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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「文化人類学解放講座」前期試験答案集解放
d0016471_5523068.jpg【設問】
自分でこたえることのできる問題を自分でつくり、その問題に自分で答えをみつけ、それを自分で評価してください(時間無制限・複数回答可・グループでの共同制作可・メディアと表現形式は自由・自分を点数で評価しないこと)

【答案】(抜粋)
●私は、自文化を絶対視し、他文化のすばらしさ、奥深さを想像できない自文化絶対主義者は、文明や技術の進化とともに退化させられていった人類のことをいうのだと思う。

●テクノロジーの進歩は、人間の身体能力・思考能力を奪っているような気がする。私たちが成し遂げたことは進化ではない。変化である。文明はこの変化をもって文明たらしめてきたが、私たちが数世紀後に人間から動物へ変化しているとき、未開の人びとが地球上で唯一人間らしい生活を送っているような気さえするのである。

●文化相対主義は、権威を疑い異端をとなえ、支配と闘う抵抗的で抵抗的なものである。

●自民族中心主義は、疑問と想像を許さない。人々に服従と無知を求める。西欧諸国は、植民地支配で文化を破壊し、産業革命で自然を破壊し、帝国主義を掲げて、あらゆる生命を破壊することができた。自民族中心主義とはすなわち破壊を意味する。

●テクノロジーのなかで生きているということを意識している人はあまりいない。すでにテクノロジーが存在しているところに生まれたのだから、当たり前のことになっているのだ。

●進化とは、文明人たちが満足するために、また探究心からきたもの。そして何よりも、自分たちがどれだけ楽に人生をすごしてゆくかという、手抜きの過程である。

●「近代文明はすべて排除して暮らせ」と、いま、私に言われても、私にはそれは不可能である。しかし、本来は暮らせたのだ。人類は自らが造った近代文明によって、本来与えられていた能力を失ってしまったのだ。

●技術と戦争は表裏一体だと思います。人は銃をつくりました。大砲を撃ちました。化学兵器をつくりました。原爆をおとしました。技術が進歩すればするほど、人が人をたくさん殺すことが簡単になってゆきます。

●人間は生物の頂点に立って一体何をするのでしょう。てっぺんまでのぼってしまえば、その先には何もないというのに。

●あらゆる民族がいて、あらゆる文化があり、その数だけ異なる思想が存在する。そんななかでの変わらないものとは何だろう。いろんな文化での「いのち」の考え方をみてきたが、その考え方もたいていは「いのち」は何かとつながっているというものであるということだった。「命はつながりのあるもの」という考え方は不変なものなのである。

●ALL IS CONNECTED.

●人はみな、自分の食欲、物欲、性欲などの様々な欲望をもっている。時として、欲は理性を失わせ、本能のままに行動しろ、と我々のなかに入り込んでくる。この欲望の呪縛から我々は逃げられない。人は生まれたときから、死ぬまで野蛮なのだ。

●何で私たちは化粧品がほしくなってしまうのだろう。

●「生まれたところや皮膚や目の色で、いったい僕の何がわかるというのだろう」(ザ・ブルーハーツ「青空」」)

●私たちは不幸にも人間です。でも、私たちは幸運にも人間です。理性をもって考えることもできれば、誰かや何かの痛みを想像する力をもっています。失敗から反省し、そこから学び活かすことができます。

●我々は日々なにかに追われて生きている。娯楽にまで追われる。何がそうさせるのか?それは国家か?権威か?はたまた神なのか?答えはどれでもない。それは文化である。石田英一郎の言うところの「反支配」の精神をある程度持たなければ、いつか文化にのみこまれてしまうだろう。文化は私たちを支配する。しかし文化のなかで生かされている私たちが文化をとりあげられたらどうなるか。文化そのものを否定するのではない。現代人として必要なのはプラスの文化の側面を忘れず、反支配の学を思い出し、文化のなかで生きていくことである。

●緑が目にしみる。

●「ばかばかしいおせっかいをしたもんだ。結局、人と幸福にし、天国をつくろうとしたブンメイは必ずしも人を満足させない。おめえたちゃあ、知らねえまにブンメイという化けものの中毒になってんだ。」(水木しげる)

●[評価]8Mbps

●戦争はひとをまるで単なる単位として扱い。百、千、万と殺してゆく。それで何かを得たとしても、同様に戦争で失われる。全くの無意味である。人間は自らの習慣を大きく変える知恵を持ちながら戦争に変わるものを作り出そうとしなかった。これは単なる怠惰である。

●「原爆投下はしょうがなかった」というのは、現代の日本社会こそが望ましいものであると考える人びとの言い訳にすぎない。

●「こんなはずじゃなかっただろう。歴史が僕を問い詰める。まぶしいほど青い空の真下で」(ザ・ブルーハーツ「青空」)

●私にとっての"他"の世界、誰かにとっては"他"である私の世界。誰が決めたのか知らないけど、未開の地とかいうもの。文明、人びと、人びと、ただ単純に生きてる人びと、ややこしく生きたい人びと、人びと、人びと、私はいまなにを思う?

