「ほっ」と。キャンペーン
Top

いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
以前の記事
2017年 02月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
記事ランキング
<   2008年 12月 ( 30 )   > この月の画像一覧
▼もうすぐ
d0017381_2150055.jpg三年続いた「大厄」の年が終わり、
あたらしい年があけるが、
大型ゼロ連休はつづく。。。
とはいえ、いまの時期、
仕事があるのは仕合わせである。
ところで、厄年が何月何日で
終わるのか、どうもよくわからず、
また、終わってる気もしないので、
1月17日の誕生日がきたら、
それで終わりにすることにした。
その日から、もし何かあっても、
厄年のせいにできなくなるので、
ちょっと不便だ。

考えてみれば、この三年間、「厄年」ということばにどれだけ助けられたことか。
不遇の時代、病める時も健やかなる時も留置された時も「厄年」は心の支えだった。
その支えがなくなるのはちょっと不安だが、花に嵐のたとえもあるように、
さよならだけが人生だ。さよなら厄年、次は17年後にまたよろしく。
[PR]
by illcommonz | 2008-12-31 22:11
▼さて、
d0017381_20402528.jpg
来年はどこへゆくかではなく、
どこにもどるかを考えよう。
行きもよいが、ひき返した後の、
帰り道もなかなかよい。
同じ道でも見える景色がちがう。
行きに背にしてきたものが、
帰りには目の前にひろがり、
迎えいれてくれる。
もどることのできる原点は複数ある。

人間・子ども・学校・民主主義

原点に回帰するのではなく、
原点に進むラディカルな帰り道。
[PR]
by illcommonz | 2008-12-31 20:41
▼くらい年賀状・厄疫零年
d0017381_20533680.jpg
▼厄疫零年
失業・倒産・解雇・閉鎖・廃業・夜逃げ
自殺・詐欺・万引き・スリ・窃盗・強盗
無理心中・家庭崩壊・一家離散・いじめ
通り魔・放火・うつ・蒸発・ホームレス
幼児虐待・捨て子・行きだおれ・孤独死
これから皆さん国民ひとりひとりの身に
ふりかかってくる様ざまな苦難と不幸は
すべてわたしたち無能な政府のせいです
いまさら気がついてももうおそいのです
すべてはゆっくり準備されていたのです
それではどうかみなさん 恐怖と不安と
絶望に満ちた新たな年をお過ごし下さい
MANY CRISIS AND A HAPPY NEW FEAR...

子どもには親切でも、大人に対してはときどき、おそろしく底意地が悪くなる、そこが「ベルコモンズ=すてきなコモンズ」ならぬ「イルコモンズ」のイルたる由縁。この年賀状ですこしバランスをとりもどした。それはさておき、これまでの世界の歴史をみてもわかるように、不況が深刻化すると人心が荒廃する。非情な犯罪や陰惨な事件がふえ、エロ・グロ・ナンセンスが流行する。もうすでに、その兆候があらわれてきているが、これはまだほんのはじまりにすぎず、本格的に不況の嵐が吹き荒れる来年は、相当に「酷な年」になりそうだ。いちばんやりきれないのは、荒廃した人心から生まれる憎悪や暴力が何の責任もないものに向かうことで、いちばん腹がたつのは、本当に責任のあるものたちが、のうのうとしていることだ。そもそも「こんな世の中にしたのは誰か?」といえば、それは、新自由主義政策を野放図にすすめてきた、ここ十数年の政府である。もちろん、なにもかもすべて政府のせいだとは云えないので、ここではあえて「言いがかり」として云うが、「わるいのは政府である」。世の中がこんなになったのは「政府のせいである」。政府は「自己責任だ」といわせたいだろうが、そうはいかない。「わるいのは政府である」。誰がなんと云おうと「政府のせいだ」、というふうに、あえて「分からず屋」になって、そこから話をはじめないと、ますます政府の思うつぼである。行き場のない憎悪や暴力が、何の責任もないものに向かってしまう。たとえ、それが「言いがかり」であったとしても、国民がその不満をまず真っ先にぶつけてよいのは政府である。国民が誰を責めてよいか分からないとき、遠慮なく、八つ当たりをしてよいのは政府である。そうした国民の不満や八つ当たりをうけとめ、ひきうけるのが政府の義務であり、国民には政府に言いがかりをつけ、八つ当たりをする権利がある。その言いがかりを正し、不満を解消するために、年末だろうが正月だろうが、朝から晩まで、きりきりまいし、てんてこまいするのが、政府の仕事のはずである(そうじゃなかったら、ほかになにがある)。こまるのは政府がその義務を果たさず、国民がその権利を行使しないことである。必要なのは、政府に責任のがれをさせず、こんな世の中にした歴代政権(第一次小泉内閣・第二次小泉内閣・第三次小泉内閣・安倍内閣・福田内閣・浅生内閣)の責任をみっちり問い詰めることである。「もし今度また同じようなことをしたら絶対にゆるさない」ということを思い知らせることである。そうすれば、少しは懲りて、不況への対応策も、いまよりはちょっとくらいましなものになるはずである。逆にそうしなければ、いずれまた同じことがくりかえされるだけだ。そもそも、いまの無能な政府に、この不況を解消できるとははなから期待してない。いっそのこと粉々になって跡形がなくなるまで、何度でも何度でも解散したらよい。政局が混乱しようが、しまいが、どうせなにもできないだから、同じことだ。いずれにせよ不況はすぐには終わらない。ともかく今は、これから生まれてくる不満や怒りの矛先を、その然るべき相手に対してただしく向けること、決してその相手をまちがえないこと、市民同士が憎みあったり、おそれあったりしないことだ(責任のがれの常套手段は「テロリスト」のような「民衆の敵」をでっちあげ、内紛や分裂をつくりだすことである)。それを来年に向けて切に願わずにいられない。
来年は年齢・性別・職業・趣味をこえて人と仲よくしよう。

