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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼新年のことば
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「基本、世のなか、貧しいほうが、
 まちがいないですね。」

小沢昭一「貧しいほうが間違いない」
(「図書新聞」2011年新年号より)

 「図書新聞」のインタヴューのおしまいに、それまでの話の流れからすると、やや唐突とも思える感じで、小沢昭一が口にしたことば。前ふりもなく、論証もなく、もちろん、統計データなどもなく、ふと小沢の口をついて出てきたことば。だからこそ何かゆるぎないものを感じる。それは決してノスタルジーでもなければ、もうろくでもなく、80年有余年、この世を生き、修羅の巷をずっと見つづけてきた、その経験と知見に裏打ちされたことば。このことばをネガティヴにとるか、ポジティヴにとるか、こういうとき迷わず後者をとるのが、イルコモンズのイルコモンズ的こころ。ヴァンダナ・シヴァがどこかで書いてたように、資本主義の搾取や、無能な政府、戦争や飢餓がうみだす絶対的「貧困」と、自給自足社会の相対的「貧しさ」(生産が少なく消費も少ない)はちがう。消費量と幸福量は比例しないし、国の経済成長と人の生きるよろこびは同じものではない。年間の自殺者数が13年連続で3万人を越えてもなお、国の成長戦略や経済発展を口にする政治家たちがいるが、それでいったいどれだけの人間が幸せになったというのだろうか。どうせまた、ほんの一握りの人間が金持ちになるだけで、いずれまたこの30年間と同じことがくりかえされるだけだ。新年にあたって、国の成長戦略や経済発展への道を得意げに説く政治家や企業家がいたら、無視したほうがいい。気の毒なことに、そういう連中はそれ以外のことが考えられないのだ。それ以外の価値観や生き方を思いつくすらできないのだ。それこそ貧困であり、これを貧困といわずして、なんといえばいいのか。GDPなどしょせん「みせかけの豊かさ」にすぎず、人間とその暮しの豊かさは、それとはまったく別のところにある。「貧困」をうみだすものとは断固たたかうが、「貧しさ」とはおおらかにつきあいたい、今年も来年も今日も明日も。
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by illcommonz | 2010-12-31 20:11
▼元日のメメント・モリ
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「門松は冥土の旅の一里塚 
めでたくもありめでたくもなし」
(一休宗純)




※どことなく、ゴッホにも
似てるけど、画像は一休。

 「ある年の正月のことです。一休さんは墓に行き、どくろを拾って竹の先にくくりつけ、家々の門口でどくろを見せては、「このとおり、このとおり、ご用心、ご用心」とふれ廻ったそうです。ある家人が「おめでたい正月になぜこのような不吉なことをなさるのですか」と問うと、一休はしゃれこうべを見せながら、「人間はいつまでも目がでてるわけではない。いずれは皆このようになるのです」と答えたそうです。」(「仏教酔談」より)

 一説によると、一休は1月1日の生まれ(明徳5年1月1日/1394年2月1日)だったらしい。自分の生まれた日に「死を想う(メメント・モリ)」とはやるなぁ。空気をよまない、このクリティカルな姿勢は、ぜひみならいたいものだ、と思ったので、みならうことにした。

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▼イルコモンズ作「元旦デモ用ベル」

▼「高円寺・元旦デモ(仮)」
[日時] 2011年1月1日 12:00
[場所] 東京・高円寺中央公園

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[追記]
 「一休宗純は室町時代の臨済宗大徳寺派の禅僧である。説話のモデルとして知られる。自由奔放で、奇行が多かったと言われる。以下のような逸話が伝わっている。

 ・印可の証明書や由来ある文書を火中に投じた。
 ・男色はもとより仏教の戒律で禁じられていた飲酒・肉食や女犯を行い、盲目の森侍者(しんじしゃ)という側女や岐翁紹禎という実子の弟子がいた。
 ・木製の刀身の朱鞘の大太刀を差すなど、風変わりな格好をして街を歩きまわった。これは「鞘に納めていれば豪壮に見えるが、抜いてみれば木刀でしかない」ということで、外面を飾ることにしか興味のない当時の世相を批判したものであったとされる。
 ・親交のあった本願寺門主蓮如の留守中に居室に上がりこみ、蓮如の持念仏の阿弥陀如来像を枕に昼寝をした。その時に帰宅した蓮如上人は「俺の商売道具に何をする」と言って、ふたりで大笑いしたという。
 ・正月に杖の頭にドクロをしつらえ、「ご用心、ご用心」と叫びながら練り歩いた。

