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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼白川昌生×イルコモンズ公開対談「〈帝国〉の時代のアート」
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▼対談「〈帝国〉の時代のアート」
[日時] 2010年8月1日(日) 18:00-
[場所] 東京・新宿 Cafe★Lavanderia
(新宿区新宿2-12-9 広洋舎ビル1階)
[出演] 白川昌生(美術家)/イルコモンズ(元・現代美術家)
※入場無料
[主催] 模索舎

 「イルコモンズ氏のインタヴュー記事(「〈帝国〉のアートと新しい反資本主義の表現者たち」)に刺激を受け、私は疑問を持ったり考えたりしながらここまで書いてきた。イルコモンズ氏自身は、現在は「美術家を廃業したアーティスト」として活動しているラディカルなアクティヴィストである。彼にとって、「美術家」という言葉は、これまでの「職業としてのアーティスト」を意味している。そして「職業としてのアーティスト」とは、社会的政治的問題からは隔絶した美術市場の中に住み込み、美術以外のあらゆる問題に無関心に制作活動を行うアーティストの謂いだと考えたからこそ廃業したのであろう。しかし、ある自覚をもって活動してゆく「美術家」を「技能的実践家としてのアーティスト」と読みかえることは不可能だろうか。私は可能であると考えたい。」(白川昌生『美術館・動物園・精神科施設』より)

 かって、アラン・カプローが云ったように「美術家をやめて失うものなどなにもない、職業以外は」。「専門職としての美術家」を廃業すれば、そうしたよみかえも、転身も、いくらでも可能だと思う。いい機会なので、2009年のリーマン・ショック以後、つまり「帝国のたそがれ」以後、「A3展」(2009年)や「冬眠」(2010年)を経て、いま現在進行形の実践/実験(「ストリートの思想家」から「技能的実践家」へのシフト、「新しい反資本主義の生活者」「自宅スクワット」「ポリティカル・ガーデニング」などなど)のことを少しだけ話してみようと思う。

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▼「〈帝国〉のたそがれの時代のアート=アクティヴィズム」
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【対談のための参考文献】

▼白川昌生『美術館・動物園・精神科施設』(水声社)
http://www.suiseisha.net/blog/?p=1147

▼イルコモンズ「〈帝国〉のアートと新たな反資本主義の表現者たち」(※全文掲載)
http://d.hatena.ne.jp/araiken/20100603/1275529772
(※提供:ブログ「ガレージセール」 全文掲載されてるのでコピー&ペーストし放題です)

▼イルコモンズ「見よ ぼくら 四人称複数イルコモンズの旗」(※全文掲載)
http://illcomm.exblog.jp/2896880/
http://illcomm.exblog.jp/2897194/
http://illcomm.exblog.jp/2897216/
(※提供:ブログ「イルコモンズのふた。」)

▼イルコモンズ「すべての人はアクティヴィストである
~リーマン・ショック以後の「拡張されたアート2.0」に向けて」(抜粋)
http://illcomm.exblog.jp/10255594/

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 「ご存知のとおり、私は自然科学の勉強をはじめました。そして、次のような認識に達したのです。私は私自身に云いました。「おそらくお前の能力はある分野でのすぐれた専門家になるというのとはちがう何かべつのものに向いている」と。「お前にできることは人びとが義務として負っていることに対して幅広い刺激を与えることなのだ」と。」(ヨーゼフ・ボイス)

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 「近代社会の中で成立してきた「職業としてのアーティスト」という概念ではなく、文化の専門家としての、「技能的実践家としてのアーティスト」という概念の方が、現在の社会においてはより有効だと思える。「英雄としてのアーティスト」のイメージが、並外れた偉業、妙技、勇気、忍耐、卓越、才能などといった概念とともに、個人に集中していくのに対して、日々の生活スタイルを支持、維持してゆくありふれた活動や、非個人的な共感覚の共有、遊びといったものの「技能家としてのアーティスト」のイメージの方は、社会形成のダイナミズムをより深い所から活性化させ、多様化させる方向へとよりかかわってゆくことになる。そこでは、日常生活の祝祭的な側面が強調され、感性的、身体的手段によって人々との共働的社会的絆を再生させる仕事の一部をアーティストが積極的に引き受けることになるのだ。



 参加、経験、共働することによって発生してくるパフォーマティヴな場がアーティストの活動の場であるとするならば、そこで英雄的な行為ではなく、贈与の行為のような日常的な領域でだれもが行なえることを率先してさまざまにやってみせるその意味での文化活動の専門家がアーティストということになるだろう。
 ここまでアーティストというものを拡大して考えてくると、近代芸術の中で作られてきた「英雄としてのアーティスト(芸術家あるいは美術家)」という概念は、既存の芸術の制度とヒエラルキーのなかに安住するものにしかみえなくなってしまう。そうしたなかで、前衛とか反資本主義と言ったところで、わずかな時問のうちに市場、制度にくみこまれ、正統化され、歴史化され、消費されて終わることになるそうした歴史を何度、見てきたことだろうか。それゆえにあえて、再度、絵画や彫刻的なものの可能性を問う必要も意味もあるのではないか、と私は思っている。
 それに対して、「技能的実践家としてのアーティスト」の場合は、既存の制度、概念、ヒエラルヒーから逸脱しており、神話化されることもなく、日々の事象の中をくぐりぬけてゆくそのパフォーマティヴな行為、作品、姿勢が、贈与として周囲の人々へ手渡されてゆくことになる。



