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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼ストーリーテラーの帰還
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 相模大野での「ひふみよ」初日の公演をみてきた。13年間ものあいだ、そのつくり手に唄われることなく、また、人前で演奏されることのなかった唄たちが、ひとつづつ解き放たれてゆき、ふたたび息を吹き込まれて、だんだん熱を帯び、いとおしいものとして多くの人に唄われてゆく、その場に居合わせることができたことに仕合せを感じた。今日、ひとつの時代のエヴァーグリーン・ミュージックだった唄が、「ポピュラー・ミュージック」に変わった。ここでいう「ポピュラー・ミュージック」というのは、アジア、アラブ、アフリカ、そして、南米の国々などで、こどもから老人にまで愛されているあの「民衆の音楽」のことである。「にぎやかな場所でかかりつづける」あの「大衆の音楽」のことである。「この世の中を熱くする」あの「人間の音楽」のことである。メディアやレコード会社を必要としないあの「大多数の人びとの音楽」のことである。それを可能にしたのは、旅人がさまざまな土地で接してきた「ごくふつうの人たち」へのゆるぎない信頼と共感だと思う。やはり「僕らの住むこの世界には旅に出る理由」があったのだ。かつて音楽家であった旅人は、悩める時代の僕らを未来の世界へ連れてくストーリーテラーとして帰還した。あふれんばかりの音の輝きと熱とそのよろこびを、いま・ここに・共にいる「他の誰かと分かり合う」あの唄たちとともに。おかえり、小沢健二。

...................................................................................
[追記1]
「今日小沢くんのLIVE行ってきました。アンコールの最後の最後、木暮くんやNARGOに一言コメントもらったりした後、しきりに小沢くんが上手側の舞台袖を気にしてたので気になってたら「泣きそうだから最後まで言いたくなかったんだけど…今日岡崎京子が見に来てます」って涙声で鼻すすりながら言って。それ聞いて私も号泣してしまいあまり状況は覚えてないのですが、その後も小沢くんは(もちろん他のバンドメンバーも)ずっと上手の舞台袖見つめて拍手してて、もしかしたら出てくるんじゃないか?ってぐらい見つめてて。短い時間だったかも知れないけど、私には長く感じました。京子さん、絶対今回のこのLIVE観たかっただろうし、小沢くんも京子さんに絶対見せたかったハズだし、いろんな事考えて泣きながら帰路についた次第です。」(mixi 「オザケンのライブに。」 2010年5月24日より)

[追記2] ツアーが終わったので、追記。
「世界中の街でその土地の言葉の大衆音楽が爆音でかかり続ける。僕らはたいして違わない。この街の大衆音楽の一部であることを誇りに思います。」(小沢健二 /ステージでのMCより)
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by illcommonz | 2010-05-19 02:09
▼「豊かさ」をうたがい「貧しさ」をたのしむ若者たちの反乱
d0017381_1584899.jpg▼世田谷市民大学「社会コース」前期講座
「豊かさ」と「貧しさ」を問う~時代に抗う若者たち
[講師] 渋谷望(千葉大学准教授)ほか

「「今の若者は理解不可能だ」などの大人の言葉を耳にします。だがこうした語り口は、大人自身も当事者であることを隠蔽します。では「大人」たちが当事者性を捨てずに若者と向き合うことはできないか。本講義では、現代の若者特有の現象とされる「貧しさ」や「孤立」を、「わたしたち」自身の問題としてとらえなおすと同時に、社会運動や文化の側面における若者の「豊さ」に注目したいと思います。」(渋谷望)

・第4回:2010年5月19日(水)11:10-12:30 [講師] 小田マサノリ
・第5回:2010年5月26日(水)11:10-12:30 [講師] 小田マサノリ
・第6回:2010年6月 1日(水)11:10-12:30 [講師] 小田マサノリ