 こうした一見奇抜な言動は中国臨済宗の高僧として知られる普化など唐代の禅者と通じるものがあり、教義の面では禅宗の風狂の精神の表れとされる。と同時に、こうした行動を通して仏教の権威や形骸化を批判・風刺し、仏教の伝統化や風化に警鐘を鳴らすものでもあった。」
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by illcommonz | 2010-12-31 19:13
▼「高円寺年越し救援会」のデモが不許可に
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平成22年12月31日 「高円寺年越し救援会」集会及び集団示威運動
【条件書】
1 交通秩序維持に関する事項
(1)行進隊列は3列縦隊とすること。
(2)蛇行進、渦巻行進、ことさらな蛇足行進・おそ足行進・停滞・
   いわゆるフランスデモ等交通秩序を乱す行進をしないこと。

2 危害防止に関する事項
(1)凶器として使用し得るような危険な物件を携帯しないこと。

3 実施日時及び集会・解散場所の変更に関する事項
  公共の秩序を保持するため、申請にかかる実施日時及び集会・
  解散場所を次のとおり変更する。

(1)実施日時
  実施日  平成23年1月1日(土曜日)
  集合開始 午前8時00分
  開会時刻 午前8時10分
  集団示威運動出発時刻 午前9時10分
  解散時刻 午前 9時25分
(2)集会・解散場所
  杉並区高円寺北2丁目泉ビル前歩道

  以上

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 「日本初の大晦日の深夜のデモが却下された!これは40年ぶりらしい!こうなったらそれとは別に腹いせに大晦日の夜、通行人になって酒を呑みまくるしかない!」

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▼「カウントダウンRAVE free party」
[日時] 2010年12月31日 23:00-
[場所] 東京・高円寺駅北口わくわく広場

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[追記] ちなみに、却下されたデモ申請は、下記のとおり。

▼「高円寺年越し救援会デモ」
集合:2010年12月31日夜11時高円寺駅北口
出発:0時30分~デモコースを3周する
解散:朝6時

 以上。

ということで「急宴会」決行です。
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by illcommonz | 2010-12-31 11:39
▼東京の社会鍋 Christmas Kettles in Tokyo

▼「東京の社会鍋 Christmas Kettles in Tokyo」
[出演] 救世軍・渋谷小隊
[伴奏] 多摩川ベル・リンガーズ
[撮影] ソノダ
[編集] イルコモンズ

 「12月に入ると救世軍では全国の主要都市で歳末助け合いの募金をおこないます。これは、日露戦争直後で失業者が多かった当時、年末年始の餅やミカン、足袋などをカゴに入れて貧しい家庭に配った正月のプレゼントでした。1909年からは「失業者救済対策」として、他の国々の救世軍でおこなわれていた「クリスマス・ケトル」と呼ばれる募金方法をヒントに、三脚に「鉄鍋」をつるして街頭募金をするスタイルになりました。現在では国内外の緊急災害被災者(ハイチ地震被災者支援など)や、街頭生活者への支援、母子家庭、独居老人、病院、各種施設など各種の慰問活動のために用いられています。近年、都心部では街頭募金のための「道路占有許可」が降りにくくなり、社会鍋も一部で規模が縮小されています。」

 「今日、そうであるように、女性が泣いている限り、わたしは戦う。幼い子供が飢えている限り、わたしは戦う。男たちが刑務所に出入りする限り、わたしは戦う。酔っぱらいが残っている限り、街頭に哀れな女性がいる限り、神の光を受けていない一人の魂でもある限り、わたしは戦う。終わりまで戦う。」(ウィリアム・ブース)

 友人が撮影してくれたこの映像は、この日の社会鍋で、いちばん最後に演奏したワールドエンズ・ガールフレンズの「アンスポイルド・モンスター」。寒空の下、昼の2時から夕方の4時まで、まる2時間休みなく演奏し、体は冷え、手はかじかみ、唇も疲れていたので、けっして良い演奏でもなければ、ちっともうまくもない。いかにもアマチュアらしい、へっぽこな演奏だが、そこがとても気に入っている(原曲の「アンスポイルド・モンスター」でも、管楽器のパートは子どものブラスバンドが一生懸命演奏しているのような感じになっていて、そこが好きなので、この曲を選んだ)。もともとこれは、ライヴでもなければ、路上演奏でもなく、あくまで「社会鍋のための伴奏」であり、またそうであることが大切なので、これでよいと思ってる。なにより、「なんだ、これだったら自分もできるよ」と思われるような伴奏になっているのがよい思う。この映像をみて、「これなら自分もできる」と思われた方は、ぜひ来年はベル・リンガーになってください。ぼくらは来年もまたやります。