●人間的な考え:神との頭脳戦

●表も見たら裏も見る

●地球がなくなって喜ぶ人などいないだろ?

●[評価] 自由に問題を設定し、自分でその問題にこたえ、評価するといった試験ははじめてだったので、何をやってよいのか、よく分からなかった。

d0016471_623996.jpg●短編映画
「バベルの塔、その後」
(カラー 10分)

●CD「文化人類学」
(Ⅰ:失敗Ⅱ:成功)


●[評価] 涙1リットル分

●あと一歩で、異文化を"しょうがない"という言葉で片付けなくてすむようになれる。

●[ホラー映画に登場する文化人類学者について](性格)そこそこチキン。クールに分析するが役立たず。もっと頑張ってほしい。生き残り率30%。

●文化人類学はネオコン思想に勝てるか?勝てません。でも負けもしません。マイノリティとそれにコミットする人が常に存在するからです。

●[評価] あんこでいうと、つぶあんである。よく練られていない。

●文化人類学者は何ができるか。直接的には何もできない。映画は旅をさせてくれる。しかし、歩んでゆくのは我々であるし、目的地を見定めるのも我々である。文化人類学者は我々に旅にでるきっかけは与えてくれる。

●「悪い人たちはその土地に家を建てて子供を生んだ。そして街ができ、鉄道が走り、悪いひとたちの子孫は増え続けた。山は削られ川は死にビルが建ちならび、求められたものは発明家と娼婦」(ザ・ブランキー・ジェット・シティ「悪いひとたち」)

●[評価] あたりまえのことをあたりまえに思っているので、あなたに得点はありません。

●日本の生徒たちは発言する場をあまり持たずにきてしまう。母国語でさえ、人前に出て発言したり意見をいうことに慣れてない私たちが外国へ行って外国語で見ず知らずの外国人相手に自文化の意志を伝えることは容易なことではない。私たちはまず自分の意見や考えを人前で表現する欧米形式的な授業に転換するべきであろう。

●[評価]表現するのってやっぱり面白い。

●理解できないのなら疑問を抱けばいい。否定するのではなく、想像すればいい。いろんな立場に立って物事を考えると何が正しくて何が間違っているか分からなくなる。どれもが正しく思えてくる。そして、何もできなくなる。奪うことも破壊することも。"絶対"と思うことも。

●世界は多くの知性でごったがえしている。

●わたしたちは思考をとめない。思想も尽きない。それはあがきもがいている瞬間のつながりの間である。終着点としての"答え"というものをだしてしまったら、そこで考えることは終了する。

●「明治六年に全国ではじまった学校制度は、①先生が問題を出す、②その正しい答えとは先生の出す答えだ、という前提にたっており、 生徒自身がそれぞれ、6歳までに知っていることの中から自分で問題をつくり、答えを出すということは除外されている。もし大学まで進むとして、十八年、自分で問題をつくることなく過ぎると、問題とは与えられるもの、その答えは先生が知っているもの、という習慣が日本の知識人の性格となる。今は先生は米国。[...] 教師も、明治以前の寺小屋の気風を受け継ぐ時代から離れて、大学教育学部養成の教師たちになると、知識人共通の性格から自由ではない。[...]そのときの光背を失わずに、点数によって人を見ない運動を続けている人は、現代の中で私の知る限り、無着成恭だけである。こうした姿勢を日本の教師は、小・中・高・大を通して失った。無着成恭が僧侶になったのは、今の日本の学校に彼のいる場所がないからだ。[...]日本の大学は、日本の国家ができてから国家がつくったもので、国家が決めたことを正当化する傾向を共有し、世界各国の大学もまたそのようにつくられて、世界の知識人は日本と同じ性格を持つと信じられている。しかし、そうではない。(「鶴見俊輔「夏休みが終わって」)

では、よい夏休みを。9月にまた会いましょう。

...................................................................................................
【参考】 [昨年度の後期試験の答案]

