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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼絶句
d0017381_941387.jpg「あたご乗員、飲酒か=野党、29日に追及の構え-イージス艦衝突」
「海上自衛隊のイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故で、あたごの乗員が事故当時、飲酒していた疑いがあるとして、野党が29日の衆院予算委員会で追及する構えであることが28日、分かった。海上自衛隊は、艦船の中での飲酒を禁じているが、遠洋航海での停泊中は例外として認めている。あたごは衝突時、米ハワイ沖でミサイル試験を終え、横須賀基地(神奈川県)に寄港する途中で、ハワイ停泊中に乗員が艦内で飲酒した可能性が高い。遠洋航海でも、航行中の飲酒は禁じられているが、横須賀基地に向かう航路でも、艦内に酒類があったとみられ、海自は「確認できないが、海上保安庁の調べに対し、事故時の飲酒を認めた乗員がいるかもしれない」としている。」(時事通信社 2月29日)

必死で隠蔽しようとしていたのは、それだったのか?
「世に倦む日日」はこれに対してなんと云うだろう?
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by illcommonz | 2008-02-29 09:45
▼渋谷の地球船とR246型ロケット
d0017381_5313272.jpg「新渋谷駅は「地宙船」をイメージ
  安藤忠雄さんデザイン」


「東急電鉄が進める渋谷駅東口・東急文化会館跡地の再開発事業で、地下化が予定されている新「渋谷駅」の設計が「地宙船」をイメージしたユニークな吹き抜け構造になることが明らかになった。同駅では、来年6月に開業予定の東京メトロ副都心線と2012年までに相互乗り入れを始める。東急電鉄は駅施設を含む地上33階、地下4階(塔屋1階)の複合高層ビルを建設する計画で、渋谷駅周辺の活性化に向けて新生渋谷駅をアピールしていきたい考えだ。デザインは、建築家の安藤忠雄さんが担当する。3層構造の駅は「地中の宇宙船=地宙船」をイメージ。下層部のホーム頭上が大きな吹き抜け空間となり、上層部の改札階などから下層部を見渡せるようになる。駅全体は「楕円のカプセル(=地宙船)が地下に沈んだような構造」(東急電鉄)で、ホーム天井部分が球体の「船底」にあたるという。楕円の直径は約80メートル、短径は約24メートル。ホームを見下ろす吹き抜け部分は高さ約2メートルのガラスで周囲を囲い、安全性も考慮する。吹き抜け構造は「天然ダクト」の役割を果たすことで自然換気ができるのも特徴。駅に通じる地上施設の吹き抜け空間とも連動し、環境負荷を大幅に軽減するという。駅ではこのほかにも「地宙船」の壁面で放射冷房システムを採用。自然エネルギーの活用などで、ビル全体でも環境に配慮した開発を進めていく方針。 2012年の完成を目指す同ビル内には、10フロアから成る大規模な店舗区画や国内最大規模のミュージカル専用劇場が入り、開業後は多くの人出が予想される。「玄関口」となる新生渋谷駅の動向に今後注目が集まりそうだ。」

このニュースと関係してるのかどうかわからないけど、「渋谷246ギャラリー」でずっと寝泊りしてる作家のいちむら(みさこ)さんが、「第3回表現者会議」の席で、みんなに話してくれた話によると、渋谷駅界隈ではダンボール・ハウスのことを「ロケット」と呼んでるらしい。この話をきいたとき出席者たちの顔がパッと輝いたのは云うまでもない。この「ロケット」という名づけは、もうそれだけでアートだと思う。人の顔をあんなにパッと明るくしたり、想像をかきたててくれるものこそアートじゃなかったか。

d0017381_52942.jpgこのR246の「ロケット」の話をきいて、そういえば、現代美術家のヴディチコが路上生活者の人たちにコンサルタントになってもらって制作した「ホームレス・ヴィークル」は、「ロケット」みたいなかたちをしてたなということを思いだした。京都書院からでていた、このプロジェクトについてのウディチコの本は残念ながら絶版になってるので、その本のなかから、いまの渋茶の状況などと照らし合わせて、特に大事だと思える箇所を抜粋し、翻訳しなおしたものをここに掲載しておきます。あのとき、渋谷駅の高架下で「ロケット」という呼び名に顔を輝かせた「246表現会議」の出席者のひとたちが「路上のロケット」づくりの前例として読んでくれるとうれしいです。