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[追記]
「年末年始の公設派遣村は今年なし 厚労副大臣が明言」
 「厚生労働省の小宮山洋子副大臣は24日、住居がない人や生活困窮者の年末年始の対策について、記者団に「対応は30日までで、昨年のようなことはしない」と述べ、政府として今年は「公設派遣村」を開かないことを明言した。昨年は国の要請で、東京都が公設派遣村を提供。国立オリンピック記念青少年総合センター(渋谷区)に約830人を受け入れたが、今年は石原慎太郎都知事が「協力しない」と拒否。都の協力を得られないことなどから、開設を取りやめた。29、30日は昨年に続き、東京、大阪、愛知など大都市部の19のハローワークを開庁。住居や生活の支援が必要な求職者が訪れた場合は、福祉事務所につなげるなどして対応するという。」(2010年12月24日 共同通信)

「石原知事「求職者は甘えている」「生活保護受けた方が楽」」
 「石原慎太郎東京都知事は18日、さいたま市で開かれた8都県市首脳会議で、東京・日比谷の「年越し派遣村」などの求職者について「とにかく就職世話しても、これも嫌だ、あれも嫌だ、要するに生活保護受けた方が楽だという、そういう価値観。甘えているところがある」などと発言した。会議終了後、知事は記者団に「都もいろいろ仕事をつくってあっせんしても、それは嫌だということで。個人の意思だろうが、ならば(求職者が受ける)生活保護というのは、人生に対する姿勢としていかがなものかと思う」と述べた。さらに知事は「そういう現場を国がどこまで理解しているか分からないが、自治体は、そういう仕事のあっせんで苦労している」と説明した。」(2010年11月18日 共同通信)

 オリンピック招致や国際アニメフェアに使う予算はあっても、派遣村に使う予算はないというのだろうか?この都知事がいる限り、わたしはたたかう。
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by illcommonz | 2010-12-29 20:21
▼多摩川ベル・リンガーズ


 軍が嫌いだ。米軍、イスラエル軍、イギリス軍、フランス軍、ドイツ軍、ロシア軍、日本軍、そのほか、あらゆる国の軍隊をはじめ、多国籍軍、NATO軍、国連軍、同盟軍、帝国軍、進駐軍、駐留軍、駐屯軍、そして、読売巨人軍にいたるまで、およそ軍と名のつくものはみんな嫌いだが、いくつか例外もある。クラウン・アーミーがまずひとつ。それともうひとつは、サルベーション・アーミー、すなわち、救世軍である。日本では、救世軍というと、バザーが有名だが、毎年、年末のこの時期になると、日本でも歳末助け合いの街頭募金活動を行っている。海外のサルベーション・アーミーは、路上に立てたトリポッド(=三脚)に小さな赤いケトル(=バケツ)をつるし、小編成の楽団が讃美歌や聖歌を演奏しながら募金を募るが、日本では鍋を使い、それを「社会鍋」とよぶ。

 「1909年(明治42)、当時、日本の救世軍では、山室軍平中将が少佐の時代で「失業者救済対策」として街頭集金をする事となりました。募金の方法はアメリカの Christmas Kettle のアイデアを取り入れ、スープ壺の代わりに、年越し雑煮というつもりで鉄鍋をつるす事になったのです。東京市中の主な角々に集金用に鍋をつるし、そのわきに士官・兵士が立って寄付を仰ぐ事になりました。 大正10年12月15日号「ときのこえ」紙上で、救世軍本営の立場を明確にしました。そして社会鍋で集められたお金の用途も慰問かご配布から、冬期無料宿泊所、 冬期給食活動、また、他の慰問活動へと拡がっていったのです。また、暮れ以外にも、災害、救済など、必要なときには社会鍋を立てて街頭募金をしました。」(「救世軍」公式サイトより)

 募金は、被災地の人たちの救援や、路上生活者の支援などに使われるが、もともとは家のない人たちや貧しいこどもたちに、クリスマスのディナーをごちそうするためにはじまった反貧困のストリート・アクションで、オリジネーターのウィリアム・ブースはこんな言葉を残している。

 「今日、そうであるように、女性が泣いている限り、わたしは戦う。幼い子供が飢えている限り、わたしは戦う。男たちが刑務所に出入りする限り、わたしは戦う。酔っぱらいが残っている限り、街頭に哀れな女性がいる限り、神の光を受けていない一人の魂でもある限り、わたしは戦う。終わりまで戦う。」



 東京では、救世軍の本部がある神保町をはじめ、新宿や渋谷の路上で街頭募金行われている。以前、このブログにも書いたが、こういうストリートの活動をみると、つい立ち止まって、じぃぃっと見てしまう。というより、寒空の下、ひとが路上に集まって楽器を演奏したりしてる風景が好きなのだ。何年か前に新宿駅西口できいたユーフォニウムの演奏は特に印象にのこっている。ちっともうまくはないのだが、そこがとてもよく、自分もいつかやってみたいと思った。実はユーフォニウムをはじめたのはそれがきっかけでもある。