▼文化人類学解放講座・答案解放その1
http://illcommonz.exblog.jp/4574257/
▼文化人類学解放講座・答案解放その2
http://illcommonz.exblog.jp/4574278/
▼補講
http://illcommonz.exblog.jp/4620608/
▼テストのまとめ
http://illcommonz.exblog.jp/4262485/
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by illcommonz | 2007-07-19 06:20
▼レミング
d0017381_010299.jpg自民党現職の田村公平氏は、16日、高知市内で演説し、安倍首相が掲げる「美しい国」づくりについて「意味がよく分からない。絵に描いた『美しい国、日本』で応援に来て、適当なことばかり言われたら、バカにされた気がする」と痛烈に批判した。

自民党の加藤紘一元幹事長は、17日午後、都内で講演し、「安倍晋三首相と麻生太郎外相の外交感覚は、イデオロギーに支配されすぎていて古い」と痛烈に批判した。

赤城徳彦農相が、17日の閣議後会見に、左のほおと額に大きなばんそうこうを張って現れた。

自民党の大仁田厚参院議員は、17日、「一身上の都合」を理由に党本部に離党届を提出した。
(つづく)

[追記] 続報によると「ガーゼの下は吹き出物」だったらしいが、ある意味それは、
自民党のなかにたまっている悪い膿が吹き出てきたのだと思えなくもない。
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by illcommonz | 2007-07-18 00:10
▼音楽にとってのしあわせを願うファンクの貴公子
d0017381_2215686.jpg二〇世紀の肥大化した音楽産業は、音楽を気前よく、ひとに分け与えるよろこびとしあわせをアーティストたちから奪ってきた。プリンスはそのプライマルなよろこびをとりもどそうとしたのだと思う。音楽は誰のものでもない、みんなのものである。音楽にとってのしあわせとは何か。それは金を生むことではないはずだ。音楽にとってのしあわせとは、時代や国や言語や貧富の差をこえて、世界中の多くの人びとに演奏され、歌われ、そして、聞かれることだと思う。本当に音楽を愛する人間なら、音楽家としての自分のしあわせだけでなく、この音楽にとってのしあわせも願うはずだ。プリンスは自分がつくった音楽が、世界を自由にかけめぐることを願って、そうしたのだと思う。愛する音楽をビジネスの牢獄から解放してやろうとしたのだと思う。うそだと思うなら、「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ」のジャケットをみるといい。そこに描かれたプリンスはとてもしあわせそうにみえないか。もともとファンクという音楽はそういう音楽だったはずだ。それは人の魂を解放してゆくFREEな音楽だったはずだ。つまり、音楽が本来あるべきその原点にもどっただけのことだ。ところで、プリンスのかつてのバックバンドの名前をおぼえているだろうか?そう、プリンス&ザ・レヴォリューションである。このバンド名はダテではなかったのだ。
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by illcommonz | 2007-07-17 02:26
▼殿下のポトラッチ
d0017381_1957119.jpg
プリンス ニューアルバムを無料配布
【7月16日 AFP】15日、米ポップ歌手の異端児プリンス(Prince)のニューアルバム『プラネット・アース~地球の神秘~(Planet Earth)』約300万枚が、音楽業界から抗議の声が上がる中、英日曜紙メール・オン・サンデー(The Mail on Sunday)の付録として無料で配布された。 『パープル・レイン(Purple Rain)』、『Kiss』、『サイン・オブ・ザ・タイムズ(Sign 'O' the Times)』、『Raspberry Beret』などのヒット曲で知られるプリンスの10トラックが収録されているこのCDは、総計で約25万ポンド(約6210万円)の価値があると報じられている。このアルバムは英国で7月24日に発売予定であるが、プリンスが行うコンサート21公演のうち、8月と9月のO2アリーナ(O2 arena)での公演に参加するファンにも同アルバムを無料で配布するとしている。CDを無料配布する理由についてプリンスは「これはダイレクトに販売するということで、たくさんの騒動を抱えているレコード業界の思惑に参加しなくていい」と話している。英国小売業者協会であるERA(The Entertainment Retailers Association)のポール・クワーク会長は前月「プリンスのキャリアをサポートしてきた全てのレコードショップに対する侮辱である」と話し「付録文化」を激しく非難した。
.....................................................................................................
ERAは、相当あわてふためいているみたいだけど、そんなに驚くことじゃないと思う。
これは単に「ギフト・エコノミーの時代がはじまった」というだけの話で、殿下がやって
みせたのは「ポトラッチ」なのだよ、とそう云ってやりたい。プリンスのようなイノベーターは、
音楽業界のビジネスにホトホトうんざりしているのだ。市場経済のど真ん中に殿下が
投げ込んでみせた、この贈与の一撃を「侮辱」としてしかとらえることのできないような
協会は、これからまっ先に淘汰されて絶滅してゆくと思う。JASRACも同じで、絶滅に
瀕したケモノどもの最後の悪あがきにつきあっているひまはない。著作権なんてイビツな
文化はいずれ、なしくずし的に地球上から消滅すると思う。問題はそれにはまだもう
ちょっと時間がかかるらしいということだが、でも、それまで生きていられるかどうか
わからないので、いまは著作権の侵害にあたるかもしれなくても、これから数年後には、
もう誰もそんなことを云わなくとなると思うので、そのときを見越して、いまのうちから
好き勝手にどんどんつくっておいて、そのときがきたら一気に放出しようというのが、
アヴァンギャルドの生きる道。
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by illcommonz | 2007-07-16 20:26
▼台風と地震のさなかに
d0017381_812485.jpg映画「不都合な真実」をDVDでみた。
九州の方ではずいぶん
台風が吹き荒れたらしいので、
お盆に帰省したときに、
実家でも見ようと思っていたら、
今度は地震が起きた。
やっぱり、どうも変だ。


