Top

いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
以前の記事
2017年 11月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
記事ランキング
<   2010年 05月 ( 24 )   > この月の画像一覧
▼iPad の使いかた
d0017381_20264840.jpg
「iPadって何に使える?「かっこつけられる」」
「5月28日から販売が開始されるiPadだが、一体何に使うものやら…? と思っている人もいるのでは。ネット上では、多くの人がその使用方法やできることを紹介している。たとえばiPad-howto.comというサイトでは「iPadでできること-忙しい人のためにiPadの特徴を5分でまとめてみた」という iPadの機能紹介記事が掲載されており、6つの観点から「iPadでできること」が紹介されている。

 1-SafariでWebページを見る
 2-メール
 3-Photo iPadは最強のフォトフレームだ
 4-Video カウチポテトどころかベッドの中でも映像ざんまい
 5-YouTube 同上
 6-iBooks 電子書籍の未来が実現した 」
 (「R25」 2010年05月29日)

 米国アップルが、中国の下請け工場で次々と自殺者を出しながら、世界中にばらまきはじめたiPadには、これ以外の使いかたもある。たとえば、

 7-小沢健二の「うさぎ!」の「まわしよみ」や「よみきかせ」

もできる。そう、たとえば。

 「例えば、「基地帝国の基地の移転問題」はどうだろう。今まで何の問題もなかった島が、突然、「基地の移転」が原因で、燃え上がっているのだろうか?それとも、今までずっと戦いを続けてきた島に、ひとつの局面がきているだけなのだろうか?それとも世界中で続いているひとつの大きな戦いの一局面なんだろうか。各地で起こる問題や紛争がばらばらなものに見えている人は、「人間なんてまったくくだらない。新聞を見てご覧よ。ひとつの問題が終わったと思ったら、すぐにまた別の問題が起こっているじゃないか」なんてことを言う。ちょっと待ったぁ。「ひとつの問題が終わったと思ったら」って、問題は本当に終わったのか?「問題は終わった」というイメージが作られただけで、「実際には前と同じ構図の問題が続いているんじゃないだろうか?」植民地や奴隷制がひどいと思うなら、ひどいことをされている人たちの目で見てほしい。支配をされている人たちの目で。なにかがそこにある、から、何か悪い部分に、つながっているから。ていねいに触ってみるんだ。ここに何かがある、何があるんだろう?と。」(小沢健二「うさぎ!」第18話)

 「政治なんてまったくくだらない」よ、でも「基地はひどいと思う」よ、でも、「問題は終わった」よ、と思う人はぜひ、いま手にしている、あるいは、これから手にするiPad のパネルを、ていねいに触りながら考えてみてほしい。自分を「ベッドのなかで映像ざんまい」にさせる、このかっこいいiPadのそのブームによって、「遠ざけられているもの」はないだろうか?と。本当につながらなければならないはずのものとの接続の機会を奪われているのではないか?、あるいは、本当に考えなければならないはずのことを考える時間を奪われているのではないか?と。
[PR]
by illcommonz | 2010-05-31 20:29
▼オキナワ・コーリング
d0017381_2022058.jpg
「オキナワ・コーリング+黄色い暴動」カップリング盤

 1. オキナワ・コーリング
 2. 新型iPad
 3. ヤンバル・ジャズ
 4. ヘイトフル
 5. しくじるなよ
 6. ナゴ暴動
 7. 沖縄名護市辺野古区
 8. ロスト・イン・ザ・Twitter
 9. トーン・ダウン 
 10. オキナンチューの銃
 11. チャンプル・ボム
 12. 不祥事と事故
 13. オスプレイ
 14. イカサマおもいやり予算
 15. ジュゴンズ・ドック
 16. 4機のミサゴ
 17. ピース・ノット・ベース
 18. リヴォリューション・島歌
 19. パーラメント・イン・ヴェイン

 1. ユキオ・ハトヤマ
 2. リモート・コントロール
 3. 親アメリカ
 4. 黄色い暴動
 5. 誰の地位協定
 6. ワッツ・マイ・カントリー
 7. 公約・密約
 8. オキナワは燃えている
 9. 基地拡大のチャンス
 10. ペテン
 11. 反逆イエロー 
 12. 埋め立てとコソ泥
 13. 50年間
 14. キャンプ・ランド

「辺野古」反対84% 琉球新報・毎日新聞 県民世論調査
「琉球新報社と毎日新聞社は合同で28~30日、米軍普天間飛行場を名護市辺野古崎地区・隣接水域に移設することで合意した28日の日米共同声明を受け、緊急の県民世論調査を行った。辺野古移設に反対との回答が84%に上り、賛成は6%にとどまった。県内移設反対の根強い県民世論が表れた形で、昨年10月31日~11月1日に行った調査から反対が17ポイント上昇した。反対した人の半数以上が県外や国外への移設を求め、「無条件撤去」の回答も38%に達した。昨年同調査で63%あった内閣支持率は8%と一けた台の低水準に急落し、鳩山由紀夫首相が「最低でも県外」の公約を破棄したことへの強い批判や不信が表れている。海兵隊の沖縄駐留は「必要」との回答が15%にとどまり、「必要ない」が71.2%。米軍駐留根拠となっている日米安保条約については「維持すべきだ」との回答が7%と昨年調査の半分以下にまで減少した。鳩山内閣の不支持率は78%と8割に迫り、昨年調査の16%から様変わりした。仲井真弘多知事の支持率は57%、不支持は29%。政党支持率は社民党が10.2%で首位となり、昨年調査から倍増。辺野古移設に反対し、閣僚から罷免された福島瑞穂党首への支持などが表れたとみられる。2位は自民で9.8%。民主は8.6%で昨年調査の29%から大きく減らした。(「琉球新報」2010年5月31日)
[PR]
by illcommonz | 2010-05-31 20:22
▼東京のどまんなかで
d0017381_2091145.gif
▼2010年5月30日 東京都新宿区新宿三丁目にて(※マスコミ報道なし)

