない。でも、せめて、そのくらいのことをしないとバチがあたるくらいには恩義を感じている。だから、祈るな、書け、書けなきゃ、書きうつせ、である。ということで、引用開始。

...............................................................................................
「もうひとつ大事なことを云っておきたい。それは「殺すな」が「殺せ」を前提として存在する原理である以上、そして「殺せ」が積極的な行為である以上、「殺すな」もまた「殺せ」にまっこうから対立し、それを押しつぶそうとする積極的な行為であるということだ。逆に積極的な行為を前提としない「殺すな」は原理として成り立ち得ないし、それほどの力をもって「殺せ」とせめぎあわない「殺すな」は「死ぬな」であり得ても「殺すな」ではない。「殺すな」が「死ぬな」とはちがった次元に立つ原理であることは云うまでもないだろう。

「殺すな」が「殺せ」と積極的にせめぎあう行為の原理であるのに対して、「死ぬな」は「死ぬ」という人間の不可避的な運命に積極的にせめぎあうことのない祈りであり、より適切にはあきらめなのにちがいない。「殺すな」が「殺せ」と行為の現場でせめぎあわないかぎり、それは「殺すな」ではすでにないことだ。あり得るのは、ただの「非暴力的無抵抗」であり、「非暴力的無行動」だろう。戦後の三〇年間における私たちの「殺すな」の歴史のなかであきらかに認められるのはこうしたことのありようだが、このありようは「平和」と「反戦」がただの祈りの対象となりはててしまったことと無関係ではないし、祈りはあきらめをひきずって歩く。

もう一度、云っておきたい。「殺すな」が「殺せ」に対する「非暴力無抵抗」「非暴力無行動」になり下がったとき「殺せ」は「無制限暴力行動」に自分を強め、ひろげる。これもまた自明のことだ。

もうひとつ大事なことがある。それは「殺すな」がつながる「平等」と「自決」は、自分の国のなかだけにかぎられたことではないということだ。「平等」と「自決」は国のうちそとにひろがる。」

小田実「「殺すな」から」(1976年)

---------------------------------------------------------------------
[追記] 作家はこうも書いている。

「私は「世直し」ということがらを「殺すな」の原理がまっすぐつながって行くものと考えることができる。「世直しの倫理と論理」という本を書いたとき、私はまだ十分にそこのところまで踏み込んで考えていなかったと思う。「世直し」の目的ははっきりしていた。それは「平等」と「自決」を求める人びとの動きだが、そのことと「殺すな」との原理的なかかわりあいをはっきりとつかみとっていなかったにちがいない」

それから三〇年後、高円寺の「素人の乱」が「世直し一揆」として起こした「高円寺一揆」は、
「格差の破壊」と「自治の獲得」をめざしたもので、それは、「平等」と「自決」を求める人びと
の動きだったが、そのせめぎあいの場で、ECDのラップにのせて、「殺すな」のコール&
レスポンスが鳴り響いていたことを、作家は知っていたのだろうか。
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by illcommonz | 2007-07-30 06:04
▼一回夏休み
d0017381_050141.jpg7月は忙しかったので、しばらくやすみます。
これまで時間がなくてできなかったこと始めます。
さてさて、ヘピニキとカイシャ、どっちにしよう。。。
Fedora と KNOPPIX、どっちにしよう。。。
いや、まずは、キャンプだ、それが、正論。

♪ ついつい、流されちまう、結局、暑さでまいっちまう、それは、あれだ、夏のせい。
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by illcommonz | 2007-07-30 00:44
▼レームダック続投
d0017381_014820.jpg民主党、とはいうけど、もともとは、自民党。
ちょっと目をはなせば、またすぐ自民党化する。
しかし、なにはともあれ、これで、とうぶんは
「強行採決」できなくなったので、すこしは
ましになるはず。それにしても、新党日本と
社民党はよわすぎ。あと、余談だけど、
レームダックって、嫌な言葉だな。

