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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「サイコロジカルファーストエイド・簡易イラスト版」
d0017381_4135695.jpg▼「サイコロジカル・ファーストエイド」(略称=PFA)

[制作] NCTSN(米・国立子どもトラウマテイックストレスネットワーク)+NCP(米・国立PTSDセンター)+兵庫県こころのケアセンター

[解説] 「サイコロジカル・ファーストエイド」は、災害、大事故などの直後に提供できる、心理的支援のマニュアルです。PFAは、特別な治療法のマニュアルではありません。少しの知識があれば誰にでもできる、こころのケガの回復を助けるための基本的な対応法を、効率よく学ぶためのガイドです。それぞれのご専門、お立場、ご経験、あるいは現場のニーズに応じて、必要な部分だけを取り出して学んだり、使ったりすることができます。」
......................................................

 ということなので、自分でよんでみて、「うん、これはいいな」と思った部分だけ勝手に切り貼りして、リミックス版をつくってみました。自分のことは自分でなんとかしたいので、そうしました。ひとには個人差があるので、役に立ちそうなところもあれば、まったく役に立たないところもあるかもしれませんが、よかったらためしてみてください。自分はさっそくこれを参考にして、ブログ(「そげなもんたい」)を書いてみたら、かなり回復しました。そのあと、この「簡易イラスト版」をつくったら、さらに回復しました。そしてなによりも、やがてやってくる「怒りの日」にむけて、政府や東電や保安院やマスメディアに対する「正常」な「怒り」のエネルギーをキープしておくのにすごく役立ちました。本来はそういう使い方をするものではないのですが、自分はそういうふうに使いました(ごめんなさい)。どうかみなさんも、自分なりの使い方でこの「大変な時」をのりきってください。

......................................................

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▼「サイコロジカルファーストエイド・簡易イラスト版」
 ※「PFA・サイコロジカルファーストエイド・日本語版」をもとに再編集
 ※ イラストはすべてここから
 ※画像をクリックすると拡大します。

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by illcommonz | 2011-03-24 04:26
▼「そげなもんたい」
d0017381_20404650.jpg 「これは、あなたが本当は何者であるかを試される瞬間です。あなた自身の真実の瞬間です。あなたの良心はまだ生きていますか。あるいは、あなたは人間性よりも利害関係を重んじますか? あなた自身の尊厳を証明し、私たちが人間性の回復を要求することを手伝ってくれるでしょうか。それはあなたが決めることですが、覚えておいてください。それはあなたが一生抱えていくことになる何かであり、いつかあなたはこの件で子供たちと正面から向き合わなければならないかもしれません。」(ある手紙より抜粋)
 エジプト革命のときから、ずっとその瞬間が続いているような気がする。「良心」や「尊厳」といったことはひとまずおいといて、次から次に起きてくる様々な局面で、自分が「ほんとうは何者であるか」ということを絶えず試されるので、考えることをやめることができない。気が休まるときがない。こんなことはめったにない。いや、めったにあってほしくないのだが、めったにないからこそ、いま・この瞬間にしかできないこととして、それをいつもより遠くまで考えようとする。より深いところまで遡って考えようとする。「何者か」というのは、たとえば、人類学者だとか、芸術家だとか、メディア・アクティヴィストだとか、そういうことではない。それはあくまで現在の肩書きや身上でしかない。そうではなく、自分の原点や過去とつながり、その根幹をなすような「何者か」のことである。こういうとき、どういうわけか自分は、まっすぐにものごとを考えず、ヨソから考えたり、ズレから考えるクセがある。簡単にいうと、変なところから考えはじめ、まわりくどく考えてゆくクセがある。たとえば、いま世界では、被災地の人びとの「我慢強さ」や「冷静さ」が「日本人」の美徳として称賛されている。人類学者の目からすると、こういうステレオタイプはまずあてにならないし、こういうステレオタイプはそれから逸脱する言動や行動を排除するあやうさをもっている。だがひとまずそれはさておき、自分は「日本人」かといえば、たしかに国籍はそうだが、自分では「九州人」だと思っている。全然、我慢強くないし、冷静でもない。なにより、いまそれを、政府やメディアが無理やり押しつけようとしているのが我慢ならない。だが、それもいまはひとまずさておき(この「ひとまずさておき」もそろそろ限界に近づいている)、いまは東京で暮らしているが、もともと生まれも育ちも福岡なので、自分が「何者か」を考えるには、やはり、生まれた土地の言葉や育ってきた過程で耳にした言葉がいちばんしっくりくる。逆にいえば、「尊厳」や「良心」といったことばは、どこか借りものの衣装のようで、自分の身になじまない。ひとはよく「自分のことは自分がいちばんよく知ってる」というが、たぶんそれは思いすごしか錯覚で、むしろ自分以外の誰かの方がよほど、自分が何者であるかということをよく心得ていると思う。そう思うので、これまで自分が生きてきた中で、ある時期、全幅の信頼を寄せ、かつ、大きな影響を受けてきた人物の言葉から、それを考えてみることにした。その人物とは祖母である。祖母が亡くなってもう二十年以上経つが、どういうわけか祖母が自分によく云っていた言葉を鮮明に覚えていて、特にこのところそれが、次から次に思い出され、よみがえってくる。ということは、そこからはじめるのがいいのだろうと思い、そうすることにした。祖母はよく自分にこんなふうに云っていた。