旧石器時代から近代までの人類は、こうした天変地異がおこると、そこにバランスの
乱れやリズムの狂いを敏感に感じとり、物語的感受性や神話的想像力を働かせて、
そこにある種の警告やメッセージをよみとってきた。たとえばそれは、天の神々や
地の霊たちの怒りであり、人類はそれを静めるための祭りや儀式を発達させてきた。
そうした祭りや儀式は「われわれが本来なすべきことをしなかったからこんなことに
なったのであり、いま、ここで、われわれが、こうしなければ世界は滅びてしまう」
という本来的にエコロジカルなコスモロジーを背景にもっていた。そうした感受性や
物語的想像力は「科学的な知」ではないけども、人類の「生きてゆく知恵」ではなか
ったのかと思う。人類の長い歴史からみれば、そう考えて生きてきた時間のほうが
圧倒的に長いし、科学の物語がそれにとってかわったのは、たかだかここ数百年の
ことでしかなく、それは一時の流行にすぎないのかもしれない。現代の新しいコス
モロジーであるエコロジーが、いまひとつリアリティと力を持ち得ないのは、そこに
人間の営みと世界(=地球)の運命を結びあわせる「物語」が欠けているからでは
ないかと思った。もちろん、いますぐ旧石器時代の感性や物語的想像力をとりもど
すことはできないが、近代のとば口で、あるいは、近代に抵抗して、警告を発した
賢人たちのことばに耳をかたむけることなら、できる。

「地震や津波は人間に対する「自然の復讐」である。人々は火山の火口のまわりで
死のダンスを踊りながら、太陽がまた明日も昇ると信じて、楽しい人生だなどと
言っている。紳士淑女、大学教授、政治家などは、進歩や文明開化の名において、
虚偽に虚偽を重ね、自然を破壊し、自然に背いている。自然は真空を嫌う。愛か
憎悪か!自然は代償を好む。眼には眼を!自然は戦を好む。死か独立か!自然は
復讐を奨励する。復讐は甘美である。「自然に背く害虫」である人間を殺すのは、
自分達の女神である「自然の法」だ。彼等は進歩の名において、彼等よりもよきものを、
彼等の堕落した水準にまで引きおろそうとしている。彼等のこの傲慢や術策の価値を
彼等に知らせねばならぬ」(夏目漱石)

「人々は宗教を軽んじるようになってしまいましたが、この世から利益を得ることも実際
にはできないでいるのです。この文明は私たちの機嫌をとりながら、実はわたしたちに
かじりついているネズミのようなものです。その影響が十分現われてくれば、宗教的
迷信のほうが、近代文明の弊害にくらべればまだ害がなかったということに私たちは
気づくでしょう」(ムハマト・ガンジー)
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by illcommonz | 2007-07-16 08:07
▼YBAからBANKSYヘ
d0017381_7435852.jpgFucking With Perception -
Hirst's "For The Love of God" Diamond Skull


Placed outside of the White Cube Gallery Masons yard at 3.30 am on Sunday night in response to the Damien Hirst's "For The Love of God" diamond skull exhibition.The "For the Love of God" prank was created using 6522 Swarovski crystals and took Laura, the artist, a month to create.

