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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼不在のネグリとの饗宴
d0017381_0471854.jpg
▼イルコモンズ編「ネグリとの饗宴」オープニング映像
パートⅠ「帝国」篇
http://www.youtube.com/watch?v=DQj5G7ZJ5Mw
INSIDE OUTBURST WITH NEGRI (OP) Pt.1 "EMPIRE"
[mash-up] illcommonz 8mim50sec C/B&W
An Opening Movie (part.1) for "INSIDE OUTBURST WITH NEGRI" in
Tokyo National University of Fine Arts and Music, 30th Mar 2008.

これがネグリが愛した映画。ネグリといっしょに観てみたかった映画。
ネグリがこの映画をどんな表情で観るのか、そばで見てみたかった。
ネグリが映画をみた後どんなことを話すか、そばで聞いてみたかった。
このまたとない千載一遇の見聞の機会を奪ったのは、外務省と法務省。
このことは忘れない。

d0017381_0475710.jpg
▼イルコモンズ編「ネグリとの饗宴」オープニング映像
パートⅡ「マルチチュード」篇
http://www.youtube.com/watch?v=LC7otcZgrj8
INSIDE OUTBURST WITH NEGRI (OP) Pt.2 "MULTITUDE"
[mash-up] illcommonz [musik] ECD 6min51sec COLOR
ネグリが来れなくなったので、急遽、編集した続篇。feat.ECD。

d0017381_0491724.jpg
▼イルコモンズ編「CO-TATSU COMMONZ」
http://www.youtube.com/watch?v=caQAOEVBaiU
6min31sec B/W [mash-up] illcommonz [musik] WEG

「にっぽんのコモン」についてのファンタジーの手法によるドキュメント・ビデオ・クリップ。
「ネグリとのデングリ対話・第一部第三幕」の「共=コモン」のセクションの後半、ネグリとの
電話での対話の直前に会場で上映。「にっぽんのコモン」を武器に「共」になって「戦」う
云うこと聞かない「貧」たちの路上アクティヴィズムの記録(1999-2007)。前に誰か
から「ネグリは日本にはおもしろいアクティヴィズムがないと思ってるらしい」という話を
聞いてたので、そんなネグリに見せるためにつくったもの。不在のネグリを、映像のなか
に召還した。もしネグリが目の前にいたら、こういうおもいきった編集はできなかったかも
しれない。そういう意味では、ネグリの「不在」を逆手にとってつくった映像。ネグリがその
場にいないことをいいことに思うがままにフリースタイルで編集した映像。パンチインした
ネグリのスピーチは、もとの映像(「終りなき革命」Bittrent 版)の解像度が低く、英語
字幕がつぶれてよめなかったので、たぶんこう云ってるはずだ、と推測しながら字幕を
つけた。これは翻訳ではなく、映画の「字幕」であるということで、そのへんどうか容赦を。
というわけで、今回もまた、ネグリとの直接対話は果たせず、またしても、この質問は、
宙吊りのままになった。

【質問】 「時間が限られているので、単刀直入にお聞きします。前半のセッションでは、フランスやドイツの現代思想が、あなたの思想的なバイオグラフィーの中にどのように書き込まれているかということに話題が集まりましたので、それをうけるかたちで質問します。ヴィトリオ・デ・シーカの映画『ミラノの奇蹟』は、あなたの知的バイオグラフィーの中に、どのようなものとして書き込まれているのでしょうか?『ミラノの奇蹟』は1951年、つまりあなたが18歳の時に封切られた映画で、『帝国』の中で、あなたが「貧者」の希望を語るなかで、かなり唐突なかたちで言及している映画です。この映画とマルチチュードの関係について、何かお話しいただけるでしょうか?」

(その背景)
▼空飛ぶマルチチュード(第一話)
http://illcomm.exblog.jp/556518/
▼空飛ぶマルチチュード(第二話)
http://illcomm.exblog.jp/581808/
▼空飛ぶマルチチュード(第三話)
http://illcomm.exblog.jp/651840/
▼空飛ぶマルチチュード・アンキャニー・リターンズ
http://illcomm.exblog.jp/654626/

