Top

いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
記事ランキング
<   2011年 01月 ( 37 )   > この月の画像一覧
▼電気の耳を持った機械の眼になることは可能か?
d0017381_20552591.jpg
 「なぜ、誰のために、われわれは人びとのあいだに、カメラをもちこむのだろうか。不思議なことに、この問いに対する私の答えは常に同じである―「私のために」。もちろん科学的理由(急速に変化しつつある文化や、消滅してしまうおそれのある文化の、視聴覚資料館をつくること)や、政治的理由(耐えがたい情況に対する反乱に加わる)や、美学的理由(記録しなければ消えてしまう美しい景色、顔、身振りなどの発見)により、その使用を正当化することは常に可能であろう。しかし実際には、われわれは、突然、フィルムを撮る必要が生じたり、あるいは、まったく同じような情況で撮影してはならないという確信があるから、フィルムを制作しているのである。」(ジャン・ルーシュ「カメラと人間」)

▼大阪大学グローバルCOEプログラム「コンフリクトの人文学国際研究教育拠点」
シンポジウム「コンフリクトをみる・きく―方法論再考」
[日時] 2011年1月22日(土) 13:00-17:00
[場所] 大阪大学人間科学研究科ユメンヌ・ホール

 「映像人類学は科学なのかアートなのか、撮影は三脚を用いるべきか、手持ちに徹するべきか等、方法論に関する同じ問いが繰り返されてきた。しかし、映像作成をする側もしない側も、そもそも人類学的報告において映像を用いるのはなぜか、という根本的な問いは避けて通りがちである。それは実のところ、ルーシュの言葉が示すように、さまざまな正当化の「理由」よりも「確信」という怪しげな何かによって支えられているのだ。だとしたら、人類学的映像について語るとき、必要なのは言葉かヴィジュアルか、といった表象媒体に関する議論ではなく、それが撮られた/作成された状況と、その場にいる人々の関係性なのではないか。しかも、その関係性に、機械が不可欠なアクターとして関わっているということをいまいちど考察に組み入れるべきだろう。再びルーシュの挑発的な言葉を引用し、当日の議論につなげたい。

 「私にとって唯一の撮影方法は、カメラをもって歩き回り、最も効果的な場所に持っていって、写されている人と同じような生き生きとしたカメラの動きを即座につくることである。もはや自分自身ではなく、「エレクトロニックな耳」をもった「機械的な目」となる。フィルム制作者のこの奇妙な変化の状態を、魅いられたような現象から類推して「シネ・トランス」と名づけている。」(ジャン・ルーシュ)

[参加者]
酒井朋子(本GCOE特任助教)報告者
田沼幸子(本GCOE特任研究員)報告者
市岡康子(元立命館アジア太平洋大学教授、元日本テレビ映像ディレクター)報告者
古川岳志(本GCOE特任助教)司会
中川理(大阪大学GLOCOL専任講師)コメンテーター
小田マサノリ(東京外国語大学AA研特任研究員)コメンテーター
村尾静二(国立民族学博物館助教)コメンテーター
冨山一郎(本GCOE事業担当推進者)
久保田美生(本GCOE特任助教)

---------------------------------------------------
[追記]
Q:電気の耳を持った機械の眼になることは可能か?
A:可能だが、そうなりたいとはおもわない。
[PR]
by illcommonz | 2011-01-21 20:59
▼トリッシュ・キーナン
d0017381_15415035.gif"It is with great sadness we announce that Trish Keenan from Broadcast passed away at 9am this morning in hospital. She died from complications with pneumonia after battling the illness for two weeks in intensive care. Our thoughts go out to James, Martin, her friends and her family and we request that the public respect their wishes for privacy at this time. This is an untimely tragic loss and we will miss Trish dearly - a unique voice, an extraordinary talent and a beautiful human being. Rest in Peace."( Broadcast: A statement)

 Broadcast "Echo Answers"
  彼女に、冬はもうやってこない、こだまもかえってこない。
  でも、彼女の声とその記憶は残りつづける。
  これからは「目に見えないもの」として。

▼「TRISH KEENAN が肺炎のため急死」
「UKのエレクトロニック・バンド、ブロードキャストのヴォーカルであるトリッシュ・キーナンが1月14日、肺炎による合併症のため入院先の病院で死去した。享年42歳。グループの所属レーベル=ワープの声明によると、彼女は2週間に渡って集中治療を受けていたが、同日の9:00に帰らぬ人となってしまったという。今回の訃報を受け、グレアム・コクソンやフライング・ロータスら人気アーティストが続々と追悼コメントをTwitterにアップ。〈NME〉をはじめとする海外の各メディアは、彼女は昨年末にツアーを行ったオーストラリアでインフルエンザに感染したと報じている。」(2011年1月17日)
[PR]
by illcommonz | 2011-01-18 15:58
▼サインズ・オブ・チェンジ・アーカイヴ・ブック
d0017381_3213729.jpg
 「あなたがもし社会変革に関心があるなら、この本はきっと、あなたがいままで読んだ本のなかで、最も重要な「芸術史」の本となるだろう。」(イエス・メン)