 アクティヴィズムという活動をどう定義すべきか、さまざまな議論のあるところだが、かりに、「反資本主義の立場に立つ表現者たち」と大きく定義するとすれば、先ほどのトライバル系の表現者たちから、ホームレス支援活動のビラを作る人、〈ユーチューブ〉でパレスチナ支援を画像で訴える人、無人化した商店街でアート・カフェを営む人、過疎化した山村に住んで大型資本による開発に反対する人、有機農法を実践しながら地元のアーテイストを支援する人、北方少数民族資料館の人たちなどまで、それこそいたるところで、さまざまな目立たない形ではあるが活動している無数の、無名の人々をも、広義のアクティヴィストとよべないだろうか。まさに「多様な表現の技術・芸術(アート)」のフィールドがあるのではないだろうか。
 現実に生活、地域、労働、自然、環境が活性化し、ともに希望を共有して生きていくことができるということが一番求められていることなのだ。イルコモンズ氏の言う、現状への「いたたまれない気持ち」を共有できる人々、領域が当然ながら芸術をこえてひろがっていく可能性と必然性を、今の社会は持っている。この「いたたまれない気持ち」を持たざるをえないような事象が、農業、林業、漁業、介護、医療、教育、サービス、建設、土木、政治、法律、芸術等々、今日の社会のいたるところに存在していることを無視することはできない。」白川昌生『美術館・動物園・精神科施設』

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 「アートとアクティヴィズムのあいだ」の実践においては、それぞれの領域を担う技術とその全面的な開花を中心に出来事が形成されている。そこでは「一人の天才.でなく「無数の凡才」が号令する。あるいは言い換えると、ここでは出発点は─天才と凡才の区別が成立しない─万人の単独性以外ではない。そこでは企画、意匠、分業の形態に至るまで、合議制によって実践されている。まさにこの実践領域においてこそ、未来に向けた新たな生産=闘争形態が実験されている。それは異なった社会的技能が交流する場であり、それらを繋いでいるのは「商品化されない労働」=「解放された労働」への熱い希求である。現今の社会制度においては、この労働は、経済的に真っ当な報酬を与えられていない故に、制度的に「解放」されているわけではない。だがそれを目的因として歴史の終わりに到来するだろう解放の日まで持ち越すのでなく、いま・ここで押し通すこと─その決定において「自己解放的」なのである。」(高祖岩三郎「アートとアクティヴィズムのあいだ─あるいは新しい抵抗運動の領野について」)

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[追記] うっかりしてました。「冬眠中」にこの本がでてました(もう半年も前だ)。

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▼水戸芸術館現代美術センター編
「BEUYS IN JAPAN ヨーゼフ・ボイス よみがえる革命」
A5判/224ページ/2,600円+税
「環境問題、経済危機……バブル前夜の東京に、8日間滞在したドイツの現代美術家ヨーゼフ・ボイス。四半世紀を過ぎたいまの日本に、ボイスのメッセージがアクチュアルによみがえる!ボイス来日に関わった関係者の証言や写真、現代においてボイスを読み解く気鋭の論考などを収録。また、ボイスを読み解くキーワード解説、ボイス関連年表を加えての豪華本です」

[目次]
 「1984年、東京に現れたヨーゼフ・ボイス」(安齊重男)
 「2009年、ボイスと日本を再検証する」(松蔭浩之)
 「今こそ、ボイスの思想が必要だ」(坂本龍一)
 「祈りの残影――1984年のヨーゼフ・ボイス、日本」(高橋瑞木)

 「ドイツ現代思想におけるヨーゼフ・ボイス」(仲正昌樹)
 「ヨーゼフ・ボイスのユートピア思想」(山本和弘)
 「神話と創造――西武セゾン文化とヨーゼフ・ボイス」(毛利嘉孝)
 「すべての人はアーティスト=アクティヴィストである」(イルコモンズ)

 「ニューヨークで本当に起こったこと」(レネ・ブロック)
 「ボイスの作品を展示すること、解読すること」(オイゲン・ブルーメ)

 「アクションはどのように継承されるべきか」
 (椿昇|白川昌生|小田マサノリ/イルコモンズ)