.................................

 ・あんたは、ほんなごつ、きものほそかね。

 ・なんでそげん、あたまのちのめぐりがわるかとかね。

 ・ふぅたんぬるかねぇ。

 ・ひとのこと、ばか、ていうもんが、ばかたい。

 ・ばかちん

 ・こら、どげんした、へたくそまんきんたん、かいな。

 ・だらくさにせんと。

 ・かんしゃく、おこしたらいかん。

 ・たんきは、そんき。

 ・ぴしゃっと、せんといかんよ、ぴしゃっと。

 ・いっぺんじゃわからんと。にへんもさんべんもせんと、わからんと。

 ・いうてもしょうのないことは、いわんとが、りっぱ。

 ・そのめんたまは、なんのためについとうとね。

 ・そのあたまは、なんのためについとうとね。

 ・そのくちは、なんのためについとうとね。

 ・よそは、よそ、うちは、うちたい。

 ・たべもんば、そまつにしたら、ばちがあたるけんね。

 ・みっともないけん、だつだつせんと。

 ・たいしたことなか。

 ・めそめそしんしゃんな。

 ・うじうじしたらいかん。

 ・ほら、ようとみんしゃい、どげんなっとうね。

 ・わからんことがあったら、ひとにききんしゃい。
  きくとは、なぁもはずかしゅうなかと。

 ・テレビばっかし、みよったら、あたまがぱぁになるけんね。

 ・めばはなしたら、あんたは、どげんことでもするね。

 ・ほら、かせいしちゃらんね、こまりよんしゃろうが。

 ・じぶんのことは、あとまわしでよか。

 ・ひとのことばっかり、あてにせんで、じぶんのことは、じぶんでせな。

 ・ばかでよかけん、ひとのやくにたつひとになりんしゃい。

 ・きょうでできることは、きょうのうちにしときんしゃい。
  あしたできることも、きょうのうちにしときんしゃい、
  そしたら、あした、てばなしで、あそべろうが。

 ・よかよか。

 ・きのすむまでしたらよか。

 ・なんでんよか、あんたのしたいごと、すればよか。

.......................................

 こんなふうに祖母は自分によく云いきかせていた。孫としてかわいがられたというより、人としてこんなふうに「ぴしゃっ」と仕込まれて育った。はたしてそれがどこまで自分の血となり肉となったかはわからないが、こんなふうにして「仕込まれた部分」と「仕込まれそこねた部分」の総和が自分であることにはまちがいない。もはやこれはとりかえしのつかないもので、おそらくよほどのことでもない限り変わらないだろうし、また変わらなくていいと思っている。祖母なら「そげなもんたい」というだろう。その祖母がよく口にしていた言葉がもうひとつある。