 「Signs of Changeには、息をのみ、胸を締め付けられた。どれだけたくさんの努力が私たちの前に横たわっているのかを教えてくれる。強力なインスピレーション。」(スウーン)

 「Signs of Changeは、政治とアートの理想的な交差地点を見せてくれる、ハッとするような美しいコレクションだ。これは、遠い時間と場所へのノスタルジックな回想ではなく、私たちのいくつも闘争と、その連結と継続を祝福するものだ。」(アーロン・コメットバス)

 「なんという本だろう! Signs of Changeは、ポスターのスクリーンを作る者や、ステンシルのスプレーを吹き付ける者、木版を切り抜く者、また社会変革を求める本物の空想家たちによる グローバルな共同体を、ひとつに集結させている。」(ディー・ディー・ハレック)

d0017381_3311148.jpg
▼D・グリーンウォルド&J・マクフィー編「サインズ・オブ・チェンジ」
 「ポスター、フライヤー、写真、ビデオなど、60年代から現在までの社会運動から生まれたヴィジュアル作品が、およそ25ヶ国から350点以上集められ、ニューヨークのEXIT ARTで展示された。その「Signs of Change」展の貴重なアーカイヴが、フルカラー、178ページの一冊の本になって登場!」

.................................................................

d0017381_327622.jpg
 2008年、リーマンショックの直後にニューヨークで開催された「Signs of Change」展のアーカイヴ・ブックが出版されました。日本からは僕やIRAの成田くんがつくったポスターが掲載されてます。

d0017381_3243697.jpg

d0017381_32668.jpg
 「「新しいたたかいの文化」は、アートと政治の密接な関わりにおいて見てとることができる。「伝統的なたたかいの文化」の闘士たちの活動においては、芸術が採用される場面はごく限られていた。よくてせいぜい「アクセサリー」あつかいだった。しかし、新しい世界をいま・ここでつくることがアクティヴィストたちの主要な課題となってからは、新しい反資本主義とアーティストの仕事はかつてないほど近づいてきている。いまやアーティストとアクティヴィストは互いに創造性を分かち合っているのだ。」(エセキエル・アダモフスキー)

 アダモフスキーが云うように、近年、海外ではアート・アクティヴィズムがルネサンス的に息をふきかえし、アクティヴィスト・アーティストたちによるカルチャー・ジャミング的な表現=活動が活発化しています(たとえばBANKSYやZEVSなど)。いまだに村上隆のような作家ばかりフォローし続けている日本の美術誌からは、そうした時代の変化がよみとれませんが、同時代の表現はゆっくりと、しかし確実に、社会と政治の方にトランスフォームしています。二年前の「Signs of Change」展は、「トランスフォーメーション」展のそれとは別の地平で、現在の世界における「変化の兆し」を的確にとらえたものだったと思います(「トランスフォーメーション」展が焦点をあてたのは、身体や精神の「変容」とその美学あるいはモードであって、そこには「社会変革」や「アクティヴィズム」へ/のまなざしは希薄だった)。一方、今年の「横浜トリエンナーレ」のテーマは「世界をどこまで知ることが出来るか」に決まったようなので、そこではぜひ、「もうひとつの世界をどこまで知ることが出来るか」というオルタナティヴなテーマで、「Signs of Change」の続篇のような展示がみられることを期待します。

d0017381_328124.jpg
[追記]
国内では新宿のIRAで販売してます。
http://irregularrhythmasylum.blogspot.com/
[PR]
by illcommonz | 2011-01-17 03:48
▼トランスフォーメションサイクル展レヴュー
d0017381_124338.jpg
 「アーカイブ展示として、小田マサノリも参加しています。小田は別名イルコモンズとしてアーティスト活動もしています。小田の活動は変容ではなく、変革。もっとはっきりと言えば革命です。アーカイブは時代や場所、人類学からマンガのジャンル横断をした「変身-変容」に関連する資料の展示。今回、企画者の中沢は美術だけでなく博物館とも連動して展示を行いたかったと発言していたので、このアーカイブは博物館的な位置づけでありながらも、変革の意識が見え隠れしています。単純なアーカイブに留まらない二重性も楽しめました。」(TOKYO ART BEAT「アートと人類学が出会い、世界の向こうに変容する展覧会」より)

d0017381_1252972.gif
▼「トランス-フォーメーション-サイクル展」ブログサイト
http://rlatblog.wordpress.com/exhibition/

