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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼ドント・トラスト・オーバー・40
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▼「東京なんとか」2011年1月号(※表紙は高円寺の「正月デモ」

 「今の時代、若い人たちがなかなか満足できず、楽しめない時代であることは私も承知している。その責任は実は彼らではなく、おそらく今は社会の中枢にいる 40代~50代の人たちのふがいなさが原因だと思う。パンクやハードコアの全盛期を生で体験していながら、結局は社会の常識や現実に取り込まれていっている世代が、若い世代に大きな希望をなかなか提供できていないのではないかと思うのだ。しかしだからこそ、今の10代、20代が自分たちの未来を自分たちでなんとかしようとしている、あらがっている世代には渾身の思いをこめて応援したいと思う。ライブでも企画でも、音楽を聞くことだけでもいい。そこになにかを求め、なにかにトライし、失敗もし、感動もし、へこたれもしながらも前向きに進んでほしい。」(JOJO広重BLOG「2010年終了」2010年12月31日より)

 1966年生まれの自分も「ふがいない者たち」のひとりである。しかしだからこそ、自分たちの未来を自分たちで「なんとか」しようと、いつもなにかにあらがって、高円寺に集まってくる、ばかものたちを、これからもやっぱり応援したいと思う。

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[追記] 「ふがいない者」たちのリスト
1960年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1960.htm
1961年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1961.htm
1962年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1962.htm

1963年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1963.htm
1964年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1964.htm
1965年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1965.htm
1966年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1966.htm
1967年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1967.htm
1968年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1968.htm
1969年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1969.htm
1970年に生まれた人々
http://www.d4.dion.ne.jp/~warapon/data00/year/birth_1970.htm
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by illcommonz | 2011-01-10 00:58
▼国はけっして国民をまもらない
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「国民の命と健康を守るつよい社会を実現します」
(「マニフェスト:菅直人から国民のみなさんへ、民主党は約束します」より

「自殺者、13年連続3万人超=昨年3万1560人-高止まり続く・警察庁」
 「昨年1年間の自殺者数(速報値)は、前年比3.9%減の3万1560人だったことが7日、警察庁のまとめで分かった。統計をとり始めた1978年以降では12番目の多さで、自殺者が3万人を超えるのは13年連続となった。同庁によると、男女別では男性が2万2178人(前年比5.5%減)、女性が9382人(0.1%増)だった。月別の自殺者数は、昨年6月まで10カ月連続で前年を下回ったが、7、8、11月は上回った。都道府県別では、三重(17人減の359人)、青森(94人減の449人)、福島(85人減の541人)などで大幅に減少。一方で、滋賀(30人増の356人)、香川(21人増の240人)など11府県では増加した。警察庁などによると、自殺者数は、大手証券会社の破綻などをきっかけとした金融危機の余波などを受け、98年に3万人台に増加。2003年に過去最高(3万4427人)を記録して以降は、3万2000~3万3000人台で高止まりの状態が続いている。(時事通信 2011年1月7日)

 「国の役目は国民の生命をまもること」だとか「政府の責任は国民の生命を守ることだ」とかいうが、40万人を超える犠牲者の前では、そのことばに1ミリのリアリティも感じない。もし外国人に「日本はどういう国か」と聞かれたら「毎年3万人が自殺する国だ」とこたえるだろう。そんな国に誇りを持てといわれても無理な話である。国はけっして国民をまもらない、そう確信している。ところで、この13年のあいだ、毎年3万人を超える自殺者を出し続けていることの責任をとって辞職した政治家がひとりでもいただろうか。考えてみれば、おかしな話である。そこで考えたのだが、自殺者が2万人を超えたらその責任をとって内閣は総辞職する、というふうにしてみてはどうだろう。そうすれば、政治家たちの目の色もすこしは変わるだろう。