 「ほんなごつ、あんたは、だれににて、そげんあるかね。」

 そのときは自分が誰に似たのか分からなかったが、いまはよく分かっている。

 「あばあちゃん、それは、あなたですよ。」

 そう、自分は、自分の祖母に似た「何者か」であると同時に、祖母がそうありたいと願ったような「何者か」にいまだなりそこねている「何者か」なのだと思う。とはいえ、祖母の云うとおり、自分は「ほんなごつ、ちのめぐりのわるい、ふぅたんぬるか人間」なので、まだそこまでしか分からない。というか、「そげなもんたい」と思っている。

--------------------------------------------
[追記] 世界がどんなに称賛しても、自分は「我慢強い」のを決して美徳だと思わない。どこまでも「我慢し通す」のではなく、ぎりぎりまで辛抱したその果てに仕返しに討って出るのをよしとするような人間である。祖母もそうだったようで、忠臣蔵の「南部坂、雪のわかれ」のくだりが「いちばんよかね」と云ってた。辛抱といえば、自分は昔からこの映画がすきで、このところ毎日、この映画の「予告篇」をみている。



 いまは、この映画のだいたい70分目あたりの気分で、フォルダはもう満杯だ。
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by illcommonz | 2011-03-23 20:57
▼みんな「被災してはいないのに、調子が悪いのはなぜ?」
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 「被災地したわけではないのに、震災後は仕事や勉強が手につかない、震災の映像を目にすると涙が出てくる、食欲が湧かない、……といった悩みを抱えながら毎日を過ごしている方もいらっしゃるのではないでしょうか。インターネット上の掲示板サイトに掲載されている「被災してはいないのに、調子が悪い」というトピックには、同じような悩みをもったユーザーたちから多くのコメントが寄せられています。その一部を抜粋してご紹介します。

【掲示板に寄せられた悩み】
「夫は単身赴任中で、息子と二人暮らしです。被災者ではないのですが、震災後は日に日に頭痛や肩こり、目の奥や胃や胸のもやもや感が増え、恐ろしいほどやる気が出なくなっています。被災してない私ができることは、自分の仕事を粛々とやることだ、そしてお金を稼いで寄付をしようと思いつつ、気持ちがふわふわしたようになってしまって、何一つ集中できません。これは何なんでしょう? こんなときの気持ちの切り替え方や、もやもやとした感情を軽減させる方法も教えてください」

 もしあなたの体調がここ数日よくなかったとしたら、寄せられた回答に目を通してみてください。「私だけじゃない」と、少しは心が楽になるかもしれませんよ。

【回答】
●このトピを読み、同じ様な方がいると解り安心しました。まだ3カ月の赤ちゃんと小学生の子供を抱えるのに、自分が情けなくて。テレビも消せばいいのに、余震が気になる為消せず…。ただ自分だけじゃなく、同じ様に感じてる方々がいると知り、少し楽になれました。日本中が少しでも安心して暮らせる日々が早く戻ってくる事を願ってます。

●私も調子が悪いです。無職だからさっさと職探しを再開しなくちゃいけないのに、気持ちが沈んでいます。自分、弱すぎ、、とほほ。地震直後に専門家が「津波のテレビ映像を見るだけでもショックを受けてPTSDになる人がいるから気をつけて」と言っておりました。テレビはいくつもニュース番組をはしごして見ないようにしています。

●災害で普段よりテレビを見る時間が飛躍的に増えました。被災地の画像が流れるたびに涙が止まらなくなる症状が出ています。食欲がないのに、何かしなければと無駄に動き回るので疲れますし、被災地ではないのですが余震で揺れが来ますので、不安も募ります。テレビで精神科の先生もおっしゃっていましたが、特に子どもは映像が記憶に鮮明に残るそうです。テレビを消す時間を作りましょう。

●同じような方がたくさんいらっしゃると知って少しホッとしました。北陸に住んでいて被災したわけでもないのに、頭痛や吐き気がおこったり、悲しく無気力になっているのは、私だけかと思っていました。

●西日本在住です。普段、テレビを見ないので、しばらく知らなかったのですが地震後、報道で行方不明者や津波の映像を見て、被害の大きさを知りました。それからか、地震鬱みたいになってしまって晩御飯の用意や買い物へ行けなくなってしまいました。阪神大震災の時は、物資援助をしたり、出来たのですが今回は自分自身が参ってしまって…。

●日本に住んでいないのに、(トピ主と)同じ症状です。日本を離れてもう10年以上たつのですが、自分にとっての日本という国の大切さを改めて思い知らされた気持ちです。

●読んでいて涙が出てきました。すこし、明るい、優しい音楽を聴いて、エネルギーを充填しようと思います。未来に、役に立てる私になるように。深呼吸して、心をつなぎましょ!