------------------------------------------------------------------------
[歴史的備忘録]
▼「参院選 自民歴史的惨敗 安倍首相は続投表明」
第21回参院選は29日投開票が行われた。30日未明までの開票の結果、自民党は改選数1の1人区で6勝23敗と惨敗するなど振るわず、橋本龍太郎首相(当時)が退陣に追い込まれた98年の44議席にも届かず、40議席を割る歴史的大敗を喫した。年金記録漏れや「政治とカネ」、格差問題などが影響したとみられる。非改選議席を合わせ与党過半数維持に必要な64議席も大きく割り込む大敗だが、安倍晋三首相は29日夜、引き続き政権運営にあたる意向を表明した。一方、民主党は改選32議席を大幅に上積みする躍進で、参院第1党の座が確実となった。参院の与野党逆転という事態を受け、与党は極めて厳しい政権運営を強いられることになった。首相は29日夜、テレビ番組で「私の国造りはスタートしたばかりだ。これからも首相としての責任を果たしていかなければならない」と退陣を否定。これに先立ち首相公邸で会談した中川秀直幹事長に対しては「どんな結果になっても不退転の決意で臨みたい」と、続投への意欲を示した。今後の国会運営について首相は、テレビ番組で「第1党になった民主党と協力しながら国づくりを進めていかないといけない」と述べるとともに、衆院解散・総選挙の早期実施は否定した。惨敗となった1人区は、本来自民党の固い地盤だった。しかし、民主党の小沢一郎代表が1人区に的を絞った選挙戦を展開。東北、中国、四国、九州の各地方で軒並み議席を失い、当選は29選挙区中、群馬、和歌山、山口など6選挙区にとどまった。特に四国では全敗を喫し、岡山では片山虎之助参院幹事長が落選、青木幹雄参院議員会長の地元・島根でも議席を失った。この結果、12選挙区で非改選議席と合わせ「自民空白区」となった。比例代表も過去最低だった98年の14議席を下回る可能性がある。選挙区と合わせて40議席を割り込むのは確実で、非改選と合わせた同党の参院議席は80台にとどまり、過去最低となる。自民党が参院で「第1党」から転落するのは、1955年の結党以来初めて。過去の惨敗では、36議席だった89年には宇野宗佑首相が、44議席の98年には橋本龍太郎首相がいずれも退陣している。また01年の獲得議席と同じ13議席を目指した公明党も、候補を立てた5選挙区のうち埼玉、神奈川、愛知で前職が落選するなど議席を大きく減らした。同党候補が選挙区で落選するのは18年ぶり。一方、民主党は1人区での自民支持層切り崩しが奏功、さらに5人区の東京や3人区の千葉などで2議席を獲得した。比例代表も20議席を突破する勢いで、04年に獲得した過去最多の50議席を大幅に超え、目標としていた55議席も上回った。共産、社民両党は比例代表で議席を得たが、自民・民主の対決に埋没し、選挙区での議席獲得はならなかった。国民新党は島根選挙区で自民党から議席を奪った。今回の非改選議席は与党が58、野党61。【中川佳昭】 (毎日新聞 7月30日 01:11)

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さらば、55年レジーム!!!
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by illcommonz | 2007-07-30 00:20
▼ちびこもんずと、かつて、ちびこもんずであった人たちへ
d0017381_17135937.jpg[夏休み推薦図書]

「ちびこもんずたちのための童話と、
寓話を信じられなくなってしまった
大人たちのための
YouTube動画集」


[ぶん] おざわけんじ
[らくがき] ちびこもんず
[へんしゅう] いるこもんず

[つかいかた]
いまからはじまる、このお話をよんで、
もし、とちゅうで、わからないことや
ピンとこないことがあったときは、
★印をクリックしてみてください。

では、はじまり、はじまり、

(でも、なんの?)