イギリスで、ローラと名乗るアーティストが、史上最高額のダミアン・ハーストの
作品のレプリカをこしらえて、夜中にギャラリーのそばのゴミの上に置き去りに
したらしい。YBA(ヤング・ブリット・アーティスト)世代からバンクシー世代への
世代交代が完了したことを象徴する画期的な事件だと思う。(いいぞ、もっとやれ、
ダミアンも負けるな)

詳しくは来月号の「BT」をご覧ください。もし載っていれば、ですが。

・・・と書いたら、今日、「BT」の今月号(8月号)が送られてきました。
「海外ニュース」(←最近はほとんどここしか読まない)のコーナーに
ダミアンの作品のニュースは載ってましたが、残念ながらレプリカの
ことまでは載ってませんでした。ということで、来月号に期待します。

----------------------------------------------------------------------
[追記]
さっき英語圏の方からコメントをいただき、PIEK! によるジオラマ、
「Damien Hirst trips over a diamond the size of his head
and die」という作品を教えてもらいました。むかし、M・カテランが、
ローマ法王とヒトラーで、こういうのをつくってましたね。
d0017381_1734867.jpg
http://www.piek.com/ned/werk/damien/index.html
although these works deny a specific anthropological or historical reading,
the results are compelling, being celebratory and seductive, as well as ominous and haunting.

たしかに。。。

詳しくは、次号の「BT」をご覧下さい(←しつこい)。
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by illcommonz | 2007-07-16 07:46
▼オールナイトでもまだ全然たりない
d0017381_3384782.jpg「一橋人類学セミナー」については、
上映した映像のリストやURLも含め、
後日、あらためて報告しますが、
まず、ひとこと感想を云うなら、
「まだ全然たりない」です。



足りていたのはスクリーンのサイズだけで(設営をやってくれた院生のひとたち、
ありがとうございました)。PAは音量こそあったものの音圧が足りませんでした。
それよりもなによりも「文化表象の政治学」からすれば、ツッコミどころ満載の
映像を用意して行ったにもかかわらず、議論が思ったほどもりあがらず、そこが
ちょっと残念でした。また、時間と音量が足りなくて、上映しなかった映像もまだ
たくさんあるので、チャンスがあれば、リターンマッチをやりたいと思っています。
できれば今度は、3日間連続のブート・キャンプ方式でやりたいくらいです。
そのくらいしないと、RECLAIM THE ANTHROPOLOGIXにはならないので、
ぜひやりたいと思います。当日、質問がなかったので、説明しませんでしたが、
RECLAIM THE ANTHROPOLOGIX というタイトルはデマカセにつけたもの
ではなく、ある意味をこめています。まず、"ANTHROPOLOGIX" というのは、
文化人類学がまだ「科学のふりをした詩のようなもの」だと思われていた頃の
人類学、つまり、ANTHROPOLOGYという学問になる直前の状態を指していて
(だから語尾が"Y"ではなく"X"なのです)、それは、ゾラ・ニール・ハーストンや
マヤ・デーレン、カート・ヴォネガットやゴダールやバロウズや岡本太郎のような
クリエイターたちを魅惑する刺激に富んだもので、ある種のいかがわしさや
挑発性や実験性、前衛性や反権威性をもったプロジェクトでした。つまり、
そういうクリエイティヴでアグレッシヴな人類学をとりもどしたいという意味を
こめて、RECLAIM THE ANTHROPOLOGIX なのですが、とりわけ何から
それをとりもどしたいか、といえば「失われた10年」といわれる1990年代から
今日に至る状況からです。さいわい文化人類学者になりそこねたイルコモンズ
には守るべきものが何もないので、このへんでそろそろロスト・ジェネレーション
からの反撃を開始したいと目論んでいて、現代美術家を廃業した時と同様、
「失うものはなにもない、職業以外は」という姿勢ですので、もしこの無謀な
プロジェクトに賛同される方がいらっしゃれば、ぜひ一緒に何かやりましょう。

[追記] 以下は、当日、上映した映像のうちのひとつです。YouTubeをただ
観察するだけでなく、そこに参与するためにアップしました。賛否両論分かれる
ようなつくりになってますので、YouTubeのコメント欄にどうぞ自由にコメント
してください。こんなふうに、YouTubeにアップすれば、ザ・レジデンツの
メンバーやフラハティの親族、そしてイヌイットの人たちが目にする可能性も
あるので、そうしたところからのレスポンスも期待しています。

d0017381_5452978.jpg
▼THE ESKIMORPHOZE A.P.T.N.mix
http://www.youtube.com/watch?v=JoCtu0CN-bI"
編集=イルコモンズ 9分59秒 カラー+B&W 英語字幕つき
[FOOTAGE]
▼ロバート・フラハティ「ナヌーク」(1921年)
▼ザ・レジデンツ 「ディスコモー」(2002年)
▼A.P.T.N. 「Inuit Mittatin」(2005年)