 ここ数年、クリスマスといえば、「社会鍋」ではなく、素人の乱の「クリスマス粉砕鍋集会」だったが、リーマンショック以後の不景気で、「資本主義のクリスマス」もかつてほどの勢いをなくし、粉砕するほどのものでもなくなった。もともとクリスマスそのものに反対しているのではなく、商業化されたクリスマスに反対していたのだから、もはや粉砕するまでもない。それに今年はもう、11月にバイナッシング・デーのアクションもやったし、おとといの晩は、アナーキストクリスムス・パレードまでやったので、その最後のしめくりりに社会鍋もやることにした。自分はクリスチャンではないので、別に善いことをして天国にいきたいわけではないし、日頃のバチあたりな生き方の罪ほろぼしをしたいわけでもない。もとはといえば、今から一年前にやった「アクティヴィズム3.0」展で、シアトル以降のアクティヴィズムの、来るべき未来の姿を先取り的に展示した時、ふと思いついたことで、アクティヴィズムをアップグレードするだけでなく、もう一度、その「原点」(=アクティヴィズム1.0」)にもどって、そこからまたはじめなおしたい、とそう思ったのがきっかけである。こどものころにやった街頭での募金活動は、自分のストリート・アクティヴィズムの複数の原点のひとつだと思っている。

 というわけで、ウラン・ア・ゲルのメンバーや近所に住んでる友人たちに声をかけて楽団を結成し、数週間前から練習をはじめた。楽団は、クラリネットとトランペット、ユーフォニウムとチェロ、それにドラムとベルの6人編成で、曲によってピアニカやバイオリン、鉄琴やカズーも加わる。(自分はユーフォ二ウムとトランペット、ドラム、クラリネットを担当することになった)。メンバーにはクリスチャンがひとりもいないので、今回は救世軍としてではなく、救世軍のお手伝いをする奉仕者というかたちで参加することになった。海外のサルベーション・アーミーのプロモーションヴィデオをみんなで集まってみたりし、なにをすればよいのか研究した。小さなベルがあるといいようなので、玄関のドア用のベルを改造して、自作のハンド・ベルもつくってみた(ちなみにハンドルの部分は、仏壇の鈴を鳴らすためのものをリサイクルした)。

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 今回の募金活動のために、救世軍の人が「道路使用許可」をとっていたのだが、路上には社会鍋の三脚以外の設置物を置けないということが分かったので、それならば、と、家にあったキックボードを改造して、それにドラムをセットした。これなら路上に固定してないので、警察も文句はつけられないだろう。もしそれでも警察が文句をつけてきたときは、そのときはブースの精神にならって、たたかう、最後までたたかう(笑)。

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 海外では、サルベーション・アーミーの手伝いをする奉仕者たちのことを「ベル・リンガー(鐘を鳴らす人)」とよぶらしいので、楽団の名前は「多摩川ベル・リンガーズ」にした。


※このPVはすごくいいですよ。

 自分もふくめメンバーの誰も讃美歌を知らないので、ウラン・ア・ゲルでよく演奏するブライアン・イーノの「この河に沿って」のウインター・ヴァージョンや、ロバート・ワイアット(マッチングモール)の「キャロライン」のほか、ワールズエンズ・ガールフレンズの「アンスポイルド・モンスター」など6曲を、2時間ほど演奏する予定になってる(ほかに「アメイジング・グレース」や「ロンドンデリーのうた」も演奏する)。

 ということで、あしたの午後2時から午後4時まで、JR八王子駅北口にある商店街の入口の三角コーナーで救世軍の募金活動の手伝いをしますので、どうか募金にご協力ください。
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by illcommonz | 2010-12-27 20:03
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(点字、手話、ビルマ語、クメール語、チベット語、ヘブライ語、アラビア語、中国語、日本語)



Dear Friends

Download, print & display these posters
in your window, school, workplace, car
and elsewhere over the holiday season.

Send them as postcards to your friends.
We say it in so many ways, but we are one.

I love you!
yoko

▼DOWNLOADS
http://imaginepeace.com/warisover/

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 いまから10年前、2001年の「横浜トリエンナーレ」に出展したとき、会期中に911の事件が起こり、すぐにアフガン戦争がはじまった。オノ・ヨーコも同展に出展していて、来日する予定だったのだが、「いま、ニューヨークを離れることはできない」という理由でキャンセルになった。そのとき彼女がニューヨークでしたことは、「ニューヨーク・タイムズ」紙に「イマジン」の歌詞の一節を載せた全面広告を出すことだった。同じ展覧会に出展している人間として、彼女のこのアクションに勇気づけられ、それにこたえようと思い、こんなポスターをつくって、トリエンナーレ会場に展示した。

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▼浅田彰「ジョンとヨーコは「イマジン」と言った」(2001年)
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/asada/voice0112.html