●昨日TVで心理学者の方が仰っていたのですが、日本人はこういう時に我慢する性格なんだそうです。非被災地では「被災地に比べたら」と我慢、被災地では「もっと辛い状況の避難所に比べたら」と我慢、過酷な避難所では「亡くなった方に比べたら」と我慢…これは長期的にみると精神的に良くないそうです。我慢は大事だけど、時には「こうしたい!」と言う事も大事。可能ならば自分を甘やかす事も大事。ゆっくり子供たちとおやつの時間を過ごすだけで楽になりました。

●私も皆さんと同じような症状で悩んでいましたが、このトピをみて原因がわかりました。被災していなくても、このような症状がでる人がたくさんいるということを、新聞などで広く世間に伝えて頂けたらな、と思います。報道関係者の皆さん、ぜひお願いします。

●人間は共感する生き物ですからね。被災地の映像などは見続けない方がいいですよ。ですから、震災の情報からは一度、離れましょう。そして、離れることに罪悪感を感じないでください。離れること=被災者の方を見捨てること、ではありませんから。まずはご自分の心身をいたわってください。

●自分は、被災自体たいした事が無かったのに体調を崩すなんて情けない…被災されてる方に申し訳ない…といった自己嫌悪の気持ちも作用してるんだろうと思います…。自分できちんと判断して情報を制限、あまり同じ情報なら繰り返し見ない事。判断の為に正しい知識を得ようとせめて努力はすること。自分に出来るだけの出来る事を積極的にやること。本に没頭するなど、考え過ぎない時間を多少作ること。以上を実践しています。

・・・

 多くの人が「分かる」「自分も同じです」「このトピに感謝します」とコメントしています。精神科医で作家の樺沢紫苑さんは、精神的ショックから体の不調を感じた場合は「睡眠をしっかりとること。無気力な状態で無理に出社すると、悪化する可能性があるので出社を控えること。ネガティブなニュースを見続けることで、気分がネガティブになり欝っぽくなるので、テレビを見るのはやめましょう」とアドバイスしています。

 こうやって記事を書いている自分も、震災後は無気力になってしまうこともしばしば。音楽を聴いてリラックスしたり、DVDを観たりすることで精神状態を保つのがやっと……というのが現状です。みなさんも同じような悩みを抱えていたら、リラックスして過ごせる方法を探してみてください。」(ロケットニュース24「被災してはいないのに、調子が悪いのはなぜ?」2011年3月23日)



自分が「10分休み」によくみる映画です。
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by illcommonz | 2011-03-23 13:45
▼地下大学「地下の中東」連続講義開催

▼「タハリール広場から被災者へのメッセージ」
 「エジプトの民主化革命を達成したタハリール広場から、震災で深い傷を追った日本の皆さんへの応援メッセージです。このビデオに出てくる人たちの多くは、実際にこの広場でデ?モに参加し、今回の革命を成功に導いたあの群衆の中にいました。さて、カイロ日本文化センターでは本年、日本語能力試験の受験者たちへの結果の配布に合わせて、本人オンラインでスピーチをしてもらうことにしたのですが、その広報を出し?た直後に震災が発生し、急遽、タハリール広場からの応援メッセージを撮影することにいたしました。アラビア語や英語で話している人たちは、タハリール広場で撮影中の我々を?偶然見かけ、日本にメッセージを送りたいと言ってきた人たちです。」(YouTubeより)

▼地下大学「地下の中東」連続講義
【第一回】
(A)「レヴォリューション・ナウ!/千のタハリールへ」
(B)「3.11以後からはじまる「なにか」について」
(C)「未定」
(D)「3分間フリートーク」
[日時] 2011年3月25日 20:00-
[場所] 東京・高円寺 素人の乱12号店
[講師] イルコモンズ(メディア・アクティヴィスト)

