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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼ゆくとしくるとし


2012年12月31日午後11時55分、五分後の世界のために。
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by illcommonz | 2012-12-31 23:56
▼【脱自民運動】
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▼【脱自民運動】
 「脱自民運動は、自民党から脱却したところに未来がある、と考え行動した「脱自する民」たちによる世直し運動」

※「脱自」
 「人間が本来性に回帰するためには、「今から私は目標を達成する」というような意識的な先駆的覚悟が必要となるが、ハイデガーは、未来を予見するような精神のあり方を「脱自(エクスターゼ」と呼んだ。まだ現実化してない「未来の時間」を想起したり覚悟したりする時には、人間は現時点での「静的な自我」から抜け出して、可変的で流動性のある「脱自」の状態に移行することになる」(「近代哲学の対象化とマルティン・ハイデガーの脱自」より抜粋)

 おもったことを、ことばにしてみる。そしてそれを、だれかに話してみる。ふたりでも、さんにんでも、なんにんでもいいから、話してみる。ほんとうは自分でもよく意味がわからなくてもいいから、とにかく話してみる。ばかにされても、笑われてもいいから、とにかく話してみる。ことばはみんなもので、天下のまわりものである。やがて、そのことばを口にする人たちが、だんだんふえてくると、「それもありだな」という気になってくる。そして、それが100人にこえると、「それは不可能ではないかも」という気になってくる。すると、そこから、するりと、それがはじまり、現実と意味は、あとからついてくる。

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 「解放の行為は、考えること、そして、語ることによって起きるのです。我々がお互いに話をし、情報を交換し、いったい明日はどうなってゆくのか、あるいは来年はどうなるのか、そして今世紀の終わりはどのようになるのかを、お互いに徹底的に話し合うことによって、解放が遂げられるのです。さらに我々はお互いに、同じような考え方をしている人々の団結のなかで、解放をするためにはどのような処置を講ずる必要があるのかを考えなければいけないと思います。この問題について、我々はお互いに話し合わなければならないのです。つまり「永久の会議」が必要です。それが実現してはじめて、私たちの能力が、人間の中からひとつの彫刻が生まれてくるように、現実になるのです。」(ヨーゼフ・ボイス)

 「私の拡大された芸術概念では、言葉も芸術なのです。どんな人間の労働も芸術です。したがって、語ること、あるいは、話すこと、これらはすべて創造的なプロセスであり、またどんな人間でも持っている特性です。我々はおたがいに話し合いをしながら、我々全員が相互に連帯した芸術家になるのです。」(ヨーゼフ・ボイス)

 「私のいう思考をしてはじめて、「未来の芸術」というものがはじまります。未来の芸術は、どんな人間でも行うことができます。この芸術は、現在、芸術といわれているものよりもずっと高い形式であり、社会の秩序を変えていく力を持っています。そして最後には生きることそのものが芸術になるはずです。そうなっていない限り、私どもはそうなってない状況に対して抵抗をしなければなりません。現存のものに対する抵抗こそが、実は芸術作品のはじまりです。」(ヨーゼフ・ボイス)

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(おまけ)

▼「自民党へ」
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「笑っていられるのはいまのうちだ、もうじき、わたしたちの番がくる」(バンクシー)
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by illcommonz | 2012-12-31 18:36
▼イルコモンズ「未刊行本」(2009年)より
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Q: 艾さんにはアーティストとしての顔と活動家としての顔があるわけですね。
A: 私にとっては、そのふたつはひとつです。アーティストは活動家であり、
よき活動家はアーティストにほかならないと思います。私のあらゆる活動はひとつであり、
社会の中に暮らし、自身の意見と理想を持つひとりの人間としてのものです。
(アイ・ウェイウェイ「私にとってアートと政治活動はひとつです」2009年)

..................................

 「ボイスの「拡張されたアート」や「社会彫刻」の考えは、しばしば誤解されてきました。とりわけ晩年になるにつれて比重を増していった「社会改革」への志向性は、しばしばなおざりにされ、せいぜいよくて、社会彫刻とは「アートによる野外でのボランティア活動」くらいに受けとめられきました。そうした誤解を避けるために、ボイスは、こう云うべきではなかったか、と思うのです。つまり、あえて極端な云い方をすれば、こうなります。