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by illcommonz | 2011-01-10 00:01
▼「民主党政権は人殺し政権ですか。」
d0017381_22315626.jpg「1月10日アメリカ大使館への、みなさんから届いた申し入れ文です」
「わたしたちは誰もが唯、静かに暮らしたいのです。誰もが安心して日々を過ごしたいのです。家族が寄り添って、地域が壊されないで。高江の人たちの豊かな自然と人間の生きる権利を誰が侵すことができるのですか。そんな権利は誰にもありません。憲法に保障された基本的人権ではありませんか。

 なぜ沖縄に憲法が適用されないのか、怒りで狂いそうです。住民の意見も聞かず、命を大事にもせず、戦争そのものではないですか。戦争前夜でもなく、またまた安保に騙された戦争を沖縄に起こそうとする日本政府の卑怯な政策に怒りが湧いて黙っておれません。政治をするには住民を殺すためにするのですか?民主党政権は人殺し政権ですか。市民派という仮面をかぶった戦争推進政権ですか?誰がそんな暴力を認めましたか。

 絶対に私は黙っておれません。今、何の力もない一市民にできることは民主党政権の沖縄差別を暴くことです。わたしたちは嘘を見破ることはできます。

 かつての政府のようにアメリカとぐるになって沖縄を貶めても密約で隠し、日本人の愚かさを沖縄に押し付けて我慢させることは絶対してはいけないことを伝え、広げることはできます。これ以上、沖縄に犠牲を押し付けるな。高江を壊すな。高江のあらゆる命を粗末にするな。菅政権の沖縄差別は許さない。アメリカと一緒になって沖縄蹂躙を許さない。高江に人間が住んでいることを認めるならば今すぐヘリパット建設を白紙撤回してください。」(大森正子・大阪府在住)

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「アメリカ大使館へ伝えたい、みなさんの「高江にヘリパッドはいらない」の声を」
抗議と申し入れの呼びかけ
[日時] 2011年1月10日(月・休)15:00
[場所] 東京・虎ノ門JTビル前→アメリカ大使館

 「沖縄本島北部「やんばる」の豊かな森には、ヤンバルクイナやノグチゲラなど絶滅が心配される希少な生き物がたくさん生息しています。世界的にも生物多様性に富んだ自然が多く残されている地域です。そんなやんばるにある高江は、人口160人ほどの小さな集落です。素晴らしい自然環境に魅かれ移り住んできた方々も多くいます。
 しかし、米軍はこの豊かなやんばるの森をジャングルでの戦闘訓練の場所として使ってきました。1957年に米軍は「北部訓練場」として使用し始め、現在でも、東村には15ヶ所のヘリパッド(米軍ヘリコプターの離着陸帯)があります。高江の住民は米軍のヘリコプターの爆音や墜落の危険にさらされてきました。そのような中、日米両政府は、高江集落を取り囲むようにして、新たに6ヶ所のヘリパッドを建設することを決めました。
 新たな米軍ヘリパッドの建設はまず何よりも高江住民にとって生活や生命の危険を与えるものです。また、豊かな森や川、生物の宝庫である貴重な環境を破壊することでもあり、そして、新たな戦争につながることでもあります。そのような理由から、高江の住民は反対をしてきました。2006年にヘリパッド反対の決議をし、建設計画見直しを関係機関に要請。また、住民と全国・世界各地の支援者が、座り込みによる監視、説得を続けています。
 しかし、日米両政府は住民の反対の声をまったく聞かず、誠意ある説明やきちんとした話し合いも行なっていません。それだけでなく、国側は座り込みを「通行妨害」にあたるとして突然住民を裁判で訴えました。
 そして、2010年12月22日には、裁判中であるにも関わらず、まだ夜も明けきらない早朝6時半、沖縄防衛局が100名もの作業員とともに住民側に予告もなく押しかけ、ヘリパッド建設工事を強行しました。また、その翌日23日夜、米軍のヘリコプターが住民の座り込みテントの真上約15mでホバリングし、座り込みテントを吹き飛ばすという事件も起きました。公道の上での危険な演習は、住民の安全を脅かすものです。住民に十分な説明もせず、合意も得ず、日米両政府は工事を強行し、話し合いを求めている住民に危害を加えています。このような日米両政府のやり方は絶対に許されるものではありません。
 私たちは2010年12月22日に行なった防衛省への抗議と申し入れ、12月26日新宿での「沖縄・高江を救え!ヘリパッドはいらない緊急アピール&デモ」にひきつづき、2011年1月10日(月・祝)に在東京アメリカ大使館(及び日本国防衛省)への抗議と申し入れを行います。」
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by illcommonz | 2011-01-09 22:45
▼ぺんぺん草も生えぬ国への成長戦略
d0017381_22252013.jpg 同じ「直人」でも、こちらは、人をうんざりさせる「直人」の話。