(用意してたが時間の都合でよめなかったテキスト)
「携帯電話やゲーム機で分断された都市の路上に、人と人と結びつける「こたつ」と「鍋」が蘇ってきたのは象徴的だ。ポストモダンの中心に、プレモダンな「共の文化」が、「革命後の未来の暮らし」として回帰してきたのだ、これを叛乱と云わずして何と云う。歴史は終わってなんかいない。来年はもっと多くの「こたつ」と「鍋」が息を吹き返してくるだろう。日本各地で「こたつの民」と「鍋の衆」の叛乱が始まるだろう。そこにもしおばさんたちが加勢してきたら、これは大変だ。富山の「米騒動」「女房一揆」以来の「こたつ騒動」と「鍋一揆」が起きるだろう。「オイルショック」がこのまま続いて食料品の値段が上がり続ければ、クリスマスを待たず、夏には各地で火の手があがるだろう。革命はおばさんたちが鍋を持って街に飛び出し、共に鍋を打ちならすところからはじまる。ところで、今年は「米騒動」90周年である。」(イルコモンズ)

---------------------------------------------------------------------
[追記] この日のECDとジンタらムータのライヴはよかった。どちらもネグリに聞かせて
やりたかった。ジンタらムータが会場で、イタリアのパルチザンのレジスタンス・ソング
「ベラ・チャオ/さらば恋人よ」を演奏しはじめると、ネグリの友人のイタリア人が舞台に
飛び入りして歌った。もしネグリが、あの時、あの場にいたら、きっとネグリも共になって
歌っていたと思う。そういう場面を見たかったのだ。昨日はそういう場になるはずだったのだ。
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by illcommonz | 2008-03-31 00:51
▼明日のカオスモス降水予報
d0017381_15154355.jpg一時的に雨が降るらしい。
こんなタイトルにしなきゃよかった。

▼花と嵐のマルチチュード、
上野の森にカオスモスの雨が降る
http://illcomm.exblog.jp/7261653/
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by illcommonz | 2008-03-29 15:15
▼ネグリのいないところで
d0017381_3141861.jpg
RLLがいいものをつくった。

▼ネグリ来日を願うグッズ
http://www.rll.jp/hood/action/20080329001327.php#more
明日からはじまるネグリイベントの会場でこのTシャツとジンを3,000円で販売するらしい。グラビアはホー娘。こういう協働こそマルチチュードの民主主義。投票の代わりに勝手にものをつくる、この独自の生産活動が政治=文化。ネグリもこう書いている。

「この新たなリアリズムは「絶望的な時代」の証言であり、パンクな構築的リアリズムであり、表現的暴力であり、コミュニケーションを神秘化するテクノロジーをひっくり返すものです。たった一冊のパンクの「ファンジン」のなかにすら、エーコとオルスナの小説全部を合わせても及ばないくらい多くのリアリズムが含まれているのです。脱ユートピアこそ、私たちの世界を照らし出す放射線なのです。」(アントニオ・ネグリ)
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by illcommonz | 2008-03-29 03:19
▼「貧」が「戦」と「共」にあらんことを
d0017381_038384.jpg「ともかく、私たちはさらに忙しくなりました。「貧、戦、共」は当事者の存在形態なので、環境が変われば即、主体の永劫変化がまた始まる。さあ、無数の出発のために起きよう、服を着よう、靴を履こう!」(ネグリさんとデングリ対話 実行者会議 2008年3月21日)

起きるどころか、寝る時間がない、服の着替えもない、そして靴には穴があいている。カオスモスの雨が足にしみる。でも、やるんだよ、いまからね。願わくば「貧」が「戦」と「共」にあらんことを。
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by illcommonz | 2008-03-29 00:39
▼「共」は対抗する
d0017381_3534928.jpg「ネグリ氏のテキストを代読
入管問題で不在 京大で講演」


「入国管理上の問題で来日中止となった世界的な哲学者アントニオ・ネグリ氏の講演会が25日、ネグリ氏不在で京都市左京区の京都大時計台記念館で開かれた。講演予定だったテキストが日本語訳で読み上げられ、司会の王寺賢太京大准教授たちが「思想的、学問的、文化的な交流の機会を奪われた」と日本政府の対応を批判した。講演会は、京大人文科学研究所の主催。来日中止に伴い、急きょ予定を変更して開催した。コメンテーターとして参加した市田良彦神戸大教授が、ネグリ氏の来日中止の経過を説明し、「入国管理行政は権力の恣意的な行為だ。今回の講演会は、抗議の意味を込め、やることに意味がある」と訴えた。ネグリ氏が講演予定だった「大都市とマルチチュード」と題されたテキストでは、大都市におけるサービス業や情報通信などの非物質的な労働から生み出される「共(コモン)」という概念が搾取に対抗する、との考えが紹介された。会場を埋めた学生や市民は熱心に聞き入っていた。」(京都新聞3月25日)