厄疫の年、もはや平坦ではなくなった戦場で、あははと笑って生きのびるために。

[参考]
「私、中谷巌は、いま、これまでの自分の主張が誤りだったと率直に反省しています。1990年代、細川内閣や小渕内閣で首相の諮問機関のメンバーだった私は、規制緩和や市場開放の旗を熱心に振り続けました。そして小渕内閣の「経済戦略会議」議長代理として発した提言は、その後、同会議の委員だった竹中平蔵さんによって引き継がれ、彼が小泉内閣で政策立案の中心人物となったときに、小泉構造改革の一環として実現していきました。小泉構造改革は日本にアメリカ流のグローバル資本主義を持ち込みました。間接的にですが、その改革に参画した私は、小泉・竹中氏同様、日本社会に構造改革を持ち込んだ張本人なのです。しかし、いきすぎた構造改革は日本社会の良き伝統を壊す強烈な副作用を生み出しているように思われます。貧困層の増大、異常犯罪の増加、ぬくもりのある社会の消失などです。「これはいけない」と、私は自らの主張が誤りだったと悔恨の念を持っています。 「すべての改革が不要だった」と言っているわけではありません。ただ、改革は人々が幸せになるための手段です。構造改革で日本人は幸せになれたでしょうか?多くの人々を不幸に陥れてしまう改革は、改革とは呼べないのです。」(中谷巌「小泉改革の大罪と日本の不幸/格差社会、無差別殺人~すべての元凶は「市場原理」だ」)

「私たちの毎日は、「この人、あの人」と名指せるような家族・友人・同僚らとの身近な関係の中にあり、その一人が苦しんでいれば心ざわつき、死ねば悲しい。それが私たち市民の日常であり、その平凡な生活を守るのが政治の役割に他ならない。難しそうな顔をして国家財政の危機を語る政治家に、私たちは一瞬もひるむことなく、「この命、この生活を守れないならば、あんたは政治家失格だから退場しなさい」と言っていい。結局、私たちはナメられてきたのだ、と思う。自らの責任を棚上げしたところでの自己責任論や、情報公開なき財政危機論で黙らせられる、と見くびられてきた。私たちに責任があるとしたら、そこにこそ責任がある。私たちは、どんな悪政にも黙って付き従う羊の群れではない、と示さなければならない。政権を担う人たちには、.私たちを恐れてもらわなければいけない。そのとき初めて社会は健全となり、悪化し続けてきた世の中に、折り返し点がもたらされるだろう。主権は民に在る。私たちはもう一度、その原点を思い起こすべきだ。」(湯浅誠「結局、私たちはナメられてきたのだ、と思う。」より)
[PR]
by illcommonz | 2008-12-31 20:39
▼ティーチ・アワー・チルドレン
d0017381_2044975.jpg
▼12月30日 東京・麹町のイスラエル大使館前にて
イスラエル大使館前には、父母たちに連れられてやって来た、アラブ系の子どもたちもいた。大人たちのスピーチが続くあいだも、ぺちゃくちゃとおしゃべりをやめず、退屈してグズったり、手足をぶらぶらさせたりしている子どもたちをみていると(そして、たまに体ががふれたりすると)、いま、ガザで起きていることが、どういうことなのか、くっきりとリアルに想像できるようになる。

「300人、ガザ空爆に抗議 東京のイスラエル大使館前」
「イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの空爆に対する抗議集会が30日、東京都千代田区のイスラエル大使館前であり、市民ら約300人が参加した。アムネスティ・インターナショナル日本など12団体が主催した。参加者らはロウソクに火をともし、犠牲者に黙祷。「多数の民間人を巻き込む軍事行動は過剰な報復だ」と訴え、攻撃の即時停止などを求める要請文をイスラエル大使館に投函した。日本外務省にも同様の文書を提出した。都内のモスク指導者でパキスタン人のアキール・シデイキさん(64)は「攻撃をやめさせるのは、私たち一人ひとりの責任。日本も圧力をかけて欲しい」と話した。」(「朝日新聞」2008年12月30日)

d0017381_20434359.jpg[写真] パレスチナ自治区ガザに対する攻撃の即時停止を求め、イスラエル大使館前で抗議する市民たち=30日午後、東京都千代田区、遠藤真梨撮影

アラブ系の子どもたちのなかに、
ひとりだけ大きな子どもがまじってる。
赤いマフラーに黒いぼうしをかぶって
無防備に立ってるのがイルコモンズ、と、
その定位置。

サーカスでも、映画でも、デモでも、どこに行っても、たいてい、いちばん前の列に行きたがり、子どものチームにはいりたがる。これは子どもの頃から変わらないし、たぶん、これからも変わらないだろう。これが、世界によって変えられないようにしたい思う、自分の定位置だ。そして、こういう場に居あわせた時、いつも思い出すのは、このうただ。

 君よ たびゆく君よ 
 君の夢よ たびゆく君よ
 そう 人生はさよならで
 そうして君は 君となる

 子どもには こういってあげよう
 大人の地獄は 長いものだった

 君の人生の夢の どこかを一緒に
 分かち合えればいい

 わけをきいてはいけない
 きけば泣いてしまうだろう
 ただじっと見つめていよう
 愛されていることがわかるだろう

 君よ おさない君よ
 大人のおそれを 知らない君よ
 その力をかしてやってほしい
 死ぬまで真実をもとめる大人に

 大人には こういってあげよう
 子どもの地獄は この先長い

 君の人生の夢の どこかを一緒に
 分かち合えればいい

 わけをきいてはいけない
 きけば泣いてしまうだろう
 ただじっと見つめていよう
 愛されていることがわかるだろう

 クロスビー・スティル・ナッシュ&ヤング
 「ティーチ・ユア・チルドレン
 (作詞:グラハム・ナッシュ 訳:ふちがみじゅんこ)

d0017381_465362.jpg
--------------------------------------------------
[資料] 今日、イスラエル大使館に申し入れた文書

ニシム・ベンシトリット駐日イスラエル大使殿

本日私たちは、イスラエルがこの3日間に渡って続けている、ガザに対する軍事行動に抗議するためにここに集まりました。

報道によれば、本日12月30日早朝までに、イスラエルによる空爆でパレスチナ人345人が死亡し、1450人が負傷しています。あちこちに死体がころがり、四方で火の手が挙がっていても、狭い、たった360平方キロの土地には逃げる場所さえない。ガザの150万の住民すべてが猛烈な爆弾の炸裂音と閃光のなか、死の恐怖と家族や友人を失った悲しみのどん底にいます。どこにも出口がないたった360平方キロの土地のなかで寒さと飢えに苦しみながら、ひしめくように暮らしてきた150万人の人々の上に、あなた方の軍隊は爆弾を落とし続けているのです。

あなたは日本のマスコミに対し、この攻撃は正しい、ハマースによるロケット弾攻撃には、我慢の限界を超えていた、とコメントしています。しかしそもそも、なぜハマースが、ほとんど何の効果もないロケット弾を発射するような事態に至ったのか、よく考えてみてください。ガザには、他でもないあなたがたの国の建国のためにその地を追われたパレスチナ難民が、押し込まれるようにして暮らしていた。そこをイスラエルが、1967年の戦争によって占領したのです。