この日のデモの空気は「反戦デモ」の空気に似ていた。同じ空の下、遠くの土地で戦争が起きているときの空はとても重たく感じる。その重苦しさに怒りがまじると、デモはますます重くなり、地を這うようなデモになる。そういうときのデモのドラムは、ドドドと地面に叩きつけるような調子で、鈍く低く遠く響く。
[PR]
by illcommonz | 2010-05-31 20:10
▼あのとき、あなたはなにをしてたの?
d0017381_17191589.jpg
「沖縄を裏切るな!新宿ど真ん中デモ」
[日時] 2010年5月30日(日)13:00 街頭宣伝/14:00 デモ出発
[場所] 東京・JR新宿駅東口 アルタ前広場
 「またしても踏みにじられる沖縄。裏切られる沖縄。沖縄を裏切った鳩山政権。それを追及する自民党は、戦後ずっと沖縄を踏みにじってきた張本人。抑止力? アメリカの海兵隊に抑止力を期待するなら、なおさら沖縄に在る必要がない。「思いやり予算」の甘い汁を吸い続けたいアメリカ軍。亜熱帯のリゾート地で訓練したい軍人たち。それは中東で、そして世界のあちらこちらで、人殺しをするための訓練。安保体制とは、現実には、人殺しへの協力体制のこと。歪み続ける世界の中で、私たちは街に出て歩く。叫びながら、うめきながら、思い考えながら、それぞれのやり方で。「沖縄を踏みにじるな!」という声で、街を埋め尽くしたい。」

 このポスターに描かれた、かわいいジュゴンやヤンバルも、そして沖縄の海や森や環境も、もちろん大事だと思うが、なりそこねとはいえ、自分は「文化人類学者」なので、まずは、動物や自然よりも、ヒト=人間のことを考える。もし自分が沖縄の人間だったら...と考える。もし自分が沖縄の人間、特に、沖縄の子どもだったら、どう思うだろう。「ねぇ、どうして、ジュゴンやヤンバルで、私たちや僕たちじゃないの?」「沖縄の動物や自然も大事だけど、私たちや僕たちの人生は大事じゃないの?」とそんなふうに思うはずだ。相田みつをに云われなくたって、自分は人間であり、ヒトでしかないので、ジュゴンよりもヤンバルよりも、まずは自分の同類である、あの「怒・怒・怒・怒・怒」のプラカードをかかげたヒトたち、「基地はもういらない」と立ち上がり、座りこみを続けているヒトたちの、その行動や声にこめられた誰かへのよびかけに応えたいという思いで、デモに行く。ジュゴンとヤンバルにはわるいとは思うが、まずは人間とその暮らしや人生のことから考えはじめる。とはいえ、沖縄に住んでる人間ではないので、実のところ、基地反対が沖縄全体の総意なのかどうかわからないし、多数派なのか少数派なのかもわからない。しかし、わからないからといって、そこで考えるのをやめたり、何もしないでいるわけにもいかない。わからないけど、これは数字やバランスの問題ではなく、気持ちの問題であり、とにかく何かしないと気がおさまらないという、そういう支離滅裂で理屈にもなんにもならない、こんがらかった気持ちで、デモに行く。こういうのを「感情的な行動」だという人もいる。そのとおりだろう。実際、感情というのは始末に負えないもので、こんなに心がみだれてしまっては、大好物のゴーヤチャンプルだってちっともおいしく感じられない。せめてデモにでも行かないと気まずくて、これから先、ソーキそばが喉を通らない、泡盛も飲めない。タコライスもたべられない。学食のサーターアンダーギーに手がのびない。こんなにいろんなごちそうにあずかっているのに、なにもしないとバチがあたるというものだ。頭で考えることも大切だが、胃袋で考えることも大切だ。あるいはまた、基地に反対することを「イデオロギー的な行動」だという人もいる。こういう場合の「イデオロギー」という言葉はたいてい蔑称として使われる。そしてそれは固定観念やこり固まった思想に翻弄される人のことを指す。自分にそんな固まった思想があればさぞかしよいのに、と思いこそすれ、実際はメディアが流す情報や政治家がつくウソに翻弄されてばかりである。つまり、固まった考えがあるからではなく、逆にいつもふらふらして頼りない自分の考えを、ぎゅっと固めるために、デモに行く。「やっぱり基地はいらない」「抑止力なんてウソだ」という考えをしっかり固めるために、デモに行く。そして、同じような考えをもっているヒトたちと共に行動することでその考えが、より強く固まる。あるいはまた「政治がわかってない」という人もいる。だが、そこでいう政治とは、たとえば、「いま、ここで米兵が何か不祥事を起こしたら、ことを有利に進めることができるのに」とか、その手の話である。そういう計算するのが政治だとしたら、わからなくて結構。それよりも愚直に、デモの場で声をあげるほうがいい。そういう計算をネットに書きこんで得意になるより、自分のばかさをさらした方ががいい。ほかにあともうひとつ考えることがある。それは、自分が今度また沖縄に行ったとき、あるいは、沖縄の知り合いと会った時、「ところで、共同声明や政府案に辺野古の名前が記されたとき、あなたはどこでなにしてたの?」ときかれたら...ということである。自分を行動や表現にかきてたてるのはいつも、こうした想像の問いかけである。いや、強迫観念といってもいいかもしれない。いまここで何もしないでいたら、顔をあわせられない人たちがいる、もうしわけの立たない人たちがいる。こと沖縄の場合、想像ではなく、ほんとうにいる。だからデモに行く。義理や私情に流されていると云われても仕方ないが、ヒトにはジュゴンやヤンバルにはない人間の義理というものがあり、それがヒトを人間という存在にし、その交換とつながりが人間の社会をつくっているのだから、やはりそれを「裏切る」わけにはいかないのである。