「小泉化」する菅政権
「政界は今年も「小沢」の2字で幕を開けた。正直、うんざり感はぬぐえない。政権交代から約1年半。気がつけば、現在の菅政権は外交・安全保障から経済まで、かつての小泉路線と大差ない。そこからの脱却が託された政権交代ではなかったのか。先祖帰りすれば、支持率の低迷は至極当然。身内の「敵」をたたいて、求心力を高めようとする政治手法までそっくりだ。「改革なくして成長なし」「痛みを伴う改革」などと小泉元首相がくり返していた「構造改革」路線への回帰を懸念する声も多い。「小泉・竹中路線で日本は貧しくなった。財政をきちんと総括できないまま、菅政権は「過去の戦略は正しかったが、実行力がなかった」と性懲りもなく突き進んでいると警鐘を鳴らすのは慶応大の金子勝教授だ。「菅政権の新成長戦略は現在の自民党よりも「自民党寄り」の新自由主義色が濃い。結局、経済産業省が推す提案がそのまま盛り込まれている。とりわけ金子教授が危惧するのは環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加だ。菅首相は、五日の閣議でTPPへの参加を念頭に「平成の開国を断行する」と大仰なせりふで指示した。しかし、TPPが日本にとって得か否か、国民の前でまったく議論がない。「米国についていくしかない」という論理しかないからで、小泉政権がイラク戦争に事実上参戦したときと同じ構図だ。「雇用を生み、景気回復が見込める」とうたう法人税減税も「中小企業がつぶれても、大企業が生産性をあげればいい」という構造改革路線の「成長」と同じ発想。大企業は減税の恩恵にあずかっても、雇用を増やす義務はない。雇用情勢が改善する保障はどこにもない。「小泉化」著しくみえる民主党政権。」(東京新聞 2011年1月6日)

 米国ではベビーブーマーの世代が、学生運動の後、大挙してネオリベ化していったとする説があるが、それと同じ構図だ。日本では昔からよく「団塊の通った後にはぺんぺん草も残らない」というが、その団塊が首相になるとこのざまである。

 「高校から大学へ進学したインテリの若者たちは、既存社会体制への反発からいわゆる学生運動と呼ばれた大学改革やベトナム戦争反対の反体制運動に身を投じた。こうした動きは、都市部大学から地方大学へも広がり、全共闘運動などで政府や既成秩序に反発する新左翼的な活動へと転じていった。しかし、1969年に東大紛争が敗北に終わり、70年安保闘争も不調に終わると多くの若者が学生運動から離れていき、追い込まれた一部の運動家の暴力行為がエスカレートしていった。更にあさま山荘事件や党派の分裂による内ゲバの横行などで、それまで穏健な支持を与えていた世間の目が冷たくなると、急速に学生運動離れが進み、1970年代半ばまでにほとんどの若者は政治活動から距離を置くようになった。ライブドアによるフジテレビ買収騒動の最中、当時のライブドア社長堀江貴文を支持するかというアンケートで他の世代を押さえ、最も「支持」という答えが出たのが団塊の世代であった。」(ウィキペディアより)