[インタビュー] 宮島達男|長谷川祐子|三島憲一|針生一郎|和多利恵津子|若江漢字|若江栄|泉秀樹|石原恒和|畠山直哉|桝山寛|今野裕一


「著述家廃業宣言」前に書いた最後のテキストの一部(全文は未公開)とシンポジウムでの報告が掲載されてます。
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by illcommonz | 2010-07-31 03:33
▼「来場者の声」


▼「スタジオ・フォトグラフィ・アズ・ア・ドリームマシン
 夢を創る機械としてのスタジオ写真~ケニアのスタジオ写真家たち1912-2001」
[日時] 2010年6月22日(火)~7月31日(土) 午前10時半~午後5時半
[場所] 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所一階展示資料室
※土・日・祝日開場 ※入場無料
[公式サイト] http://www.aa.tufs.ac.jp/dream-machine/

 展示監修、予告篇制作、そのほかもろもろを担当した展覧会が明日(7/31)で終了します。どんな展示かは「来場者の声」をご覧ください。「来場者の声」をよむ限りでは、なかなかおもしろい展示になってたようです。

「来場者の声」(抜粋)
 人の夢などをかなえるアイデアはすごいです。感動しました。リコニで労働している彼らにも感動しました。故郷の家族に自分の元気な様子を撮影してもらって、家族に送る気持ちはすばらしいです。非常にいい展覧会です。アフリカのことがあまり分からない私は理解できて、嬉しいです。

 今日初めてアフリカの一般市民のプライベートな写真を見ました。写真は、こうあらなければならない、という固定概念が私の中から消えました。

 アフリカを西洋的視点からしか考えていなかったことに気づかされた。アフリカにも人々の普通の生活や夢があって、そのひとつの手段として写真があるとわかった。とても新鮮な作品だった。

 AA研究所でこのような展示を時々開催していることも知らなかったので、感心させられました。非常にクオリティも高くすばらしいです。これからも足を運びたいと思います。

 作品もパネルもすばらしいが、なんといってもスタジオセットが最高! ここだけでも巡回してほしいほど。アフリカ=プリミティブ といった側面でなく都市文化の受容のされ方にスポットを当てている点が非常におもしろかった。インド映画との接点などまだまだ研究の可能性がありそう。

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 写真を見せるだけでなく、実際にスタジオまで作ってあったのがよかった。リコニ形式の派手なスタジオは日本でも流行ると思う。

 写真に対しての感覚は日本人と違うことがわかった。アフリカ人にたいしては、白い歯をみせながら満面の笑みで写真を撮られるイメージを抱いていたが、緊張しているのか無表情な写真が多く意外だった。

 モノクロ写真時代にも、西洋的ではないアフリカの自由なポーズが見られたけれども、カラーの時代になるにつれて自由で明るくて強烈なアフリカのパワーを感じられる写真が多くなったように感じた。それは、やはりアフリカが自由を獲得していった時代と重なっているように感じた。

 スタジオが再現されていて、写真が撮れて良かった。パネルに写っている人たちの名前や背景はわからないが、表情・ポーズなどから想像できる。歴史に無名の人が残ることが難しいだろうが、このような展示がそれを可能にしていると感じた。

 スタジオ写真は、家族や人生の記念としてとるもの、という意識がありますが、こんなにカラフルでユニークな写真も出来るのだな、とショックを受けました。非日常、旅行、夢をかなえるひとときを実現する、まさに「ドリームマシン」なのだなと思いました。

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 ILCAAスタジオが一企画のためとは思えないほどしっかり作り込まれていて驚きました。パネルで紹介されていた合成写真を顔ハメで再現していたのもおもしろかったです。

 会場に本物そっくりのフォトスタジオが作ってあり驚きました。こんなに飾り立てて面白いんだろうかと内心思っていましたが、写真がとても鮮やかで、撮った跡に気分が晴れやかになるなと思いました。

 アフリカ人が被写体となった写真は何度もみたことがあるが、アフリカ人自身が撮った写真はみたことがないと思った。スタジオの飾りなど、今までの写真からはなかなかわからなかった明るい面がみえたように感じた

 私自身アフリカの民衆の歴史を勉強していますが、文字に残る記録とはまた異なった、「そこに生きる人々」をかいま見ることができたように思います。ありがとうございました。

 タイトルがないので逆に自分なりの解釈ができたように思います。ケニアに二度行ったことがありますが、写真展いったことないのでケニアのイメージとは少しちがってびっくりしました。

 今まで抱いていたアフリカに対するイメージが少し覆された。厳しい生活環境の中でも、人々は夢をみたりする気持ちは忘れないと感じた。

 人々の写真をとられることに対する「ハレ」の気持ちが伝わってくるような写真展示でおもしろかったです。写真撮影サービスもユニークでいいと思います。

 コラージュ写真や、手の込んだセットを使った写真はアフリカのイメージとは違って、後者は南国を思い出しました。

 プリクラのような感じがしてとても面白かった。本当に大衆の文化(楽しさを追求)を見ている感じがした

 展示方法がとてもおしゃれで、学生に親しみやすいものでした

 ケニアの写真の色彩のなんと豊かなことかと感動した。夢を描いた美しい情景とそこに写る人物の生活感ある様子がミスマッチでありながらもこれらの写真により奥深さを与えていると思った。