 その経緯については、上の浅田彰のレヴュー記事に詳しいので、省略するが、不思議だったのは、作品の無断使用にきびしいと聞いていたオノ・ヨーコから、なんのクレームもこなかったことだ。それから10年が経ち、今回ネット上に公開されたこの作品をみて、あのとき自分がやったことはそれほどまちがってなかったので、みのがしてくれたのかもしれないなとそう思った。

▼ヲダマサノリ「GIVE PIECE/PEACE A CHANCE」 (2001年)
http://www.aa.tufs.ac.jp/~mod/yt2k+1/ytdokmenta5.html
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by illcommonz | 2010-12-27 07:21
▼百年基地計画と夢想のとき


 どのまちにも、武器なんて似合わない。
 どのまちにも、基地なんていらない。

 でも、どうしても「基地が必要だ」というのなら、「いっそ東京を、基地に」と本気でそう思っている。昨日、新宿のどまんなかをデモしながらそう思った。なにしろマスコミも政府も都民もみんなそろって、基地問題にはてんで無関心なのだから、それなら基地をつくるのもたやすいはずだ。反対の声もたかが知れてるだろうし、なにより東京では誰もがみんないそがしくて、反対運動も長続きしないだろう。とにかく沖縄以外ならどこでもいい。まずは東京。そしてもし東京で反対運動が3年続いたら、そのときは建設計画を中止して、別の建設候補地を選べばよい。そしてその候補地でも反対運動が3年続いたら、さらにまた次の場所を選べばよい。候補地はくじびきで決めればよい。そうすれば押しつけにはならない。あとはそれぞれの土地の住民の反対の意志と持続力にかかっている。そうやって反対運動が、3年、6年、9年、12年、15年、18年、21年、24年、27年、30年と続くあいだい、基地はいつまでも建設されることなく日本をさまよい続けるだろう。そもそも「戦争を永久に放棄する」という理想を憲法にしたこの国は、国家としてはきわめて例外的で、かつアヴァンギャルドな国なのだから、こういう実験的な基地のありかたこそ、いちばんふさわしいのではないだろうか。そしてもし反対運動が百年続いたら、そのときはもうこの国に基地をつくろうという考えは非現実的でシュールなものとなり、基地問題はおのずと消滅するだろう...というような話をするときまって、「それはおもしろいけど、現実には無理だよ」とか、「まったく現実的でないね」という人たちがいる。もっともな意見だとは思うが、こういう現実派の意見を前にすると、それは「くそリアリズムだな」思い、「そんなに現実の奴隷になりたいの?」と思ってしまう。そしてそう云われれば云われるほど、ますます自分は「くそ夢想家」で、「理想の奴隷」のままでいたいと思う。自分がそう思うのは、現実よりも夢想家の理想の方がゆたかで、夢想家の空想が現実をのりこえてしまうことがあるのを知っているからだと思う(たとえば、百年前にはいま自分たちの身のまわりにあるテクノロジーのほとんどは空想でしかなかった)。もとより、夢想と理想を恥も外聞もなく語るのは、芸術家や作家の職分だったが、自分の場合は「現代美術家」を廃業してからますますそうなってきた。それはアクティヴィズムにこそ、ファンタジーと理想が必要だとつねづね思っているからなのだが、それはさておき、いまから30年前、小野洋子とジョン・レノンは「あなたが望めば、戦争は終わる」とうたってみせた。この夢想はいまのところまだ現実をのりこえていないが、このうたがいまもすたれず、多くの人たちに好まれ、口ずさまれているのをみると、いつかこの夢想が、まるでウソのように現実をのりこえてしまう日がくるのではないかと思ってしまう。このうたの響きにはなにかそういうミラクルの響きがある。それはこのうたをはじめて聞いたときに感じたことでもあり、今でもこのうたを聞くたびにそのときの感覚がよみがえってくる。とりわけいま自分がこのうたを好むのは、その響きに「予示的政治」の響きがするからなのかもしれない。このうたには、のりこえられた現実の向こう側の世界の歓喜を予め先取りして示すような響きがあるのだ。とはいえ、このうたがうまれてから30年の間に、フォークランド紛争があり、ボスニア戦争があり、アフガン戦争と二度のイラク戦争があった。気がついたら、この30年間は紛争と戦争の時代だった。「あなたが望めば、戦争は終わる?」と疑問符をつけたくなるときもあったし、実際、望んで終わった戦争はない。しかし、終わらなかった戦争もなかった。そうした紛争と戦争の30年を経たいま、「あなたが望めば、戦争は終わる」についてあらためて思うことは、この夢想が現実をのりこえるのには時間がかかるということだ。「あなたが100年望めば、戦争は終わり、基地も消える」といまはそう思って、このうたをきいている。いまはまだ30年、あとまだ70年もある。「あなたが望めば、戦争は終わる」に時間を与えよう。夢想が現実をのりこえるには100年かかるのだと思っていれば希望を失くすことはないし、なにより希望とは「待つこと」のなかに宿るものなのだから。
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by illcommonz | 2010-12-27 06:29
▼「沖縄の「今」はこの一瞬の延長線上にある」