[Twitter]
yensui: MoTでトランスフォーメーション展。 2Fの「変身」にまつわるアーカイブが面白かった!もっと本編とも絡んでればよいのに。カタログにも載ってなさそうだったし。。。

kyahomaro: トランスフォーメーション。正直、頭の悪い私はわかりやすい2階のアーカイブコーナーが一番テンション上がりました。あとはヤン・ファーブル。

fumicht そうです、トランスフォーメーションでした。ヤン・ファーブルの作品がよかったです。あとは展示の途中にある変身に関するアーカイブもなかなか。

ong_t: MOT「トランスフォーメーション」展。小田さんのやっているらしい変容人類学研究室のアーカイブがダントツで面白かった。あれ、本にしてほしいわ…。

d0017381_1291371.jpg
ryokan: トランスフォーメーション展。アーカイブとして様々な変化変身を扱ったものを集めたコーナーがある。アヌビス、人魚、ウルトラマン、鉄男、ロボ芸者、アルチンボルド、ジャミラ、…

A_nikaichi: トランスフォーメーション アーカイブ すごい…!

isonosake: トランスフォーメーション展でみたアーカイブ集がちょっとほしい。楳図かずおの「わたしは真悟」って面白いのかな?

cerveaunoir: トランスフォーメーション展は、「アーカイヴ」が面白かった(というか古い美術史脳でも理解できる内容だった)のだが、カタログに掲載されてなくて残念。

flwmoon: なかなか良かったよ。ヤンファーブルが圧巻。展示よりも中沢新一の変容人類学のアーカイブが良かった。

mqunn: @mitokin トランスフォーメーション行った?まあ私のアート音痴が更に明らかになったんだけど、アーカイブ展示がめちゃくちゃ面白かった。もう絶対能面欲しいし。

HagimotoKaho: 「東京アートミーティング トランスフォーメーション」のアーカイブ展示けっこう楽しかった。オナ族ってパタゴニアの部族が儀式で、頭にかぶり物かぶって身体中にペイントして精霊になりきる姿が紹介されてたけど、最高にクレイジーでアーティスティック。族長センスありすぎる。

Clover_0303: トランスフォーメーション展のアーカイブにあったジャミラ。もともとは宇宙飛行士だったけど、水のない惑星に置いてきぼりになり、怪獣になる。見捨てられた事を恨み、宇宙船を修理して地球に帰ってきて暴れる、って悲しい。ウルトラマンの怪獣達ってなんてシュールなんだろう。

myaaam: 今日から1月末までのトランスフォーメーション展@東京都現代美術館、ゆうこりん節炸裂の豪華メンツが参加。個人的には小田マサノリさんたちのアーカイヴがめちゃツボ。変容というテーマは全体に西洋的というかあまりピンとこなくて、先週ドリフでも話題になったネオコス文脈の方が今はリアルだなあ。

.....................................................................................

[告知] トランスフォーメーション展は今月の31日までです。今日は自分の誕生日なので、バースデープレゼントとして、招待券をお贈りします。ご希望の方は、このエントリーの「非公開コメント」で郵送先と名前をお知らせください。3枚セットで5組の方にさしあげます。郵送料はこちらで負担します。

d0017381_1315795.jpg
[PR]
by illcommonz | 2011-01-17 01:32
▼44→45
d0017381_113232.jpg
【展示】

▼「トランス-フォーメーション・サイクル」展
http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/118
2010年10月29日-2011年1月30日 東京・東京都現代美術館2階

▼「スタジオ・フォトグラフィ・アズ・ア・ドリームマシン
夢を創る機械としてのスタジオ写真 ケニアのスタジオ写真家たち1912-2001」展
2010年6月22日-7月31日/2010年11月19日-11月23日
http://www.aa.tufs.ac.jp/dream-machine/dream

▼「豊饒なる埃及」絵画展
2010年3月24日~5月28日
http://www.aa.tufs.ac.jp/egypt/

【講演/講義/トークほか】

▼文化人類学会関東地区懇談会連続企画
「教室/大学というフィールド―文化人類学の何をどう伝えるか」
2010年12月18日 東京・東洋大学白山キャンパス

▼「STOPしたよ!!無印良品」報告集会
2010年12月17日 東京・アジア太平洋資料センター

▼大阪大学21世紀懐徳堂シンポジウム
「大阪万博40周年の検証」
2010年12月12日 大阪・毎日新聞社大阪本社オーバルホール

▼大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター市民アカデミア
「生存・連帯・抵抗―ポスト新自由主義時代の新たな社会運動」
「〈ストリートの思想〉以後の政治文化運動」
2010年12月10日 東京・麻布台セミナーハウス