 一口に写真と言っても、ケニアの文化や政治経済等、独自の要素を背景に進化してきた過程が見られることは、大変貴重な機会だと思う。人々の生活の悲喜も写真が雄弁に語っている気がした。

 欧米人や日本人から見たアフリカというものはよく見かけますが、アフリカ人によるアフリカ人の写真というのは初めて見たように思います。。

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▼「ジャパンタイムズ」誌の記事

 題目に「アズ・ア・ドリームマシン」とあったのにひかれ、見に来ました。普段写真を夢を体現するものとして考えたことがなかったので、興味をもちました。

 うきうきするような写真展でした。被写体の人々のポーズが面白い。ディスプレイも素敵です。次は友人と一緒にカメラを持って来たい。

 当時の人々の夢やのしかかる現実がそのまま伝わってきた。人々に隣人のような気持ちを抱いた。スタジオの背景の絵、花、置き物など、手に触れられるような感覚で、市井の人々のあたたかみに包まれた。

 面白かったです。スタジオに出向くことが非日常的な空間を楽しむことにもなるというケニアの人々の感覚は、今の経済的、物質的に豊かになった日本ではめずらしい感覚だと思いました。

 アフリカの人たちが自分達だけのために写真をとっていて、そこに夢や希望、そして遊び心をつめこんでいたことを知ってびっくりした。写真は思いがけない幸福をもたらしてくれるのだと思った。

 どの写真も、とても興味深かったのですが、特に年代の古い写真は、撮影が珍しいからでしょうが、独特の緊張感があって、強く印象に残っています。

 写真のモデル達の表情が豊かで楽しんで写真をとられている様子が生き生きと伝わってきました。展示も工夫されていて楽しかったです。スタジオの展示はとてもいいです。

 実際にスタジオを設置し、プリクラとコスプレとの関連についても考えさせるような構成になっているのも面白かった。

 アフリカ人の顔をじっくり見たことがなかったが、今回の展覧会でまじまじと見られて、アフリカに対して、アフリカ人に対しても親近感を持てた。
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by illcommonz | 2010-07-31 00:54
▼「空をみあげよう」
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「GAZA / KITE FLYING RECORD」
More than six thousand children in Gaza, attending Summer Games organized by the UN Relief and Works Agency, smash their own world record for the number of kites flown simultaneously. UNRWA (29 July 2010 UN NEWS)
(動画あり) http://www.unmultimedia.org/tv/unifeed/d/15613.html

「子供たちが挑戦!たこ揚げの世界記録」
「イスラエルによる経済封鎖が続くパレスチナ自治区ガザで29日、子供たちがどれだけ多くのたこを同時に揚げられるかの世界記録に挑戦した。この挑戦は、国連パレスチナ難民救済事業機関が毎年、ガザで開いているサマーキャンプの一環として行われたもの。ガザ北部の海岸上空には、子供たちが揚げた色とりどりのたこが一斉に宙を舞った。国連によると、去年のキャンプで達成した世界記録の約2倍となる7200枚以上のたこが揚がったという。参加した子供の一人は「毎日、困難に直面しても、強い心を持っていればできないことは何もない」と話していた。このキャンプでは、先週にも7200人がバスケットボールを同時にドリブルする世界記録を作っている。」(2010年7月30日 日本テレビ)

この地上で最も「平和に生きる権利」を奪われている土地で、それでもなお「できないことは何もない」と思える心をこどもたちがまだ持っていることにおどろきと希望を感じた。

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 「空をみあげよう、いまきみがすべきことはそれだけ
  空をみあげよう、いまぼくがすべきことはそれだけ
  空をみあげよう、それですべては平和
  空をみあげよう、それで君はしあわせ
  空をみあげよう、青空を」
 「空を見あげよう」(曲:マジカルパワーマコ 歌:灰野敬二 1973年)