 「すべての人はアーティストである、すなわち、すべての人はアクティヴィストである、
いや、そうならなければならない」と。

 村上隆の「芸術起業論」のカヴァーには「すべての人はアーティスト=起業家である」というコピーが印刷されてますが、もしすべての人が起業術という技能だけを持つベンチャー・キャピタリストだらけの社会が出現したらどうでしょう?おそらくまたすぐに世界の経済はクラッシュしてしまうでしょう。あるいは、ボイスが云うように「大地と人間は崩壊し、没落することになる」かもしれません。これまで資本主義が地球環境に与えてきたダメージやそれが引き起こしてきたモラル・ハザードを考えれば、あながち大げさな話ではないと思います。そのコピーが誰の手になるのかわかりませんが、明らかにボイスの言葉を転用したこのコピーを再転用すると、ボイスの考えはこうなるでしょう。

 「すべての人はアーティスト=アクティヴィストである」。

 極端なようですが、これがボイスの芸術論だと思います。2002年に美術家を廃業して以後、このボイスの芸術論がだんだんと自分の活動のモデルになってきました。というより「拡張されないアート」に失望し、それを廃業した自分にとっては、ボイスの社会彫刻論がいちばんしっくりきたのです。美術家を廃業した後、「元・現代美術家」として、様々な社会運動や政治活動に参加し、それぞれの現場でいろんな役目や仕事を分担してきましたが、そこでは一般に「アーティストの役目」や「アートの仕事」と思われていることはなるべく避けてきました。せっかく社会や政治と関わりを持たない「拡張されないアート」をやめて、アートの外に出ていったわけですから、そこにまた連れ戻されるようなことはしたくなかったのです。」(イルコモンズ「すべての人はアクティヴィストである/リーマンショック以後の「拡張されたアート2.0」に向けて」(2009年 未刊行)より抜粋して、無断転載。

.....................

 ことしも刊行されなかった本から抜粋。これを書いてから3年のあいだに、世界は大きく変わってしまった。自分もかなり変わった。なので、原発をとめたら、そのとき、また一から書きなおすことにしよう。そのほうがたぶんよい、と、そう思えば、刊行されなかったのは、むしろ勿怪の幸いである。

....................

 「ボイスが美術アカデミーでの教育と平行して、様々な社会活動に関わっていた頃の作品に「私には週末というものがない」という題がつけられた作品がありますが、その気持ちはよく分かります。というより、そもそも政治や社会に関わる活動には休日というものがありません。とりわけ「現在」の世界は、そうならざるを得ない時代ですし、それは「日本社会」も同様のはずです。いまそこにある社会と政治を見渡せば、どうしてもアクティヴにならざるを得ませんし、実のところ、一日二十四時間の限られた時間の中で、社会と政治に関わる時間を創りだし、やりくりすることが最もクリエイティヴな作業かもしれません。」(イルコモンズ「すべての人はアクティヴィストである/リーマンショック以後の「拡張されたアート2.0」に向けて」(2009年 未刊行)より抜粋して、無断転載)

 「ドラムをたたくことは、ボイスがやったような、森や街をほうきで掃いたりとか、地面をシャベルで掘って樹を植えるアクションと同じように、誰にでもできることです。こどもにもできます。また、そのオリジネーターがたとえいなくなったとしても、誰でも継承できる持続可能なアクションです。誰にでもできるこうした身体的アクションを通して、社会や政治へのいま・ここでの関わりが、より直接的に体感できること、それも重要ですが、それにもまして重要なのは、こうしたアクションを通して、たとえどんなに一時的で局地的であっても、全員が主体的に参加にしてつくりだす直接民主主義的な時間と空間がそこに出現し共有されることです。ボイスは「アトリエは人々のあいだにある」といい、また「未来ではすべてのことを人類は共同でやるべきだ」と述べています」(イルコモンズ「すべての人はアクティヴィストである/リーマンショック以後の「拡張されたアート2.0」に向けて」(2009年 未刊行)より抜粋して、無断転載)

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by illcommonz | 2012-12-31 18:00
▼紅白の「黒組」
d0017381_17272854.jpg うちはテレビがないので、今日、仕事がおわったら、この写真をみながら、ラジオできくことしよう。いまもきこえる、よいとまけのうた。

 こどものころに しょうがっこうで 
 よいとまけのこども きたないこどもと
 いじめぬかれて はやされて 
 くやしなみだに くれながら
 ないてかえった みちすがら
 かあちゃんのはたらくとこをみた
 かあゃんのはたらくとこをみた