▼「APECいらないデモ直前番組~近年のデモンストレーション」
2010年11月13日 横浜・NO APEC TV スタジオ
http://www.ustream.tv/recorded/10830065

▼「グローバル化するデモス(=民衆)~これがデモクラシーだ!」
2010年11月14日 横浜・NO APEC TV スタジオ
http://www.ustream.tv/recorded/10818063


▼富永剛総「ここ から とおく」展
対談「今日の芸術から宮下公園まで」
2010年11月9日 東京・マキイ・マサル・ファイン・アーツ

▼「横浜下町パラダイスまつり」
「いるといらとそのなかまたちの若葉町トーク」
2010年9月1日 横浜・横浜下町パラダイス会館

▼対談「〈帝国〉の時代のアート」
2010年8月1日(日) 東京・新宿 Cafe★Lavanderia

▼「ジェイムズ・クリフォード・セミナー」
2010年7月2日 東京・国際文化会館

▼「自主メディアの可能性~"セカイ"のコミュニケーションと"政治"」
2010年6月3日 東京・阿佐ヶ谷ロフトA

▼世田谷市民大学「社会コース」前期講座
「豊かさ」と「貧しさ」を問う~時代に抗う若者たち
2010年5月19日/26日/6月1日 東京・世田谷市民大学

▼「文化人類学解放講座」
2010年4月-12月
東京・中央大学八王子キャンパス

▼草の実アカデミー第13回講演会
「ストリートデモクラシー」
2010年2月20日 東京都・新宿区落合第1地域センター

【映像制作】

▼「東京の社会鍋」
2010年12月29日
http://www.youtube.com/watch?v=gXealQ1_IbA

▼「沖縄県東村高江のドラムサークル」
2010年12月23日
http://www.youtube.com/watch?v=osm-WLCMdKI

▼「学生節 in the UK」
2010年12月7日
http://www.youtube.com/watch?v=sG8r6MfGr5M

▼「A3.0.1-YT2K+11 PV」
2010年11月17日
http://www.youtube.com/watch?v=HUa0SoFAQA8

▼「NATV48H (Pilot Edition)」
2010年11月11日
http://www.youtube.com/watch?v=Tg327UWsvvU

▼「The Sounds of Earth subtitle」
2010年10月25日
http://www.youtube.com/watch?v=5cyRyfn_3IQ

▼「OUR STRUGGL - よわいたたかい」
2010年9月27日
http://www.youtube.com/watch?v=xM41zLZrUR0

▼「JUST RUIN IT - Miyashita NIKE Park」
2010年9月24日
http://www.youtube.com/watch?v=m4Nb9_ChNmI

▼「フィールドプラス」PV
2010年8月2日
http://www.youtube.com/watch?v=FH7eE2Kf41w

▼「スタジオ・フォトグラフィ・アズ・ア・ドリームマシン」展予告篇
2010年6月18日
http://www.youtube.com/watch?v=LT4ayEv3a64

▼「SET_BUSH_FIRE_pt.1」
2010年6月4日
http://www.youtube.com/watch?v=EAxaurrobQc

▼「SET_BUSH_FIRE_pt.2」
2010年6月4日
http://www.youtube.com/watch?v=MkuC_JwSVQ8

▼「いっそ東京を、基地に。」(2010 edit.)
2010年6月1日
http://www.youtube.com/watch?v=Zxpso5RsDGQ

▼「いっそ東京を、基地に。」
2010年5月27日
http://www.youtube.com/watch?v=2O6g4yKq_uc

▼「文化人類学タイトルリーディング」
2010年4月13日
http://www.youtube.com/watch?v=9KoZsj9USLY

▼「LIVE UNDER THE BRIDGE 2010 PV01」
2010年4月12日
http://www.youtube.com/watch?v=7TgIpFs44F4

▼「LIVE UNDER THE BRIDGE 2010 PV02」
2010年4月12日
http://www.youtube.com/watch?v=K3josRxfWpI

▼「LIVE UNDER THE BRIDGE 2010 PV03」
2010年4月12日
http://www.youtube.com/watch?v=DlHZWhTBK7s

▼「LIVE UNDER THE BRIDGE 2010 PV04」
2010年4月12日
http://www.youtube.com/watch?v=Ki-2X73tWtU