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この曲を流しながらニュースをみてたら青空が目にしみてきた。
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by illcommonz | 2010-07-31 00:24
▼村崎百郎のいない世界
d0017381_19173168.jpg 村崎百郎が死んだ/殺されたことを知ったとき、まず最初に思ったのは、他の人たちはどうかわからないが、自分のなかでは、しばらく後をひくだろうな、ということで、実際そうなった。もう一週間になるが、ぜんぜん気持が落ちつかない。先日のDOMUNEの追悼番組で、根本敬が「黒田一郎さんの冥福は祈るが、村崎百郎には「がんばれ」といいたい」と云っていたように、黒田一郎氏とその遺族にはもちろん哀悼の意を表したいが、村崎百郎には「この手の犯罪に、あれほど通じてたアンタが、なんでこんなにあっさりと殺されてしまうんだよ」といいいたい。そして「いま、アンタに死なれてはこまるんだよ、クソ!」と云いたい。「村崎百郎がいない世界」というのは、「ナンシー関のいない世界」や「都築響一のいない世界」と同じくらいこまる。ナンシー関亡き後、村崎百郎と都築響一が、このクソのような国と、腐った世の中を生きのびてゆくための、心のよりどころだった。日頃あまり人をたよりしない自分だが、この三人の視点とことばは、同時代の世界や日本を見るときに、あてにしてよい導きの糸だった。その糸の一本がぷっつり切れたのだから落ち着かないのも当然だ。「毒をもって毒を制す」式の、「鬼畜をもって鬼畜を制す」鬼畜現代文明批評家のいない、鬼畜だらけの鬼畜新自由主義の世の中なんてアブなくて、おそろしい。おそろしいのは、鬼畜な世の中ではなく、人が言葉を失うような事件や出来事が起きたとき(そう、それはこれまでも、そしてこれからも起き続ける)に、それを制す言葉がないことで、これがいちばんアブない。DOMUNE の追悼番組で根本敬が云っていた「どんなモードで、どんなニュアンスで語ればいいのかわからない」まさに今回のような事件や出来事について、鬼畜の言葉で語り続けたのが村崎百郎であり、それがどんなに困難な仕事かは、DOMUNE の追悼番組ひとつみてもわかる。そんななか、根本敬の口から不意に発せられた「親の因果が隣の子に報い」という言葉は、自分の死についての村崎百郎からのラスト・メッセージのように聞こえた(なわけねぇだろ、信じるなバカ!、とこういう場合、村崎なら書いただろう)。それはともかく、問題は、すでにはじまっている「村崎百郎のいない世界」をどう生きのびてゆくかである。そのためには「電波」が必要だと思う。電波にもいろいろあるが、いま必要なのは「他者についての過剰な想像力」という電波であり、その電波をこんなふうに使うことだ。すなわち「もし村崎百郎が生きていたらどう云っただろう」。村崎百郎がこの世に残していった仕事は、大きくわけてふたつあると思う。まず「鬼畜のススメ」や「あぶない一号」に代表されるマニアや通好みのディープな鬼畜語りがひとつで、もうひとつは「社会派くんがゆく」に代表される鬼畜文明批評である。DOMUNE では前期の仕事だけが紹介され、「社会派くんがゆく」(2001-2010)についてはまったくふれられなかった。現在進行形で、あしかけ10年にわたって続けてきたライフワーク的な仕事にふれられないのは、故人としても不本意ではないだろうか、と思ったので、いま家のあちこちに散らばっていた村崎百郎の本(「電波兄弟の赤ちゃん泥棒」だけがなかった)と「社会派くんがゆく」全巻を机に積み上げ、通夜がわりの通読、というか、弔い読みをしている。最新の「社会派くんがゆく・疾風編」から逆に遡って読み返していて、あと残り2冊である。まとめて読みなおしてみると、唐沢俊一が書いていることは、ほんとにその通りだなと思った。

 「ことに最近は、村崎さんの発言は鬼畜どころか、むしろ社会の不条理に、被害者の非運に憤慨する、いち常識人と化していました。もちろん、それはテープ起こし校正の段階であとかたもなく消えるわけですが、読んでみれば、露悪的なセリフの間ににじみ出る、村崎百郎の、人間という存在に対する愛情というものははっきりわかったでしょう。」

 たしかに最近のものほど、「鬼畜にも五分の魂か?」「鬼畜の目にも泪か?」と簡単にツッコミをいれられてしまいそうな、鬼畜らしからぬ人情味あふれる発言(本来、鬼畜は「発情」するものであって「人情」には無縁のはずだ)や、鬼畜にあるまじき説教クセー発言が多い。そこには村崎百郎が封印していた(※以下、感傷的で読むにたえない文章が続くので143文字削除)が表れているようによめる。そうした「人間的な、あまりに人間的な」(というか昭和のある時代まで日本の田舎や地方のどこにでもあったような伝統的意識や生活倫理)については、村崎がかつてどこかで書いてたように、「えぇい、この人間野郎め!」と心のなかで悪態をつきながら読み返している。「社会派くんがゆく」全巻合わせると軽く4,000ページを超える。これを読み切れば、さぞかし「電波」がフルチャージされて、「村崎百郎のいない世界」でもなんとか生きのびていけるだろう。それにしても勝手にくたばった上に、こんなめんどくさい文を書かせんじゃねぇ(涙)&(はぁと
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by illcommonz | 2010-07-30 19:22
▼社会派くんが逝く
d0017381_4315337.jpg「今は多くを語るべき時ではありません。
また、その余裕もありません。
10年コンビを組んでいた人間の突如の異常な死に
まとまった言葉を選べるわけもありません。
ただ、これだけは言いたい。私の知る限り、
村崎さんは最良の文化人の一人でした。
そして、情の深い男でした。
その、自分の教養とセンシティブさを、
あのような鬼畜のキャラで鎧い隠さねば、
この世界でやっていけなかったのでしょう。
それが"時代"だと言えば、哀しい時代に
われわれは生きていました。