 以下は、このところの沖縄からの便り。

 「内地あたりではいまだに「抑止力」幻想が根強いらしいが、「抑止」は「ユクシ」だというシャレ(ユクシ=嘘)のほうが、こちらでは定石の理解となりつつあるこのところの沖縄ですが、「エコ基地」とかいう、あらたなユクシにも警戒警報を。

「北部に国立公園など/辺野古移設で環境3策」『東京新聞』2010年5月26日。

 辺野古の基地用地を除外して「ジュゴン保護海域」だの、オスプレイ配備を前提に新設するヘリパッド建設で森を切り開きながら「やんばる国立公園」だの、ユクシが天こ盛り。このお手盛り記事、「国立公園となるやんばる地区は、国頭村(くにがみそん)など面積約三万ヘクタール。米軍の演習場があり、ほとんどが未開発になっている」と、おそらく政府筋の発言をそのまま鵜呑みにしたのだろうが、枯れ葉剤が使用されたり、ペイント弾やサイレント弾が捨てられたりする訓練場は、「未開発」なのではなく、使用状況が全く確認出来ないうえに日本政府の隠蔽体質も手伝って、未管理の状態なのだ。
 それだけではない。以前にも紹介した記事を思い出して欲しい。米軍は、クリーンつか、グリーンなイメージを偽装するためだけではなく、軍事活動を市民の視線から遠ざけるバッファーゾーンとしての環境保護区の確保に積極的だという事情を、北部訓練場にもかさねて想像してみる必要がある。さらに末尾にはご丁寧に「一方、国立公園区域にある演習場のうち約四千ヘクタールの返還が日米間で合意されているが、それに伴うヘリ離着陸基地の移設工事に住民が反対。このため、同返還区域の国立公園指定が難航する恐れもある」とある。知ってか知らずにか、マスコミが政府の広報宣伝屋として利用されてしまう典型的なパターンを踏襲してくれている。「反対派が邪魔するせいで環境保護が進まない」というユクシにも、充分に警戒しましょう。」(合意してないプロジェクトblog 「エコ基地、軍事施設に隣接する環境保護区」 2010年5月27日)

 一方、こちらは、いまはまだ「ユクシ」でも、やがて「事実」になるかもしれないニュース。
d0017381_15541467.gif

▼「県内で憤死者多数」
 「沖縄県保健衛生部は23日、午後9時までに、沖縄県内で怒りにより体調不良を訴えた72人が、県内各地の病院に運び込まれたと発表した。そのうち、9名の憤死が確認され、意識不明者も40名ちかくにのぼるという。複数の証言によると、犠牲者はいずれも鳩山首相の辺野古移転発言をテレビや新聞の号外で見聞きしたあと、「ナニ!」と叫び意識を失ったという。意識不明者のうち、37名が依然、呼吸困難などの重体。患者19名が運ばれた国立那覇病院の伊刈保友(いかりもつとも)医師は、「今月に入ってから、同様の患者が急増している。このまま状況が変わらなければ、犠牲者のさらなる増加は避けられないだろう」と話した。(「琉虚新聞」2010年5月23日)」(無為的日子。ムイ、ナ日々。「沖縄に拒絶する権利がないとは言わせない」 2010年5月23日)

 そして、これは、もし事実なら、ますます黙ってはいられなくなるポリティカル・ミステリー。

▼「沖縄の基地は「畳めない」としたら、理由は一つしかない。韓国内の基地には「置けないもの」が沖縄には「置ける」ということである。「それ」が抑止力の本体であり、「それ」が沖縄にあるということを日本政府もアメリカ政府も公式には認めることができないものが沖縄にはあるということである。そのことを野党政治家は知らされていない。政府の一部と外務省の一部と自衛隊の一部だけがそのことを知っている。「それ」についての「密約」が存在するということはもう私たちはみんな知っている。私たちが知らされていないのは「密約」の範囲がどこまで及ぶかということだけである。だから論理的思考ができる人間なら、沖縄の海兵隊基地に「それ」が常備されている蓋然性は、そうでない場合よりもはるかに高いという推論ができるはずである。「それ」があるせいで北朝鮮は日本へのミサイル攻撃を自制している。中国は近海での軍事行動を「今程度」に抑制している。そういう説明を聞かされた総理大臣は「『それ』が沖縄になかった場合の東アジアの軍事的バランスについての確度の高いシミュレーション」を提示する以外に米軍に「出て行ってくれ」ということができないということに気がついた。それで「出て行ってくれないか」という言葉を呑み込んでしまったのだ。(中略) 抑止力というのは一種の心理ゲームである。「それ」があるかないか判然としないというときに、抑止力はいちばん効果的に働くのであると米軍のインテリジェンス担当者に聞かされて、首相は「不勉強でした・・・」と頭を下げたのである。じゃないかと思う。その場にいたわけじゃないから想像だけど。残念ながら、私の推理を裏書きしてくれる権威筋の人はたぶん日米中通じてひとりもいないはずである。そうしたくても、できないし。でも、私と同じように推論して、その上で何も言わずに黙っている人は日本国内に30万人くらいはいるはずである。」(内田樹「「それ」の抑止力」2010年5月23日)

d0017381_15564671.jpg

明日の東京の天気は雨のようだが、嵐でも台風でもないただの雨。
[PR]
by illcommonz | 2010-05-29 16:05
▼いっそ東京を、基地に。