【ライヴ/DJ/VJ/パフォーマンスほか】

▼「アナキストクリスムアス」
2010年12月25日 東京・国立 かけこみ亭
※ウラン・ア・ゲル・ライヴ

▼「バイナッシングデー・クラウンアーミー・アクション」
2010年11月27日 東京・北千住

▼「2wheels4changeパーティ」
2010年11月20日 東京・桜台 Pool
※ウラン・ア・ゲル・ライヴ

▼「宮下公園夏まつり2010」
2010年8月28日 東京・渋谷宮下公園 
※ウラン・ア・ゲル・ライヴ

▼「なんとかフェス:サマーパニック2010」
2010年8月20日-22日 長野・長野市安茂里ジローズ・ビッグマウンテン
※DJ+VJ

▼「ライヴ・アンダー・ザ・ブリッジ」
※ウラン・ア・ゲル・ライヴ

▼ブロックパーティー「宮下解放区 IN PROGRESS」
2010年5月16日 東京・渋谷宮下公園
※ドラムサークル

▼「豪邸」
2010年4月26日 東京・高円寺素人の乱12号店
※豪邸・ライヴ

【デモ/抗議行動ほか】

▼「沖縄・高江を救え!ヘリパッドをつくるな緊急アピール&デモ」
2010年12月26日 東京・新宿

▼「沖縄への基地押しつけはおしまい! 新宿ど真ん中デモ」
2010年12月5日 東京・新宿

▼「ナイキ本社前抗議行動」
2010年10月15日 東京・品川

▼「米軍だけじゃない、自衛隊も沖縄を踏みにじるな!新宿ど真ん中デモ」
2010年10月10日 東京・新宿

▼「宮下公園を救おう・手作りサウンドデモ」
2010年9月26日 東京・渋谷

▼「宮下公園を救え!1000人大包囲行動」
2010年9月17日 東京・渋谷

▼「沖縄に基地はいらない!日米安保もいらない!新宿ど真ん中デモ」
2010年8月27日 東京・新宿

▼「沖縄に基地を押し付けるな!決着はついてないぞ!7.4新宿ど真ん中デモ」
2010年7月4日 東京・新宿

▼「沖縄を裏切るな! 新宿ど真ん中デモ」
2010年5月30日 東京・新宿

▼「沖縄を踏みにじるな!新宿緊急デモ」
2010年4月24日 東京・新宿

▼「世界同時ナイキパーク反対デモ」
2010年3月31日 東京・渋谷

▼「キャバクラユニオン・ちゃんとしないと、飛ぶぞ」デモ
2010年3月26日 東京・新宿

▼「ネットカフェ規制に反対するデモ」
2010年3月13日 東京・新宿

▼「NO-VOX 国際連帯フォーラム・デモ」
2010年3月7日 東京・恵比寿

【デザイン】
・「カルチュラルタイフーン2010」ポスター
・「ドリームマシン」展ポスター
・「R.L.A.T.」ブログサイト制作、そのほか多数

【アフィニティ・グループ活動】
・T.D.C.(立川ドラムサークル)
・R.L.A.T.(変容人類学研究室)
・多摩川ベル・リンガーズ(社会鍋)
・サンフラワーズ(クラウンアーミー)

【執筆】
・なし(※著作家廃業中
.........................................................................

 以上、44才の年にやったこと。こうしてならべてみると、ほんとに何が専門で何が本職なのかさっぱりわからない。ということはやはり、ボイスの云う「なにかべつのもの」にむいていたのだろう。

 「ご存知のとおり、私は自然科学の勉強をはじめました。そして、次のような認識に達したのです。私は私自身に云いました。「おそらくお前の能力はある分野でのすぐれた専門家になるというのとはちがう何かべつのものに向いている」と。そして「お前にできることは人びとが義務として負っていることに対して幅広い刺激を与えることなのだ」と。」(ヨーゼフ・ボイス)

 その仕事には名前がなく、肩書きもなければ役職もない。

 「わたしが生まれたといふことは、わたしに使命のある証拠である。わたしが今生きているといふことは、わたしにまだ使命があるという証拠である。万人に使命がある。之を信じてこそ人格尊重の根拠ができる。」(後藤静香)

 明日から45才。まだやりそこねていることがたくさんある。

d0017381_4161264.jpg
[PR]
by illcommonz | 2011-01-17 01:02
▼それを墓場まで持っていくことはできない
d0017381_2362143.jpg
▼フランク・キャプラ「それを墓場まで持っていくことはできない(邦題=我が家の楽園)」