『社会派くん』対談では、ことに最近は、
村崎さんの発言は鬼畜どころか、むしろ
社会の不条理に、被害者の非運に憤慨する、
いち常識人と化していました。もちろん、
それはテープ起こし校正の段階であとかたもなく
消えるわけですが、読んでみれば、露悪的な
セリフの間ににじみ出る、村崎百郎の、
人間という存在に対する愛情というものは
はっきりわかったでしょう。村崎さんも、
読者がそれをちゃんと読み取ってくれるという
信頼の上に、あのキャラクターを作っていたのです。

彼の、カルチャー界における位置づけなどに関しては、
あらためて、また。
……おっと、あんな連載のコンビです。
少しは不謹慎なことを言っておかないと彼に怒られそうです。
「いいなあ、これでサブカル界のジョン・レノンって呼ばれるぜ!」
…………いいかい、これで?」
(唐沢俊一「村崎百郎氏、死去」2010年7月24日)

「だから、オレは迷わない。被害者であるよりは、
死ぬまで加害者の自覚をもって、鬼畜に生きるのだ」
(村崎百郎)
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by illcommonz | 2010-07-25 04:36
▼「救いようのないお祭り騒ぎだ」
d0017381_418338.jpg「くっくっくっ、ああ、たまんねえ、もう駄目だ。笑わしてもらうぜえええええええ。救いようのないお祭り騒ぎだ。けけけけけけけけけけけけけ。そうやって人殺しをして正義を守るがいい。この国は「正義真理教」の信者でいっぱいだ!けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ。感情の壊れている俺にはひたすら喜劇にしかみえねえから楽しいぜ!けけけけけけけけけけけけけけけけ。がんばれゲスメディア、がんばれ「正義と善意の人びと」たち。罪は一緒に感じてやるよ。「遺憾に思うが謝罪せず」ってな。」(村崎百郎)


「思ってもないことを平気で言えること、それが鬼畜の最低条件である」(村崎百郎)

 このどうしようもない世の中に失望し幻滅し落胆するたびに思い出すのが、この村崎百郎のことばだった。このどん底の淵からこみあげてくる悪魔的哄笑にどれだけ救われたことか。ゲスな日本のアレイスター・クロウリー、そんな存在だった。作家はかつてこう書いていた。「五感と電波の受信を通していろいろなことを感じながら生きてきて、本当に楽しかった。これからももっともっと感じていきたい。体は大切にしよう。「健康で長生きの鬼畜」ってのは社会の迷惑になりそうで、いいな。」。いまのこんな世の中だからこそ、これからますます、もっともっともっともっと「社会の迷惑」になってほしかった。くっくっくっ、もう駄目だ、云わしてもらうぜえええええ、くたばれゲスメディア、くたばれ「正義と善意の人びと」たち。救いようのないお祭り騒ぎだ。そうやって人殺しをして正義を守るがいい、けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ。「世の中を下品のどん底に叩き堕とせ」と書いた作家の死を悼む。

「作家村崎百郎さんを刺殺、容疑者「本読んで恨み」供述」
「23日午後5時50分ごろ、東京都練馬区羽沢2丁目の作家村崎百郎(本名・黒田一郎)さん(48)の自宅兼事務所から「人を刺しました。捕まえて下さい」と男の声で110番通報があった。練馬署員が駆けつけると、1階居間で村崎さんが血を流してぐったりしており、病院に運ばれたがまもなく死亡が確認された。同署は、現場にいた横浜市の無職の男(32)が刺したことを認めたため、殺人容疑で現行犯逮捕した。男は調べに「彼の書いた本を読んで、だまされたと思い、恨みを持った」などと供述しているという。同署は男の刑事責任能力を慎重に調べている。同署によると、署員が到着した際、村崎さんは居間のソファにもたれ、そばに男が立っていた。村崎さんは腹を中心に二十数カ所を刺されていた。男は凶器の包丁を「殺すために最近購入した」と話し、村崎さんの自宅住所は「インターネットの掲示板を見て、知った」と説明しているという。村崎さんは、作家の唐沢俊一さんと時事問題をテーマに辛口に批評する対談をまとめた「社会派くんがゆく!」シリーズなどの作品がある。」(「朝日新聞」2010年7月23日)