上記のとおり、この講座の3回分を担当します。事務局からもらった資料によると、受講者は、60代が19人、70代が16人、80代が7人、その他が10人というクラスで、自分の親より、さらに年長の人たちに、同時代のアクティヴィズムの話(たとえば、リクレイム・ザ・ストリートやサウンドデモ、素人の乱や宮下公園を守る会のアクションなど)をきいてもらうチャンスは、これまであまりなかったので、たのしみです。どんなリアクションがかえってくるのだろうか、とか、異世代間での共感は可能だろうか?とか、「もっとまじめにやりなさい」と怒られたりしないだろうか、とか考えると、ワクワクしてきて、つい、いつもよりたくさん教材をつくってしまいました。公開の講座ではないため、登録者以外の聴講はできないので、かわりに教材だけ公開します。

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▼「豊かさ」をうたがい「貧しさ」をたのしむ若者たちの反乱のための教材(第一回分)
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by illcommonz | 2010-05-18 15:32
▼宮下さんがころんだ。

▼「宮下さんが骨折した理由」

 渋谷の緑あふるる小さき公園より「宮下さ~ん、宮下さ~ん」と呼ぶ声あり。愛情と敬意をこめて云うが、きみたちはあほだ。こういうあほな光景を目にすると、窮屈な世の中の風通しがぐっとよくなり、世界はまんざら捨てたものではない、あきらめるのはまだ早かった、と思えてくる。昨日のこのブロック・パーティーの乱痴気騒ぎを尻目に、宮下公園でクールに遊んでた子どもたちにとっても、そうであってくれたらよいと思う。
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by illcommonz | 2010-05-17 19:13
▼JUST BEAT IT 宮下公園ドラムサークル


▼[YouTube] 「ドラムサークラーの森・宮下公園」

 A.I.R.の藤井光くんが、昨日の宮下公園でのドラムサークルの様子を、30秒のビデオクリップに編集してくれました。映像はジャンプショットを使ったスタイリッシュな仕上がりになっていますが、この映像に映っているみんなの表情はすごくチャイルディッシュです。こんなふうに子どものような表情と時間をとりもどすことができるのがドラムサークルのいいところです。この映像ははじめて間もない頃の様子で、この後、陽がとっぷり暮れて、おたがいの顔が見えなくなるくらいまで、夢中でやってました。家に帰ると服と髪はほこりだらけ、手にはマメができて、なんだか原っぱから帰った子どもみたいだな、と思いました。もし宮下公園が、コンクリートで固められたスケートボード専用のナイキパークになってしまったら、こういうあそびもできなくなるわけで、ぼくらが「宮下公園を守りたい」というのはつまり、この映像に映っているような解放的な空気や時間を失いたくないからなのだと、あらためて確認することのできた、日曜日の午後でした。哲学者の内山節が「私たちはいまどんな記憶を回復したいと思っているのか。私には未来はこの思いからはじまるという気がしている」と書いてますが、この思いはぼくらも同じで、回復すべきものをまだかろうじて覚えている大人たちがまずは、自分たちが回復したいと思っている時間や場所や空気や表情を見つけだして、それを次の世代に目にみえるかたちにして提示することから、なにかがはじまるような気がします。ともあれ、こうしてひとつ場所ができたので、あとはいつでも好きなときに自由に宮下公園でドラムサークルをひらいてください。2人とか3人でやるミニマルなドラムサークルもいいです。持ち寄ったドラムを交換するとリズムががらりと変わります。人数分よりもひとつかふたつ余計に誰もが使えるコモン・ドラムを持ってゆくと、通りかかった人やまわりで見ている人もサークルにはいることができます。自分の趣味や体のサイズにあったドラムを見つけて、マイ・ドラム持参で参加すると、ドラムサークルはもっとおもしろくなります。「トライバル・ビーツ」とか「人力テクノ」とか「アンビエント」とかセッションごとにキーワードを決めてやると単調にならなくていいです。ドラムサークルには決まったやり方はありません。管楽器がはいってもいいし、サンプリングしたテクノ系のループをいれるとオーガニックなエレクトロニカになります。アイデア次第で、やり方は無限です。「遊べ、遊べ」とナイキに命令されなくても、ぼくらは好きなときに好きなように遊ぶし、ナイキに決められた遊びではないお金のかからない「遊び」をいくらでも知ってる。論よりもまずは JUST BEAT IT、ドラムサークルでKEEP MIYASHITA PARK、遊びでつながるアフィニティ・グループのたのしい反対運動、これがポスト・ゼロ年代の新しいポリティクス。
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by illcommonz | 2010-05-17 18:23
▼ドラムサークラーの森
d0017381_023385.jpg 今から二年ほど前、EXIT ARTギャラリーの「SIGNS OF CHANGE」展に出展するため、リーマン・ショック直後のニューヨークを訪れた。ニューヨーク滞在の最後の日曜日、『ニューヨーク烈伝―闘う世界民衆の都市空間』の著者である高祖岩三郎さんの案内で、ハーレムからブルックリンまで、ニューヨークの公園でのドラムサークルをみてまわった。
 最初に行った「マーカス・ガーヴェイ・パーク」ではちょうどこの公園でのドラムサークル10周年を祝うセッションがひらかれていた。ハーレムにある公園なので、アフロ・アメリカン系の住民やこどもたちが多く、ものおじをしない、ちびこもんずは、すぐにサークルのなかにはいって、アフロなドラムセッションをたのしんだ。