【エピローグ】
「この作品で語られる話はすべて過去形で表現されています。なぜなら
この作品のベースになっているエスキモー、とりわけ、北極エスキモー
(イヌイット)の人びとは、政府の福祉政策によって、一九六〇年代の
後半に、その「悲惨な」生活環境から「救出」されてしまったからです。
いまでは、北極エスキモーの人びとは、政府が支給したプレハブ住宅
に一人残らず完全に移住させられ、一日中、再放送のテレビを見て
過ごしています」(ザ・レジデンツ「エスキモー」(1979/2002年)より)

[解説]
映像人類学の「原点」であるロバート・フラハティの映画「ナヌーク」と
ザ・レジデンツのヴィデオ・クリップ「ディスコモー」の映像をミックスし、
さらに「エスキモー」の上記の「エピローグ」に対するレスポンスとして
A.P.T.N.(アボリジニ・ピープル・テレビジョン・ネットワーク)制作の
テレビ番組映像を付け加えたもの。この番組は「再放送」ではなく、
イヌイットの人びとが自ら制作した番組で、イヌイット文化における
笑いやユーモアの重要性をとりあげている。

*詳しくは下記のエントリーと当日配布した資料を参照してください。

▼世界の周辺で起きている変化を想像する
http://illcommonz.exblog.jp/2053673/
▼文化人類学解放講座・後期・第二部
http://illcommonz.exblog.jp/2232036/

[参照記事]
(映画「ナヌーク」についての論評)「これは、非常に生き生きと、かつ自然に
描かれ、人類学者にとって魅力的な映像になっている。ただし、一方で、この
映像には、音楽やスクリプトが大きな影響を及ぼしており、ディレクターの関わり、
商業的意図を感じざるを得ない。撮影の仕方や構成の仕方、そして音楽や
スクリプトは慣習的なものであり、それは前回の「Sans Soleil」とは対照的に、
私たちの理解を助け、「居心地よく」感じさせるものであった。しかし、それは
既存概念や感覚や価値に何かを訴えたのだろうか?そして人類学的なもの
だと果たして言えるのだろうか?」(マイケル・リチャードソン、一橋大学
「映像と人類学~エスノグラフィックフィルムの問題―エスノグラフィック
フィルムは信頼に足る証拠として使うことができるか?」
より)

[問い]
「このミックスは、既存概念や感覚や価値に何かを訴えたのだろうか?
そして人類学的なものだと果たして言えるのだろうか?」(イルコモンズ)

[応答]
(特になし)

[参照映像]
▼トーマス・エジソン「エスキモーの村」(1901年)
▼ロバート・フラハティ「ナヌーク」(1921年) 米国版/日本版
▼エンサイクロペディア・ブリタニカ・フィルム「エスキモー」(1951年)
▼ザ・レジデンツ「エスキモー」(2002年)
▼ザカリアス・クヌク「氷海の伝説」(2001年)★
  ↑ 
 とにかく、この映画を見よう。すべてはこの映画にたどりつくための、
 はしごにすぎない。たどりついたら、はしごはポイとはずしてよい。

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[追記] 当日は十分に話をする時間がなかったので、この場を借りて応答します。
まず「イルコモンズは啓蒙主義者ではないのか?」という疑惑について云えば、
おそらくそのとおりで、ついでに云えば、「ロマン主義者」だと思っています。
そしてグレーバーが書いてるように、ロマン主義的であることをあまり恐れすぎ
ないほうがいいのではないかとも思っています。つぎに「イルコモンズの欲望は
なんなのか?」という問いについて云えば、欲しいのは研究職のポストではなく、
教職と毎週つかえる教室です。最後に「イルコモンズが人類学から脱落した理由」
ということについて云えば、自分としては「脱落」ではなく「離脱」だと思っていて、
「脱落」にしろ「離脱」にしろ、「なりそこねてよかった」と思ってます。ひとつには
人類学を相対化してみることができたし、人類学以外のスキルを身につけることが
できました。なによりマージナルで分裂したポジションからものを考えるクセが
つきました。そして、いま目指しているのは、Activist-Artist-Anthros という
3A(トリプルA)です。本当はAlternativeというのも付けてたいくらいですが(笑)。
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by illcommonz | 2007-07-16 05:58
▼G8を(G8に反対する側から)きく
d0017381_141426.jpg「台風がきても、やる」ということだったので
今日は、渋谷で開催されたピープルズ・プラン
研究所、世界社会フォーラム、ATTAC、
その他大勢の参加による「ロストック・反G8
アクション報告集会」でVJをしてきました。
パネリストの報告をきいて、それに合った
ヴィデオ・クリップをその場でチョイスし、
それにIRAの成田くんとNO-G8の平沢くん
が2マイクでコメントと解説をつけてゆくという
フリースタイルでなかなかおもしろかったです。