 「「景気回復」や「成長戦略」の空しい号令をくりかえすしか能のない連中のいうことなどにまどわされず、ほ・ん・と・う・に・自・分・が・お・も・し・ろ・い・と・思・う・こ・とに、わき目もふらず向かう生き方は、どういう生き方なのかを想像してみるのにうってつけの映画がある。フランク・キャプラの「我が家の楽園」がそうで、自分にとって「ソウル・ムービー」というものがあるとしたら、確実にその一本となる映画である。ついこないだも見たばかりで、もう数え切れないくらいみてるのに、何度みてもよい。ビフォなら「これは「離脱」の映画だ」というだろう。なにからの離脱かといえば、資本主義からの離脱である。ちなみに原題の「それ」とは「お金」のことである。キャプラの楽天主義をばかにする現実主義者もいるが、ばかで結構、理想よ一歩前に、現実は後からついてこいである。

d0017381_235546.jpg
[追記] 著作権保護期間が過ぎてパブリック・ドメインにはいったコモンズ映画なので廉価版(500円)で手に入ります。
[PR]
by illcommonz | 2011-01-12 02:38
▼文化人類学解放講座/学期末公開試験
d0017381_215813.jpg
 今日は学期末試験の日です。テストの問題はいつもとおなじ問題です。なにかのためのテストではなく、自分で自分を試すDIYのテストだと思って、たのしんでやってください。

【問題】この一年間の講義を通して知ったことや考えたことをもとに、自分でこたえることのできる問いを自分でつくり、その問いに自分で答えをみつけて、それを自分で評価して下さい。

 ※評価はABCや点数などでつけないこと
 ※パソコン・携帯電話・電子辞書などの持ち込み可
 ※グループでの話し合い、アイデアの共有、共同作業可
 (よって今回も「不正行為」「カンニング」はゼロ(無理)です)

[参考1] 「自分で問いをつくり答えをつくること」
 「明治六年に全国ではじまった学校制度は、①先生が問題を出す、②その正しい答えとは先生の出す答えだ、という前提にたっており、生徒自身がそれぞれ、6歳までに知っていることの中から自分で問題をつくり、答えを出すということは除外されている。もし大学まで進むとして、十八年、自分で問題をつくることなく過ぎると、問題とは与えられるもの、その答えは先生が知っているもの、という習慣が日本の知識人の性格となる。今は先生は米国。[...] 教師も、明治以前の寺小屋の気風を受け継ぐ時代から離れて、大学教育学部養成の教師たちになると、知識人共通の性格から自由ではない。[...]そのときの光背を失わずに、点数によって人を見ない運動を続けている人は、現代の中で私の知る限り、無着成恭だけである。こうした姿勢を日本の教師は、小・中・高・大を通して失った。無着成恭が僧侶になったのは、今の日本の学校に彼のいる場所がないからだ。[...]日本の大学は、日本の国家ができてから国家がつくったもので、国家が決めたことを正当化する傾向を共有し、世界各国の大学もまたそのようにつくられて、世界の知識人は日本と同じ性格を持つと信じられている。しかし、そうではない。(鶴見俊輔)

[参考2] 「文化人類学解放講座答案集」
http://illcommonz.exblog.jp/7051941/
http://illcommonz.exblog.jp/5822249/
http://illcommonz.exblog.jp/4574257/
http://illcommonz.exblog.jp/4574278/