【第二回】
「ついに帰ってきた〈黒いアテネ〉/その思想史的地殻変動」
[日時] 2011年4月28日 20:00-
[場所] 東京・高円寺 素人の乱12号店
[講師] 佐々木中(理論宗教学・小説家)×平井玄(半径1キロの思想家)

【第三回】
「タハリール広場からアズハル大学まで/エジプトの人びと」
[日時] 2011年5月(未定)
[場所] 東京・高円寺 素人の乱12号店
[講師] 山本薫(アラブ文学)×本山謙二(南島史・音楽論)

※いずれも資料代500円+投げ銭

 「地下大学」の連続講義は予定どおり開催されます。当日の、その場の状況によって、話の内容が大幅に変更される可能性もありますが、事情がゆるせば、(A) いま・この状況から「J25革命」をもう一度ふりかえり、(B)「3.11以後からはじまる「なにか」について」という話になればと思いますが、(C)や(D) の可能性もあります。

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d0017381_4245520.jpg[資料]
■小田マサノリ
「J25ヴィデオムーヴィーログ」
(クリエイティヴコモンズ資料)
現代思想 2011年4月号臨時増刊号
アラブ革命:チュニジア・エジプトから世界へ」
【参考】
いま、この時期に東京でイベントを
開催することについての考え
http://illcomm.exblog.jp/13155892/
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by illcommonz | 2011-03-23 04:28
▼YES
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▼オノヨーコ 「YES」

Q:これが最後のメッセージだとしたら、何を伝えたい?
A:どんなことがあっても、人生にイエスと云うこと。どんな不運に見舞われても、
  人生を愛し、肯定すること。(レニ・リーフェンシュタール)
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by illcommonz | 2011-03-23 04:17
▼タイタニック号のはなし
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ギャビン・ブライヤーズ「タイタニック号の沈没」

 「タイタニック号は20世紀初頭における最先端技術を駆使した世界最大級の豪華客船として、1911年4月に完成した。クイーンズタウン出港後の3日間は天候にも恵まれ、タイタニック号はその最高速度に近い22ノットで航海を続け、13日までに約1,000海里の航海を消化していた。航海4日目の4月14日午前9時、カロニア号より、氷山および氷原ありとの無線電話を受ける。タイタニック号は幾度か警告を受けるが、その警告は深刻に受け止められず、同船は速度を全く落さずに航海を続けた。午後7時30分、カリフォルニアン号は、浮氷原のため、停船の警告を送った。カリフォルニアン号の無線士は、タイタニック号を呼び出し再び警告するが、タイタニック号からは「黙れ、黙れ、こっちは今忙しいのだ!」という返事が返ってくる。度重なる警告を受けながらも、タイタニック号は20.5ノットという高速で航海を続けていた。そして14日も終わろうとしていた午後11時40分、突然船内に警報のベルが鳴り響いた。タイタニック号は北緯41度46分、西経50度14分で氷山に衝突、そして少し進んで停船した。4月15日午前零時、タイタニック号の船体はゆっくりと沈み始めていた。午前零時25分、スミス船長が女性と子供を優先して救命ボートに乗せるよう指示を出す。そして、その指示に従い左舷側で救命ボートの指揮をしたライトラー二等航海士は、女性や子供の優先を徹底して行う。しかし、それに対して右舷側を指揮していたマードック1等航海士は、「女性と子供が優先だが、他にいなければ、男性も乗ってよい」という柔軟な考えで救命ボートに指揮を行っていた。その脇では一等客室ラウンジで演奏していた楽士団が甲板にて軽快な曲を演奏し始めていた。しかし、当時のイギリス商務省の規定では定員分の救命ボートを備える必要がなく、またデッキ上の場所を占め、なによりも短時間で沈没するような事態は想定されていなかったために、1,178人分のボートしか用意されていなかった。結局、1,500名近い乗員乗客が本船から脱出できないまま、衝突から2時間40分後の2時20分、轟音と共にタイタニックの船体は2つに大きくちぎれ、ついに海底に沈没した。」(中尾政之「失敗百選/41の原因から未来の失敗を予測する」より)