▼普天間基地移設先代替案「いっそ東京を、基地に。」

 いっそ東京を、戦場に
 もう遠くに追いやるのはよそう、戦争を
 もう遠くに追いやるのはよそう、戦争を
 もう遠くに追いやるのはよそう、戦争を
 ▼ECD「東京を、戦場に」(2004年)

 普天間基地の移設をめぐる、ここ数日のニュースをみてるうちに、イラク戦争のさなかに書かれたECDのこのラップが、ふとよみがえってきた。そして、このパンチラインに何度も頭を打たれ、心をゆさぶられ、そして最後にボディブローが決まった。つまり腑に落ちたのだ。そう、「もう遠くに追いやるのはよそう、基地を」である。「いっそ東京を、基地に」である。「東京に基地を」ではなく、「東京にも基地を」でもなく、「東京を、基地に。」である。つまり辺野古湾ではなく、東京湾を1,800メートルでも、3万6000メートルでも、いくらでも埋め立て、そこを「キャンプ・トーキョー」に、そこで24時間365日、朝から朝まで、オスプレイの離発着訓練を気がすむまでやらせればいい。別名「未亡人製造マシン」と呼ばれるほど事故の多いオスプレイには、より過酷な環境での訓練が必要だ。海上や密林での戦闘の時代は終わった。辺野古の海や高江の森で訓練しても無駄だ。二十一世紀の戦闘はビルが林立する都市のジャングルで展開されるのだから、国会議事堂の上空で12時間連続ホバリング(=空中停止飛行)したり、都庁や森ビルの5センチわきをかすめて飛ぶ地形追従飛行のような訓練が必要で、それを連日連夜くりかえせば、すこしはオスプレイの事故と未亡人の数も減るだろう。民間施設への米軍の誤爆率も減るだろう。どうせ東京は、眠らない都市である。生態系の狂った都市である。石原ランドである。最新鋭のオスプレイによる空からの防衛があれば、テロの恐怖や妄想もすこしは消え、過防備都市・東京の安全・安心感も増すだろう。超過密都市・東京の人口も減るだろう。もちろんそれは気が遠くなるような不測の事態とその犠牲の上にであり、「終わらない戦後」のはじまりである。それが「東京を、基地に。」ということの意味で、そこではもはや「東京のなかに基地があるのではなく、基地のなかに東京がある」ということになるだろう。当然のことながら、反戦・反基地運動が爆発的にもりあがり、「戦後最大のレジスタンス」が東京で頻発し、都知事や議員たちの寿命はちじむことになるだろうが、そうなれば、どんな政治家にだって「沖縄のなかに基地があるのではなく、基地のなかに沖縄がある」というあのことばの意味がいまさらながら身にしみてわかるだろう。「もう二度と戦争はしない」というあの憲法のありがたみもわかるだろう。基地の問題は戦争の問題である。沖縄に押しつけ続ける限り、基地はいつまでもなくならないし、戦争もなくならない。とにかく、「沖縄だけは絶対にダメだ」が、米国との交渉のスタート地点である。「キャンプ・シュワブ」の代案として、この未曾有(みぞゆう)の「キャンプ・トーキョー案」を米政府に示せば、オバマもびびって、二度と「ルーパー」とは呼ばなくなるだろう。鳩山にとっては願ってもない汚名返上のビッグ・チャンスである。ECDもこうラップしている。「もうちょい、うまくできんだろ、あたまつかえ、あたまつかえ。関係ねぇ、って云ってやれ、あいにく御期待にそえません」と。

この画像を鳩山にやるから、メールに添付してオバマのケータイに送りつけてみろ。
d0017381_5231942.jpg
「「自分の言葉守れず、心よりおわび」首相会見」
「代替施設の工法などは影響などを考慮して作っていく。地元との対話を心がける。
名護市の住民の怒りはわかるが、お願いせざるを得ない。他の自治体に訓練移転をお願いしなければならない。各都道府県などとよく話し合っていく。どうか是非、沖縄の痛みを我が身のことと考えて欲しい。負担軽減にご協力いただきたい。」(読売新聞 2010年5月28日)

▼「ばかな会合だった」石原都知事は途中退席
「沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題を巡り、東京・千代田区の都道府県会館で27日に開かれた全国知事会議。沖縄県の負担軽減の必要性を理解することなどで一致したものの、鳩山首相に対しては「なぜ今この時に知事を招集したのか」などと厳しい発言が目立った。会場外でも、出席者から批判的な声が相次いだ。途中退席した石原慎太郎・東京都知事は「総花的な話じゃしょうがない。ばかな会合だ」と声を荒らげ、松沢成文・神奈川県知事も「政府の交渉は最悪で無能としか言いようがない」と指弾した。(読売新聞 5月27日)