それよりも今日の話をきいて、はじめて分かったことや思いついたことが
たくさんあったので、早速これは、今週末の札幌でのアカデミーとサミット
で報告してゆきたいと思います。あと、帰りに渋谷のタワレコで「スタジオ・
ヴォイス」の「政治を考える」という特集号を買って、電車のなかでよんで
みたのですが、今日聞いた話のほうがずっとアクチュアリティがあって、
断然おもしろかったです。ちなみに、この号には「高円寺一揆」のことも、
IRAのことも、「抵抗食の会」のことも、「下北路上解放戦線」のことも、
映画「第四次世界戦争」のことも、G8をめぐるマスメディア報道のことも、
ブラック・ブロックのことも、レジスタンス・キャンプのことも、インフォショ
ップのことも、ファンジンのことも、「しょうがない発言」のことも、な~んに
も載ってなくて、これじゃ、いま・どこで・だれが・なにをしようとしていて、
どこにアクセスしたらいいのかもさっぱり分らず、流行情報誌としてすら
「使えない」と思いました。記事をずっと読んでくと、「出口のなさ」だけが
印象に残ってしまい、どうもよくありません。もうとっくに反撃のシーンは
始まっていて、いま、そこで、何かがはじまろうとしているという感触とか
ワクワク感がちっとも感じられなくて、なんだかちょっと残念な特集でした。
次回は「生政治のポジティヴ・アクション」にフォーカスした特集を期待
します。

[追記] 「システムと生をつなぐのは、モードでありコードだ。そして、
インプロヴィゼーションとは、生の運用にほかならない。創刊30年を
経て、『SV』がはじめて政治の特集を行うのは、だから不思議なこと
ではない」と、そう書いてありましたが、そんなことないと思います。
いまでも憶えてますが、90年代初期の「ラウド・マイノリティ特集」とか
「ART&WAR特集」はしっかりポリティカルだったし、なにより読んで
ワクワクした覚えがあります。
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by illcommonz | 2007-07-16 02:11
▼文化人類学解放講座オープニング・アンセム
d0017381_214294.jpg
「RECLAIM THE ANTHROPOLOGIX/文化人類学解放講座OPアンセム」
著作権保護期間が切れたパブリック・ドメイン・フッテージの解放的活用
(民族誌映画篇) B&W 6分25秒 モノラル

[映像] エドワード・カーティス「闘うカヌーの島」(1914年)
     ゾラ・ニール・ハーストン「フィールドワーク」(1928年)
     マヤ・デーレン「神聖騎士」(1947年)   
[音楽] ザ・スカタライツ「フリーダム・サウンズ」
[編集] イルコモンズ
...............................................................................
明日の一橋大学での「文化人類学解放講座・映像篇」は、この映像からスタートします。
オールナイトでやっても全部みきれないくらいたくさんの映像を用意してゆきますので、
18時59分50秒になったら、このカウントダウンつきのオープニング映像を上映します。
2.6m×3.6mの工事現場用防炎シートをスクリーンにして、大きな音で上映します。
何をするかわかりませんが、つまりは、こういう映像ではじまるようなフリー(キー)で、
ダムなセミナーです。ふざけてるようですが、実はまじめです。明日、出席できない方は、
YouTubeでどうぞ。