「ああ、それにしても、馬鹿になるのは楽しいなあ。俺は鬼畜でホントに馬鹿だ。馬鹿で鬼畜なことが、こんなに楽しいなんて、インテリさんにゃ、わかるめぇなあ」(村崎百郎)
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by illcommonz | 2010-07-24 03:40
▼サマーハウス
d0017381_16403373.jpg小さい家ながら日本屋根のうちなので、
家のなかでも、陽があたる南側半分と、
影になる北側半分では室温がちがう。
午後1時の時点で、北側では38.5℃、
南側では40.5℃を観測。風力ゼロ。
家の中で熱中症になってはこまるので、
「プールびらき」をすることにした。
風呂なし、シャワーなし、冷房なし、
されど、プールのある昭和の文化住宅。
そして、いまは夕暮れ。
気温は35℃だが、風が吹きはじめたので
涼しい。ペルーみやげの風鈴がカラコロと鳴る。
これで夕立ちでもふってくれれば、文句なし。
今夜から近所で夏まつりがはじまる。
このあたりは町内会がまだ残ってるので、
家から自転車で5分以内のところだけでも、
4つのまつりがある。夏がきた。

[追記]
▼「東京都心で3日連続の猛暑日、3年ぶり」
「23日は一年で最も暑い時期とされる二十四節気の「大暑」で、暦通り、各地で厳しい暑さとなっている。東京都心では3年ぶりに、3日連続で35℃を超える猛暑日となった。22日に全国で今年最高となる39.4℃を記録した岐阜・多治見では、23日も猛烈な暑さが続いており、午後1時に56分には38.6℃まで上がった。 午後2時までの最高気温は、三重・桑名で38.4℃、群馬・館林で38.3℃、東京・練馬で37.8℃などとなっている。東京の都心でも午後2時前に35.5℃まで上がり、3日連続の猛暑日となった。都心で猛暑日が3日続くのは3年ぶり。 」(日テレNEWS24 -2010年7月23日)
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by illcommonz | 2010-07-23 16:44
▼熱帯家
d0017381_11271564.jpg【熱帯夜】 「熱帯夜(ねったいや)は日本の気象庁の用語で「夜間(夕方から翌朝まで)の最低気温が摂氏25度以上のこと」をいう。

午前11時現在でのイルコモンズ宅の室温38.5℃。目をつぶると頭がくらっとして、南国の島にいるような錯覚におちいるが、ここは東京郊外、自衛隊のヘリの飛ぶ立川市、築58年、木造平屋の日本家屋、エアコンなし、風呂なしの、なまあったたい家庭、されど、庭つき、子供用プールありの、トロピカーナな我が家。

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[追記1] 正午に39℃をこえた。この家が建てられた昭和30年代の夏の暮しを想像してみる。「よし、あれだ!」と、はだかで庭にでて、如雨露で頭から水をあびてみた。これは気持ちがよい。体温がさがり、すっと景色がかわる。熱風がさわやかな風に感じられる。水をまかれた草木の気持ちになる。ついでに香もたいてみたら、気分がすっと落ちついた。さて、そろそろ学校に行こう。今日はテストだ。

[追記2] なるほど、今日は、そういう日だったのか。テストのおかげで命拾いした。

「群馬・館林で38.9度 熱中症で2人死亡」
「日本列島は21日も、北海道と沖縄を除く広い範囲が太平洋高気圧に覆われ、東日本中心に厳しい暑さが続いた。群馬県の館林では、最高気温38.9度を観測。東京都心(大手町)も36.3度と今年初の「猛暑日」となった。栃木県真岡市で無職女性(83)が畑で倒れ、間もなく死亡を確認。埼玉県熊谷市の畑でも無職男性(79)が死亡しているのが見つかった。いずれも熱中症とみられる。東京消防庁によると21日午後3時までに、都内で35人が熱中症で救急搬送。品川区の女性(89)が意識不明など、3人が重症という。気象庁によると、この日は全国47都道府県で気温30度以上の「真夏日」となり、全観測点の約7割に当たる676カ所が30度以上。猛暑日となった観測点は106カ所に達した。」

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[写真] 38.5度を記録した前橋市内の公園で水遊びをする子どもたち=21日午後

立川の家でも39℃を観測したのだが、、、それはともかくも、大人も水あそびが必要だ。
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by illcommonz | 2010-07-21 11:23
▼夏のテスト:文化人類学解放講座
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 「明治六年に全国ではじまった学校制度は、①先生が問題を出す、②その正しい答えとは先生の出す答えだ、という前提にたっており、生徒自身がそれぞれ、6歳までに知っていることの中から自分で問題をつくり、答えを出すということは除外されている。もし大学まで進むとして、十八年、自分で問題をつくることなく過ぎると、問題とは与えられるもの、その答えは先生が知っているもの、という習慣が日本の知識人の性格となる。教師も、明治以前の寺小屋の気風を受け継ぐ時代から離れて、大学教育学部養成の教師たちになると、知識人共通の性格から自由ではない。そのときの光背を失わずに、点数によって人を見ない運動を続けている人は、現代の中で私の知る限り、無着成恭だけである。こうした姿勢を日本の教師は、小・中・高・大を通して失った。無着成恭が僧侶になったのは、今の日本の学校に彼のいる場所がないからだ。日本の大学は、日本の国家ができてから国家がつくったもので、国家が決めたことを正当化する傾向を共有し、世界各国の大学もまたそのようにつくられて、世界の知識人は日本と同じ性格を持つと信じられている。しかし、そうではない。」(鶴見俊輔)