d0017381_0253091.jpg▼マーカス・ガーヴェイ公園のドラムサークル

d0017381_0274218.jpg▼ちびこもんず
 次に訪れたブルックリンの「プロスペクト・パーク」は、1968年から30年以上もドラムサークルが続いているドラムサークルの聖地のような公園で、この公園には「ドラマーの森 (DRUMMER'S GROVE)」と名づけられたドラムサークルのためのスペースがあり、そこにはこんな標識が立っている。

d0017381_0282864.jpg▼「ドラマーの森」
 ここの公園のドラムサークルには、ジャマイカ系、キューバ系、ブラジル系、アフリカ系の住民たちが多く集まるようで、夕方になると、改造した自転車に山のようにドラムを積みあげたラスタのおっさんたちがやってきて、煙突のようなでっかいパイプからモクモクと煙をあげながら、ズ・ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド・!とものすごいドラミングをはじめた。アフリカでシャーマンの弟子をしていた時に参加してたセッションみたいだったので、ものおじせず、ぬらりひょんと、サークルのなかに加わり、トランス・アトランティックなドラムをたのしんだ。

d0017381_029596.jpg▼プロスペクト公園のドラムサークル
 プロスペクト・パークの「ドラマーの森」は、ニューヨークで目にしたものの中でも特に印象深く、東京の公園にもこういうスペースがあったらいいなと思ったし、今もそう思っているので、明日の宮下公園でのドラムサークルのために、こんな標識をつくってみた。「こうなったらいいな」とただ願うだけでなく、それを目にみえるかたちで示して先に体験してしまう「予示的政治」の実践として、やってみた。

d0017381_030832.jpg※クリックすると拡大します
 名称を「ドラマーの森」ではなく、「ドラムサークラーの森」にしたのは、「ドラマーの森」にすると、自分をギタリストやピアニストやベーシストだと思っている人たちが参加しにくいような気がしたからで、ドラムサークルのよいところは、ドラマーやドラムのプロでなくても、ドラムサークラーとして気軽に誰でも参加できるところである。そんな「ドラムサークラーの森」を、明日の午後(たぶん1時ごろから)、宮下公園でひらこうと思う。ルールがないのがドラムサークルのルールだが、ドラムサークルをよりたのしく過ごすためのコツがあるので、それもパネルにしてみた。

d0017381_0315233.jpg※クリックすると拡大します
 リズムがあわない人をとがめてはいけない。
 その人は、あなたが忘れてしまっている
 もっとおおらかで、のびやかなにリズムに
 テンポをあわせているかもしれないからだ。