 1970年代、団塊の世代が政治運動から距離を置くようになったあたりから、アクティヴィズム・フォビアははじまった。そして、1990年代、わたしたちみんながネオリベ政治家たちを当選させ続けてきたおかげで、2011年、若者たちは先行きに不安を抱えている。
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by illcommonz | 2011-01-09 22:28
▼「みなし児たちへのバラード」

▼「みなし児のバラード」
 (作詞:木谷梨男・作曲:菊池俊輔・演奏:新田洋+スクールメイツ

「岐阜市にも「タイガーマスク」ランドセル5個届く」
 「漫画「タイガーマスク」の主人公「伊達直人」を名乗る人物からランドセルの贈り物が全国各地で相次ぐ中、岐阜市長良森町の児童養護施設「日本児童育成園」に8日夜、伊達直人の名前が書かれた手紙を添え、新品のランドセル5個が届いた。同園では「感謝している。大切に使わせてもらいたい」と喜んでいる。同園によると、同日午後9時50分ごろ、同園の玄関先で、包装紙に包まれた5個の箱が置かれているのに職員が気付いた。箱には「新一年生のみなさんへ おめでとうございます 伊達直人」と記した手紙が封筒に入れて添えられていた。箱を開けてみると、中には新品のランドセルが入っていた。同園には2~18歳の男女約80人が入所している。同園の指導員長縄創さん(36)は「ランドセルが各地で届けられていることはニュースで知っていたが、まさかここに届くとは思わなかった」と驚いていた。全国では、昨年12月に前橋市の児童相談所に新品のランドセル10個が届いて以来、今年に入ってからも神奈川県小田原市や静岡市、長野市、沖縄県南城市の児童養護施設などにランドセルや現金の寄付が相次いでいる。漫画「タイガーマスク」では、主人公「伊達直人」が覆面プロレスラーであることを隠して、自らが育った孤児院「ちびっこハウス」にプレゼントを贈るなど援助を続けた。 」(岐阜新聞 2011年1月9日)

「島添の丘にランドセル3個 子ども歓喜「すご~い 沖縄にも来た」
 「タイガーマスクが来ました!」。南城市大里の児童養護施設「島添の丘」(森田勲理事長)に7日夜、新品のランドセル3個が贈られ、施設内が興奮に包まれた。職員2人が偶然、届けた男性を見つけたが、名前を明かさずにプロレス漫画「タイガーマスク」の主人公名の手紙を手渡しオートバイで去ったという。渡された手紙には、主人公・伊達直人の名とともに「新一年生になる君達へ贈ります。君達の事を心から愛する者より ガンバレ」と書かれている。玉城孝施設長が報告すると、子どもたちは「すごーい。沖縄にも来たんだー」と喜びをあらわにした。同漫画は、施設で育ったタイガーマスクが同じ境遇の子どもたちを支援する物語。同様の署名で贈られたランドセルは、群馬県や神奈川県の児童相談所で見つかっている。男性に声を掛けたのは、職員の奥間譲さん(42)と玉城恒さん(34)。午後7時20分ごろヘルメットをかぶった40代ぐらいの物静かな人が居たといい「施設長が6日にタイガーマスクの記事を紹介して「うちにも来たら良いね」って言ったばかり」と興奮気味に話した。ほかの職員によると、午後6時ごろ、小学1年生の人数を確認する電話があったという。玉城施設長は「感激です。こういった思いやりの気持ちが広がってくれるとありがたい」と喜んだ。(沖縄タイムズ 2011年1月8日)

「小田原にもタイガーマスク 児童相談所前にランドセル」
 「神奈川県小田原児童相談所は5日、入居する合同庁舎玄関前に元日の夜に箱入りランドセル6個が置かれていたと発表した。箱には「お年玉です 伊達直人」と、プロレス漫画タイガーマスクの主人公名を記した紙が貼られていた。群馬県中央児童相談所(前橋市)でも昨年12月25日、伊達直人の署名が記されたカードとともにランドセル10個が玄関前で見つかったばかり。小田原児童相談所によるとランドセルは黒と赤が3個ずつあり、ラッピングした箱に入れて積み上げられているのを巡回中の警備員が発見。寄贈者は不明だが「群馬の件に感銘を受けた。自分も何かできるのではないかと思い、贈ります。タイガーマスク運動が続くとよいですね」とつづった手紙が添えられていた。」(日経新聞2011年1月5日)