 おそらくこの国の政府は、こうした過去の失敗から何も学ばず、このまま勝手に沈んでいくと思うが、どんな場合でも、せめて次の鉄則だけは徹底してもらいたいと思う。特に今回の場合はそうで、もはやそれ以上のことは期待すらしていない。

【非常時の鉄則】
女性と子どもの優先


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by illcommonz | 2011-03-23 04:12
▼ビートたけし 「「被災地に笑いを」なんて戯れ言だ」(抜粋)
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 「なによりまず、今回の震災で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。こんな大惨事になるとは思ってもみなかった。どのチャンネルつけても、報道番組一色で、オイラはすっかりテレビから遠ざかっちまった。こうなってくると、ホントにお笑い芸人とかバラエティ番組にできることは少ないよ。地震発生から間もない14日の月曜日に、「世界まる見え!テレビ特捜部」の収録があって、スタジオに客まで入れたんだけど、直前に取り止めたんだ。所ジョージと相談してさ。こんな時に着ぐるみ着てバカやれないよって。とてもじゃないけど笑えないよってさ。よく「被災地にも笑いを」なんていうヤツがいるけど、今まさに苦しみの渦中にある人を笑いで励まそうなんてのは、戯れ言でしかない。しっかりメシが食えて、安らかに眠れる場所があって、人間は初めて心から笑えるんだ。悲しいけど、目の前に死がチラついてる時には、芸術や演芸なんてのはどうだっていいんだよ。オイラたち芸人にできることがあるとすれば、震災が落ち着いてからだね。悲しみを乗り越えてこれから立ち上がろうって時に、「笑い」が役に立つかもしれない。早く、そんな日がくればいいね。常々オイラは考えてるんだけど、こういう大変な時に一番大事なのは「想像力」じゃないかって思う。今回の震災の死者は1万人、もしかしたら2万人を超えてしまうかもしれない。テレビや新聞でも、見出しになるのは死者と行方不明者の数ばっかりだ。だけど、この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。本来「悲しみ」っていうのはすごく個人的なものだからね。被災地のインタビューを見たって、みんな最初に口をついて出てくるのは「妻が」「子供が」だろ。一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも、自分の子供や身内が一人死ぬことの方がずっと辛いし、深い傷になる。残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば、10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて、その悲しみに今も耐えてるんだから。だから、日本中が重苦しい雰囲気になってしまうのも仕方がないよな。その地震の揺れの大きさと被害も相まって、日本の多くの人たちが現在進行形で身の危険を感じているわけでね。その悲しみと恐怖の「実感」が全国を覆っているんだからさ。こんな状況の中で、平常心でいるのは難しい。これを読んでる人たちの中にも、なかなか日頃の仕事が手につかないって人は多いと思うぜ。それでも、オイラたちは毎日やるべきことを淡々とこなすしかないんだよ。もう、それしかない。」 (ビートたけし&苫米地英人を読み解くブログ「言葉の覇者」より)
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by illcommonz | 2011-03-23 03:53
▼自分と同世代のおとなたちへ(2) 「狂気の核!俺達は生き残る」
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▼「狂気の核!俺達は生き残る」(1981年 国内盤)
 ("Life In The European Theatre")

 01. The Clash - London Calling
 02. The Jam - Little Boy Soldiers
 03. The Beat - I Am Your Flag
 04. The Specials - Man At C&A
 05. XTC - Living Through Another Cuba
 06. Peter Gabriel - I Don't Remember
 07. Ian Dury & The Blockheads - Reasons To Be Cheerful, Part 3
 08. Madness - Grey Day
 09. Bad Manners - Psychedelic Eric
 10. The Stranglers - Nuclear Device
 11. The Undertones - It's Going To Happen
 12. Echo & The Bunnymen - All That Jazz
 13. The Au Pairs - Diet

▼「グラストンベリー・CND・フェスティヴァル」(英・1981年-)

・ニューオーダー「プロセッション」

▼「NO NUKES コンサート」(米・1979年)