 いまもきこえる よいとまけのうた
 いまもきこえる よいとまけのうた

「金髪封印!黒ずくめの美輪明宏/紅白」
 「美輪明宏(77)は、金髪から短い黒髪に変身して「ヨイトマケの唄」を歌った。衣装は黒のコート風のジャケットに、黒のシャツ、黒いズボンと上から下まで黒ずくめ。前日も「色がついていると邪魔になる。黒子に徹します」とコメントしていたが、いつも金髪のイメージとは違い男性的で、力強く感じられた。ステージでは、真っ暗な状態から突然スポットライトを浴びて姿を見せ、約6分間の長い曲をそのまま短縮することなく披露した。歌い終えるとスポットライトが消え、また真っ暗な状態になる演出だった。 」
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by illcommonz | 2012-12-31 17:29
▼師走
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今日は月曜日。
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by illcommonz | 2012-12-31 17:13
▼12月28日
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「新政権へ「命守れ」 発足後初 脱原発デモ」
 「毎週金曜日の夜、政府に原発廃止を求める年内最後の「官邸前デモ」が二十八日、行われた。原発維持の姿勢が鮮明になった第二次安倍内閣が発足してから初めて。冷たい雨の中、太鼓をたたいたり、「命を守れ」とコールしたりして、主が代わった首相官邸に向けて脱原発を叫び続けた。政権交代で原発推進の流れができることへの不安が多く聞かれた。横浜市栄区の無職井端淑雄さん(70)は、安倍政権について「原発の安全神話や原子力ムラを作り上げてきたのが自民党。『二〇三〇年代の原発ゼロ』方針の見直しもとんでもない」と憤る。敷地内に活断層がある恐れがあり、再調査を始めた福井県の関西電力大飯原発についても「薄氷の上にあるようなもの」と訴えた。デモに来たのは四、五回目という千葉県習志野市の保育士渡辺順子さん(62)は、故郷を追われた福島県からの避難者を心配する。「自分のふるさとに帰れない人たちがもう二回目の年を越してしまう。何もできないけれど、来年もここに来続けたい」と話した。」(2012年12月29日 東京新聞)

 もう、あと数日で今年も終わる、という、そんな冬の寒い夜、しかも、小雨の降るなか、おおぜいのひとたちが、その国の国会のまわりに集まって、声をあげなければならない国というのは、いったいどんな国なのか。ほんとなら、そんなところにいなくたってよかったはずなのに、ほんとなら、あたたかい家でごはんを食べてる時間なのに。国民をこんな目にあわせておいて、ひとことのことばすらないのか。なにが、うつくしい国だ、くたばれ、安倍、亡びろ、自民党、と、きのうは国会をみながら、ずっとそう思ってた。

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「安倍首相“原発ゼロ政策”継承せず」
 「安倍総理大臣は、東京電力福島第一原子力発電所などを視察したあと、記者団に対し、「2030年代に原発の稼動をゼロにする」とした民主党政権のエネルギー政策について、「希望が政策になっていくということではない」と述べ、継承しない考えを明確に示しました。この中で、安倍総理大臣は、福島第一原発について、「事故のあとの緊急事態が収束し、現在はいよいよ廃炉に向けていくという移行期の段階だ。廃炉に向けてできる限り作業をスピードアップしていきたい」と述べ、政府として廃炉を進める作業を全面的に支援していく考えを示しました。さらに、安倍総理大臣は「2030年代に原発の稼動をゼロにする」とした民主党政権のエネルギー政策について、「エネルギーは、日本が成長するためにも極めて重要であり、希望が政策になっていくということではない。10年間で原発を含めた将来の電源構成、いわゆるベストミックスを目指していく」と述べ、継承しない考えを明確に示しました。(2012年12月29日 NHKニュース)
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by illcommonz | 2012-12-31 17:05
▼ヨーゼフ・ボイス「わたしは週末をしらない」
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▼ヨーゼフ・ボイス「わたしは週末をしらない」(1971-1972年)

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▼イルコモンズ「(原発のせいで)わたしは週末も年末もしらない」(2011年-2013年)

2012年12月31日 仕事おさめ
2013年1月1日 仕事はじめ
以上
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by illcommonz | 2012-12-30 01:51
▼T.D.C. 「サラマワシの夜」
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▼T.D.C. 「サラマワシの夜」
[日時] 2012年12月30日(日)16:00~22:00
[場所] 東京・新宿 カフェ★ラバンデリア
(東京都新宿区新宿2-12-9 広洋舎ビル1階)
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by illcommonz | 2012-12-29 13:41
▼2012年最終抗議 「12.28 大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議」