あなたがたの国は40年あまりに渡ってガザ占領を続け、抵抗する子どもや若者を逮捕し、拷問で手足を折り、家族や関係者の住む家屋をブルトーザーで破壊するといった支配を続けてきました。こうしたイスラエルの惨く非人間的な支配のなかでこそ、ハマースはパレスチナ民衆の支持を得て成長したのです。ハマースの武装作戦には、パレスチナ人の中においても賛否両論があります。しかしまず、あなたがたの国が行ってきた占領こそが、現在に至るすべての問題の元凶だということを正しく認識してください。2005年、ガザ内部の入植地からは撤退しましたが、イスラエルがパレスチナ全土を占領状態に置き、ガザの境界における人の出入りをすべてコントロールすることは何ら変わりませんでした。ハマース政権の成立以後は封鎖を強化して人の出入りを禁じ、ガザ住民が衛生な水も電気もない劣悪な環境下で生きることを強い、その生殺与奪を握ってきました。民主的に選ばれた政権を世界から孤立化させ、パレスチナ人の未来への希望を奪い続けてきたあなたがたが被害者ぶるのは、厚顔無恥にもほどがあります。

冷静に比較してみてください。あなた方の国は、違法に占領している東エルサレムやゴラン高原を除いても、ガザの56倍の大きさがあります。あなた方の国は人口600万人にして16万人の兵力をかかえ、さらに40万人の予備役兵さえもっています。ほとんどが人口希薄な地域に落下して終わったハマースのロケット弾がイスラエル市民の生活にとって本当に脅威だったとしても、150万人の住民すべての上に爆弾を降り注ぐような軍事作戦は、いかなる意味でも正当化されるべきものではありません。

アメリカやイギリスの政治指導者が、自分たちの利益のためにあなたがたの行動に理解を示したからと言って、世界各地の民衆は、イスラエルの行動を決して許しません。今すぐ空爆を止め、地上戦への準備を中止してください。そしてパレスチナ人の人権を奪い続ける現在の政策を改め、入植地を撤去し、パレスチナ人と対等に共存してゆく姿勢を見せてください。

2008年12月30日
ガザ空爆に抗議する12.30緊急行動参加者一同


▼「東京からガザへ 12月30日」Gaza protest / Tokyo / 30th Dec 2008」
[PR]
by illcommonz | 2008-12-30 20:56
▼なにをやっても「世界は変わらない」という人たちへ
d0017381_224949.jpg
あなたのおこなう行動が、ほとんど無意味だとしても、
それでもあなたは、それをやらなければなりません。
それは世界を変えるためにではなく、
あなたが世界によって変えられないようにするためにです。
ムハトマ・ガンジー(アクティヴィスト)
[PR]
by illcommonz | 2008-12-29 22:53
▼「パレスチナの子どもたちのための詩」(+情報更新中)
d0017381_18183367.jpg
たとえ、人種やことばがちがっていても、同じ人間なら、この子どもの表情が
なにを物語っているか、感知できるはずだ。この表情からよみとれるのは、
たくさんの疑問符だ。「どうして、わたしがこんな目にあわなければならないの?」 
「なぜ、わたしが?」「どうして、わたしが?」「わたしがどんなわるいことをしたの?」

d0017381_181976.jpg
断言してよいが、この子どもたちは、誰ひとりとして、イスラエル軍に空から
爆弾を落とされなければならないようなことは、な・に・も・し・て・い・な・い。

いったい、この赤ん坊に、なにができるというのか?

d0017381_181940100.jpg
[BBCニュース]▼Israel set for prolonged Gaza op
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7801662.stm

どんな戦争も、ほとんど例外なく、こういう、何の罪もなければ、何の責任もない子どもたちを巻きぞえにし、犠牲を強いる。どんな戦争にも、ほとんど例外なく反対する理由はそこにある。それが国家がおこなう戦争の本質である。その点からすれば、国家がおこなう戦争に「いい戦争」も「悪い戦争」もなく、国家の戦争はかならずまちがう。大義があろうとなかろうと、このような犠牲を強いる戦争はすべてまちがいである。どうしても戦いたければ、国同士ではなく、戦いたい者同士だけで戦えばいいのだ。子どもたちのいないところで、好きなだけ、気がすむまで戦えばいいのだ。とにかく、子どもたちをまきこむな。戦いたくない者たちをまきこむな、と、そう思う。

そうやって、ばかものたちが勝手に戦っているあいだ、子どもたちがおびえたり、こわがったりしないように、詩人や音楽家たちを呼んで、美しい詩や音楽をきかせてやるのがよいだろう。できれば、戦いが終わった後の世界に希望を与えるような詩や音楽がよいだろう。やさしく、ゆっくりと、おだやかに、そして最後に力強いリトルネロがあるようなものがいいだろう。「この世界は生きる価値があるものだ」と、子どもたちが納得するような、うつくしいものがいいだろう。そう思って、この映像をつくった。というか、つくりなおした。2年前のレバノン空爆のときにつくったものを、つくりなおした。急いでつくりなおしたので、写真を一枚いれそこねた。スペルの綴りもひとつまちがえた。でも、ひとまず今はこれでいいだろう。詩は今年亡くなったパレスチナの抵抗詩人、マフムード・ダルウィーシュが書いたもの、映像はゴダールがパレスチナで撮ったもの。音楽はベートヴェン。よい詩とよい映像、そしてよい音楽があれば、あとはなにもしなくても、なにかできる。



▼「パレスチナの子どもたちのための詩 (2008年12月)」
 (THE OTHER MUSIC FOR PALESTIAN CHILDREN Dec 2008)
 http://www.youtube.com/watch?v=sjTwI3tcAx4

  [詩] マフムード・ダルウィーシュ
 [映像] ジャン=リュック・ゴダール
 [音楽] ベートーヴェン弦楽四重奏曲第15番第3楽章
 [編集] イルコモンズ
 2008年 6分9秒 カラー(英語字幕つき)
 *「アザーミュージック for レバノン」(2006年)の改訂版
........................................................