「タイガーマスク」の贈り物? 児相前 ランドセル10個」
「クリスマスの二十五日、前橋市にある群馬県中央児童相談所の正面玄関に、ラッピングした箱入りのランドセル十個が「子どもたちのために使ってください」と記したカードとともに置かれていたことが分かった。県が二十七日発表した。児相の職員は「クリスマスプレゼントでは。こういう気持ちを持ってくれる方がいるのは本当にうれしい」。来春に小学校に入る児童養護施設の子どもたちに使ってもらうことを決めた。県によると、休日出勤した職員が二十五日正午ごろに見つけた。カードが入った封筒には手書きで漫画「タイガーマスク」の主人公と同じ「伊達直人」と署名してあり、県は「施設の子のために戦っていたタイガーを意識したのではないか」と推測している。ランドセルは計約三十万円相当とみられ、児相は前橋東署とも相談の上で寄付として受け入れた。」(東京新聞2010年12月28日)
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by illcommonz | 2011-01-09 14:37
▼もえいづるはるに、なりにけるかも
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公安警察が監視するなか、高円寺の氷川神社で正月のおみくじをひいてみた。

▼「おみくじ 第三十一番 大吉」
 「石ばしる垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも」(志貴皇子)

 「このクジ運の人は、苦労、難儀は今日まで。これからは行く先々に幸運あるも、つかみそこねないようにせよ。先人の良き行いを手本として、正しい道を歩めば、更に大吉。心もことばもみな、すなおを保つべし。」

 願事:思わざる助けあり、迷わざるがよし
 病い:軽くて治る
 諍い:思いのままに勝つ
 探物:出難し
 方角:北、特によし
 学問:思いのままなり
 旅立:よろし
 老後:生きがいはこれから、命をもやせ

 正月の「大吉」は縁起物なのでスカである。どうせならレアものの「凶」をひきあてたかった。
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by illcommonz | 2011-01-02 02:18
▼高円寺オールナイト警察デモ顛末記
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▲高円寺オールナイト警察デモおよび集会の様子

▼申請したデモの内容
 「集会・集団示威運動許可申請書」平成22年12月28日
 [主催者の役職・氏名] 高円寺年越し救援会
 [実施日時] 平成22年12月31日午後11時-平成23年1月1日午前6時
 [集会・集合場所] 高円寺駅前北口広場
 [主催団体名] 高円寺年越し救援会
 [参加予定人員] 7名(宣伝車0台)
 [集会・集団示威運動の名称] 年越し救援デモ、年越し救援集会
 [集会・集団示威運動の目的] 生活困窮者に対する精神的な支援および呼びかけ

▼変更されたデモの内容
 「高円寺年越し救援会」集会及び集団示威運動 条件書
 公共の秩序を保持するため、申請にかかる実施日時及び
 集会・解散場所を次のとおり変更する。
 [実施日]  平成23年1月1日(土曜日)
 [集合開始] 午前8時00分
 [開会時刻] 午前8時10分
 [集団示威運動出発時刻] 午前9時10分
 [解散時刻] 午前9時25分
 集会・解散場所
 杉並区高円寺北2丁目泉ビル前歩道

▼変更に抗議するカウンターアクション
 「カウントダウンRAVE free party」
 [日時] 2010年12月31日 23:00-
 [場所] 東京・高円寺駅北口広場
 「日本初の大晦日の深夜のデモが却下された!これは40年ぶりらしい!こうなったらそれとは別に腹いせに大晦日の夜、通行人になって酒を呑みまくるしかない!」