......................................................................
この丸い星の、「豊かな」国々でも、「貧しい」国々でもないところに
「灰色」が棲んでいました。灰色は、人ではありません。

灰色は「大きなお金の塊」と呼ばれるものの中に棲んでいました。
そのお金の塊を、どんどん大きくすることだけが、灰色の考えていることでした。

灰色は、すべての人のする、すべてのことを、急いで
「大きなお金の塊」につなげてしまおうとしていました。

このころ、「大きなお金の塊」は、この星の四倍もの大きさになっていました。
あまり大きいので、もう、今までのように、ただ品物を売ったり、
国と国のあいだで両替をしているだけでは、
大きくし続けることができなくなっているのでした。

灰色には、新しい計画が必要でした。

同じ品物があふれかえってしまった後、それでもお金の塊を大きくするために、
灰色が最初にしたことは、品物は変えずに、品物がつくられる仕組みを変えることでした。


灰色は、品物がつくられる仕組みを変えて、工場を、「豊かな」国から
「貧しい」国々へうつしました。そのために、「豊かな」国々の若者たちのための、
きちんとした働き先は、すっかりなくなってしまいました。

そうやって灰色の計画のために、「豊かな」国々から働き先がなくなったのに、
灰色は、話をさかさまにして、「若者がなまけている」といって、責任を若者たちに
なすりつけることにしました。

夕方のニュースから、「なまけている若者」というイメージが、
たっぷり流されはじめました。憶えやすい流行語がつくり出されて、くりかえされて、
人びとはどんどん、本当に若者たちがなまけているような気になっていきました。

そうやって灰色が「貧しい国々」にうくした工場では、
同じ品物が安い値段でつくられるだけではありませんでした。
灰色は、暴力が大好きでした。だから、「貧しい国々」に工場をうつす時は、
自分が思いっきり暴れまわれる地域をつくって、そこへうつしました。

ある「貧しい」国にうつった工場では、子どもを働かせて、
子どもがそこらを歩き回らないように、足が地面につかない高い椅子に乗せて、
手だけで作業をさせました。

工場で働くことに希望をもっていた、ある「貧しい」国の若い女の人たちは、
一日十四時間、胸を突き飛ばされながら働かされて、
頭が毎日ぼーっとするくらい疲れてしまって、考えることもできなくなって、
窓のない小部屋に八人も詰め込まれて、養鶏場の鶏のように眠りました。
お父さんやお母さんに会うこともできません。
約束された金額の給料は払われなくて、食べるものは、少しの米と豆しか
買えません。そして、子どもができたら、出産ぎりぎりまで働かされた後、
工場から追い出されるのでした。

近所の安売りの店で売っている品物が、そうやって作られているのを知った
「豊かな国」の人たちが、灰色に抗議しました。

灰色は「そんなこと、いまどきするわけないよ」といって、
さかさまにしてひげの人の顔で、笑って否定するのでした。

(つづく)