・グラハム・ナッシュ「ぼくらのうち」


・「NO NUKES ドキュメント」

 そう、1960年代生まれの自分たちの世代が思春期を過ごした1970~1980年代は、スリーマイル島原発事故以後の「反核の時代」だった。「狂気の核」や「NO NUKES」をあれほど聞きまくり、「ザ・デイ・アフター」「チャイナ・シンドローム」を観てきた上に、チェルノブイリの原発事故をリアルタイムで目撃し、タイマーズも聴いてきたはずなのに、いったい自分たちは、い・ま・ま・で・な・に・を・し・て・い・た・の・だ・ろ・う。「反核の時代」の文化からなにも学ばなかったのだろうか、自分たちはばかだったのか、いや、ばかなのか?ノスタルジーぬきで、いま、リアルにそう思う。
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by illcommonz | 2011-03-22 23:58
▼自分と同世代のおとなたちへ(1) 「放射性物質にさらされた世代」
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 「もうすっかり忘れられているが、戦後、日本人が大量の放射性物質にさらされた時代が、かってあった。それは1950~1960年代。この時期、アメリカ、ソビエト連邦、イギリス、フランス、中華人民共和国などが、大気中で核実験(原子爆弾・水爆爆弾の爆発実験)を数100回も繰り返した。1963年8月にアメリカ、イギリス、ソ連との間での大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する(部分的核実験禁止条約)が締結されたが、フランスと中華人民共和国は、その後も大気中での核実験を続けた。その結果、膨大な量の放射性物質が大気中に放出され、多くは成層圏にまで達し、上層の気流に乗って世界中に振り撒かれた。

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「排出放射性物質影響調査:大気中核実験」
http://www.aomori-hb.jp/ahb2_08_t01_term.html

 上のグラフは青森市で観測されたストロンチウム90(Sr90)とセシウム137(Cs137)の年間降下量の変化を示している。1980年代後半にちょっと増えている所があるが、それがチェルノブイリ発電所事故。それと比べると、1960年前後が、いかにすさまじい時代だったかがわかる。で、古い記憶がよみがえってきた。小学校の下校時に、先生に「また、中国が核実験をしました。今日の雨は濡れないように気をつけましょう」言われたことを。また、頭頂部が禿げた先生がいると、「あれは、放射能の雨に濡れたからだ」と悪ガキたちは囁き合った。考えてみれば、1960年代に子供だった私は、空からは放射性降下物を浴び、地からは環境公害の全盛期で有害な重金属を体内にため込み、食品は発癌性があるさまざまな人工添加物(チクロとか)を食べ飲みまくってきた世代だ。

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 「この子たち(昭和30年代、1955~1964生まれ)は、到底、健康で長生きは望めない、そのうち、癌でバタバタと倒れて行くだろう」と言われた。実際、1990年には、西丸震哉「41歳寿命説―死神が快楽社会を抱きしめ出した」(情報センター出版局1990年)という本がけっこう売れた。私もパートナーも幸い41歳では死なず、50歳代まで生き延びている。でも、周囲を観察していると、1つ上の「団塊の世代」に比べると、私たちの世代は相当に病弱・虚弱で、やたらと元気で丈夫な「団塊」よりも、たぶん先に死に絶えるだろう。まあ、別にそれでもいい。長生きするだけが人生の目的ではない。
 という事で、何が言いたいかと言えば、今、45~55歳くらいの人は、いまさら放射性物質がどうのこうのと、ジタバタしても遅いということ。すでに子供の頃に、たっぷりストロンチウムもセシウムも、まぶされているのだから。ただ、何度も繰り返すが、今の子供たちには、私たちの世代のような悪い環境は味わわせたくない。」(「続・たそがれ日記」2011年3月21日より)