 「高円寺お正月デモ」
 [日時] 2010年1月1日 13:00-
 [場所] 東京・高円寺駅北口広場

[タイムライン]

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▼12/31/2010 23:00
約100名ほどの警官官と警察車両(デモでもないのに指揮官車まできてた)が高円寺駅北口広場を占拠。「ここはポリス・パークか?」と思った。あほらしくて、とてもつきあいきれないので、素人の乱の「自称・ひみつアジト」でのんびりくつろぐ。

▼12/31/2010 23:58
北口周辺で陽動作戦を展開。そのあいだに40人くらいが南口広場の方に「通行人」として集まり、2分間の速攻カウントダウンを決行。あわてて警官隊が駆けつけるが、もう遅い。ゆく年くる年、ハッピーニューイヤーである。

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▼1/1/2011 0:00
カウントダウン後は南口広場でのんびり歓談。一ヶ所に集まって飲んだり騒いだりしてるわけでもないので、警察も警告のしようがない。思わぬ番狂わせの展開に完全に拍子ぬけした様子。しばらくして「もう夜も遅いので、そろそろ帰ったら」と云って来るが、あいにく今日は元旦の夜。「だったら神社に集まってる人たちにもそう云ったら」と誰かが反論する。

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▼1/1/2011 1:00
「じゃ、せっかくだから」ということで、高円寺の氷川神社にみんなで初詣見物にゆく。かくして、パンクスやアナーキストたちが正月に神社に参り、それを公安警察が監視するという世にもおかしな展開に。

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初詣見物を監視する公安警察。

▼1/1/2011 2:00
初詣見物の後、素人の乱の「自称・ひみつアジト」で宴会。
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その間もずっと朝まで無人の広場を占拠し続ける警官。
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▼1/1/2011 8:00
早朝のデモをボイコット。
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▼1/1/2011 13:00
高円寺駅北口広場に10数人が集まる。このデモのために長野からかけつけたジローさんのジープ(車体に「般若心経」が手書きされている)を先頭に「お正月デモ」がスタート。20人くらいのデモに指揮官者と警察車両数台が配備され、デモ隊の両側に警官と公安警察がはりつくという意味不明の厳戒態勢。ゴリゴリのパンク・チューンに「南の島のハメハメハ大王」や「襟裳岬」「男はつらいよ」などの曲おりまぜなら、街行く人たちには「おめでとうございます!」と新年のあいさつ、公安警察には「汝ら、悔い改めよ」と説教しながら、デモはすすむ。

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▼1/1/2011 14:00
デモ終了後、北口広場で歓談。もともと人数が少ないので、解散もなにもないのだが、警察が執拗に解散を求めてくるので、だらだらと押し問答が続く。

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正月なので伊達巻きを肴にいっぱい飲もうとすると、たちまち警官隊が集まってきて「路上で飲食をするな」と云ってくる。

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正月の祝い酒というのを知らないだろうか?(以下省略)。

 結果として、今回のオールナイト・デモの不許可をめぐる一連の騒動は、「警察にまんまと肩すかしをくわせた」(ある参加者の談)という点からすると、「三人デモ」以上のインパクトがあったと思う。それはともかく、大晦日の晩から元旦の朝にかけて、寒空の下、無人の広場を徹夜で警備デモ(これこそまさに示威行動)し続けた現場の警官たちはさぞかし理不尽な思いをしていたと思う。「自分はここで一体なにをしてるんだろう」と自問した警官も少なくないはずだ。気の毒だとは思うが、うらむならデモ申請を許可しなかった杉並署と、無駄に過剰な警備体制を敷いた警視庁の判断ミスをうらんでほしい。そして「こんなことならオールナイト・デモの方がまだましだった」「とんだ骨折り損のくたびれもうけだった」と思ってくれたとした、それこそこの一連の騒動の本懐とするところであり、それにまさる成果はない。

ということで、ではまた来年。
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by illcommonz | 2011-01-02 02:04