[参考3] 「みんなの答案」(2005年)
 「グローバリゼーションとは、バランスのこわれた生活が、地球の残りの部分にまでひろがってゆくことだよ/そう、ディズニーはどんどん世界に進出しているのです。このことが世界にもたらしているのは何でしょう?それは、すてきな夢、そして、苦痛なんです/ハリウッド映画は一種の「思想的テロ」ではないか?ハリウッド映画の「思想的テロ」が最も威力を増すのは、我々がグローバリズムへの思考を止めたときである。我々が思考を止めれば、ハリウッド映画はまさに「思想的テロ」となって、我々を洗脳してしまうだろう/私たちはテクノロジーによってスピードを得たが、知らぬ間にいろいろなものを失ってしまった。「コヤニステカッツィ」は映像と音楽だけだが、これを見ると、失っていくものに対する恐怖を感じることができる/郊外にショッピングセンターができた。しかし今考えるとそういった所では消費者としての満足しかなく、その時の思い出というのはほとんどない。郊外のショッピングセンターが空虚なものに感じてしまう/金を払わねば、人として存在することもできなくなる世の中は本末転倒である。それのいったい何がグローバリゼーションなのだろう/グローバリゼーションに対して私が抱く危機感の本質とは、企業及び資本主義によってもたらされる、人々からの人間性・人間のはく奪である/自分の体からはなれすぎて、地球の裏側のことまでわからない、まるでRPGのような世界が今の世界だと思います/グローバリゼーションを通じて人は、本質を見抜く力を失っていることに気づくべきではないのか?/私たちのボーダーは消えたんじゃない、大きな何かに飲み込まれた、あるいは、買い取られた。そして新たに企業のなわばりというボーダーができたのだ/どの国からも「エキゾチック」がなくなるのか。いま流行の「ボヘミアン」「エスニック」など「~風」がなくなってしまうと考えると気持ち悪い/お土産というものがもっていた機能が交通機関の発達など昨今の急速なグローバリゼーションによってもはや維持できなくなってきている/貧困救済に貢献する自身の社会的評価を上げようとする私利私欲、その象徴を身につけることになっているという切り口からホワイトバンドを見てみると、なんとも諧謔に思えて仕方ない/資本主義・グローバリゼーションによって創り出された枠組から少しはみ出して「悲惨」といわれる世界側から、いま自分たちのいる世界を見てみたい/公共サービスへの民間企業の参入は高利潤を生むビジネスとして注目されており、公共サービスの自由化は、途上国ではサービスを受けられるものと受けられない人々ができてしまう/私たちは彼らに仕事を与えてあげたのではない。安く働かせられるから都合が良いと雇ったのだ/国内生産のセブンイレブンでは買い手・売り手・作り手の間に極端な貧富の差は出ない。ナイキは買い手・売り手・作り手の貧富の差が極端に出がちである。私とホリエモンぐらいの差かもしれない/ディズニーを毛嫌いするというのは答えではないし、楽しければ良い、と関係性を絶ってしまうのも違うはずだ/かつては今よりも便利ではなかったが、それでも生活していた。便利になるためにCMに踊らされて物を買い換えてゆく私達/私たちの社会は他者を想像していない社会である。私たちに想像力というものが欠けている、もしくは、欠けさせられたからである//私たちは何をしなければならないのか?最低賃金(死なないだけの額)で暮らさねばならない人々の存在とその暮らしを想像することである/我々が一番忘れてはならないもの、それは「他者の尊重」そして「相手から学ぶ」という姿勢では?/ある文化人類学者は、ある講義で次のように言った「文化人類学ではないもの(=似たもの)を見ることで文化人類学を学ぶ」と/無知ということの恐ろしさを感じればいい。自分が人権を持っているのさえ考えず、そんな人間は他人の人権も同じく考えない/私には、テクノロジーが生んだ便利さというヌルマ湯につかりすぎて、人々は"理性"を、"考える力"を失ってしまったとしか思えない。いま人々に必要なのは"理性"である。テクノロジーの影で声にならない声をあげているモノたちについて良く考えなければならない。それが出来なければ破滅の一途をたどり続けるだけであろう/押しつけが多いから、世界は怒るのだ。耳をすまして世界の声を聞くこと。簡単なことじゃないか。地球の理想は、世界中の合意の上に様々な文化が成り立っていることではないのか。グローバリゼーションはその過程なのだよ。世界中が国家の単位をこえて、同じ地球民族であることを確認し、力をあわせていかなくてはならない。そのためにまず自文化の押しつけを自覚することだ/私たちは企業に搾取されるばかりでなく、世界に呼びかけ、行動することもできるのだから。」

[追記] 毎年、この日がたのしみで、講義をしている。それまでは、もっぱら話をきくだけだった学生たちが、自分の考えとやりかたで、それぞれにまったくちがった答案をつくりはじめる。教室が映画「トントンギコギコ図工の時間」のようになる。サンデルのように教師ではなく、学生が主体となって教室を白熱させる光景を教壇からながめるのが好きだ。なにかというと「いまの学生たちは…」と口にしたがる教師たちにみせてやりたい光景だ。写真や文章をはさみやのりで切り貼りした答案には独特の手触りとにおいがある。本のかたちをしたもの、ビンにつめられたもの、地球のかたちをしたもの、たべものがはりつけられたもの、バッグのかたちをしたもの、スニーカーのかたちをしたもの、丼にはいったもの、手紙のかたちをしたもの、ひとつとして同じ答案はない。いろんなかたちをした答案があるので、家に持ち帰るのがたいへんだが、それがたのしみで講義をしている。
[PR]
by illcommonz | 2011-01-12 02:04
▼「手を貸さなくてもいいので、じゃましないでください」


世の中の人たちよ、
集まって自分のまわりを
見まわしてください。
まわりの水かさが
増してきてるのがわかるでしょう。
もうじき体の芯まで水びたしになります。
もし時間をムダにしたくないんだったら、
いますぐ泳ぎはじめることです。
さもないと石のように
水の底に沈むことになるでしょう。
なぜなら、時代はいま、
変わりつつあるからです。

ペンで未来を語る作家や評論家の人たちよ、
目をしっかり開けて、よく見てください。
こんなチャンスは二度とこないでしょう。
はやまってはいけません。
ルーレットはまだ回りつづけていて、
誰のところで止まるかは分からないのです。
いまは負けてる者たちが、
いずれ勝つことになるでしょう。
なぜなら、時代はいま、
変わりつつあるです。