「共同声明に社民混乱「何が地球を守る政治だ」」
「共同声明の発表を受け、同党の照屋寛徳国対委員長=沖縄2区=は「辺野古の生態系を破壊して何が環境に優しいだ。冗談じゃない」と不快感をあらわにし、山内徳信参院議員(元沖縄県読谷村長)も「これでは旧政権と同じだ。何が地球の命を守る政治だ」と吐き捨てた。」(産経新聞 2010年5月28日)
[PR]
by illcommonz | 2010-05-29 02:12
▼28日がきた
d0017381_16194563.jpg
普天間移設「辺野古崎移設」日米共同声明 福島氏「署名拒否」
「日米両政府は28日午前、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題に関する外務、防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)の共同声明を発表した。移設先はキャンプ・シュワブ(同県名護市)の「辺野古崎地区及び隣接する水域」と明記し、沿岸部に1800メートルの滑走路を持つ代替施設を建設するとした。沖縄の基地負担軽減策として米軍訓練の県外移転を拡充するほか、鹿児島県・徳之島について「適切な施設が整備されることを条件に活用を検討」とし、グアムなど国外への検討も明記した。政府は臨時閣議を開き政府の対処方針を決定する。閣僚の署名が必要な閣議決定か閣議了解で対処方針を決める構えで、社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相が署名に応じなければ、罷免することも検討している。調整は難航しており、首相は28日夕の記者会見を延期した。福島氏の反対姿勢は固く、調整が難航していることから、政府内では福島氏の罷免もやむを得ないとの意見が強まっている。
 共同声明の合意は、06年の日米合意内容をほぼ踏襲している。首相が過去に「最低でも県外」「辺野古の海を埋め立てることは自然に対する冒涜」と発言したことに反しており、首相の政治責任が問われるのは必至だ。鳩山由紀夫首相とオバマ米大統領は28日朝、電話で協議した。首相は公邸前で記者団に「日米関係をさらに深化させようと(一致した)。普天間問題に関して、日米2プラス2で合意できたことを、先方も大変感謝していた」と語った。共同声明は、韓国の哨戒艦沈没事件を念頭に「(在日米軍の存在が)日本を防衛し、地域の安定を維持するために必要な抑止力と能力を提供することを認識した」と強調。06年の「再編実施のための日米ロードマップ」の着実な実施を再確認した上で、在沖縄海兵隊8000人のグアム移転について「代替施設完成に向けた具体的進展にかかる」と明記した。代替施設は「オーバーランを含み、護岸を除いて1800メートルの滑走路を持つ」とした。施設の位置、配置、工法についての検討を「いかなる場合でも8月末日までに」完了させ、次回の2プラス2での移設計画策定を目指す。国連総会が開かれる9月を想定している。シュワブ沿岸部を埋め立ててV字形滑走路を造る現行計画を前提に進めてきた環境影響評価(アセスメント)について「著しい遅延がなく完了できることを確保する」とした。」(毎日新聞 2010年5月28日)

「首相、福島・消費者担当相を罷免」
「鳩山由紀夫首相は28日夜、首相官邸で社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化相と会談し、沖縄の米軍普天間基地移設問題を巡る政府の対処方針に理解を求めた。福島氏は名護市辺野古への移設は認められないとして拒否し、首相は福島氏の罷免を決めた。」(日経新聞 2010年5月28日)
[PR]
by illcommonz | 2010-05-28 16:34
▼コレハ警告デアル
d0017381_2434565.jpg
「「怒」「怒」「怒」…辺野古表明、沖縄県民が抗議の波」
「怒りと失望の声が、沖縄を覆った。23日、2度目の沖縄訪問で、米軍普天間飛行場の名護市移設を明言した鳩山由紀夫首相。政権交代以来、迷走する政権に一喜一憂しながらも、かすかな期待をつないできた人たちは、首相の行く先々で抗議の声をあげた。県庁前では約千人が鳩山首相の到着を2時間前から待ち構えた。首相の車列が近づくと、一斉に「怒」と書かれた黄色い紙を掲げ、「政府の裏切りを許さないぞ」「県民のワジワジー(憤り)を聞け」と声を上げた。大学4年生の山内真美さん(21)は、県内移設反対のシンボルカラーである黄色のTシャツ姿で参加した。「もし辺野古に基地を造ったら、また何十年も沖縄は苦しみ続ける。どうしてまた沖縄なんですか」。自宅は普天間飛行場がある宜野湾市の隣の西原町。大学の講義が騒音で中断することもある。だが、絶望はまだしていない。「今しかチャンスはない。希望は捨てたくない」。「人をバカにしているとしか思えない」と憤慨していたのは、米軍嘉手納基地の近くに住む沖縄市の主婦小島久子さん(62)。政権交代で名護市での基地建設が止められると期待したが、1年たらずであっさり裏切られた。「民主党への信頼は失われたが、自民党にも戻りたくない。もう選挙には期待できない」」(朝日新聞 2010年5月24日)