「私のあらゆる作品は、都市の体験に対する批評的な次元の確立をねらった、都市への介入行為として理解できると確信しています。(...) (いまの)建築的な環境は、私たちを袋小路に押しこみ、私たちの感覚をマヒさせ、視線の自由を奪い、無意識をあやつり、欲望をむきだしにさせ、権力関係を隠蔽して神話化し、文化的で美しい都市の背景という巧妙な見せかけのもと、空間の社会関係を支配し管理しようと企む者たちの利益のためにデザインされた有効な手段となり、また、そのイデオロギーのメディアになっています(...)。 これに対抗するために私たちは、都市行政や不動産事業に対するアクションを起こし、コミュニケーションのメディアとして、それを活用しなければなりません。アーティストは、社会の一部でありながら、その外に追いやられがちな事実や問題をとりあげ、それに困惑しつつ立ち向かうことで、ジェントリフィケーションが進行する都市部での社会生活に、批評と刺激をもたらすことができます。(...) 言論のためのパブリックな場をふたたび切り開いてゆこうという課題は、社会的な課題であり、政治的な課題であり、アクティヴィストたちの課題であるのみならず、それはアートの使命でもあるのです。しかし、現在の都市は、不動産事業の美的センスにもとづく空間的な分離統合によって支配されているため、この「文化環境」から追い払われた者たちは、それに対抗する自前の建築物を持つことが必要なのです。私とデヴィッド・ルーリーが行っている「ホームレス・ヴィーグル・プロジェクト」は、「人を追い払う建築」に対し、「追い払われた人びとの建築」が行うレジスタンスの表現なのです。それは経済によってバラバラにされた都市のコミュニティのあいだの境界を、文字どおり突破するものとしてデザインされています。このヴィークルが空間のなかに入り込むと、それが「ホームレス」と「非ホームレス」とのあいだのコミュニケーションを促すメディアになるのです。いまの中産階級の人びとは、消費者として見事なくらいトレーニングされています。「よき消費者たち」である彼らは、どんなかたちをした、どんな機能のものであっても、たちどころにその目新しいものの価値を正確に見積もるすべを心得ており、その眼はつねに商品に方に向いています。私たちは、何を見ても、その道具のかたちや細部、そしてその動きに注目し、ある特殊な状況のもとでの位置づけを問います。「それは何をするのか?誰が使うのか?どんな状況でそれが必要になるのか?そして、それを持つことはどのくらい大切なのか?」と。もし仮にその道具が、これまで見たことのないようなものであれば、私たちは好奇心をもって、その外見にまず驚き、そしてその道具を操る者の動きを仔細にながめるでしょう。そして私たちは、その道具がどんな変化を及ぼすかに興味をもち、それが使用者にとって、そして私たちにとって、どんな意味を持つのだろうかと考えるでしょう。これは私たちが路上でヴィークルの実験をやっていたときに気がついたことです。多くの街の安住者たちが、自ら進んで近寄って来て、こう質問しました。「これは何なのか?」 普段なら、こうした人びとは、路上生活者を見かけても、決してそんな質問はしないものです。つまり、人びとはこのオブジェを通して、普段なら発することのない問いを、そこで発していたのです。」(クシュシトフ・ヴディチコ)

ウディチコの「ホームレス・ヴィークル」についてはこちらをどうぞ。
▼[YouTube] Krzysztof Wodiczko Homeless Vehicle Project - Animation
http://www.youtube.com/watch?v=59DV3k2fVfA

(参考)▼京都書院リターンズ(2006年1月7日)
http://illcomm.exblog.jp/2491119/

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(おまけ)

d0017381_9381929.jpg▼「NOT IN THE NAME OF ART」(草稿)
We believe that as artist living
in Tokyo it is our responsibility
to resist the injustices done by
someone in the name of art.
Another artist-in-residence is possible.
Another artist-in-resistance is possible.
and we pledge to make it real.
"The Pledge of Residence/Resistance"

NOT IN THE NAME OF ART(2008) 画像はイメージです/イメージは画像です。
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by illcommonz | 2008-02-27 02:04
▼「路上は解放されたがっている」
d0017381_2225262.jpg明日の夜、開催です。

「ダンシング・イン・ザ ストリート/
サウンドデモだよ路上開放!!」

路上に溢れる強烈なビート、人、人、楽器、旗、笑顔、叫び声。それを取り囲む機動隊、公安警察、逮捕、弾圧。ここ数年全国の至る所で増えてきたサウンドデモの主催者・関係者を集め貴重な映像やトークが爆発する!