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 そう、今日の雨と政府の発表で思い出したのはこのことだった。自分は1966年の生まれで、福岡の田舎で育ったのだが、小学校のころ、これと同じ体験をしている。どこだったかは覚えてないが、今日はどこそこで「原子バクダンのジッケン」があったので、なるべく雨にぬれないよう注意して帰りましょう、と云われていたことをはっきり覚えている。たぶん一度や二度ではなかったと思う。当時すでに単行本になっていた「はだしのゲン」をよんでいたので、原子バクダンそれ自体のおそろしさは知っていたのだが、なぜ雨にぬれるとよくないのか、ということがまるで理解できてなかったので、注意するどころか、「ほら、ぬれると、あぶないぞ!」とか「あたまがつるぴかになるぞ!」などとふざけあいながら(まさに悪ガキである)放射能の雨がふるたびに毎回ずぶぬれになって下校した記憶がある。ひどいときなどは雨靴に雨水を汲んで、ストロンチウムの雨を互いに浴びせあったりしていた(我ながら、絶句)。しかも家の二軒隣が駄菓子屋で、甘いお菓子には「チクロ」がはいってるかもしれないからチクロがはいってるものは食べないようにと親からはそう云われてはいたが、そんなもの子どもに見分けがつくわけもなく、チクロ(あるいはサッカリン)たっぷりの毒々しいまでに甘く危険な駄菓子をさんざん食べまくって育った。かてて加えて、10代からタバコを吸いはじめ、いまもやめるつもりがないので、放射性ポロニウムを数十年にわたって相当量吸引しているはずである。もちろん個人差はあるが、自分の世代とはそういう世代である。さいわい自分も41歳では死なず、45歳のいまも、小学生のころと同じ前髪パッツンの髪型で、いまのところ大病もせず生き延びている。団塊の世代に比べてどうかということは分からないが、自分も「長生きするだけが人生の目的ではない」と思うし、こないだ花森の文章を引用しながら書いたように「自分たちはもういい」とさえ思っている。ただ、両親よりも長生きするのは子どもの最低限の務めだと思っているので、それまでは何が何でも生きのびたいと思うが、それから先は「なるようになれ」と思っている。ということで、何が云いたいかといえば、たとえ、それが繰り返しの繰り返しになろうとも、「今の子供たちには、私たちの世代のような悪い環境は味わわせたくない。」ということに尽きる。

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[追記] これは自分たちの世代が育ってきた1960年代の「よくない環境」の話で、それとは別に、この世代は、1980年前後にある別の「文化」を体験している。うっかり忘れていたが、最近それを思い出したので、次にそれを書きとめておこうと思う。
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by illcommonz | 2011-03-22 23:38
▼カルマンとバカラック
d0017381_12535570.gif▼「SKY UMBRELLA」
"Humor and surprise are two of the designer Tibor Kalman's hallmarks, as witnessed by this view of a blue sky on a most probably gray day. MoMA's witty umbrella with an eternally cheerful sky is known and enjoyed throughout the world. Designed by EFM for the Museum with the cloud design by Mr. Kalman".

今日の東京は、あいにくの雨模様だが、気をとりなおして、出かけよう。
いつも心に、カルマンのこの傘と、バカラックのこの歌を。

 B.J.Thomas "Raindrops Keep Falling on My Head"

 雨の日に青空をつくってみせ、憂うつな気分を快活さに変えてみせる魔法、それが愛されるデザインや歌だと思う。ひとはそれを脳天気な楽天家だというかもしれないが、能天気が必要な日もある。楽天家でありたい日もある。

首相官邸「東北、関東の方へ―雨が降っても、健康に影響はありません」
 雨が降っても、健康に影響はありません。ご安心ください。場合によっては、雨水の中から、自然界にもともと存在する放射線量よりは高い数値が検出される可能性はありますが、健康には何ら影響の無いレベルの、極めて微量のものであり、「心配ない範囲内である」という点では普段と同じです。加えて、次のような配慮をすれば、さらに安心です。
(1)特に急ぎの用事でなければ、雨がやんでから外出する。
(2)頭髪や皮膚が、あまり雨で濡れないようにする。
(3)頭髪や皮膚が雨に濡れても心配は無いが、気になる場合は念のため流水でよく洗う。
 繰り返しますが、これらの措置を取らなければ健康に(以下省略)

 繰り返すな、よけいなお世話だ、ふん。..... あ、おもいだしたぞ
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by illcommonz | 2011-03-22 13:15