議員や政治家の人たちよ、
くれぐれもドアの前に立たないように、
入口をふさがないように、注意してください。
そんなところで、ぐずぐずしてたら、
きっと痛い目にあうでしょう。
いま外ではたたかいがはじまり、
ますます激しくなっています。
やがてそれが、窓をふるわせ、
壁をゆさぶるでしょう。
なぜなら、時代はいま、
変わりつつあるからです。

両親たちよ、
自分が理解できないことに口を出さないでください。
息子や娘さんたちは言いなりにならないでしょう。
あなたたちが来た古い道はどんどん消えてゆくのです。
手を貸さなくてもいいので、
新しいもののじゃましないでください。
なぜなら、時代はいま、
変わりつつあるからです。

魔方陣の線がひかれ、
呪いがかけられました。
いま最後尾にいる者たちが、
やがて先頭にくるでしょう。
いまの序列はどんどん意味を失ってゆきます。
いま先頭にいる者たちが、
やがて最後尾にくるでしょう。
なぜなら、時代はいま、
変わりつつあるからです。

ボブ・ディラン「時代は変わる」
[PR]
by illcommonz | 2011-01-10 01:38
▼「よくなくてもやっていける」
d0017381_1315064.jpg
 「誰もが「右肩上がり」の時代は終わったと言う。だがそれにしては騒々しくないか。なにかしなくてはならないことになっていて、「革命」とか「自由」とか、もっと別のもののために使われてきた言葉が気ぜわしげに使われる。「危機」や「国家目標」が語られ、それらに「新世紀」といった言葉が冠せられる。十分に多くの人たちは「消費を刺激する」といった言葉の貧困さや「人間の数を増やす」という発想の下品さに気づいている。しかしそうしないと「生き残れない」とか言われて口をつぐんでしまう。政治的な対立と見えるものも「経済」をよくする手段について対立しているだけだ。私たちに課題があるとしたら、それはそんなつまらない状態から抜けることである。
 そうして訪れる世界は退屈な世界だろうか。退屈でかまわないと私は思うが、退屈や停滞という言葉が気にいらないなら、落ち着きのある社会と言い直してもよい。そして退屈になった個々の人たちはすべきことをするだろう。 
 いま考えるに値することは、単なる人生訓としてでなく、そう無理せずぼちぼちやっていける社会を実現する道筋を考えることだ。足し算でなく引き算、掛け算でなく割り算することである。もちろんそれは、人々が新しいことに挑戦することをまったく否定しない。むしろ、純粋におもしろいものに人々が向かえる条件なのである。   
 繰り返すが、この社会は危機ではないし、将来は格別明るくもないが暗くはない。未来・危機・目標を言い立てる人には気をつけた方がよい。」(立岩真也「つよくなくてもやっていける」(「21世紀の入り口で」朝日新聞 2001年1月11日)

 いまからちょうど10年前の新春記事。いまでもそのまま通用する話だと思う。いくつか違いがあるとすれば、リーマンショック以後の現在、「気ぜわしさ」は「ヒステリー」となり、「言葉の貧困」と「発想の下品さ」はすでに「卑しさ」の域に達しているということだろう。「つまらない状態」は依然として続いている。さらにもうひとつ違いがあるとすればそれは、その「つまならさ」をごまかすためのツール(iPhoneとかTwitterとか)がやたらと増えたということだ。そして、いまや惰性化した「つまらない状態」を利用して一発あてようとする連中もいる。そんななか、もしまだ私たちに課題があるとすればそれは、「景気回復」や「成長戦略」の空しい号令をくりかえすしか能のない連中のいうことなどにまどわされず、ほ・ん・と・う・に・自・分・が・お・も・し・ろ・い・と・思・う・こ・とに、わき目もふらず向かいあえるかもしれない、このチャンスを活かすことだろう。
d0017381_12503525.jpg
[PR]
by illcommonz | 2011-01-10 01:33
▼あんたの知らない明日もある
d0017381_1273659.jpg
 「ゆとり教育は失敗だった」と云うものたちがいるが、判断を急ぎすぎてはいないだろうか。そもそも自分たちが「ゆとり」をおしつけたくせに「なにをいまさら」という気がする。それはともかく、「教育とは学校で習ったことをすべて忘れた後に残っているものである」というアインシュタインのいうことが、もし本当なら、ゆとり教育の成否があきらかになるのは、ずっと先のことだろう。かつてクレイジーキャッツがうたったように、若者に文句をつけたがる者たちが知らない明日というものは確実にあるし、かならずやってくる。

 ひとこと文句をいうまえに
 ホレ、先生よ
 ホレ、先生よ
 あんたの生徒を信じなさい
 ホレ、信じなさい
 ホレ、信じなさい
 あんたの知らない明日もある
 ホレ、明日もある
 ホレ、明日もある
 (クレイジーキャッツ)
[PR]
by illcommonz | 2011-01-10 01:29