【ゲスト】ランキン・タクシー/松本哉(素人の乱)/毛利嘉孝(東京藝術大学准教授)/小田マサノリ(イルコモンズ)/二木信(ライター)/DJラマダーン/他 【司会】間宮賢(RLL)
[場所] 新宿Naked Loft [会場] 18:30 [開演] 19:30 1,000円(+1drinkから)

まだ何も打ち合わせをしてないので、どんなことになるか、さっぱりわかりませんが、
とりあえず、明日はこんな映像を用意してゆきます。

▼ヴィデオ・セットアップ・リスト(イルコモンズ担当分)
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【リクレイム・ザ・ストリート】
[1990s]
▼「RTS・ザ・ムービー」(1991-1996年)
▼「CJA法案下でのフリーパーティー」(1994-1995年)
▼「M16:RTSバーミンガム(アンチ・バーミンガムG8サミット)」(1998年5月16日)
▼「J18:RTSロンドン(アンチ・ケルンG8サミット)」(1999年6月18日)
▼「J18:RTSサンフランシスコ(アンチ・ケルンG8サミット)」(1999年6月18日)
[2000s]
▼「RTS オスロ」(2002年)
▼「RTS チューリッヒ」(2003年)
▼「RTS サンフランシスコ」(2004年)
▼「RTS スコットランド」(2005年)
▼「RTS メルボルン」(2006年)
[other]
▼「トローリー方式」
▼「クリティカルマス式」
▼「ドラムコレクティヴ方式」
..........................................
【サウンドデモ】
▼「STREET RAVE AGAINST WAR」(2003年5月10日)
▼「有事法粉砕 STREET PARTY TO DEMONSTRATION」(2003年5月30日)
▼「PARTY AND PROTEST/ANARCHY,PEACE,FREE!DUMB」(2003年7月19日)
▼「自由と生存のメーデー06」(2006年4月30日)
▼「T.C.D.C.2003-2004」
----------------------------------------------------------
【モバイルクラビング】
▼「MC リヴァプール駅」(2006年10月11日19時24分)
▼「MC リヴァプール駅」(2006年10月11日19時24分)
▼「MC パディントン駅」(2006年11月30日)
▼「MC ヴィクトリア駅」(2007年4月4日)
▼「MC セントポール寺院」(2007年7月19日)
----------------------------------------------------------

明日、現場に来られない方たちのために、いま世界のあちこちの路上で勃発している
「ストリート・ドラム」のコレクティヴ・サイトをつくりました。

d0017381_7192654.jpg
イルコモンズ編「ザ・ドラムブロック~路上は解放されたがっている」

12個あるムービーの中から好きなものをいくつかか選んで同時に再生すると、WEB上でセッションがはじまります。彼らは(彼女がいないのが残念)、みなそれぞれ別々のストリートに居て、おそらく会ったこともなければ、一緒にプレイしたこともないと思いますが、それでもアンサンブルができてしまうのが不思議です。そこに現れるドラムンベース的なリズムは、今のこの時代のビートであり、速度であり、リトルネロなのだと思います。そして、いま人びとは、サウンドシステムや、リズムボックスにたよらず、もう一度、人力で、つまり自分の手足を動かして、それをたたきだそうとしている。しかも、拾い集めたバケツやポリタンクで。はたして、ここから次のストリートの音楽が生まれてくるのかどうかはわかりませんが、こうして世界の路上で鳴っている音楽をつなげて見ると、ストリートというのは、本当はこんなに自由で解放的な場所だったんだ、ということが改めて分かります。ジェントリフィケーションがどんどん進み、監視カメラだらけになってしまったゼロトレランスの街で、もう一度、こういう自由な空気と解放感をとりもどすにはどうしたらよいのだろうかと、考えてしまいますが、なにごとも考えてみるだけでは何も変わらないので、自分も拾ってきたバケツとタンクで手足を動かしたいと思ってます。
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by illcommonz | 2008-02-25 23:09
▼「チューテ・ビアンキ」についての補遺と断章
d0017381_21475686.jpg(つづき)