(※おことわり:以下の記事には、みるのがつらい、痛ましい写真があります)

 「沖縄の「今」は、この一瞬の延長線上にあり、この一瞬からさかのぼれば、沖縄戦があり、琉球処分があり、薩摩侵攻がある、そんな一瞬をとらえた報道写真家・嬉野京子さんの講演の書き起こしを、筆者の芳沢章子さんのご厚意で転載します。改行などを変更しました。

 4月20日、宜野座村に入りました。小学校で休憩に入ったとたん、「子どもがひき殺された!」。なんと行進団の目の前で、小さな女の子が米軍のトラックにひき殺されたのです。手に通園用のバッグを持ったまま。死んだ女の子の側に突っ立っているだけのアメリカ兵。しかし驚いたのは、駆けつけた日本の警察でした。米兵を逮捕するでもなく、軍用車がスムーズに走れるように交通整理をはじめたのです。
 これを目の前にして何もしないわけにはいきません。「撮らせてほしい」と懇願しました。「生きて帰れないよ」と言われましたが、引きさがれませんでした。「わかった、見つからないようにぼくの肩越しに撮ってくれ」、一人の男性が肩を貸してくれ、たった一度押したシャッターがこの写真です。」

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 「沖縄では、米軍関係者による事件・事故が年におよそ1000件、日に3件近く起こっていることは、保坂展人さんのブログ情報で広く知れ渡ることになりました。COCCOさんの言葉、「基地とやっていくためには、受け入れて諦めなければならないことがいっぱいありました……諦めることに慣れていって……『しょうがないさ』が口ぐせっていうのもほんとはほんとです」にある受け入れなければならないこと、諦めなければならないこと、しょうがないことが、この1枚の写真に凝縮されていると思います。政治家、官僚、学者、市民……立場に拘わらず、ここに問題の原点があることを知ったうえで、沖縄の人びとに「米軍基地を受け入れ」ろと言ってほしいと思います。」(池田香代子ブログ「1965年沖縄「少女轢殺」報道写真家嬉野京子の証言(2010年6月14日)」より)

 そして今は、本土のマスコミが見て見ぬふりをし、防衛省が交通整理をしている。そして、なによりもおかしいのは政府である。高江であんなことが起きたのに、なぜ政府は米国や米軍に対して一言も抗議しないのだろうか?こんなことが起きても抗議すらしないような政府のいうことをいったい誰がきけるというのだろう?政府に対して抗議を求めないような本土の「安全」のために高江が犠牲になる必要などどこにもない。どのみち国は国のいうことをおとなしくきく者たちの安全しか保障しないのだし、日米安全保障条約は「安全」を人質にとった日米戦争契約でしかない。今回の事件であらためてそう思った。
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by illcommonz | 2010-12-27 06:07
▼沖縄県東村高江のドラムサークル
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 「本日(2010年12月23日)19時45分頃、米軍ヘリの低空飛行するプロペラの風圧で、N4テントが吹き飛ばされた。警察が駆けつけ現場検証した。テントの柱の鉄パイプは折れ、飛ばされてイスやテーブルはテント内でめちゃめちゃな状態になり、あたりは、看板などが倒れ、50メートルも先までもイスが飛ばされた。これは、ヘリの墜落被害ではなく、ただの飛行演習での事故だ。騒音に加え、このような被害がないようにと、高江住民は反対をしている。高江集落を取り囲むようにあと6か所もヘリパッドが増設されたら、このような被害が増えるのは目に見えている。それなのに、政府・沖縄防衛局は住民の声に耳を傾けてくれない!話し合いをもってくれない!どんな疑問にも「裁判が係争中だから答えられない」としか応えてくれない!政府・沖縄防衛局はすぐに、北部訓練場の過半の返還というが、高江の住民を苦しめて、本当に喜んで返還を受け入れるというのか。大きなものが還ってくれば、小さなものはどうなってもいいのか。それが本当に沖縄県民が望むものなのか。ふざけるな!!」(やんばる東村 高江の現状「米軍ヘリにテントが吹き飛ばされました!」2010年12月24日)

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 「22日の早朝強行フェンス工事、23日(祝日)の米軍ヘリによるテント襲撃。そして、今日9時頃、沖縄防衛局と作業員含む7、8名が高江に来て作業を開始しようとしました。その場に居合わせた住民、支援者の問いかけに終始答えることはあることありませんでした。にらみあいが続き、2時間くらいの抗議・説得行動の末、防衛局員、作業員らは帰って行きました。現地の住民たちは、またいつくるかわからない工事強行に不安を抱いています。私は昨日の晩も、寝付けませんでした。こんな事がいつまでつづくのでしょうか。」(やんばる東村 高江の現状「今日の高江12/24」2010年12月24日)

 「今、高江のためにできること
 ・状況をチェックして多くの人に知らせること
 ・座り込み参加
 ・抗議電話
 ・12/26@東京街頭アピールへの参加
 ・抗議声明を出す
 (やんばる東村 高江の現状「今、高江のためにできること」2010年12月24日)
.................................................