 「世界がだんだんとじてゆく (The Earth is Closing on US)」
 (詩:マフムード・ダルウィーシュ 訳:イルコモンズ)

 世界がすみっこの方からだんだんとじてきて
 ぼくらをいよいよ最後の小道へ追いつめてゆく
 ぼくらはなんとかそこを通りぬけようとして
 自分の手足までもぎとったというのに
 それでも大地はぼくらを押しつぶそうとする

 いっそのことぼくらが麦だったらよかったのに
 そしたら死んでもまた生きかえることができるから
 でなければ、大地がぼくらの母さんだったらよかったのに
 そしたらきっとやさしくしてくれるだろうから
 あるいは、ぼくらが岩に描かれた絵だったら
 鏡に映して夢のなかへ運んでゆけるのに

 ぼくらは泣いた
 子どもたちの祭りの日のことを思い出して

 ぼくらは見た
 最後に残された土地のひらいた窓から
 子どもたちを外にほうりなげた者たちの顔を
 ぼくらの星はその顔に鏡をつきつけるだろう

 ぼくらが世界の果てにたどりついたとき
 その先ぼくらはどこへ行けばよいのだろう?
 そして最後の空がつきはてたとき
 鳥たちはどこを飛べばよいのだろう?
 草木が最後の息を吐ききったとき
 どこで眠りにつけばよいのだろう?

 僕らはそのわずかな血で
 僕らの名前を記すだろう
 僕らはその翼をもぎとり
 僕らの肉がさえずる歌をききながら
 その命を終えるだろう

 最後に残されたこの小道の上で
 そう ここで この土地で
 僕らが流した血のうえに
 ここからもそこからも
 オリーブの樹がなるだろう

 弟が生まれたよ!


 「こどもの誕生はそれでもうひとつの抵抗である」
 (ジャン=リュック・ゴダール)

.........................................................
[参考]▼イルコモンズ編「アザーミュージック」の制作について
http://www.prenomh.com/prev/godard/ourmusic/ourmusicbakuretsutalkshow8.htm


最後に、パレスチナの女の子たちに、ひとつ夢のある話を。

d0017381_1829163.jpg
▼「ラーニア (ヨルダン王妃)」
「ラーニア・アル・アブドゥッラー(1970年8月31日-)は現ヨルダン国王・アブドゥッラー2世の王妃。クウェートでパレスチナ人医師の娘として生まれ、カイロ・アメリカン大学で学び、湾岸戦争後にヨルダンに移住。大学を卒業後に1991年からシティバンクに勤務。ある日、知人のパーティで知り合ったアブドゥッラーと半年間の交際を経て1993年6月10日に結婚。現在4人の子供がいる。」(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

「世界に精神的影響与えた指導者、08年首位はヨルダン王妃」
「世界中から好感を寄せられ、写真写りが良く、動画投稿サイト「ユーチューブ」に専用のチャンネルを持つ王妃。CNNがこのほど実施した視聴者アンケートで、「今年、世界に最も大きな精神的影響を与えた指導者」に、ヨルダンのラニア王妃(38)が選ばれた。ラニア王妃は93年、アブドラ皇太子(当時)と結婚してヨルダン王室に入った。99年にアブドラ国王の即位とともに28歳で王妃となり、現在4児の母。「国民はわが子同然」と語り、中東地域の教育改革や「知識格差」の解消、男女平等社会の実現といった課題に取り組んできた。今年4月には、ヨルダン国内の学校設備の向上を目指す新たなプロジェクトをスタートさせている。王妃はまた、イスラム教やアラブ世界への固定観念を打ち砕こうと、ユーチューブにチャンネルを開設。若者らから募った質問を基に、イスラム文化のあらゆる側面を説明し、話し合いと理解を呼び掛けてきた。ユーチューブからは11月、先見的な業績をあげた人物に贈られる「ビジョナリー賞」を受賞。式典で公開されたビデオメッセージでは、チャンネル開設の動機として「フェース・ブックではあまり友だちがいなかったから」「英エリザベス女王がなさることは何でも、私のほうが私のほうがうまくできるから」など10項目を挙げ、会場を沸かせた。」



▼「ラニア王妃 YouTube Visionary Award 受賞スピーチ」
「Queen Rania spoofs Letterman's Top 10 while
accepting award at YouTube Live」
http://www.youtube.com/watch?v=JPcw3fLeBHM

これがYouTube の賞を受賞したときのビデオ・スピーチ。米国のニュース・ショー仕立てになっていて、YouTubeチャンネルを開設することにした「10の理由」を自らレポートし、米国人ウケしそうなアメリカン・ジョークを連発。なかなかユーモアがあって、のびのびしてる。

パレスチナの女の子たちが、自分たちと同じパレスチナの血をひく、この王妃の活躍をみたら、きっとみんな彼女のようになりたいと憧れることだろう。子どもたちにはそういう夢が必要だ。それを与えるのが大人たちの本来の役目ではないのか。

-----------------------------------------------------------
[追記1]
▼12月28日 ロンドンのイスラエル大使館前でのデモ
Demonstration in London infront of the Israeli embassy- 28th Dec 2008


あした、東京にいて、できること。
今日、東京にいて、できたこと。

▼「ガザ空爆に抗議する12・30緊急行動の呼びかけ」
「イスラエルがガザに空爆を行い、27日と28日の2日間で死者は287人、負傷者は700人に達しました。イスラエルはさらに予備役兵6500人の招集を閣議決定し、地上戦を行う準備をしていると報道されています。イスラエルは40年あまりに渡ってガザ占領を続けた挙げ句、ハマース政権の成立以後は封鎖を強化して人の出入りを禁じ、ガザ住民が衛生な水も電気もない劣悪な環境下で生きることを強い、その生殺与奪を握ってきました。150万人がひしめき、どこにも出口がないたった360平方キロの土地で、寒さと飢えに苦しみ、窮乏してゆく生活に疲れ切った人々の上に、いま爆弾が落とされ続けています。イスラエルは、ハマースによる100発あまりのロケット弾に対する報復を口実としています。しかし、その多くは空き地などに落下し負傷者もほとんど出ないものであり、2月の総選挙を前にした政治的パフォーマンスであるのは明らかです。米国の政権移行期のタイミングを狙い、周到に準備を尽くした確信犯的攻撃は、いかなる意味においても認められるものではありません。しかし米国もイギリスも、ハマース政権の存在を理由に、イスラエルの行動に対し一定の「理解」を示しています。国連安保理も、米国の抵抗のために公式の非難声明を出せていません。パレスチナのアッバース大統領でさえ、イスラエルに抗議をしつつ、今回の事態をハマース政権非難のために利用しています。もはや「対テロ戦争」の言辞を都合良く利用し、民衆の生命よりも自らの権力維持に心を砕く政治指導者たちには何の期待も出来ません。