「運動の初期、彼らは大都市で大規模なレイヴパーティーをみごとな手際で組織した。夜、街のどこヘでも山のような音響装置を積んだトラックのキャラバン隊を送り込み、まるでカーニヴァルのようなダンスパーティーを準備するのだ。するとどこからともなく何千人という若者が現れ、夜通しダンスに興じる。「白いツナギ」は、このお祭り好きな要素と政治的アクティヴイズムを融合した。彼らは、街頭で不安定な新興労働者の置かれた苦境を訴え、彼らの貧困に抗議し、全ての者に対する「保証所得」を求めた。次第に警察との対立が深刻化していったが、「白いツナギ」は、ここでもまた非凡な象徴的表現を打ち出す。弾圧にかかる警察の外見を真似しはじめたのだ。ロボコップよろしく戦闘服に身を固めた警察官がアクリル樹脂の盾や装甲車とともにやってくると、「白いツナギ」も白い膝あてパッドに、フットボール用のヘルメットを被り、ダンスに使ったトラックを装甲車に似せて改造した。政治活動家にとって、これはポストモダン的なアイロニーを込めたスペクタクルにほかならなかった。」

「それは、ただ聞いただけでは、ほとんどの人が夢想と片付けてしまうような素晴らしい組織化だった。だが実際にもそれが機能していたのである。それがあまりに効果的に機能したため、どの都市の警察署も、どのように対処すべきか面食らっていた。それは前代未聞の戦術にもよっていた。何百人もの活動家たちが、妖精の恰好をして現れ、毛のはたきで警官隊をくすぐった。空気チューブとクッションがつまったミシュランマンのような恰好でバリケードの上をころがりまわる者たちには、誰かを傷つけようする意図はなかったし、同時に警官たちの警棒を受け付けないという効果もあった。つまり、この戦術は、伝統的な暴力/非暴力の区分を完全に混乱させてしまうものであった。」

「白いツナギにとって最後の活動の場となったのが2001年夏ジェノヴァでのG8反対デモだった。彼らは30万人以上が参加したデモの主要な組織勢力の一角を担っていた。デモが始まると彼らは会議場に向かって平和的に行進を進め、警察が催涙ガスや棍棒、銃弾で攻撃してきても精一杯それに耐えた。ところが彼らの皮肉を込めた擬態に対し、警察は低強度戦争と見まがうほどの攻撃をしかけてきた。その結果、デモに参加していたカルロ・ジュリアーニという若者が警察に殺されたのである。この警察の暴挙に対してイタリアはもちろん、ヨーロッパ中で激しい憤激の声がわき上がり、警察の残虐行為を裁く裁判がその後長く続いた。このジェノヴァでの抗議行動の後、「白いツナギ」は解散を決める。自分たちのようなグループがマルチチュードの運動のリーダーとして行動する時期はもう終わった、というのがその理由だった。彼らは国際的でグローバルな首脳会議に反対する大規模な抗議行動を組織するという役目を遂行し、さまざまな抵抗運動を拡大して、そこに政治的一貫性を与えるべく尽力した。彼らは、抗議者を守ろうと努め、自分たちの攻撃性を非生産的な暴力行為でなく、より創造的な、しばしば皮肉を込めた表現形態へ向けようとしたのである。」

と、ただ文章を読んだだけでは、ほとんどの人が夢想と片付けてしまうかもしれないので、ビデオクリップをつくりました。

d0017381_21481386.jpg
▼TUTE BIANCHE / WHITE OVERALLS
http://www.youtube.com/watch?v=NulVXvlYXQ0
excerpts from Flaco Blag's "Crowd Bites Wolf"(2000)

September 1994 Italy's infamous Tute Bianche / White Overalls movement is born, when the neofascist mayor of Milan orders the eviction of the squatted social centre, Leoncavallo, saying: "From now on, squatters will be nothing more than ghosts wandering about the city!" Activists respond humourously, dressing in ghostly white overalls and taking to the streets; riots ensue, and the squat is saved. The white overalls, symbols of the invisibility of those excluded from capitalism, spread across the world, from Bologna to Prague and the G8 in Genoa.