▼「20121221 国会前抗議活動 怒りのドラムデモ@国会前凹み」

「12.28大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議 2012年最終抗議 新政権への初抗議」
[日時] 2012年12月28日(金)18:00~20:00
[場所] 東京・首相官邸前および永田町・霞が関一帯
(霞ヶ関駅、虎ノ門駅、桜田門駅をご利用ください)
※千代田線・丸ノ内線の国会議事堂前駅は大混雑が予想されます。。
[呼びかけ] 首都圏反原発連合有志

 「新政権最初の首相官邸前抗議!!大飯原発の即時停止、原発ゼロへ向け新しい政権になっても徹底的に抗議をつづけていきます。」

※2013年1月4日(金)は官邸前抗議の呼びかけは行いません。1月11日(金)の開催になりますのでよろしくお願いいたします。

「安倍内閣、今夜発足 環境相・石原氏、少子化相・森氏」
 「安倍氏は26日午前、国会内で記者団に「国民の期待にこたえるため、今日から仕事を始めたい。政権を担った経験を生かし、安定感のある政権運営をしていきたい」と語った。」(日経新聞 2012年12月26日)

「首相指名選挙 決選投票 白票30票に達する」
 「参院本会議で26日行われた首相指名選挙は、1回目の投票で安倍晋三首相が過半数を獲得できず決選投票になった。首相と民主党の海江田万里代表の2人で行われた決選投票では、みんなの党、共産党、社民党、国民新党、日本維新の会などが白票を投じ、計30票に達した。新党改革と新党大地は首相に投票した。消費増税に反対して民主党を離党した議員で作る日本未来の党の8人は、決選投票で海江田氏に投票した。未来幹部は投票後、「昨年の民主党代表選で(当時民主党にいた)我々は海江田さんを支援した。連携は十分あり得る」と秋波を送った。みどりの風共同代表の谷岡郁子氏も決選投票で海江田氏に投票した。この結果、決選投票では首相が107票、海江田氏が96票で、首相が有効投票の過半数を制し、衆参の議決が異なった場合に開かれる両院協議会は開催に至らなかった。」(毎日新聞 2012年12月26日)

「安倍新内閣:組閣 石原伸晃氏のポスト調整が最後まで難航」
 「安倍晋三首相は組閣で、自身に近い山本一太元副外相を参院枠で入閣させる意向を早々に固めていた。山本氏は自民党総合エネルギー政策特命委員会の委員長として、党のエネルギー政策の見直しを主導した実績があり、環境相兼原発担当相に起用する意向だった。だが、石原伸晃前幹事長のポストを巡る調整が最後まで難航。結局、石原氏の環境相就任に押し出される形で、山本氏は沖縄・北方担当相に就くことになった。一方、党役員や閣僚に女性議員を積極登用する安倍氏の方針のもと、小渕優子元少子化担当相の入閣もいったんは固まった。ただ、再検討の結果、森雅子参院議員を少子化担当相、稲田朋美衆院議員を行革担当相に起用した。いずれも初入閣で、同党の人材の豊富さをアピールする狙いもあるとみられる。」(毎日新聞 2012年12月26日)

 国民に支持されてないインチキ政府のバケの皮は、どうせすぐにはがれおちる。もめろ、もめろ、もめてもめて、もみくちゃになれ。ねじれろ、ねじれろ、ねじれてねじれて、ねじきれろ。政権を投げ出した経験を生かし、一秒でも早く、いなくなれ。

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d0017381_01329.jpg 顔をみるのもいやな男だが、顔をみたら、なんだか「死相」がでてるようにみえた。
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by illcommonz | 2012-12-28 15:45
▼イルコモンズ「芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」 表現の糧学校「アートと資本制」配布資料
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▼イルコモンズ「芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」 (表)

 「曾つてわれらの師父たちは乏しいながら可成楽しく生きてゐた。そこには芸術も宗教もあった。いまわれらにはただ労働が 生存があるばかりである。宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷く暗い。芸術はいまわれらを離れ然もわびしく堕落した。いま宗教家・芸術家とは真善若くは美を独占し販るものである。われらに購ふべき力もなく 又さるものを必要とせぬ。いまやわれらは新たに正しき道を行き、われらの美をば創らねばならぬ。芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」(宮沢賢治)

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▼イルコモンズ「芸術をもてあの灰色の労働を燃せ」 (裏)

 「職業芸術家は一度亡びねばならぬ。誰人もみな芸術家たる感受をなせ。個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ。然もめいめいそのときどきの芸術家である。」(宮沢賢治)