▼3.23 田中泯 場踊り 「世界堂々でんぐり」
d0017381_3525237.jpg「昨日、新宿3丁目交差点付近で、田中泯氏の場踊りが行なわれた。途中警察が割って入るような場面もあったが、彼らの言うことは呆れる稚拙さ。結局追い返すことになった。何かそれだけでハッピー。市民のやることにいちいち口出す暇があれば、もっとやるべきことがあるでしょ、と誰かが警官に吐いたのが印象的。」(s.haku「昨日、今日」「奏書」3月24日より)

「「共」なくして社会的な生は成り立ち得ない。いつの日か人類が、いまの時代をふりかえり、「あれは私有財産によるさまざまな形態の富の独占をゆるすことで、革新にブレーキをかけ、生を堕落させた愚かな時代だった。まだ人間が社会的な生を全面的に「共」に託すことのできなかった時代だった」とそう総括する日がくるかもしれない」(アントニオ・ネグリ+マイケル・ハート)
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by illcommonz | 2008-03-28 04:03
▼高円寺の映画祭
d0017381_341330.gif第二回「馬橋映画祭」
2008年3月29日(土)/30日(日)
東京・高円寺 素人の乱セピア
*入場無料

観てみたい映画がたくさんある。
知り合いや、ともだちたちが
監督になってつくった映画が
たくさんある。たとえば、



▼クリス・ランシー監督 「ワンダーウォール・キャンペーン」
▼CHANOMAD製作作品 「茶の間から遠く離れて」
▼つんこ♀監督 「ホー娘。の!すすめ!ボロボロード☆~空き地編」
▼イルコモンズ映画舎 「無買日 京都二〇〇七」

などなど。ほかに、これもみてみたい。

▼石井毅監督「どうしてイラク戦争にあの正義のヒーローは現れなかったか」

なにも起こらなければ、29日に観に行くつもりだったが、ネグリの来訪が妨害されたせいで観に行けなくなった。おまけに、29日の鶯谷のライブにも行けなくなった。どうしてくれる、害務の外務省、呆務の法務省。
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by illcommonz | 2008-03-28 03:47
▼アーキ・デモクラシーズ
d0017381_3172811.jpg▼A+A研究会主催「A+A01シンポジウム」
2008年3月27日(木)/28日(金)
大阪市立大学 高原記念館
▼2008年3月28日(金)10:00-
講演「民主主義のはじまりの風景~
うるさくて、めんどくさいことは、いいことだ」
講師:イルコモンズ
▼2008年3月28日(金)13:00-
ワークショップ「ドラム・ギャザリング~
ルールのないドラムパーティ」
進行:イルコモンズ+(交代制)

今日は「民主主義」の話をする。その話には、民主党のことは出てこない。もちろん自由民主党のことも出てこない。話したいのは、アナーキストが語る「もうひとつの民主主義」、「ほんとうの民主主義」の話であり、マルチチュードが語る「直接民主主義」を超える「絶対民主主義」の話。それは民主主義の"複数の原点"にたちもどり、その「はじまりの風景」や「デモスたちのスキャンダル」の話からはじまる「アーキ・デモクラシー」の話。その話は、たぶん、こんなふうにはじまる。むかしむかし・どこでもない・あるところで・未来が先取りされていました...