私たちがすぐに事態を変えられるわけではありません。しかし抗議行動を呼びかけ、広め、より多くの人々の関心を喚起し、イスラエルの暴挙を黙って見逃すことはしないのだ、ということを示しましょう。中東各地で抗議行動が起きています。ロンドンなど欧州の都市や、イスラエル国内でも抗議のデモが始まっています。29日現在、大阪ではイスラエル領事館に対する申し入れ行動が行われています。規模は小さくとも、各地で抗議のうねりを作り出すことが必要です。参加される方は、出来るだけ自分でプラカードなどを用意してきてください。大使館への申し入れ書は呼びかけ人が用意しますが、他に用意されたものがあれば、一緒に提出する予定です。

▼「ガザ空爆に抗議する12・30緊急行動」(東京)
[日時] 2008年12月30日(火)14:00~
[場所] 地下鉄有楽町線 麹町駅 日本テレビ方面改札待ち合わせ
(ある程度人数が集まったら、イスラエル大使館の方へ移動します)
呼びかけ:「ガザ空爆に抗議する12・30緊急行動有志」

▼12月28日 マンチェスターでの抗議デモ
Gaza Demo infron BBC manchester 28-12-2008 Part 2


(コール/チャント) "FREE! FREE! PALESTINE!" "OCCUPATION NO MORE!"

▼「12/30 緊急NGO共同・イスラエル大使館前行動
-パレスチナ・ガザ地区への空爆に抗議する申し入れ-」

「12月27日からイスラエルがガザ地区への大規模な空爆を行い、2日間で死者は287人、負傷者は700人に達しています。今後もイスラエルは、大規模な軍事攻撃を予定していると報道されています。150万人のガザ地区の人々は、これまでもイスラエルの封鎖によって、医療や食料、燃料の不足に苦しめられていました。今度はその人々の上に爆弾が落とされています。この人道的危機を前に、これまでパレスチナ問題に様々な形で関わってきたNGOが共同で、この軍事行動への抗議の意志を示す申し入れの行動を行います。皆さんもぜひこのアピールに加わってください。

■イスラエル大使館前で、死者のための追悼と軍事行動の即時中止を求めます。
■ガザ地区封鎖による人道危機に抗議し、物資の搬入と人道支援団体・ジャーナリストの自由な出入りを求めます。

[日時] 2008年12月30日(火) 16:00-
[場所] イスラエル大使館前
[内容] 軍事攻撃による市民の犠牲者のためのキャンドル・ライトなどによるサイレント抗議/呼びかけ団体からのアピール/要請文の読み上げと提出

[呼びかけ団体] アムネスティ・インターナショナル日本/アーユス仏教国際協力ネットワーク/日本国際ボランティアセンター/パレスチナ子どものキャンペーン/ピースボート

▼12月27日 コペンハーゲンでの追悼デモ
Demonstration in Copenhagen - Town Hall - 27th Dec 2008 - free Gaza


----------------------------------------------------
[追記2]
▼「アブデル・ワーヘド(アル=アズハル大学教授)からのメール」

「イスラエルがハマースの攻撃に対する報復としてハマースの拠点を攻撃しているという日本の報道は偽りです。これは、非戦闘員、民間人に対する大量虐殺です。重慶・ゲルニカ・ドレスデン・東京大空襲、そして、ヒロシマ・ナガサキ、同じことが2008年12月の今、起きています。」(12月27日)

「自宅アパートの近くで末息子がスクール・バスを待っていたところ、以前、国境警備局があったところが攻撃された。息子が立っていたところから 50メートルしか離れていないところで、男性二人と少女二人が即死した!真っ暗な夜だ。小さな発電機を動かして、ネットを通じて世界と交信している。」(12月27日)

「今宵、ガザの誰もが恐怖におびえている。完全な暗闇。子どもたちは恐怖から泣いている。死者は206人。遺体はシファー病院の床の上に横たえられている。負傷者は575名をうわまわるが、同病院の設備は貧弱だ。病院事務局は市民に輸血を要請している。教員組合は虐殺に抗議し3日間のストライキを決定。イスラエルの機体がガザ市東部を爆撃、大勢の人々が死傷した。犠牲者の数は増え続けている。瓦礫の下敷きになっている人々もいる。一人の女性は二人の幼い娘と一人の息子を亡くした。彼らは通学途中だった!」(12月27日)

「今晩、爆破のせいで窓ガラスが砕け散った家庭にとっては冷たい夜だ。ガザの封鎖のため、窓ガラスが割れても、新たなガラスは手に入らない。私が居住するビルでは、7つのアパートが、凍てつく夜をいく晩もそうした状態で過ごしている。彼らは割れた窓をなんとか毛布で覆っている。何百軒もの家々が同じ境遇に置かれているのだ!私に言えることはそれくらいだ。」(12月28日)

「今、10分のあいだに5回の空爆。標的は人口密集地域の協会や社会活動グループ。モスクもひとつやられた。もう30時間、電気が来ない。なんとか小さな発電機でこらえている。インターネットで世界に発信するためだ。」(12月28日)

「(メール未着)」 (12月29日)

▼12月28日 マドリッドでの抗議デモ
Demonstration in Madrid - 28th Dec 2008 - free Gaza


---------------------------------------------------
[追記3]
d0017381_2016132.jpg「狙いは米政権移行期…
ガザ空爆、イスラエルが周到に準備」

「イスラエル政府は今回の作戦を、停戦と並行して着々と練り上げていたフシがある。同国紙ハアレツによると、バラク国防相は半年前、国軍に、ハマスの訓練所など標的を定めるよう指示していた。2月に総選挙を控えた政府は、強硬姿勢を示す必要に迫られていた上、オバマ米次期政権がブッシュ政権の「ハマス排除政策」を転換することを阻止したい思惑もあった。ハマスが今月19日に停戦終了を宣言した後、政府は「停戦は維持すべきだ」と表明したが、作戦実施に向け、ガザの過激派によるロケット弾攻撃再開を待ちかまえていた可能性が濃厚だ。」(読売新聞 12月29日)

---------------------------------------------------
[追記4]
「イスラエル 3日連続ガザ空爆」
「イスラエル軍は、29日、パレスチナのガザ地区に3日連続で空爆を続け、これに対し、イスラム原理主義組織ハマスもロケット弾攻撃による報復を続けるなど、暴力の応酬が続いています。」(12月29日 NHKニュース)

[比較図] ハマスの「ロケット弾」とイスラエル軍の「F16Iジェット戦闘機」(米国製)
d0017381_2171739.jpg
「空爆後の写真や映像をいくつか見てまわったが、ほんとうにとんでもないことをイスラエル軍はした。マスメディアはいい加減、「暴力の応酬」だとか「暴力の連鎖」だとか、そういうインチキな表現はやめるべきだ。」(成田圭祐)
----------------------------------------------------
[追記5]
▼「空爆のガザから」