 「私たちの周囲にはかつてないほど情報があふれ、そこから逃れることはできない。情報はまるで空気に乗って私たちの周りを漂っているようだ。それなのに、自分がどんどんばかになっている気がしてならない。実際、平均すれば、われわれは上の世代より無知なのではないか。アップルストアに並ぶ長蛇の列や、歩きながら携帯電話をのぞきこむ人々。人類はゾンビになってしまった。メールを読み、ツイッターでつぶやきながら、他人のツイートに返信する。アプリをダウンロードし、写真をアップロードする。フェースブックを更新し、世界中が自分のことを気にしているような気になって、好きなものや嫌いなものを世界に向けて発信する。では、私たちがしていないことは? それは「考える」こと。情報を処理してはいるが、考えてはいない。2つは別物だ。」(ダニエル・ライオンズ)

d0017381_17444389.jpg【問題】
 「前期の講義で、見たり聞いたりした資料や映像をもとに、自分で回答できる問題を自分で考えて自分でつくり、その問題に自分で答えを出して、それを自分で評価して下さい(ただし評価はABCや点数でつけないこと)。」

 参照物すべて可、グループでの話し合い可、共同制作可、PC・携帯・電子辞書などの持ち込み、貸し借り、使用オール可。よって今回も「不正行為」はゼロ(無理)です。このテストは、これまで小・中・高・大を通して受けてきた学校教育を相対化し、その常識や決まりから、自分がどれだけフリーに、あるいはインディペンデントになれるかをテストする知のD.I.Y.テストです。だからといって、自分ひとりでやる必要はありません。知は共有物(コモンズ)です。知識はいくら人に与えてもへらず、分け合えば分け合うほど豊かになる共有資源です。なので、提出された答案は、すべて表をむけ、テスト中の教室で公開し、自分ひとりでは思いつかなかったような答えや表現の仕方を互いに共有しあい、みんながよりよい答案をつくれるようにします。また、しんと静まりかえった教室より、適度な音量の音楽や雑音のある環境の方が、緊張せずに答案づくりができると思いますので、今回も試験中に音楽を流します。

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▼これまでの「文化人類学解放講座」答案集
http://illcommonz.exblog.jp/5822249/
http://illcommonz.exblog.jp/7051941/
http://illcommonz.exblog.jp/4574257/
http://illcommonz.exblog.jp/4574278/
http://illcommonz.exblog.jp/2378526/

▼試験用音楽
http://illcommonz.exblog.jp/2356837/
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by illcommonz | 2010-07-20 17:48
▼連休に雨を
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▼谷山恭子「雨の路地」(瀬戸内国際芸術祭2010

 このインスタレーションをみて、チャペックの文章を思い出した。

 「われわれは誰でも、その体内に、いくらか農民の血が流れているようだ。日が一週間も照りつけると、心配そうに空を眺めはじめ、顔をあわすと、お互いに言い合う。「そろそろ雨が降ってもいいころですね」。だが、そのうちに、地平線上にふたたび雷がとどろいて、湿っぽい風が吹きつけてくると、ようやくやってくる。恵みの雨、ひんやりした水の与える快楽、わが魂に水をあびせよ、わが心を洗え、きらめて冷たき露よ、もはや私は暑さのために怒りっぽくなっていた、不機嫌になっていた、やる気がなくなっていた、怠けぐせがついて重たい気分になっていた、鈍感で、場あたり的で、そして利己的になっていた。わたしはカラカラに渇いてひからび、憂鬱な気分と不愉快さで息をつまらせていた。とどろけ、すべてを洗い清めて降り注ぐ水のヴェールよ、いかなる太陽の奇蹟も、恵みの雨の奇蹟とは、くらべものにならない。ようやく、みんな息をふきかえした、草も、私も、土も、みんなが、これでようやくいい気分になった。」(カレル・チャペック)

 連休中はずっと「晴れ」の予想。この分だと広島も暑そうだ。大雨で死者が出たヒロシマはもうこりごりかもしれないが、東京は「そろそろ雨が降ってもいいころだ」と思う。留守のあいだの庭のひまわりとあさがおがしんぱいだ。オリーブととうもろこしは放っておいても大丈夫。虫たちのことははカエルとクモにまかせよう。

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▼「梅雨明け:中国地方、平年より3日早く」
「広島地方気象台は17日、中国地方が梅雨明けしたとみられる、と発表した。昨年は梅雨明けが特定できなかったが、今年は平年より3日早い。」(毎日新聞2010年7月18日)
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by illcommonz | 2010-07-18 13:49