▼RECLAIM THE ANTHROPOLOGIX
http://www.youtube.com/watch?v=snsQa_Dtae0

[追記] エドワード・カーティス、ゾラ・ニール・ハーストン、マヤ・デーレン、
この3人はいずれも「文化人類学者になりそこねた作家(写真家、作家、
舞踏家・映像作家」たちですが、こういう「なりそこね」の人たちが撮った
民族誌フィルムのなかには、学術的な資料価値はないかもしれないけど、
すばらしいショットがたくさんあります。学術的価値はないかもしれないけど、
(そして音楽のわからない学者の人たちには分からないかもしれないけど)
そのフィルムには「音楽」が宿っています。この映像は、そうしたフィルムに
宿る「目に見えない音楽」を解放しようとしたシャーマニックなミックスです。
学術的価値はないかもしれないけど、MTVがはじまる半世紀以上も前に、
こういうミュージック・ヴィデオ・クリップ的な映像センスをもった人たちが
文化人類学の周縁にいたわけです。ここで使用している映像はいずれも
著作権保護期間が終了して「パブリック・ドメイン」にはいった「コモンズ」
です。つまりは、著作権から解放された映像なので、さらにそれを音楽で
解放してみました。もしうまくいっているとすれば、それは、スカタライツの
名曲「フリーダム・サウンズ」のまじないがきいてるのだと思います。
今日の「文化人類学解放講座・映像篇」では、「ドキュメンタリー映画の
出発点」であり、「映像人類学の原点」とされる「ナヌーク・極北の怪異」を
はじめ、いろんな映像を使って、特に「音」と「音楽」の実験をやってみたい
と思ってますので、文化人類学には興味はないけど、音と映像には興味が
あるという人たちの参加もお待ちしてます。

今日、配布する資料です。出席できない方のために、全部、公開します。
PDF書類にしましたので、自由にダウンロードして使ってください。

d0017381_3284190.jpgd0017381_3285296.jpg
d0017381_3302756.jpg
▼モンド・ミックス PDF(13MB)
▼イヌイット・ミックス PDF(10MB)
▼ヌバ・ミックス PDF(7MB)

▼グレーバーテキストPDF(0.9MB)
*YouTubeにアップしている
このビデオのスクリプトです。
トランスクリプトと翻訳は、
一橋の院生、ニワ・ミツル、
ヘイリー・マクラレン、カガ・
サエコ、ナカザワ・タカヒロ、
イデタ・ケイジさんたちに
手伝ってもらいました。


d0017381_331923.jpg
最後に、今回のセミナーは「文化人類学解放講座」であって、「文化人類学専門講座」
ではありませんので、学会でやるような「テクニカルな質問」とか「事実確認の質問」
なんかよりも、もっと解放的でオープンマインドな議論を期待しています。そういう点で
「職業的文化人類学者になりたい人」たちには、あまり向いていないかもしれません。
(すみません)。この講座はむしろアカデミーの外でインディペンデントな文化人類学を
やりたいという人たちに、文化人類学を解放してゆくのが目的なので、あしからず、
ご了解ください(はぁと。

d0017381_4534985.jpg[追記] 台風が来てもやります。
カルチュラル・アンソロポロス・
タイフ-ン・ア・GO-GOデス。
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by illcommonz | 2007-07-13 02:33
▼オーバー・ドクターズ
d0017381_23585857.jpg「博士」も定職が見つけられず ポストドクター1万5000人超

「大学院で博士号を取得したものの、研究機関や企業から正規採用
されずに研究を続ける「ポストドクター」が、全国で1万5000人超に
達したことが10日、文部科学省の調査で分かった。平成17年度中
のポストドクターは1万5496人で、前年度より642人(4.3%)増加。
「博士」になりながら定職が見つけられず、修行を続ける研究者が
多い実態が浮き彫りになった格好だ。


ポストドクターとは、博士の学位を取得後、大学などの研究機関に任期付きで勤めている
ものの、教授・準教授・助手などとなっていなかったり、企業の正社員となっていない研究
者の総称。文科省の科学技術政策研究所が昨年11月、1232の大学や研究機関を対象
に17年度中の実態について調査し、小規模機関などを除く921機関から回答を得た。」
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映画「007」にでてくる「ノー博士」は、絶海の孤島で新兵器を開発し、世界侵略を企てた。
「仮面ライダー」にでてくる「死神博士」(彼は幼い頃から行くところに必ず死人が出たため、
死神博士と呼ばれるようになった)は、世界征服を目論む国際秘密組織「ショッカー」の
最高幹部となった。映画「博士の異常な愛情」にでてくる「ストレンジラブ博士」は核戦争で
人類が滅亡の危機に瀕しているときに水爆とファシズムへの愛に目覚めた。というように、
「博士」たちを放っておくと、ロクなことにならないので、なんとかしてあげた方がいいと思う。
ついでにイルコモンズにも、非常勤でもいいから、もっと教職を。
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by illcommonz | 2007-07-12 00:26