「日本の皆さんが私たちの状況に関心を持ってくれていることに感謝します。

今日起こったことは、ハマスがイスラエルの反応を見誤ったことのツケを、関係のない市民が払わされたことに他ならないのです。包囲され、物資の不足に悩まされながらも、私たちは停戦のおかげで、イスラエル軍の攻撃だけは心配しないで済んできましたが、ハマスなどのグループは、半年の停戦の結果に満足していなかったのです。そして、停戦の失効を宣言してロケット攻撃を再開し、イスラエルがこうした過剰な攻撃を始めたのです。

呆然とした一日でした。11時30分イスラエル軍はガザの警察本部を攻撃しました。そこでは、ちょうど警察士官の卒業式が開かれていました。一瞬にして大勢の警官と警察トップのタウフィーク・ジャビール将軍が殺されました。いま、治安部隊と警察はハマスのメンバーで占められていますから、ガザ中で行われた攻撃の格好の標的とされたのです。10分間に100発のミサイルが使われたそうです。

私自身も他の多くの人と同じように、やり場のない感情を抱えています。ハマスは市民を守ることもできないし、イスラエルとの闘争に対する知恵ももちあわせていないのです。一方、アッバス大統領も市民をハマスやイスラエルから守ることはできないし、エジプトもアラブ諸国も同じです。だから、ガザの一般人が犠牲になっているのです。私たちは、自分たちが孤立し、イスラエルによる犠牲者の列に加わっていると感じています。イスラエルは今日の爆撃をまだ端緒にすぎないといっているのですから。

ガザでは数時間電気が来たと思うと、その後数日は停電が続き、燃料代わりのケロシン油を探すのにみな血眼です。何時間もパン屋の前に並び、銀行から預金を引き出すこともできない状態が続いています。暗闇でどう過ごすか? 必要な薬をどうやったら入手できるのか? 私たちは生き延びるためにだけ頭を使っています。日々の生活そのものが悪夢のようです。

私は、今晩、家でじっとしていることができませんでした。暗闇のなか、赤ん坊は泣き続け、母が停電のなかで、明日のパンをどうしようと叫んでいます。それに耐えられず街のインターネットカフェに来てしまいました。ニュースを見続け、何か希望の糧になるものはないか?と探しています。

また、連絡します。」

「パレスチナ子どものキャンペーン」
http://ccpreport.blog90.fc2.com/blog-entry-72.htmlより

-------------------------------------------------------

(つづく)
[PR]
by illcommonz | 2008-12-28 18:45
▼お正月に、日本(もしくは実家)にいて、しないことで、できること
d0017381_1315895.jpg
「イスラエル軍がガザ空爆、140人死亡」
「イスラエル軍は27日、イスラム原理主義組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザに激しい空爆を加え、パレスチナの医療関係者がカタールの衛星テレビ「アル・ジャジーラ」に語ったところによると、少なくとも140人が死亡、200人以上が負傷した。イスラエル軍の空爆は19日のハマスのイスラエルに対する停戦終了宣言後、最大で、警察などの建物に少なくとも30発のミサイルが撃ち込まれた。ロイター通信によると、空爆後、ガザの武装勢力がイスラエル南部にロケット弾を撃ち込み、イスラエル人1人が死亡した。ハマスなど各勢力は「報復」を宣言する声明を出しており、交戦拡大は避けられない情勢だ。イスラエル国防省高官はロイター通信に対し、空爆を認めた上で、「必要があれば作戦を拡大する」と語った。イスラエル政府は現在のところ、公式な声明を出していないが、空爆はガザのハマスを始めとする武装勢力が発射したロケット弾に対する報復とみられる。イスラエルのリブニ外相は25日、エジプトのムバラク大統領との会談後、「(ハマスによるガザ支配は)もう十分だ」と語っていた。テレビ映像によると、ガザのあちこちからは黒い煙が立ち上っているほか、警察署前などには多数の遺体が転がり、現場は救助にあたる医療関係者らでパニックとなった。停戦終了以来、ハマスはイスラエル南部に向け、ロケット弾を発射する一方、イスラエル軍は空爆を加えるなど衝突はエスカレート。これまでに少なくとも6人のパレスチナ人の民兵らが死亡していた。」(読売新聞 2008年12月27日)


▼「Israel Launches Air Strikes on Gaza」

「イスラエル、ガザに大規模空爆 死者190人超か」
「イスラエル軍は27日、パレスチナ自治区ガザに大規模な空爆を加えた。100カ所前後が攻撃されたもよう。ロイター通信によると少なくとも195人が死亡した。ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスの拠点などを狙ったもので、ここ十数年で最大規模の攻撃となった。ハマスは報復攻撃を宣言している。ガザでは期限半年の停戦が19日に失効しており、全面的な衝突に発展する懸念がある。空爆には戦闘機やヘリコプターなど約80機が参加。ガザ市に加え南部ハンユニスやラファなどで警察施設や治安部隊の訓練施設を破壊した。空爆後、ガザからのロケット弾攻撃でイスラエル人1人が死亡した。イスラエルのバラク国防相は「作戦は続き、必要であれば強化する」としており、当面は交戦状態が続くとみられる。パレスチナ自治政府のアッバス議長は空爆を「犯罪だ」と非難、各国と緊急に対応を協議すると表明した。」(「日経新聞」 2008年12月28日)

日本のこども
d0017381_23584925.jpg
それはパレスチナのこの子どもたちも同じだ。
d0017381_1334368.jpg
「子どもたちは誰が自分を殺しているのか知ることはできない。特にまだ幼い子どもや赤ん坊たちはそうで、いま、ガザの爆撃で殺されているのは、そういう子どもたちだ。「F-16」や「ホロコースト」が何のことなのか、もちろん知らず、それどころか、「爆撃」や「戦争」という言葉さえ知らない、そして、まだ恋をしたこともなければ、映画を観たこともなく、ガザから外に出たことすらない子どもたちが、突然、空からやってきた恐ろしい轟音と凄まじい痛みのなかで、いったい何が起きているか、まったくわけも分からず死んでいくというのは、どんな思いがするのだろう、それを想像することはできないが、ただひとつ、はっきり云えるのは、子どもたちをそんな目にあわせてはいけないということだ。大人なら考えよう、いったい誰がガザの子どもたちをそんな目にあわせているのか、そして誰がそれに支援を与えているのかと。それを知れば、日本にいても、いや、日本にいるからこそ、できることはたくさんあるはずだ。たとえ今すぐには効果がないとしても、そして、奪われた命はもう二度と戻ってこないとしても、なにもしないでいるよりはずっとましだ。下のリストが教えるように、僕らが過去に、あるいは、この瞬間に、飲んだり食べたり買ったりしているたくさんのものが、まわりまわって、ガザの子どもたちを殺す兵器に化けているのだから。」(「ガザに暮らす恐怖と、日本にいて、しないことで、できることのリスト」「イルコモンズのふた」2008年3月6日)