 おそらく鳩山は、この「怒」のボードを、いつもの見慣れた沖縄の風景くらいにしか見てなかっただろが、この黄色いボードは、こういう「警告のサイン」のようにみえる。

d0017381_1320064.jpg※クリックで画像拡大
▼「警告:前方騒乱あり」

「沖縄の終わらない戦後」
「大宜味村出身の金城健一さん(65)は1962年、全国高校弁論大会に参加し、最優秀賞を受賞した。米国統治下の沖縄の現実をほとんど知らない本土の人たちの前で、切々と復帰を訴えたのである。10年後の72年5月15日。復帰が実現したその日に、那覇市の八汐荘で結婚式を挙げた。「子どもや孫に語り継ぎたいという思いがありましたから。結婚式は復帰の日に、と決めていたんです」。金城さんは結婚記念日でもある5月15日を毎年、格別な思いで迎えているが、今年は特に「歯がゆくてしようがない」と言う。普天間問題をめぐる鳩山政権の大迷走に、いらだちは募るばかりだ。でも、と金城さんは言う。「歴代の総理の中で県外移設を言ったのは鳩山首相が初めてでしょ。鳩山をつぶしたくないんですよ」。 大きな失望と、かすかな期待。そのかすかな期待さえ消えかかろうとしているときに、それでもなお、歯がゆい思いをしながら、わずかな希望を未来につなごうとしているのである。県民がこの期に及んでもなお、鳩山由紀夫首相にいちるの望みを抱くのは、過去の政治が基地維持政策に終始し、負担軽減に真剣に取り組んでこなかったからだ。戦争と戦後占領によって生じたいびつな状態を解消しなければ、歴史の歯車を前に進めることはできない。いつまでも「終わりのない戦後」を沖縄県民に負わせてはいけない。」(「沖縄タイムズ」2010年5月15日)

d0017381_2423490.jpg「普天間移設:政府案28日発表で調整 辺野古埋め立ても」
「政府は19日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題に関する対処方針を28日に発表する調整に入った。米側はキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市辺野古)を埋め立てる現行案の環境影響評価(アセスメント)の範囲内で可能な移設案の提示を求めており、政府は鳩山由紀夫首相が「自然への冒涜(ぼうとく)」と否定してきた埋め立て方式も容認する方向で検討。現行案に回帰する姿勢が鮮明となった。20日から東京で開く日米実務者協議で、沖縄から全国への訓練分散など総合的な負担軽減策とともに合意し、28日に首相が記者会見して発表することを検討している。しかし、県内移設に反対してきた地元や社民党は現行案への回帰に一層、反発を強めている。社民党党首の福島瑞穂消費者・少子化担当相は19日の記者会見で「よもやこの内閣が自然への冒涜はしないと確信している」とけん制。政府方針の決め方についても「きちんと閣議決定、閣議了解をすべきだ」と述べ、閣僚の署名がいらない「首相発言」による発表に改めて反対を表明した。同党の山内徳信参院議員は同日の党参院議員総会で「沖縄県民を中心とした戦後最大のレジスタンス(抵抗運動)に遭う」と警告した。」(「毎日新聞」2010年5月19日)

 明らかに水かさが増しているのに、鳩山は政権運営に気をとられ、「これまでとは何かがちがう」ということを見落としている。ピート・シーガーの「腰まで泥まみれ」で歌われている、あの愚かな隊長と同じである。

▼岡林信康「腰まで泥まみれ」

 それにくらべると、アメリカ政府の方がよほど事態の変化を察知しているようだ。


▼シーラ・スミス「辺野古案は無理」

 事と次第によっては「戦後最大のレジスタンス」が起きてもちっとも変ではないし、むしろ起きた方がよいとさえ思う。「いちるの望み」を裏切るということがどういうことなのか、自分がどんなに殺生なことをしているかということを思い知らせてやった方がよい。そして何か起きたときには、すべて鳩山とその不愉快な仲間たちのせいにしてよいはずだ。そうしないと、これからも「裏切り」がまかりとおるようになる。乱暴な考えかもしれないが、そう思う。一方、これほど乱暴ではない考えとして、たとえば、こういう考えもある。

「社民党は連立を離脱せよ - 普天間争点の参院選で劇的に勝利せよ」
「選挙は間もなくある。今の状態では、三党連立で波風を立てずに選挙を行うのは難しいし、国民もそのような欺瞞的な選挙を望んではいない。鳥越俊太郎は、参院選で普天間を争点にして、日米同盟が本当に日本にとって必要かどうか論議すればいいと発言した。私も同感で、参院選でこの問題を論争し、民意を問えばよい。主権者である国民が、普天間問題の決着について意思を示す場が与えられるべきだ。昨年、民主党の公約を信じて投票した国民の意思は踏みにじられている。そのことを覆い隠したまま、別のテーマで選挙が行われるのは問題で、昨年の公約を裏切った鳩山由紀夫と民主党政権に審判が下されなければならない。下野した社民党が選挙で比例票を大きく伸ばし、社民党が歴史的躍進の勝利を得れば、国民は社民党の訴える国外移設を支持したことになる。その民意が劇的に示されたとき、民主党は民意に従って再び方向転換し、元の「沖縄ビジョン」の軌道に戻り、普天間移設を「国外、最低でも県外」の線へと政策回帰させるだろう。社民党の使命はそこにあるし、選挙で勝てないことはない。本来、社民党はもっと票を得てもよいのである。政策だけを見れば、社民党に入るべき票が民主党に入っている。下野し、選挙で争い、民意を得て勝利するドラマを想像せよ。勝利者として凱旋し、民主党から連立入りを懇請される立場になれ。「普天間は福島党首の言うとおりにしますから、お願いですから連立政権に入って下さい」と、民主党の代表に頭を下げさせてみろ。」(「世に倦む日日」2010年5月26日)

 「普天間を争点とした参院選を」というのは決してわるくないとは思うが、「劇的に勝利」してほしいのは、あくまで沖縄であって、社民党ではない。したがって「普天間争点の参院選で与党も野党も第三極も全滅せよ、鳩山は最低でも閣外移設」というのが、直接民主主義者の率直な意見、もとい、発言デアル。