小沢健二 「うさぎ!」 第一話より
http://ecologyofeverydaylife.org/usagi/index.html
....................................................................................
(参考)「文化人類学解放講座YouTube版」
http://anthropologix.blogspot.com/
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by illcommonz | 2007-07-28 17:50
▼やっぱり芸術に(C)はなくてもいいと思う(その理由)
d0017381_15554185.jpg「大学でよく講演をやっていた当時、わたしはこういった。「みなさん、芸術に手を染めなさい。どんなにまずくても、どんなにうまくても、それでみなさんの魂は成長します」と。みんなが芸術をやるのはそのためだ。有名になりたいからでも、金持ちになりたいからでもない。自分の魂を成長させるためだ。美術批評をいろいろ読んで不満を感じるのは、それがみんなから絵を描きたいという意欲を奪うことだ。ダンスの批評も、みんなから踊りたいという意欲を奪うことだ。それじゃ、いけない。だれもが絵を描くべきだ。やってみると、なかなか気分のいいものだしね。だが、批評家にいわせると、斬新でないとだめ。まるで芸術にも進歩が必要だ、といわんばかり。冗談じゃない、進歩をめざす必要はない。芸術は一種のいたずらだ、美術家はいたずら小僧だ。実際にはなにも起きてないが、彼らはみんなを感情的に反応させようとする。芸術をまなぶのは、自分のたましいを養なうためで、出世するとか、有面人になるとか、金持ちになるとかのためじゃない。あくまでも人生の過程だ。芸術は、食事や、セックスや、運動と同じで、成長に不可欠なものだ。それによって人間は自分が何者かを発見できる。以前のわたしはよく聴衆に議論をふっかけたものだが、いまはもうそんな機会もない。もしそんな機会があれば、こういうだろう。「今夜、ひとつ詩を書きなさい。それをできるだけいいものにしていく。四行、六行、それとも八行。できるだけいいものに。ただし、その詩のことはだれにも話さない。誰にも見せない。やがて、そして、これ以上にならないと満足したら、原稿をビリビリ引き裂いて、ほうぼうのゴミ箱へばらばらに捨てれば、自分の努力の完全な報酬を受け取ったことがわかります」。それが創造という行為であり、そこから大きな満足が得られるわけだ。」 カート・ヴォネガット「すべて成し遂げた後の憂鬱」

................................................................................................
ヴォネガットはそこでうっかり付け加えるのを忘れたようだが、もし、その詩をゴミ箱に捨てずに、誰かにちょっとだけみせて、その「いたずら」がうまくいったら、人はもっと大きなよろこびを得られるだろうし、気分がよくないわけがない。魂だって余計にふくらむはずだ。さらに、もし、自分の知らないところで、その「いたずら」に誰かが反応し、そこからもっとおもしろい「いたずら」を生まれたら、それ以上ほかに何を望むことがあるだろう。それでこそ、生まれてきたかいもあれば、生きてるかいもあったというものだ。ヴォネガットの叔父がおしえるように、そういう瞬間にいうべきことばはひとつしかない。「これが幸せでなかったら、他になにがある」。

これはもう古典的というよりも、ほとんど原始的といってもいいくらいの、おそろしく保守的な芸術(音楽、文学、映画、演劇、つまりは、文化全般)についての考え方かもしれないが、それで結構、それで十分、というか、「そう考えるほうがずっと気分がいい」というのがイルコモンズの考え方である。芸術の権威や業界にとっては迷惑きわまりない考えかもしれないが、それで結構、敵で結構。よろこんで敵になりたいとすら思う。かつて岡本太郎は「法隆寺は焼けても結構」と云ったが、それと同様、音楽業界はつぶれて結構、マーケットがなくなって結構。名声や金儲け目的の芸術や音楽がなくなって、かえってせいせいするし、資源の節約にもなる。業界がつぶれても音楽はつづくし、マーケットが消えても、人間のやむぬやまれぬ衝動が消えるわけではない。音や表現を求める気持ちが消えるわけではない。YouTubeひとつみても分かるように、世界は音楽と芸術にあふれている。商品化されない音楽や芸術の方がずっとおもしろいし、ずっとゆたかだ。ブラジル、バルカン、コンゴ、ジャマイカ、インド、メキシコ、アラブ、キューバ、葬式、路上、謝肉祭、幼稚園、婚礼、あらゆる土地と時間に音楽と表現があり、芸術がある。業界やマーケットの存続より、芸術が万人にとって、自由で、解放的であること、そして、それによって大勢の人間の気分よくなり、たましいがふくらむことのほうが、ずっとずっと大切だと思う。そう思うイルコモンズは、音楽業界の敵であり、美術マーケットと美術アカデミーの敵である、がゆえにイルコモンズなり。

d0017381_1634390.jpgどうしても、なにかマークが必要だというのなら、これを使うといい。(これが何のマークかは、ヴォネガットの本をよむと分かります)。「生きた人間から生みだされしもの」としての芸術にふさわしいのは、芸術がこの世に出てきた場所を示す、こっちのマークの方ではないかと思う。芸術は○○○だ。○○○にマークはいらない。ただ、それをみて、おぉー、とか、ふぅむ、とか、はぁー、とか、あはは、とか、くそ、とか、いいぞ、とか、生きてることを確認できれば、それ以上、ほかに何がある?
[追記1] ここでいう「ヴォネガットの本」というのは「チャンピオンたちの朝食」です。