▼「Six-month-old baby killed by Israel attacks - 28 Feb 08」
(今年の2月のガザの空爆で起きたこと)

【図】 イスラエルの空爆爆撃機の成分分析表
d0017381_225151.jpg
「私たちが商品を買うために支払ったお金は、世界のどこかで、誰かを迫害したり殺したりするために役立っているかもしれません。私たちが商品を買うために支払ったお金は、胸クソ悪くなるような人物を儲けさせているかもしれません。私たちが買った商品が生産される過程で、誰かが途方もない悲劇を経験しているかもしれません。私たちは、商品を選ぶことができます。私たちには注意深くお金を使う責任があります。」

お正月に、日本にいて、しないことで、できること

「ガザに暮らす恐怖と、日本にいて、しないことで、できることのリスト」
http://illcomm.exblog.jp/7425662/

-------------------------------------------------------
[参考]

▼GAZA IN CRISIS Dec 2008
(2008年12月のいま現在までガザが置かれ続けてきた状況)

人間の生活の基本である衣・食・住はもとより、移も職も、そして、
光さえも自由にならない状況下で暮らすことを強いられているのに、
どうして、そのうえさらに、爆撃まで受けなければならないのか。
パレスチナの問題は、中東地域の政治・領土問題である以前に、
アウシュビッツと同様、「人間という生きものの道義性」を問う
人文学的問題だと思う。人間はどこまで非情になれるのか?
人間は平和に共存することのできない生きものなのか?
人間は同類を愛することのできない生きものなのか?
人間は争いをやめられない生きものなのか?
人間の憎しみは愛よりも強いのか?
人間とは...

d0017381_4332098.jpg
フランシスコ・ゴヤ
「戦争の惨禍」
...「同じ人間」という共有のアイデンティのもとに、
同類たちと共にしあわせに暮らすことのできない、
そういう生きものなのか?
[PR]
by illcommonz | 2008-12-28 00:08
▼まちがいは、どこへゆくか
d0017381_23414722.jpg「あなたの聞いているのとは別のもうひとつの太鼓をきく」
というイルコモンズが書いた評論文の載った雑誌がでた。
いまごろ本屋に並んでるはずだ。

「鶴見俊輔 いつも新しい思想家」河出書房新社
「戦後思想の中心であり、今日ますます重要性を
増している鶴見俊輔。いま新たに、その軌跡と思想
をたどり、核心と可能性に多面的に迫っていく入門
書にして決定版。対談・執筆=中井久夫、吉本隆明、
黒川創ほか」

ほかに、四方田犬彦、海老坂武、上野俊哉、福住廉、酒井隆史、松本麻里といった人たちが文章を書いている。ちなみに「限界芸術の今日的アクチュアリティー」(文=福住廉)では、高円寺「素人の乱」の陽光くんのことがとりあげられていて、「山下陽光こそ、限界芸術の今日的アクチュアリティーをもっとも如実に体現していると思われる」と評されていた。なるほど同感。さすが福住廉は目配りがゆきとどいている。「ポスト〈帝国〉アート」時代の新たな美術批評の波が起きることを期待せずにはいられない。それはともかく、この本でいちばんよかったのは、「鶴見俊輔自選アンソロジー」のなかでみつけた次の詩句だった。

 まちがいはどこへ行くか
 遠くはるかに
 世界をこえて
 とびちってゆく
 世界はなんと小さく見えることか

 錯誤をだきとることの
 できるものは
 なんとおおきいか

 鶴見俊輔「まちがいはどこへゆくか」

ということで、今年の書きもの仕事はこれでうちどめ。ふりかえってみると、今年は「現代思想」「美術手帖」「VOL」「インパクション」「オルタ」のほか、「素人の乱」に文章を書き、いくつか本の装丁もやったが、結局、自分の本は今年もでなかった。たぶん来年もでないだろう。そもそも「本屋のどの本棚(テーマ・カテゴリー)に並べればよいか分からないようなシロモノは本にならないし、売りものにならない」という、新自由主義的で、売り場(市場)原理主義的な規範はいまなお健在である。これまで何度か本を出す話はあったが、かならず最後はいつも、こういう理由で企画が流れた。もういっそのこと、ここまできたからには、このまま本を出さず、日々、ネットという「世界最大の公共図書館」に際限なく文を寄贈し続けるというのも、わるくない考えかもしれない。いまはまだ過渡期で、本として出版されたものが、もっぱら評価の対象となっているが、「Web2.0」以後の人文・社会科学の世界では、ウェブ上にあるものも本と同等のもの、あるいは、本以上に検索・参照されるべきアーカイヴ・ドキュメントとして扱われるだろう。今のこの過渡期をうまくやりすごして、このまま本を書かずにすますことができれば、勿怪の幸いである。「万国の著書なき書き手たちよ、あともう一歩だ」。目利きの出版社や腕利きの編集者に恵まれない、いま・そこにいる著書なき書き手たちに幸あれ。かくしてイルコモンズの著書なき乱筆活動は、来年(そして、たぶん再来年も)もつづく。

[参考]

▼「コミュニケーションの未来(The Future of communication)」
http://www.youtube.com/watch?v=iu0ztxdsFis