【解説】「1994年9月、ミランの市長レオンカヴァロが社会センターからスクワッターの強制退去を命じたとき、イタリアの悪名高き「チューテ・ビアンキ/ホワイト・オーバーオールズ」が誕生した。ネオファシストであるレオンカヴァロはこう宣言した。「これより、スクワッターは、街をうろつく幽霊以外のなにものでもない!」。これにアクティヴィストたちはユーモアで応戦した。幽霊のような白いオーバーオールを身に着けて街にくりだして暴動を起こし、スクワットを救ったのである。資本主義から追い出された者たちの不可視性の象徴である白いオーバーオールは、ボローニャからプラハへ、そしてジェノヴァでのG8へと世界をこえて広がっていった」

かくして「チューテ・ビアンキ」が発明した「抵抗のスタイル」とその「戦術」と、いまや世界中どこにでもいる(日本にも5人いる)「クラウン・アーミー」たちに受け継がれ、よりクリエイティヴに、よりファニーに、よりアイロニカルに、そしてグローバルに展開している。

(もどる)
  ↓
▼「クラウン・アーミー、ブラックブロックについて語る」
http://illcomm.exblog.jp/7334155/
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by illcommonz | 2008-02-25 21:51
▼断固として再提言、防衛機関の抜本的降格の提言
d0017381_14104690.jpg
ブログ「世に倦む日日」がいつにも増して怒っている。イルコモンズにはとてもまねのできない緻密な「ニュース読み」をした上で、最後にこう云って怒っている。

「イージス艦「あたご」と言えば、昔で言えば「大和」や「武蔵」に匹敵する国防の中核を担う主戦軍艦だろう。戦前の右翼になった気分でこう言ってやりたいところだ。「貴様はそれでも帝国軍人として恥ずかしくないのか。国民の前に出て説明と謝罪ができないのなら、帝国軍人らしく潔く腹を切れ」。逃げてないで釈明の場に出て来い。二人の漁師とその親族と勝浦の仲間に詫びろ。」(「イージス艦「あたご」艦長の舩渡健は公の場で謝罪と釈明をせよ」より)

もし本当に艦長が、人命救助をあとまわしにして、隠蔽工作をしていたのだとしたら、このくらいのことを云われても仕方ないはずだ。それにしても、国民の人命救助をあとまわしする自衛隊というのはいったい何なのだろう。防衛省はいったいなにを防衛しているのだろうか。そこで改めてもう一度、提言する。「防衛省」は「防衛庁」をすっとばして「防衛室」からやりなおせ。防衛省にはそのくらいの抜本的降格が必要だ。

(参考)
▼「防衛機関の抜本的降格の提言」
http://illcomm.exblog.jp/6650107/
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by illcommonz | 2008-02-24 14:39
▼「クラウン・アーミー、ブラックブロックについて語る」
d0017381_7542534.jpg
▼「クラウン・アーミー、ブラックブロックについて語る(日本語字幕つき)」
CLOWN ARMY TALKS ABOUT BLACK BLOC (w/Japanese subtitle)
http://www.youtube.com/watch?v=7tM8jM5vPDg
[編集+字幕制作] イルコモンズ
5分44秒 カラー

*インディメディアUS「ニュースリール(07年7月)」より抜粋。
http://www.youtube.com/watch?v=09GPKs4oP8M
*ドイツ語オリジナル版
http://g8-tv.org/index.php?play_id=1757

【みどころ】
[前半] ドイツの「クラウン・アーミー」たちが「ブラックブロック」について語ってくれます。
[後半] かつての「チューテ・ビアンキ」(*後述)を彷彿させる、ふんわかと、やわらかで、
ソフトタッチの直接行動がみられます

「チューテ・ビアンキ」のことについては、ネグリ+ハートの『マルチチュード』の補遺「白いツナギ運動」や、デヴィッド・グレーバーの『アナーキスト人類学のための断章』のなかに記述があります。以下はそのふたつから抜粋してつなぎあわせたものです。
.............................................................................................