 「すべての人間が芸術家であるということは、すべての人間に本当の能力があるということです。なにも音楽をつくったりする必要はないのです。例えば、今日の現代的な飛行機に乗り込みますと、この飛行機を作るためにどれほどの発明の才能が必要であったか、どれほどの創造力、クリエィティヴな力が必要であったかということがすぐに解ると思います。その意味ですべての人間が芸術家だと私は言っているのです。昔のドイツ語の表現ですが、医学を医術、農業を栽培術といったりしましたが、その術(クンスト)が必要なわけです。もちろん芸術でもその術を使わなければなりません。いわゆる現代の近代以降は芸術の概念を非常に高度な精神行為に美化してしまいました。昔は芸術という言葉はもっと技術とかの概念に近いもので、日常的に使えるということを本能的に予感できる言葉でした。その意味で芸術大学とか、あるいは画廊とかいうろくでもない、けつの穴みたいなところで営まれているものだけが芸術だと思ってはならないわけです。」(ヨーゼフ・ボイス)

(※表現の糧学校「アートと資本制」配布資料(2012年)

 宮沢賢治とウィリアム・モリスをつなげて論じた本はあるが、宮沢賢治とヨーゼフ・ボイスとウィリアム・モリスをつなげて論じたものはみたことがないので、やってみることにした。ついでにアントニオ・ネグりとイルコモンズもまぜてみた。もしいつか機会があれば、宮沢賢治とミヒャエル・エンデと小沢健二とイルコモンズをつなげてみたいと思う。

表現の糧学校~思考のヒフ感覚「第五講―アートと資本制」
[日時] 2012年12月27日(木) 19:00-21:00
[場所] 東京・アサヒ・アートスクエア(東京都墨田区吾妻橋1-23-1 4F)
[対談] イルコモンズ/小田マサノリ × 佐藤知久

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[追加資料]
 「その話しぶりじゃ、まるで資本主義は道徳的でなければならない、とでも云いたげだね。でも、なぜだい?資本主義はそれ固有の論理に従うだけだよ。君はいろんなことについて、けしからんと云う。たしかに、けしからんことだけど、それは、資本主義の外に立って云ってるだけだ。資本主義が狂ってるということは確かだけど、資本主義の方じゃ、そんなことちっとも気にしてないのさ。資本主義にとっては、自分がちゃんと作動してさえすればそれでいいのさ。そして現実に、それは作動している。君の言うことは道徳的にはただしい。君は資本主義の動きに倫理性が欠けるのを資本主義の悪だと云う。しかし、資本主義の方ではきっとこう答えるだろうね。「剰余価値には関心があるが、あとのことは知らん」とね。どうやらこういう冷笑的な態度が君にはショックらしい。だが、資本主義の問題は資本主義の内部で問われるべきだ。そのうえで今日、資本主義の代わりに何が可能なのかを考えるべきだ。君は云うかもしれない。市場の論理と資本主義は区別するべきだと。僕は経済学者ではないから、うまくは答えられないが、個人的には市民として「市場がすべて」という法則が人間活動の全領域を支配しないように戦っている。地球全体がスーパーマーケットになってはかなわないからね。国家や文化や教育の問題は、需要と供給の法則などからは切り離されるべきだ。誰がいちばん支払い能力があるかの問題ではない。僕のこの戦いは反資本主義的かもしれないけど、しかし資本主義を道徳化しようとする人たちには驚いてしまう。資本主義はもともと野蛮なものだよ。その野蛮さの根底を突くべきなんだ。もちろん問題は残る。つまり、市場にかわるものがあるだろうか、という問題だ。(ジャン・ジーグラー+レジス・ドブレ「かくもグローバルでない村、地球」1994年)

 「興味深いことに、商品交換の中にたえまなく出現するこの資本細胞という異常なタイプの交換細胞は、正常細胞と比べたときのがん細胞ときわめてよく似た性質を示すことになる。資本という異常活動をおこなう細胞を体内に発生させた社会体は、それ以前とは別人のような振る舞いを見せるようになる。それ以前の社会から見たら「病気」としか思えない異常な変化が、体内に発生することになるが、その症状ががんのケースとひどくよく似ているのである。人体をつくる60兆個あまりの細胞の中に、ひとつでもがん細胞が発生することによって、がんになる危険をかかることになる。人間の交換行為もそれに匹敵する回数の交換過程に発生する増殖型交換が、社会をむしばんでいく可能性を秘めている。」(中沢新一「赤から緑へ」2012年)
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by illcommonz | 2012-12-27 00:38