 これは鶴見俊輔がヘンリー・デイヴィッド・ソローの「森の生活」から引用した次のことばを、ドラムサークル用にリミックスしたもの。

 足なみの合わぬ人をとがめるな。
 かれは、あなたのきいているのとは別の
 もっと見事な太鼓に足なみを
 あわせているかもしれないのだ。
 (鶴見俊輔)

 ソローはこうも書いている。

 人によってそれぞれ歩むペースが違うのは、
 みんな違った太鼓のリズムを聞いているからだ。
 自分の耳に響く行進のリズムに合わせて歩もう。
 それがどんな拍子であっても、どんなに遠くても。
 (ヘンリー・ソロー)

 急いでつくったので、一箇所、ミスタイプがあるけど、ドラムのミスと同様、おおらかな気持ちで受けとめ、気にしないことにした。

 では、明日、宮下公園の「ドラムサークラーの森」で。

[関連] 「あ、そうだ、ドラムサークルやろう。」
http://illcomm.exblog.jp/11093576/
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by illcommonz | 2010-05-16 00:41
▼CNN「宮下公園レポート」と「予示的政治」
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How the homeless are fighting Nike in Shibuya's Miyashita Park
"Homeless people and their advocates are battling plans by sportswear giant Nike to fund the renovation of a dank, squatter-friendly 'park' into a sports ground for youth."(CNN GO May,12 2010)

※英語全文はこちら

 このCNNのレポートに掲載されている写真のキャプションには、「公園のリノベーションへの反対がナイキのスウォッシュのロゴとコピーのパロディをつくりだした」と、そう書いてあるが、4月以降の宮下公園をめぐる一連のアクションをみていると、もはや単なる「反対」のアクションをこえて、自分たちが望む本来の公園のあり方を想像し、直接行動を通じてそれをデモンストレーションしてみせる、別のステージにシフトしているようにみえる。たとえば、この地図がそうだ。

d0017381_20594263.jpg※クリックすると拡大します。

 テレビや新聞などのマスコミはまだ、こうした新しいタイプのポリティクスを理解するためのことばを持ちあわせておらず、従来の反対運動についての見方や書き方しかできないようだが、シアトル以降のアクティヴィストたちなら、きっと、こう云うと思う。「見よ、これが予示的政治だ (This is What Pre-Figurative Politics Looks Like)」と。たとえば、レベッカ・ソルニットは「予示的政治」について、こう書いている。

 「「予示的政治」という用語が使われるようになってずいぶん経ちますが、これは、あなたが熱望するものを体現すれば、すでに成功している、という考え方を表しています。つまり、あなたの直接行動が、民主主義と平和主義にもとづき、創造力を備えていれば、世界のかたすみで、それらの価値はすでに勝利をおさめているのです。このタイプの直接行動は、単にものごとを変革するためのツールであるだけではなく、居場所を定め、あなたの信念に従って生きるためのホーム=本拠地となります。たとえそれが一時的で、局地的な場であるとしても、これこそが参加の楽園であり、魂が培われる、この世界におけるひとつの現実なのです。」(レベッカ・ソルニット「暗闇のなかの希望」※井上利男の訳をもとに一部改訳)

 4月1日の工事阻止以来、私たちは毎日勝ち続けてきたし、いまこの瞬間もあいかわらず勝っている。だとすれば、明日の宮下公園でのパーティーは、いま・ここにある、そして、やがて未来になりつつある現在の勝利を思う存分よろこび、祝うものであってよいはずだ。ナイキが最近のキャンペーンで云ってるように、守るものが攻めるものになるとき、世界の予想を裏切って、未来をかきかえることができるのだから。そう、すべては変えるられる。