d0017381_8312467.jpg▼「白いツナギ運動」
「「白いツナギ」運動が最初に現れたのは、イタリア左翼を構成していた伝統的な政党や組織が次第に周縁化されつつあった1990年代半ばのローマだった。「白いツナギ」は当初から他の政治集団や政党とは一切協力関係にないことを明らかにしていた。自分たちは固定した契約や保障、身分証明のベースを全くもたない「目に見えない」労働者であると。彼らのツナギの白さは「目に見えない」という特徴を表すものだった。そしてこの特徴は彼らの運動の強みともなった。

(つづく)
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by illcommonz | 2008-02-24 08:27
▼マルチ・カヴァーズ・オブ・エンパイア&マルチチュード
d0017381_4333292.jpgネグリとハートが書いた『帝国』はおもしろい本なのだが、分かりにくいところがある。『帝国』はまず、こういう書き出しで始まる。「〈帝国〉が私たちのまさに目の前に姿を現している」。ところが、である。その、まさに目の前に現れているはずの〈帝国〉とは、一体どんな姿かたちをしているのかが、どうもいまひとつよく分からないのである。もちろん、何度もくりかえし、この〈帝国〉は帝国主義の帝国とは違う、とそう書いてあるので、それは分かった。中心がないというのも分かるし、脱領土的だというのも分かる。外部が存在しないというのも分かる。分からないのは、その姿かたちであり、イメージなのである。ザ・ブルーハーツもこんなふうに歌っている。イメージ、イメージ、イメージは大切だ。中身はなくても、イメージがあればいいよ♪」とまでは云わないが、イメージは大切である。今から4年前に『帝国』についてのレヴューを書いた時、まず思ったのはそれだった。一方、そのイメージが分かりにくい原因のひとつははっきりしていた。それはすなわち、本のカバーデザインがわるいのである。そのレヴューでも書いたように、『帝国』の表紙に使われている「地球」の画像は、ビル・ゲイツが設立したコービス社のもので、コービス社というのは、こういうライセンス画像や写真の販売をやってる会社である。

d0017381_4394852.jpg
もちろん、コービス社の製品だからわるい、というのではない。選んだ画像がよくないのである。つまり、宇宙に浮かぶ惑星としての地球は〈帝国〉の姿としてはあまりふさわしいものだとは思えない。とはいえ、デザインをする側からすれば、〈帝国〉ほどやっかいなものはない。なぜなら〈帝国〉は中心となる領土やシンボルをもたず、つねに流動的で、かつネットワーク的だからで、これくらいデザイナー泣かせの物件はない。さらに加えて、ネグリとハートは、〈帝国〉が局所的で具体的な対象に限定されるのを嫌ってるところがあるので、そうなるとデザイナーとしてはますますお手上げである。おそらく、ありうるべき誤解や限定を避けることをまず最優先し、「地球」の画像はあくまで消極的な選択として選ばれたのではないかと思う。画像にコービス社のものを使ったのは、〈帝国〉について論じた社会科学の書物にさえも〈帝国〉的なものが潜在しているということを暗に示すためだった、かどうかは定かではないが、結果としてはそうなっている。ちょうどルパンの「盗まれた手紙」のように、〈帝国〉は『帝国』を読む私たちのまさに目の前につねにすでに表紙として存在している。

d0017381_436105.jpg同じことは『帝国』の続編である『マルチチュード』についても云える。〈マルチチュード〉が「ピープル」とも「マス」とも違うということはよく分かるのだが、〈マルチチュード〉もまた〈帝国〉と同様に、その人物像やキャラクター・イメージが非常につかみにくい存在で、ここでもネグリとハートは〈マルチチュード〉の具体的な人物像や集団をあげるのをなるべく避けているように思える(ただし後でみるようにはっきりしたモデルもいる)。かくして『マルチチュード』の表紙は、不特定多数の人のシルエットの群れが〈マルチチュード〉の「M」の文字を構成しているという、これまたイメージのつかみにくいものになっている。ついでに云うと、そのシルエットはどことなくマイクロソフト社の最近の広告で使われている「ピープル」のイメージを彷彿させるところもあるが、まぁ、これは単なる偶然だと思う。