[参考]
▼「首相、県民歓迎と認識か」
「鳩山由紀夫首相は4日の初来県後、周囲に「自分はそんなに反対されたとは思わない」との感触を漏らしている。周辺によると「首相はむしろ歓迎されたと思っている」という。4日は県庁前広場をはじめ、首相が立ち寄る各地で抗議行動が起きていた。しかし首相は「どこでも、同じ人が集まっている印象がある」と感じ、「車で走っているときは(沿道で)みんな手を振ってくれている。ほかの県を訪ねたときと比べてそれほど嫌われているとは思えない」と話しているという。このエピソードを聞いた与党議員は「宇宙人にもほどがある。本当に石を投げないと分からないのか」と吐き捨てるように話した。」(「沖縄タイムズ」2010年5月23日)
[PR]
by illcommonz | 2010-05-27 02:53
▼語り部、逝く
d0017381_23272588.jpg「美術評論家の針生一郎さん死去 前衛芸術批評」
「反権力の立場から前衛芸術批評を手がけた美術評論家で、「原爆の図 丸木美術館」(埼玉県)の館長も務めた針生一郎(はりう・いちろう)さんが26日、急性心不全で死去した。84歳だった。美術家の岡本太郎や文学者の花田清輝、安部公房らによる前衛芸術の研究会「夜の会」に参加。戦後の芸術運動の最前線で活躍した。美術のほか文学の評論も手がけた。軍国少年だったことへの反省から、民衆の側に立った歴史と平和を探る思想を模索。戦後、日本共産党に入党したが1961年に除名された。70年の大阪万博では、万博に反対する運動に参加。第三世界の芸術家との連帯を目指す活動でも知られた。68年にイタリアの国際美術展ベネチア・ビエンナーレの日本館コミッショナー、99~08年、美術評論家連盟会長。和光大学名誉教授。著書に「針生一郎評論」全6巻、「戦後美術盛衰史」など多数。」(朝日新聞 2010年5月26日)

なにかと敵の多い人物だったと聞いているが、個人的には、2001年の911の直後に、なにかのシンポジウムできいた、終戦の日の夜の話が印象に残っている。あとは映画「日本心中」や「十七歳の風景」での語り部の役として。はたして語り部は、記憶のすべてを置いてゆけたのだろうか。いまはむかし、前衛芸術家が「思想的犯罪者」とよばれていた時代、批評家と作家のあいだには緊張関係があり、批評家は挑発者であり、かつまた共犯者でもあった。されど、解体劇の幕は降りて、いまはむかしのはなしになりにけり。
[PR]
by illcommonz | 2010-05-26 23:29
▼反撃のレッスン
以下、明日の講義のための教材。

d0017381_1562792.jpg

d0017381_1564418.jpg

d0017381_1565865.jpg

d0017381_1571275.jpg











[PR]
by illcommonz | 2010-05-26 01:58
▼反乱のレッスン

▼イルコモンズ編「映画「リクレイム・ザ・ストリート」短縮版」(9分58秒)

「世田谷市民大学」の「60代が19人、70代が16人、80代が7人、その他が10人」のクラスのために編集した「反乱のための教材」。「NO LOGO」から抜粋したナオミ・クラインのテキストにそって、映画「リクレイム・ザ・ストリート」(1998年※日本未公開)を10分に圧縮。シアトル以後のストリート系アクティヴィズムの「複数の原点」のひとつ。2003年の「サウンドデモ」のモデル。二〇世紀のマイ・フェイヴァリット・ドキュメント・ムービー。ドラムを打ち鳴らしながら人びとが街に集まってくるシークエンス(5分11秒~)は何度見てもわくわくするし、心が騒ぐ。反乱はいつもこんなふうにドラムの音からはじまる。6分23秒目からはじまるシークエンスには、権力がもっともおそれる「解放の瞬間」とその場の空気感が見事に映りこんでいる。「解放」というとき、いつもまっさきに頭に浮かぶのは、この映像。2003年のサウンドデモで、一度だけ、ほんの一瞬だったけど、これと同じ光景のなかに居合わせることができた。そのとき「生きててよかった」と心の底からそう思った。カオスはそれを抑圧するものとせめぎあうときに最も輝く。たぶん60代になっても70代になっても80代になっても、あの瞬間のことは忘れないと思う。そして、60代になっても70代になっても80代になっても、あの解放感を求めて、路上に出てゆくような気がする。たとえ人がそれを「暴動」と呼ぼうが、なんと呼ぼうが、デモクラシーはカオスのなかで花ひらく。

以下、ナオミ・クラインのテキスト。

「1994年、イギリスではCJA(クリミナル・ジャスティス・アクト)法が可決され、レイヴ・パーティーは違法行為になってしまった。この法律のために、野外で音楽を鳴らすと機材が押収され、あらゆる公共の場でレイヴァーたちが取り締まりをうけた。この「CJA法」とたたかうため、クラブ・シーンは、警察権力に同様の脅威を感じていた政治的なサブ・カルチャーと新たな協力関係を結ぶことにした。

1995年にはじまった「リクレイム・ザ・ストリート(RTS)」は、自発的に集まったグループが、大通りや交差点、幹線道路をハイジャックし、そこを「シュール・レアリストたちの遊び場」に変えるものだった。レイヴと同様、RTSのパーティーの場所も、当日まで秘密にされる。何千人もの人びとが指定された場所に集まり、そこから数人の関係者しか知らないパーティーの場所まで一緒に移動する。とりもどされる予定のストリートには、強力なサウンドシステムを積んだバンが停車している。次に演劇的な手法で交通が遮断される。例えば、二台の古い自動車がわざとぶつかって、ドライバー同士が喧嘩するふりをはじめる。あるいは、道路の真ん中に6メートル近い大きなトリポッド(=三脚)を立て、勇気のあるアクティヴィストが宙吊りになるという方法がある。この三脚で自動車は通れなくなるが、人は自由に通れる。これを倒すと、宙吊りになった者が地面に叩きつけられてしまうため、警察も黙って事態を見守るしかない。