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 すべてはこれからだ。
 世界の予想は裏切れる。
 疑いは消せる。
 ディフェンダーはそのとき、
 攻撃者にもなれる。
 すべては変えられる。
 未来をかきかえろ。

NIKE「WRITE THE FUTURE」キャンペーン(2010)より

 ついでにもうひとつ云えば、明日のブロック・パーティは、ナイキ・ジャパンと渋谷区が「ナイキパーク化計画の中止決定」を発表するのに、またとない絶好のチャンスだと思う。そういう「ナイキ・サプライズ」があれば、いまや地に落ちつつあるナイキのブランド・イメージもすこしは回復するだろうし、いまのこの段階で計画を中止してもナイキが失うものはたいしてないはずだ。すべては変えられる、ナイキに計画中止の決断を求める、JUST DO IT!>ナイキ・ジャパン。

......................................................
[追記1] こちらは今日のAFP通信(フランス)のニュース。

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「渋谷ナイキパーク計画、反対運動で立ち往生 東京」
「米スポーツ用品大手ナイキ(Nike)が、東京・渋谷の宮下公園(Miyashita Park)を「宮下NIKEパーク(Nike Park)」に変える計画の改修工事が、反対運動の阻止によって立ち往生している。宮下公園はJR山手線(Yamanote Line)の線路脇にある約1ヘクタールの区立公園。高層ビルが建ち並ぶ渋谷の繁華街では数少ない緑地を提供しているが、渋谷区は数か月前、ナイキパーク計画のために公園に住んでいたホームレスの人たちを立ち退かせた。しかしその後、反対運動を行う数十人が公園内に住み着き、計画に抗議している。公園のフェンスには「宮下公園のナイキ化に反対」の立て看板。反対している人たちは1日のほとんどをコーヒーや紅茶を片手に過ごしながら時々公園内を見回り、工事が始まらないよう監視している。その1人、小川てつオ(Tetsuo Ogawa)さんは「営利目的のためのスポーツ施設を、1私企業であるナイキによって、公共空間である公園に建設させる区の計画に反対している」と語る。」(AFPニュース 2010年5月15日)

※全文はこちら

[追記2] こちらはBBC(イギリス)のニュース。
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by illcommonz | 2010-05-15 22:24
▼日曜は宮下公園でブロックパーティー
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▼ブロックパーティー「宮下解放区 IN PROGRESS」
[日時] 2010年5月16日(日) 15:00-19:00
[場所] 渋谷・みんなの宮下公園
[主催] HIGH TIME 
[協力] A.I.R Miyashita Park

 「山や海等自然の中でのイベントもすっかり定着してきた今日この頃ではありますが、たまには普段の生活の場である「町」中での野外パーティーもまたオツなものではないでしょうか??当日は近隣のDJやMC、絵を描く人等々、様々な表現手段を持った人達が、こぞって集いそうなので面白いことになりそうです。飛び入り参加ももちろんOK!!表現したいことを自由に表現出来る「公園」での開催なので、何かやりたい事がありましたらどんどんやっちゃいましょう!!15:00~19:00までの開催予定ではありますが、昼過ぎ位からセッティングしたり軽く音出したりして遊んでると思いますので良かったら。それでは5/16日曜日、都合の良い人は是非是非宮下公園に集合で!!」

[Live] Toruman/ZEN-LA-ROCK/MEKOLI
[DJ] CRASSICKS/SOUSHI/IKKYUU/NAKED/POPPO(FASCINATE)/大

「宮下公園でフリーパーティー」ときいて思い出すのは、2003年の秋、イラク反戦サウンドデモのムーヴメントのなかで行われた「SET BUSH FIRE!!!!!」。このパーティーのポスターをデザインしたので、そのときの記録が残ってた。そのパーティはこんなふうだった。

d0017381_443612.jpg▼「SET BUSH FIRE!!!!STREET PARTY+DEMONSTRATION」
戦争・占領反対!! イラク派兵反対!ブッシュ来日反対! パレスチナ解放!and 路上解放!
[日時] 2003年10月5日(日)
[場所] 渋谷・宮下公園