 これは不慮の事故なんかではなく、軍事的な威嚇攻撃だと思う。文字どおり、上から下への、高圧的で、有無をいわせぬ、圧倒的な軍事力の行使。人びとの心にダメージを与えることをねらった示威的な空爆、いや、風爆だと思う。そしてこれは一種の「伝単」であり、そのメッセージは「だまって、降伏せよ」である。

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※「伝単(でんたん)とは、戦時において相手国の市民又は兵士の戦闘意欲を喪失させる目的で配布するビラのことをいいます。太平洋戦争末期、アメリカ軍は日本本土上空から、大量の伝単を撒きました。これはその中の一つ、空襲を予告した伝単です。」

 今回、米軍のヘリがこっぱみじんに破壊した「N4ゲート」前のテント・サイトは、いまからちょうど2年前の冬、ゲート前の座り込みを支援するためのドラムサークルをやった場所だった。その日は、感謝祭の休暇中で、米軍のヘリやトラックも姿をみせず、こんなふうに、のどかで、にぎやかで、たのしい一日だった。



 ▼「高江ドラム・イン」
 [日時] 2008年11月30日(日)
 [場所] 高江座りこみ現場大学N4ゲート前集合
 [主催] 合意してないプロジェクト

 そのまちには、武器なんて似合わない、ほら、ほら
 そのまちには、ジャンベがたくさんあった、ほら、ほら
 通りすがりの僕だけど すぐにわかった

 そのまちには、基地なんて似合わない、ほら、ほら
 そのまちには、ドラムサークルが似合うのさ、ほら、ほら
 一日だけのことだけど、すぐにアンサンブルができた

 この映像の最初で、手をあげて道路をわたる子どもたちが、たのしげにうたっているのは、「ジングルベル」のうたである。おととい、高江にやってきた米軍ヘリがぶちこわしていったのは、こういう場所、こういう空気、こういう表情、こういう暮らし、そして、こういうドラムサークルの、よろこび、笑い、そして、アンサンブルである。高江にヘリパッドが建設されることで、失われのは、こういうものだ。今回の高江に対する米軍ヘリによる空爆のねらいが、これまで3年半以上にわたって阻止行動を続けてきた人たちと、それを支援してきた人たちに、たえがたい無力感や喪失感を与えることなのだとすれば、いま、高江以外の場所にいて、いま、高江のドラムサークルの仲間たちのために、いま、自分にできることがあるとすれば、それは、そことここと、ありとあらゆる場所で、もういっぺん、あるいは、何度でも、サークルを組みなおし、別のアンサンブルをつくりなおすことかもしれない。ほら、ほら、サークルはどこにでもある、ほら、ほら、何度こわれされても、またすぐできあがってくる、ほら、ほら、ここでもそこでもドラムが鳴ってる、ほら、ほら、新しいアンサンブルが、ここでもそこでも、つぎつぎにうまれている、ほら、ほら、わたしたちはけっしてあきらめていないし、「わたしたちはけっして無力ではない」とデモンストレーションすること。でも、それは誰に対してだろうか、米軍に対してだろうか、政府に対してだろうか、沖縄防衛局に対してだろうか?それはまず、高江に対して、だと思う。どんなに離れていても、デモの映像とその声や音は高江に伝わり、ヘリにふきとばされても、またすぐにたちあがってくる、たたかう人間たちのサークルとアンサンブルがうまれるはずだと、そう信じてる。

▼「沖縄・高江を救え! ヘリパッドをつくるな緊急デモ」
 [日時] 2010年12月26日(日)14:00- 街頭アピール 16:00- デモ出発
 [場所] 東京・新宿アルタ前広場

 明日のデモには、映像のなかで自分がたたいているドラムと、高江の子がたたいているドラのふたつを持って参加しようと思う。

[追記]

今回の件で、現場に居合わせた住民からのメッセージです。

 22日は、自国の暴挙に、怒り心頭。
 23日は、米軍の暴挙に、震えました。
 これが、基地の訓練(人殺しの練習)が、そこにあるという意味で、
 これを「甘受してほしい。」という政府です。
 日常にある米軍の事件、事故のなか、沖縄県民は65年も生活しています。
 「もうイヤだと言ったら ダメなのですか」 
 日米安保が必要とすることが、沖縄を苦しめています。
 この度に、県民が何度も抗議集会で声を上げても 
 沖縄の声は、政府に届きません。
 今、皆さんが、声を上げることは、とても意味があり、
 またこの運動が広がっていることを、実感しています。
 皆さんが共にいる、繋がっていると思えるからこそ、一人であっても、
 座り込みができ、防衛局にも抗議ができるのです。
 平和は、当たり前にはなく、みんなで築くもの。
 武器で、平和はつくれない。
 座り込みをして、教えてもらいました。
 一緒にがんばりましょう。