交通が完全に遮断されると、「ただいま、路上解放中」が宣言され、一斉に「ひと休みしよう」「自動車はいらない」「空間をとりもどそう」といったプラカードがかかげられる。カラフルな背景に稲妻の光が走るRTSの旗がかかげられ、サウンド・システムから最新のテクノから、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」まで、ありとあらゆる音楽が流される。そして、RTSの移動式カーニヴァルがはじまる。自転車や竹馬に乗る者、レイヴァーやドラマーたち、また別のパーティでは、ジャングル・ジムが交差点の中心につくられ、巨大な砂場やブランコ、プール、ソファー、カーペット、バレーボールのネットなどが路上に登場した。たくさんのフリスビーが宙を舞い、無料の食べ物が配られ、車の上やバス停、看板の上やそのまわりでみんなが踊った。

RTSは「ラディカル・エコロジー」の表現と戦術を使って、都市のジャングルのなかに、「商業化されてないスペース」をつくりだす。つまり、RTSは「ビジネスに支配されていない社会とはどういうものか」を示してみせたのだ。

この精神がもっともよくあらわれていたのは、1万人がロンドンのM41号線をのっとったイベントだった。9メートルの巨大なスカートつきの足場の上に二人組みが陣取った。そばにいた警官は、スカートの下にゲリラ・ガーデナーがひそんでいて、道路に穴をあけて植物の苗を植えていたことに気づかなかった。RTSは主張した。「コールタールの下には森がある」

RTSによる都市の環境運動がはじまったのは、1993年のクラレモント通りからである。ロンドンにあるその閑静な通りは、新しい高速道路建設のために消滅しかけていた。市当局が住民の強い反対をあっさり無視すると、アクティヴィスト・アーティストたちのグループは、ブルドーザーをブロックし、クレアモント通りを生きた彫刻の砦に変えてみせた。道路の上にソファーをおき、木の枝にテレビを吊るし、道路にチェスボードを描き、とりこわし予定の家の前に、ふざけた広告看板をたてた。ジョン・ジョーダンによれば、「これは政治的な目的のためにアートを利用したのではなく、アートを、美しくかつ機能的に、実践的な政治のツールに変えてみせた」のだという。

1997年4月には、トラファルガー広場に2万人が集まったが、もうそのころには、RTSのパーティーは、シドニー、ヘルシンキ、テルアビブなど、外国でも起きていた。パーティーは、MLやウェブサイトを使って、それぞれの土地ごとに独自に組織される。リンクをたどってゆけば、世界中のイベント情報を知ることができる。そこには、警官をうまくかわす方法や、効果的にバリケードをつくる方法などがあり、そのポスターやチラシ、フライヤーなどをみることができる。

ほとんどのメディアは、RTSを「アンチ自動車の抗議運動」ととらえた。しかし関係者は「そうではない」と云う。たしかに車は、公共空間や歩道や自由な表現の場の消滅の、いちばん分かりやすいシンポルではあるが、RTSは単なる自動車への反対運動ではない。ジョーダンはこう云う。

「RTSは車と交通の問題を通して、もっと広い意味での社会問題を考えようとしている。
人間として自由に使える空間をとりもどしたいのだ」と。

このストリート・パ-ティーのおかげで、政治運動とポップな文化が混じりあった。10代から20代の多くの若者たちにとって、これははじめての経験だった。そこでならば、社会や環境に対する政治的な関心を表に出しても大丈夫で、しかもコミック番組のキャラクターのような存在でいることもできた。RTSは、とにかくおもしろく、そしてアイロニカルなので、真剣にやっても、ちっともはずかしくないものだったのだ。

自発的なストリート・パーティーは、D.I.Y.のライフスタイルの延長である。誰かから許可をもらわなくても、また、企業がスポンサーでなくても、自分たちのやり方で楽しむことができる。ストリート・パーティーでは、みんなが参加者であると同時に、エンターテイメントの一部になることができるのだ。

1998年、世界で最初の「グローバル・ストリート・パーティ」がひらかれた。このイベントが持つ政治性が見失われることのないように、グローバル・ストリート・パーティの開催日には、1998年5月16日が選ばれた。これはG8諸国のリーダーたちがサミットのためにバーミンガムに集まる日である。この日、20ヶ国で30ものRTSのイベントがおこなわれた。このグローバル・ストリート・パーティーで、最も成功したのはシドニーだった。3~4千人が道路を占拠し、路上に3つのステージをつくって、バンドがライヴをやった。イベントは「アートと愛と反乱」を祝うものだったが、警察はそれを「暴動」とみなした。

いくつかの都市でのパーティーは、ジョーダンが思い描いていたような「永遠の祭り」ではなかったが、ほんのわずかなメールでの呼びかけからはじまった、この国際的なひろがりを持った反応は、「公共空間の消失」に対するグローバルな抗議の声の存在を明らかにした。

その感情は、1998年5月16日、グローバル・ストリート・パーティーの本部が置かれていたバーミンガムで最高潮に達した。巨大な凧に吊るされたバナーが空にあがり、そこには、この日、パーティーをひらいた世界20ヵ国の都市の名前が記されていた。そして、あるプラカードには、こう書かれていた。

「この抵抗は、資本のように、国を超えてひろがるだろう」
[PR]
by illcommonz | 2010-05-26 01:50