[LIVE] ABRAHAM CROSS/ECD/STRAGGLE FOR PRIDE/STUDIO BOYZ
/湯浅学/TEMPLE ATS/VO^CO PROTESTA/イルリメ/菊地成孔/愚痴/二階堂和美
[DJ] DJ KENT/DOEL SOUND FORCE/MOODMAN/ランキンタクシー/
SHIRO THE GOODMAN/クボタタケシ/ムーグ山本(BUFFALO DAUGHTER)

[SYMPOSIUM] 鵜飼哲/太田昌国/小田マサノリ/加藤好弘/長原豊/NODA OUT/
のびた/東琢磨/平井玄/ぺぺ長谷川/水嶋一憲
[DEMO DJ] SUPERSTAR
[DEMO VJ] 宇川直宏
[DEMO SOUND SYSTEM] TAXI HI-FI

 ストラグルの轟音で公園の地面がゆれ(本当にゆれた)、イルリメとECDのプレイでモッシュが起きたのをよくおぼえている。ゼロ年代の忘れがたい出来事のひとつだけど、時代は変わった。「SET BUSH FIREをもう一度」ではなく、ここからまた別のムーヴメントが起きればいいと思う。今回はDJとLIVEのブロックパーティーのようだけど、「SET BUSH FIRE」もそうだった。公園の渋谷側でMOODMANのDJにあわせて菊地成孔がプレイしているとき、同時に公園の別のところでエイブラハムやストラグルが演奏していた。山手線の線路に沿って長くのびた公園なので、縦方向に音のブロックができる。日曜日はこのパーティーのついでに、ドラムサークルへもどうぞ。
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by illcommonz | 2010-05-15 04:44
▼「規制を規制するキャンペーン」(喫煙マナー篇)
d0017381_433989.jpg※画像をクリックすると拡大します。
「規制を規制するキャンペーン」(喫煙マナー篇)

 タバコの火によるこどものヤケド事故を防がなければならないことはもちろん云うまでもないが、タバコを持つ手の高さがこどもの顔と同じ高さに「なる」(いつも同じ高さ「である」わけではない)ことと、ヤケド事故とのあいだの関係は「因果関係」ではない。仮に因果性が認められるとしても、それは「機械的因果律」ではなく、「構造的因果律」の関係であって、そこにある関係はむしろ「相関関係」のそれだと思う(この理解がまちがってたら指摘してください)。JTが制作したこのキャンペーン・ポスターは、タバコを持つ手の高さとこどもの顔の高さが同じになるという科学的事実にもとづく一種の「サイエンス・フィクション」(あるいは太宰治がいう「科学の嘘、統計の嘘、数学の嘘」)のように思えたので、この「SFヴァージョン」と「ナンセンス・ヴァージョン」をつくってみた。たばこを吸うときは、こどもはもちろんのこと、異星人やおかめの顔にも気をつけたいものである。