(やんばる東村 高江の現状「一緒にがんばりましょう。」(2010年12月25日)より)

[関連]
▼これが「甘受」と「来沖」の意味か(2010年12月23日)
http://illcomm.exblog.jp/12557555/
▼「いっそ東京を、基地に。」
http://illcomm.exblog.jp/11227138/
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by illcommonz | 2010-12-25 11:14
▼「アナキストクリスムアス・パレード&パーティー」
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 「国立駅から谷保駅までクラウンアーミーやミュージシャンやその他の人たちが音楽を演奏しながらパレードし、そのまま「かけこみ亭」になだれこんでライブセッションのあとクリスムアス・パーティをします。」

▼アナキストクリスムアスパレード
Anarchist Christmas Parade with Clown army!
[日時] 2010年12月25日(土)19:00-
[場所] 東京・JR中央線国立駅南口付近

▼アナキストクリスムアスパーティ
Anarchist Christmas Party with Clown army!
[日時] 2010年12月25日(土)20:30-
[場所] 東京・国立「かけこみ亭」
[出演] ブロークン・サーカス・モンキーバンド/ウラン・ア・ゲル

 「クリスマスはもともとは、死霊の来訪を肯げる冬の祭りであった。第二次世界大戦のあと、アメリカ文化の影響力の拡大とともに、ヨーロツパの都市のクリスマスは、年をおってはでやかになっていた。死霊を巻き込んだ贈与の祭りはそっくりそのまま、はでやかなコマーシャリズムに吸収され、変身をとげようとしていたのである。なかでも、クリスマスの祭り方にあらわれた変化は顕著だった。パリのデパートを中心にして、アメリカ式のはでなイルミネーションが、クリスマスをひかえた冬の街角を華やかに演出して、ショーウィンドウには心をそそるプレゼントが山と積まれた。フレーザーは『金枝篇』の中で、ヨーロッパで広くおこなわれているクリスマスというキリスト教の祭りが、もともとは、冬至の期間をはさんでおこなわれていた「異教の祭り」を原型とするものであったことを、膨大な文献の裏付けをもって、あきらかにした。太陽の力がもっとも弱くなり、万霊がこの世をみたすと言われる冬のこの季節、ヨーロッパの村々には長期間にわたって、死者の霊をあらわす、さまざまな存在が出現した。大きな仮面をかぶっている者たちもいれば、ガラガラ、ヒュンヒュンいう恐ろしい騒音を立てる楽器を手にした若者たちもいれば、隊列を組んで家々を訪ね歩いて、食べ物やお菓子やお金を要求していく子供たちの一群もあった。農村の家族は、この期間の夜は、じっと家の中におとなしく暮らして、仮面や騒音楽器を手にした、若者や子供の一隊がやってきたら、彼らを丁重に迎えて、彼らの望みどおりの贈り物をあたえてやらなければならなかった。そうしなければ、穀物や家畜が、来年になって豊かな収穫や増産をあたえてくれないだろうし、新婚の家庭には子供がさずけられないかもしれないし、家族に不幸がおこってしまうかもしれない、という恐れがあったからである。太陽がかげった冬の村々を、死者の霊の群行がおおいつくした。生者はそうやって訪れてくる死霊たちを、心よく迎えて、手厚い贈り物をあたえて、彼らに気持ちよく去ってもらおうと、さまざまな手のこんだお祭りをおこなったのである。「アメリカ」が、その資本主義をとおして、これらの「贈与の主題」のすべてを、新しいスポットライトの下に送り込んだのである。商業主義の浸透は、クリスマスを大規模な商品の消費の季節につくりかえた。」(中沢新一)

 リクレイム・ザ・ノイズ、リクレイム・ザ・マスク、リクレイム・ザ・フールズ、リクレイム・ザ・テリブル・ユース、リクレイム・ザ・ゴースツ、リクレイム・ザ・フリーギフト、そして、リクレイム・ザ・社会への迷惑。資本主義や商業主義によって消されてしまったもの、おさえつけられてしまったものたちをよびもどし、迷惑なものやめんどくさいもの、こまったものや厄介なものに対して、本来、民衆がもっていた寛容性や耐性をとりもどす、そんな異教徒的なパレードになればいいと思います。願わくば、このおかしなパレードが、恵まれぬものたちと共に分かちあわれんことを。

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▼クレプスキュール「クリスマスの亡霊たちが通り過ぎてゆく」
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by illcommonz | 2010-12-24 13:13