d0017381_4365817.jpgそれはさておき、こうした表紙のデザインは、誤解を避けるためには仕方のないことだとは思うが、〈帝国〉にしろ、〈マルチチュード〉にしろ、そのイメージがつかみにくい理由のひとつは、このよくないカバー・デザインにあると思っている。本来、本のカバー・デザインの使命は、本を開かなくてもその内容が一目見て直感的に分かるようにすることであり、そういうカバーがよいカバーである。発刊当時であればまだしも、いまではもう〈帝国〉と〈マルチチュード〉についてたくさんの概説や解説が書かれ、仮に誤解が生じても誰かがそれを正してくれる環境が整っているので、このへんでもっと分かりやすく、一目見て具体的なイメージをつかめるようなカバーに差し替えてみてはどうだろうかと思う。もしひとつのイメージに限定されるのは困るというのであれば、カバーをどんどん差し替えてゆけばよい。なにもカバーはひとつだけである必要はない。たくさんあっていいはずだ。なんなら、好きなカバーを選べるようにしてもいいかもしれない。もちろん出版流通のことを考えると、実現困難なのは分かっている。しかし、そういう実現できないもののデザインを考えたり、あえて誤解を招くようなものや、まちがったものをつくるのが、どういうわけか好きでたまらないので、さっそくつくってみた。まずはじめにお断りしておくが、このカバーは決して正しいものではないし、誤解を招くおそれもある。でも、わかりやすくなっているとは思う。

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ということで、まずは『帝国』の「マイクロソフト帝国ヴァージョン」と
「グローバル資本への実質的包摂ヴァージョン(別名・バンクシー・ヴァージョン)」。

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もうひとつは「WTOコンボ・ヴァージョン」
(別名ジェロ・ビアフラ・ヴァージョン)である。
ほかにIMFや世界銀行、スターバックス、
ナイキ・ヴァージョンがあってもいいと思う。


〈マルチチュード〉は多種多様であることが命なので、たくさんつくってみた。

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「シアトル1999・ヴァージョン」と「聖フランチェスカ・ヴァージョン」

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「チュート・ビアンキ・ヴァージョン」と「ジェノヴァ2000・ヴァージョン」

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「コモン・ヴァージョン」と「クラウンアーミー・ヴァージョン」

d0017381_52884.jpg「ロストック2007年、愛のヴァージョン」

これがひとつだけならまちがっているが、たくさんなら、まちがいも少ないはずだ。では最後に、本に帯はつきものである。帯にはぜひ次のフレーズを使ってもらいたい。これもまた誤解をまねきそうなフレーズだが、あえてそれを選んでみた。

「アメリカ人よ、
真に「帝国」的たらんとするなら、
あともうひとふんばりだ」

そう、アメリカはきわめて帝国的だが、
いまのところ、まだ帝国ではないのだ。
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by illcommonz | 2008-02-23 05:09
▼知と税の破壊協会
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「道路調査報告書3部で9千万円、ウィキペディア丸写し」
「国土交通省所管の公益法人「国際建設技術協会」が07年、道路特定財源約9200万円で作成した海外の道路事情の調査報告書が、わずか3部しか作られず、インターネット上の百科事典「ウィキペディア」の表を丸写しするなどずさんな内容だったことが、21日の衆院予算委員会で分かった。冬柴鉄三国土交通相は「よく調査し法人の存続も含め検討したい」と苦い顔で答弁した。報告書は約1100ページ。06年末に国交省が随意契約で同協会に発注した。報告書は米国各州の郡の数や、法定速度に関する表などをウィキペディアから引用。その他の参考資料も大半がインターネットからの引用だったという。ウィキペディアは誰でも書き込めて誤りがある場合もあり、通常の論文では引用されない。予算委でこの問題を取り上げた細野豪志氏(民主)は「学生のレポートでも教授が受け付けない。税金でできた約1億円の報告書が、ウィキペディアの引用でしゃあしゃあとできている」と皮肉った。」(毎日新聞 2月21日)

ここまでくると、コソ泥なのか、大ドロボウなのか、どっちなんだか、もうよくわからないが、少なくとも、知と税に対する国民のインセンティヴを沈没させたことだけは確かだ。年金といい、漁船といい、国家というのは国民の破壊装置なのか?こういうことがあるたび、いつも思い出すのは、花森安治のこの文章だ。
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いったい〈くに〉とはなんだろうか。