[参考1]
JT「マナーの気づき篇」
http://www.jti.co.jp/sstyle/manners/ad/gallery/index.html

[参考2]
「自分は世の中に対して、次第に用心しなくなりました。世の中というところは、そんなに、おそろしいところでは無い、と思うようになりました。つまり、これまでの自分の恐怖感は、春の風には百日咳の黴菌が何十万、銭湯には、目のつぶれる黴菌が何十万、床屋には禿頭病の黴菌が何十万、省線の吊皮には疥癬の虫がうようよ、または、おさしみ、牛豚肉の生焼けには、さなだ虫の幼虫やら、ジストマやら、何やらの卵などが必ずひそんでいて、また、はだしで歩くと足の裏からガラスの小さい破片がはいって、その破片が体内を駈けめぐり眼玉を突いて失明させる事もあるとかいう謂わば「科学の迷信」におびやかされていたようなものなのでした。それは、たしかに何十万もの黴菌の浮び泳ぎうごめいているのは、「科学的」にも、正確な事でしょう。と同時に、その存在を完全に黙殺さえすれば、それは自分とみじんのつながりも無くなってたちまち消え失せる「科学の幽霊」に過ぎないのだという事をも、自分は知るようになったのです。お弁当箱に食べ残しのごはん三粒、千万人が一日に三粒ずつ食べ残しても既にそれは、米何俵をむだに捨てた事になる、とか、或いは、一日に鼻紙一枚の節約を千万人が行うならば、どれだけのパルプが浮くか、などという「科学的統計」に、自分は、どれだけおびやかされ、ごはんを一粒でも食べ残す度毎に、また鼻をかむ度毎に、山ほどの米、山ほどのパルプを空費するような錯覚に悩み、自分がいま重大な罪を犯しているみたいな暗い気持になったものですが、しかし、それこそ「科学の嘘」「統計の嘘」「数学の嘘」で、三粒のごはんは集められるものでなく、掛算割算の応用問題としても、まことに原始的で低能なテーマで、電気のついてない暗いお便所の、あの穴に人は何度にいちど片脚を踏みはずして落下させるか、または、省線電車の出入口と、プラットホームの縁とのあの隙間に、乗客の何人中の何人が足を落とし込むか、そんなプロバビリティを計算するのと同じ程度にばからしく、それは如何にも有り得る事のようでもありながら、お便所の穴をまたぎそこねて怪我をしたという例は、少しも聞かないし、そんな仮説を「科学的事実」として教え込まれ、それを全く現実として受取り、恐怖していた昨日までの自分をいとおしく思い、笑いたく思ったくらいに、自分は、世の中というものの実体を少しずつ知って来たというわけなのでした。」(太宰治「人間失格」より)

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[設置場所]
東京都・渋谷区
「宮下記念公園」
「千葉 柏市すべての公園禁煙へ」
「千葉県柏市は他人のたばこの煙を吸い込む「受動喫煙」を減らそうと、市内の公園や公共施設の周辺の敷地の中をすべて禁煙とすることになりました。受動喫煙をめぐっては厚生労働省が、ことし2月、屋外の公園や通学路などでも子どもがたばこの煙を吸わない対策を取るよう呼びかける内容の通知を出しています。柏市は独自に対策を検討した結果、市内の450の公園すべてを禁煙とするほか、市役所やスポーツ施設などおよそ140の公共施設の周辺の敷地についても禁煙とすることを決めました。柏市では、すでに公共施設の建物の中を禁煙にしていますが、屋外にある喫煙用のスペースの近くを通った市民から、たばこのにおいがきついとか、子どもへの影響が心配だといった声が寄せられていたということです。柏市は公共施設の周辺や公園などの禁煙措置を今月31日の世界禁煙デー以降、実施することにしています。受動喫煙の被害に詳しい産業医科大学の大和浩教授は「屋外でも風向きによっては30メートル先で受動喫煙の被害が出るおそれがある。子どもがいる公園や通学路での禁煙は、ほかの自治体も検討すべきだ」と話しています。」(2010年5月14日 NHKニュース)
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by illcommonz | 2010-05-14 04:35
▼D.I.R.の現場
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「美術出版発行のデザイン専門誌『デザインの現場』休刊へ」
「美術出版発行のデザイン専門誌『デザインの現場』が、3月27日発売の2010年4月号をもって休刊することが明らかになった。同誌は1984年に創刊。印刷から書体などの特集はもちろん、パッケージデザイン、デザイン業界への就職方法などさまざまな視点から現場のノウハウを伝えてきた。」

「デザインの現場」(略称「デザ現」)は休刊になったが、ネオリベ企業の「ブランド・イメージ」を下げるデザインのノウハウと実践を伝える「デザイナーズ・イン・レジスタンス」の現場は休まない。