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▼イルコモンズ編
「民主主義のはじまりの風景」用
教材テキスト
▼ルイス・カーン「ビギニングス」(イルコモンズ・ミックス)
「わたしはいつも、古い施設の新しい表現を見つけだそうと努めています。
たとえば、学ぶための施設は、私たちにとって大きな関心のあるものです。
それは、おそらく、いっぽんの樹の下にいる、あるひとりの人物と、
その人物のまわりで、その話を聞く人たち、という風景のなかではじまりました。
そのいっぽんの樹の下で、自分を教師だとは思ってないひとりの人間が、
自分を生徒だと思ってない人たちに、
彼/女が真実だと思っていることを語ったのです。
話を聞いた人たちは「その通りだ、それが真実だ」と思い、
自分の子どもたちにも、こんな経験をさせたいと考えたところから、
学校ははじまりました。これが学校のはじまりの風景です。
はじめての教室のおどろきを、私は決して忘れていません。
わたしは、はじまりの時や、はじまりの場の感覚を求め、
それを心に抱きながら、あらゆる問題にとりくみます。
わたしは、この話をくりかえし話してきましたが、
文章になったものを読むのは好きではありません。
わたしの話し方は引用のように聞こえるし、
引用のように聞こえるべきではないのです。
この話をあなたが理解したまま書いてください。(←そうしました)
あなたならもっとうまく書けるでしょう。
引用するよりもよいものになるでしょう。
わたしの話は、分かりにくいことがよくあります。
わたしの話は、実際の事例でも、私の経験でもなく、
わたしが自分の心にもっているイメージだからで、
つまり、わたしがお話しているのは「ある感覚」なのです。
わたしは歴史が好きなので、本をよく読みますが、
たいてい第一巻しか読みません。それもはじめの数章だけです。
わたしの願いは、第ゼロ巻を読むことなのです。
つまり、いまだ書かれざるものを読むことにあるのです。
こんなふうに、はじまりのイメージを求めることが、
心や精神というものを出現させたのではないでしょうか。」

d0017381_3213782.jpg▼文部省「あたらしい憲法のはなし」
「みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私たち日本國民は、この憲法を守ってゆくことになりました。このあたらしい憲法をこしらえるために、たくさんの人々が、たいへん苦心をなさいました。ところでみなさんは、憲法というものはどんなものかごぞんじですか。じぶんの身にかゝわりのないことのようにおもっている人はないでしょうか。もしそうならば、それは大きなまちがいです。こんどの憲法は、みなさんをふくめた國民ぜんたいのつくったものであり、國でいちばん大事な規則であるとするならば、みなさんは、國民のひとりとして、しっかりとこの憲法を守ってゆかなければなりません。そのためには、まずこの憲法に、どういうことが書いてあるかを、はっきりと知らなければなりません。いちばん大事な考えが三つあります。それは、「民主主義」と「國際平和主義」と「主権在民主義」です。「主義」という言葉をつかうと、なんだかむずかしくきこえますけれども、少しもむずかしく考えることはありません。主義というのは、正しいと思う、もののやりかたのことです。それでみなさんは、この三つのことを知らなければなりません。まず「民主主義」からおはなししましょう。」

d0017381_3222538.gif▼花森安治「見よぼくら一銭五厘の旗」
「さて、ぼくらはもう一度、倉庫や物置きや机の引出しの隅から、おしまげられたり、ねじれたりして錆びついている〈民主々義〉を探しだしてきて、錆びをおとし、部品を集め、しっかり組みたてる。民主々義の〈民〉は庶民の民だ。ぼくらの暮しをなによりも第一にするということだ。ぼくらの暮しと企業の利益とがぶつかったら、企業を倒すということだ。ぼくらの暮しと政府の考え方がぶつかったら、政府を倒すということだ。それがほんとうの〈民主々義〉だ。政府が本当であろうとなかろうと、今度またぼくらがうじゃじゃけて見ているだけだったら。また〈幻覚の時代〉になってしまう。そうなったら今度はもうおしまいだ。」

▼ヨゼフ・ボイス「直接民主主義の100日間情報センター」

▼ジャック・ランシエール「デモクラシーというスキャンダル」
「デモクラシー(=民主主義)は、代議政体の形式でもなければ、資本主義の自由市場の上に建てられた社会の形態でもありません。デモクラシーということばに、それがもともと持っていた「スキャンダルの力」を与え返さなければならないのです。そもそもデモクラシーを支持しない者たちにとってデモクラシーとは、下層民や群衆など「統治する資格を持たない連中による統治」という意味であり、つまり、デモクラシーとは「侮辱のことば」だったのです。自然にしたがうなら、統治というものは、統治する資格をちゃんと持った者たち、すなわち、富の所有者や聖職者、家主、知識人、専門家といった者たちに帰されるべきはずのものです。しかし、政治的な共同体が存続するためには、こうした優位性を「権限を持つ者たち」と「権限を持たない者たち」とのあいだにおける平等のレベルにまで立ちもどらせる必要があるのです。この意味で、デモクラシーとは、統治のある特殊な一形式のことではなく、あらゆる支配を「そのはじまりの非合法性」に投げかえす政治そのものの基礎ということになります。」