ぼくが実感として、〈くに〉を肌で感じるのは、税金をはらうときである。
いつでも税金を納めるときになにか、不当にしぼりとられているような気がする。

ここで不当にというのはとられ方というよりも、
その使いかたからうける感じなのである。

ぼくにとって、〈くに〉とは、いつでも、なにか、不当にいためつけようと 
たくらんでいる、そんなもののように気がして仕方がない。

戦争に敗けた、その日から今日まで、年々、税金は不当にとられているが、
〈くに〉から ぼくがなにかしてもらった、ということは、ひとつもないのである。

つまり、ぼくにとって 〈くに〉とは、僕たちの暮しや仕事をじゃまするもので
こそあれ、けっして なにかの役に立ってくれるものではないのである。

いまの日本のように いきなり、みずから〈くに〉を守る気概をもて、 
などといわれたって、はい そうですか、というわけにはゆかないのである。

戦争では ずいぶん多くの国民が、〈くに〉に貸したはずである。
赤紙一枚で召集されて、死んだ人たちがいる。その遺族たちがいる。
空襲のために、家を焼かれ、財産を焼かれ 家族を失った人たちがいる。

この人たちに 〈くに〉はまだ、何にもかえしていない。
そのほか まだまだ大ぜいの人が、この〈くに〉に貸している。

その日本という〈くに〉は、いま、驚異の繁栄、などということをいわれて
やにさがり、そして、したり顔して、みずから〈くに〉を守れ、などと
叱りはじめている。

戦争で、一銭も返してもらわなかった、おおぜいの人たちは、
それを忘れてはいない。なにもいわないだけである。
いわないのをよいことにして、ふたたび 〈くに〉を守れといい、 
着々と兵隊をふやし、兵器をふやしている。

よっぽど この日本という〈くに〉は、あつかましい〈くに〉である。

いつでも どこでも 〈くに〉をまもれ、といって 
生命財産をなげうってまで守らされるのは、
日ごろ〈くに〉からろくになんにもしてもらえない、
ぼくたちである。

祖国を愛せよ、〈くに〉を守れ、といわれて、その気になるだろうか。
その気になるかもしれない、ならないかもしれない。

ここで〈くに〉というのは、具体的にいうと、政府であり、国会である。
〈くに〉に、政府に、国会にいいたい。
〈くに〉をまもらせるために、どれだけ国民をひどい目にあわせたか、
それを忘れないでほしい。

それを棚あげにして、〈くに〉をまもれ、といっても、こんどは、
おいそれとは、ゆかないかもしれない。

いまの世の中を、これからの世の中を、
〈くに〉がぼくらのためになにかしてくれている、
という実感をもてるような 政府や行政をやってほしいということである

それがなければ、なんのために〈くに〉を愛さなければならないのか
なんのために〈くに〉をまもらなければならないのか、
なんのために ぼくたちは じぶんや愛する者の、
いのちまで犠牲しなければならないのか、
それに答えることはできないのである。

(花森安治)

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この件に関するお問い合わせは下記まで。

▼国際建設技術協会
〒102-0083 東京都千代田区麹町5-3-23ニュー麹町ビル7F
http://www.idi.or.jp/
admin@idi.or.jp

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(参考)▼「単純で危険なmailto:」
「普通WebページのURLをクリックしたときにメールソフトが立ち上がるようにすには、以下のようなmailtoアンカーを使うことが多い。しかし、多くのページでこのように表現されているので、迷惑メールを送ろうとする業者はこれを格好のターゲットとして収集している。」
(http://edb.miyakyo-u.ac.jp/ugawa/mailto.htmlより)
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by illcommonz | 2008-02-22 10:50
▼厄年バンザイ
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うぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーん!!!!
うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーん!!!!
(つづく)



そういう日もある。
そういう年頃だから。
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by illcommonz | 2008-02-22 02:09
▼愛の亡霊
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フランシス・ベーコンが描いた絵のようにみえるが、実はこれはカメラのシャッターを
長時間開放したまま撮影した愛の営みであるらしい。なるほど、ベーコンの「肉眼」が
とらえていたのはこれだったのか。
http://www.flickr.com/photos/aqui-ali/162865880/より)

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ちなみに、これがベーコンの描いた絵で、
この絵を描いたときのベーコンの肉眼の
開放時間は、まだ比較的短かったようだ。
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by illcommonz | 2008-02-22 02:01