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そして、公園は誰のものかといえば、まずは、こどものもの、
それから、持たざるものたちのもの。

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▼D.I.R.作 「NIKE DO IT」

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▼D.I.R.作 「キルコモンズ」
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by illcommonz | 2010-05-14 04:23
▼べべべのべー
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「東京にナイキパークをつくる」という発想は、どうやら今から3年前の、
このキャンペーンに由来するようだ。

「JUST DO IT.東京PARK」
「2007年の夏、東京外遊びの聖地「代々木公園」にダンスとスケートのPARKが出現!ミラー付きのダンスエリアに、バトル用サークルとBGMが用意されたダンスステージ。自由にバンクやボックスを移動し遊べるフラットエリアに、都内では他に例を見ないオリジナルランプ。ここで自由に遊べ、様々なイベントに無料で参加できるのが「JUST DO IT. 東京PARK」だ!会場のフリー開放はもちろん、ダンスレッスンやダンスバトル、スケート JAM SESSIONなど参加できたり観覧できたりするコンテンツが目白押し。海や旅行もいいけど、代々木公園という身近な場所で作る、特別な夏の思い出。さあ、代々木公園で遊べ。」

「JUST DO IT. 東京」
「ナイキジャパンは、東京の新しい世代のアスリートたちとそのコミュニティにスポットライトを当て、長期的にサポートしていくキャンペーン「JUST DO IT. 東京」を展開しています。東京のストリートには、スケートボードや、ダンスなどのスポーツを通じて、自分自身を表現し、夢の実現を目指す若者が数多くいます。彼らは自分自身でプレイグラウンドを街の中に見つけ、「JUST DO IT.」の精神で街のルールと共存しながらスポーツを楽しんでいます。ナイキは2007年4月から屋外広告を展開し、今回の「JUST DO IT. 東京 PARK 2007」開催以外にも、今後さまざまな形で遊び場を提供していきます。」

 つまり、2007年の代々木公園でのこのイベント以外の「今後のさまざまな形での遊び場の提供」が、「宮下公園のナイキパーク化計画」ということのようだが、このイベントの一年後に起きた、2008年のリーマンショック以後の世界では、この「2007年の発想」はもはやアウト・オブ・デートだと思う。ちなみに、この「JUST DO IT. 東京」キャンペーンの広告コピーはこうだった。

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 「エクストリーム!」と云えば聞こえはいいが、「いったい何様のつもり?」と云いたくなるような「上から目線」である。「外で遊べ、道で遊べ、公園で遊べ、好きに遊べ、いまここで遊べ、東京で遊べ」? 小林一茶の「我ときて、遊べや、親のない雀」の「遊べや」には、恵まれない境遇にあるものたちへのシンパシーと共感の念があるが、ナイキの「遊べ」は、まるで主人が奴隷に命令するような「命令」でしかない。それに、2007年ならまだしも、2010年のこの不景気な時代に誰が遊ぶ気になるだろう?「もはやアウト・オブ・デートだ」というのはそういうことである。そのことはナイキだって分かってるはずだ。そう、時代は変わったのだ。

 しかも、おそらくはナイキがまったく予想してなかった、いまの宮下公園の状況がこのまま続けば、ナイキ社がにとって最も大事であるはずの「ブランド・イメージ」の価値は下がるばかりであろう。堕ちたイメージの損益とそれを回復するためにかかるコストを、ナイキパークをつくることで得られる利益と比べれば、前者の方がはるかに高くつくはずだ。まともな経営コンサルタントがついていれば、計画の即時中止を勧めるのではないかと思うのだが、なぜそうならないのか不思議である。ことによると、渋谷区がゴネてるのかもしれない。なにしろ役人というのは一度決めたことを変えるのが何よりも嫌いである。それはともかく、2007年のこのキャンペーン広告をみて、いまさらながら、カチンときたので、べべべのべーとリミックスしてみた。

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by illcommonz | 2010-05-14 03:19