▼チョムスキー「マニュファクチュアリング・コンセント」
「民主主義の基本は、情報や思想に自由にアクセスできることです。」

▼谷川雁「原点がある」

d0017381_148593.jpg▼「This is what Democracy looks like」

▼アントニオ・ネグリ+マイケル・ハート「マルチチュード」
「私たちがここで問題にしているマルチチュードの民主主義が、従来「直接民主主義」と考えられてきたもの、すなわち、ひとりひとりが生活や仕事の時間をさいて、あらゆる政治的決定について、そのつど投票しなければならないものとは似ても似つかないものであることが理解できよう。」
[PR]
by illcommonz | 2008-03-28 03:28
▼失われた「共」の場をとりもどすために
d0017381_1223622.jpg
▼「アントニオ・ネグリ/終わりなき革命」(短縮版)
(別名:日本政府に対する9分59秒の抗議ミックス)
ANTONIO NEGRI - A REVOLT THAT NEVER ENDS (Short Edit.)
(a.k.a. 9min58sec protest against gov.jp.edit)
http://www.youtube.com/watch?v=mKIVBPZh2cQ
[出演] アントニオ・ネグリ、ジュディット・ルヴェル、マイケル・ハートほか

今回の外務省と法務省によるネグリの入国阻止によって、いったい何が奪いとられ、そして何が失われたのか、それをまずきっちり確認しておきたかったので、同名のドキュメント映画からネグリの講演シーンとジュディット・ルヴェルの談話を抜粋して編集してみた。YouTubeにアップして共有するために52分の映画を9分59秒に縮めた。この映画は、東京藝大の映像セッションでも上映される予定なので、その予告篇として見てもらってもよい。見どころは、パンクスやアナーキストたち、労働者や学生たち(なかには子どももいる)を前に、まるでラッパーのように手を突きだし、大きくひろげ、激しくふりまわし、資本主義を、搾取を、そして帝国を、激しくディスるネグリのアグレッシヴな知の身ぶりであり、その強度が生み出す場の空気とそのふるえである(これは本やテキストでは再現できないものだ)。さらにもうひとつの見どころは、ラストに、ほんの一瞬現れる、不屈の抵抗者であることの抑えがたい歓びと鳥のごとき微笑である(どこかでネグりはチャップリンの「鳥の笑い」について書いていた)。そう、この情動に、このヴァイヴに、この生の力に、無媒介的にふれ、それを大勢の人たちと一緒に共有したかったのだ。奪われたのはそれだ。失ったのはそれだったのだ。さて、それを別の方法でどうやってとりもどすか?いまそれを手を動かしながら考えてる。

---------------------------------------------------------------
[追記]
明日、大阪からもどったら「オープニング映像」を大急ぎで編集してYouTubeに
アップします。3/29 3/30に藝大に来られない大勢の方(ネグリも含む)はどうか
YouTubeでご覧ください。ネグリの来訪が阻止されたことに抗議して新たに9分+
5分のロング・ヴァージョンのオープニング映像をつくります。
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by illcommonz | 2008-03-26 01:23
▼序文への追記
d0017381_2217284.jpgAntonio NEGRI
"MOVIMENTI NELL'IMPERO"
この本の序文の最後には、こう書いてある。
「世界の多くの場所で講演をおこない、多くの学生やアクティヴィストたちと共に、共通の批評のことばをつくりだす作業に着手することを、大いなる寛容さをもって許可してくれた、学術機関と文化施設の指導者たちに感謝する。」
(アントニオ・ネグリ)



だが、この本が再版される際には、新たにこういう追記が加えられるかもしれない。
「ただし、日本はのぞく」と。外務省と法務省がやったことは、つまりそういうことだ。
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by illcommonz | 2008-03-24 22:24
▼「学び問い返す自由」と「憲法を構成する力」を我らに
d0017381_21265097.jpg【参考】
日本国憲法
第十九条  
思想及び良心の自由は、
これを侵してはならない。

第二十三条
学問の自由は、これを保障する。

憲法普及会発行
「新いろはかるた」(1947年)
辰野隆 颯田琴次 徳川夢声
サトウ・ハチロー作 横山隆一絵


[追記]
謝罪する場合は、
YouTubeに映像を
アップするので、
著作権フリーの謝罪映像を
つけてよこしてほしい。
>外務省と法務大臣
[PR]
by illcommonz | 2008-03-24 21:38