[追記2] 人類学者になりそこねたヴォネガットと、同じく人類学者になりそこねた岡本太郎がほとんど同じような芸術についての考えを持っていたのはおもしろい。

[追記3] この記事をアップしようとしたら、ちょうどこんなニュースが。

「Winnyでいいから読んでほしい」?現役世代の本音と著作権保護期間問題
著作権保護期間を作者の死後50年のままにすべきか、70年に延ばすべきか―こんな議論が昨年から盛り上がっている。著作権管理団体など権利者側は「保護期間が長い方が創作意欲が高まる」「世界標準に合わせるべき」と延長を主張。これに対し、著作物の利用者側を中心に「延長すると2次利用時の手間が増えるだけで、文化の発展にもマイナス」などと反対の声が上がっている。この問題について専門に考えるフォーラムも設立され、昨年からシンポジウムを開いて活発に議論している。ただこの議論には、最も重要なプレイヤーがあまり参加していない。現役の若い世代のクリエイターたちだ。クリエイター側としては、漫画家の松本零士氏や、作家の三田誠広氏が延長賛成派として参加しているが、若い世代の漫画家やアニメクリエイター、小説家などは見当たらない。保護期間延長で創作意欲が向上するかどうかは、クリエイター本人に聞いてみないと分からないはずなのだが―

若いクリエイター自身がブログなどでこの問題について発言しているケースもそう多くなく、彼らの声はなかなか聞こえてこない。創造の最前線で活躍している彼らの思いはどんなところにあるのか。ある大手出版社の編集者はこう見る。「日本に漫画家は4300人くらいいるらしい。だがその中で、作品が売れて2次利用されるなど、著作権を考慮するような立場の人は200人いるかいないかだろう」。さらに「保護期間の延長を口に出して恥ずかしくない作家など、ほんの数人でしょう」編集者はこうも言う。「わたしが普段付き合いのある作家はみんな、『Winnyでもいいから読んでもらえるほうがうれしい』という人ばかりです」

クリエイターが「保護期間を延長してほしい」と訴えることはすなわち、自分が死んでから50年後以降もコンテンツの価値が残ると確信している、ということになる。現役世代はこの問題について語りたがらない。「口に出すと恥ずかしい」上、いま広く誰かに読んでほしいと思って身を削る漫画家の創作活動には、必ずしも関係がない。死して名を残す優れた作品を世に放つ意志と、死後の著作権が20年伸びること―イコールで結ぶには何か微妙なズレがあるようだ。著作権保護期間をどうすれば、クリエイターがやる気になり、文化が発展につながるのか―現役クリエイターを交えた議論が今後、必要になってきそうだ。 (ITmediaニュース 7月27日)

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イルコモンズは、保護期間の延長どころか、「私がこの作品の著作権者である」と口に出すのも気恥ずかしい気がする。「すみません、また、こんないたずらしてしまいました」という方がむしろ実感に近い。そもそも「死んだ後に名を残す」ということの意味もよくわからない。死んで灰になった後も、気分がよかったり、そうでなかったりするのか? なんというか、なんとかの穴の小さい人たちが多すぎる、もっとあのマークをでっかくひらいて、どんどん放出してゆけばよいのにと思う。やめたくてもやめられない、次から次にとめどなくあふれてきて、どんどん外に噴出してゆくものが、本当のクリエイティヴということではないのか。
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by illcommonz | 2007-07-28 16:51