▼「デジタル民族誌・Web2.0の世界(The Machine is Us/ing Us )」
http://www.youtube.com/watch?v=NLlGopyXT_g
[PR]
by illcommonz | 2008-12-27 23:49
▼歳末デザイン奉仕
d0017381_2250018.jpgデザイナーは本職ではない。「じゃぁ、本職はなんなの?」と聞かれると、こまるのだが、とにかくデザイナーは本職ではない。学校に行ったこともないし、なろうと思ったこともないし、人から習ったこともない。まったくの見よう見まね、まったくの独学独習なのだが、さしあたって、デザイン以外にできる仕事がないので、「アマチュアなのにお金をもらっていいのだろうか」と思いつつ、生活費のために「勤務」としてやってる。そこでは注文されたものを「業務」としてひきうける。今年でもうかれこれ8年になり、ここ数年、勤務以外のデザインの注文や依頼が来るようになった。そこでは注文されたものを「人からの頼まれごと」としてひきうける。上からおりてくる仕事ではなく、人から頼まれたものなので、原則的に全部ひきうける。人から頼まれたものは、なかなか断れない。よほどのことがない限り、全部ひきうける。あまり気のすすまないものでも、原則としては全部ひきうける。むかし、ピチカート・ファイブの小西陽晴が、ミュージシャンの仕事について「はじめは頼まれた仕事は全部やった、そうしてるうちに今度はやりたい仕事が向こうやってくるようなった」と、どこかでそう話してたので、それを見習うことにした。そうするうちに、やってみたいと思う仕事もぼちぼちくるようになったが、皮肉なことに、この二年はイルコモンズ活動でいそがしくて、頼まれてもひきうけられない仕事がでてきた。やりたいけどやれない仕事もでてきた。とはいえ、「人からの頼まれごと」なので、なるべくひきうけるが、さすがに頼まれごとがいくつも重なってしまった場合や、どう考えても時間的・能力的に無理な場合は、もうしわけないが断る、という方針に変えた。そうやっていると、断りやすい頼まれごとと、断りにくい頼まれごとがあるのが分かった。断りやすい頼まれごとというのは、報酬がある頼まれごとで、これは断りやすい。報酬があれば、他の誰かが代わりにひきうけてくれるからで、また報酬があれば知り合いに仕事を譲りやすい。逆に、断りにくいのは、予算があまりなかったり、報酬が少なかったり、あるいは、無報酬の頼まれごとで、これは非常に断りにくい。ひきうけないと代わりがいないし、知人にも譲りにくいので、こういうときは、あっさりひきうける。しかし、そういう頼まれごとの方が余計に感謝されるし、喜ばれるので、かえってやりがいがある。少ない予算のなかであれこれやりくりするのもおもしろい。余裕がないので協働してやることもある。工夫や節約のしがいもある。やれることが限られているので迷わなくてよい。余分なことや無駄なことをしなくてすむ。なにより、お金はなくてもモノはできる、お金がなくても人はうごく、ということを確かめることができて、気分がよい。奉仕、といえば、それまでだが、ふだんあまり人の役に立つような活動をしてないので、報酬のない頼まれごとは、人の役に立つ絶好のチャンスである。

ということで、今日は「くらしと制度をつなぐ会」から頼まれた小冊子の表紙デザインをやった。小冊子のタイトルは「もっと身近に憲法を!」で、本文では映画「軍隊を捨てた国」に寄せて、こんな話が紹介されている。

「コスタリカでは小学校に入ったその日にすべての児童に送る言葉があるんです。「人は誰も愛される権利がある」。これって難しい言葉でいうと「基本的人権」です。人間は誰も「おぎゃあと生まれたその瞬間から愛される権利がある」と。」

これをよんで、映画のこのシーンを思い出した。

d0017381_22492617.jpg
▼こどもの権利とおとなの義務
http://illcomm.exblog.jp/1933618/

いいねぇ。

それはさておき、「憲法」はともかくも、「くらし」や「身近」というのは、これまでまったく手がけたことのないデザインである。しかも使える写真がないので、さて、どうしよう、と頭をひねる。「”くらし”といえば、やはり「暮しの手帖」かな」と思い、久しぶりに古い「暮しの手帖」をひっぱりだしてきて読む。なるほど、ちゃんとそこに答えがあった。表紙に使える写真がない代わりに、これまで一度もやったことのない水玉模様と本文から抜粋した文字組みだけで六〇年代風のレイアウトをこしらえてみた。

d0017381_2259220.jpg
d0017381_22591845.jpg
頼まれた相手は、親と同じくらいの年齢の人たちなので、こういう色や柄のものを喜んでくれるんじゃないだろうか、と想像をめぐらせながら配色を考えたが、ここまでやったところで、印刷は「二色刷り」だということが分かった。しかも使えるインクの色は赤・黒・緑・紺のみで、用紙の色もみずいろ・もえぎ・アイボリー・さくら・オレンジだけらしい。このインクと用紙の組み合わせでできることは限られている。まず淡色でない水玉模様は文字を読みにくくするので削除。用紙の色はアイボリーに決め、タイトルの敷面を紺もしくは赤のパタンにし、タイトル文字をヌキにした。これでできあがり。すっきりとムダのないデザインだが、シンプルすぎてややしまりがないので、文字組みで脇をかためた。

d0017381_22595585.jpg
d0017381_2301946.jpg
これなら多少インクの色が転んでも、用紙の色がちがっていても、失敗はすくない。色校正をしなくても、ほぼ確実で安心なセーフティー・デザインである。さて、赤と紺、どちらを気に入ってもらえるだろうか。なんだかプレゼントを贈るときのような気分である。こういう贈り物ができるのはデザインのいいところである。デザインは本職ではないが、わるくない仕事だと思った。
[PR]
by illcommonz | 2008-12-27 23:10
▼内職デザイナー
d0017381_3335229.jpg
日勤の仕事は今日で仕事納めになったが、まだ内職とアルバイトが残ってる。
それが終わらないと、年が越せないし、年を越しても、それは終わらない。
せめて内職でやってる本の装丁だけでも年内に終わらせたかったのだが、
どうやら無理のようだ。年明け早々に出版される予定のチョムスキーの
翻訳本のタイトルが、土壇場にきて変更になってしまった。あふあふ。
はじめは、「チョムスキーのアナキズム論」というタイトルだったのだが、
それが「チョムスキー資本主義・国家・アナキズムを語る」に変わった。
あふあふ云ってても仕方ないので、もういっぺんつくりなおした。

d0017381_3342050.jpg
ちなみに、AKプレスから出版されてる原著
「CHOMSKY ON ANARCHISM」の表紙は
こうなっている。
そこで、この原著のカラーにあわせて、もうひとつ別のパターンもつくった。

d0017381_3345569.jpg
最初のがアカデミズム仕様で、二番目はアクティヴィスト仕様である。

d0017381_3355561.jpg
さらにもうひとつ、アナーキスト仕様も
みてみたいという要請があったので、
チョムスキーのステンシルをこしらえた。
これをスキャンして、3つ目のパターンをつくった。

d0017381_337596.jpg
ところが、今日になって、また本のタイトルが変更になった。あふあふあふ。
新しい仮のタイトルは「チョムスキーのアナキズム論 自由・労働・連帯」である。
しかもページ数が結構多くて、それなりの値段がするので、上製本仕上げに変わった。
かくして、内職デザイナーの仕事は、あふあふあふと、つづく。
[PR]
by illcommonz | 2008-12-27 03:47