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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼春夏秋冬はありません
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 人は生きものなので、季節の変わり目には、人前でドラムを叩こうにも、スティックを持つ手に力がはいらない日もある。人前でラッパを吹こうにも、おなかの底に力がはいらない日もある。しかし、そんな日でも、チェロだったらどうにか弾ける(ただ運ぶのが大変ではある)。自分にできることを無理せずにやるというのは、たぶんそういうことでもあるのだろう。それはともかく、先週、国会前抗議に行く地下鉄のなかで、もう四十年以上も、反原発運動を続けている斉藤(美智子)さんに、最近の天気の話の流れから、反対運動の浮き沈みと季節の関係について尋ねたら、「原発というものは、春夏秋冬関係なく一年中、休みなく動いているものなので、それに反対する運動にも春夏秋冬はなくて、やすみというものはありませんよ」と教えてくれた。そういう斉藤さんのように、反対運動を長く続けてゆくにはどうしたらいいんでしょうね、と聞いたら、「むなしいと思わないことですよ。いくらこんなことをしても原発はとめられないんじゃないかとか思わないようにすることですよ。たとえ自分ひとりになってもやるんだ、と思えば続きますよ」と、ちいさなにぎりこぶしを見せながら教えてくれた。最後に「いつも楽器をもってきてくださってありがとう。どんなに大勢でも、人さまの声だけじゃ足りないですから、楽器があるのは、本当にいいですね」と感謝してくれた。さて、明日は台風がくるみたいだけど、台風のなかで、なにができるだろうか。こういうことでもなければ、ふつう人は台風のなかでドラムを叩いたりラッパを吹いたりはしない。だから台風のなかでドラムやラッパが吹くとどんな感じがして、どんなふうに音が響くのか聞いたことがないはずである。台風のなかの抗議は、決して「楽しく」もなければ「楽」でもないが、そこに「楽しみ」を見いだして行くことにしよう。もともと「楽器」は、つらいときやくるしいときに「楽しみ」をつくりだす道具であったはずだから。


「11.1 再稼働反対!首相官邸前抗議」
[日時] 2013年11月1日(金)18:00-20:00
[場所] 東京・霞ヶ関 首相官邸前および永田町・霞が関一帯
(霞ヶ関駅、虎ノ門駅、桜田門駅をご利用ください)
※千代田線・丸ノ内線の国会議事堂前駅は混雑が予想されます。
[呼びかけ] 首都圏反原発連合

「10.25再稼働反対!首相官邸前抗議」
[日時] 2013年10月25日(金)18:00-20:00
[場所] 東京・霞ヶ関 首相官邸前および永田町・霞が関一帯
(霞ヶ関駅、虎ノ門駅、桜田門駅をご利用ください)
※千代田線・丸ノ内線の国会議事堂前駅は混雑が予想されます。
[呼びかけ] 首都圏反原発連合

「10.18再稼働反対!首相官邸前抗議」
[日時] 2013年10月18日(金)18:00-20:00
[場所] 東京・霞ヶ関 首相官邸前および永田町・霞が関一帯
(霞ヶ関駅、虎ノ門駅、桜田門駅をご利用ください)
※千代田線・丸ノ内線の国会議事堂前駅は混雑が予想されます。
[呼びかけ] 首都圏反原発連合

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首都圏反原発連合@MCANjp 2013年10月25日
「雨の予報が出ています。正午頃までに一度、決行するかどうかその時点での決定をここでお知らせします。」

【お詫び】 本日の抗議の詳細について正午までにお知らせします、としましたが、 現在協議中です。もうしばらくお持ちを。

【お知らせ】 が遅れて申し訳ありません。最新情報によると20時頃から大雨となりそうです。安全確保のため抗議は官邸前のみで、時間は19時30分までとします。なお、抗議時間中に天候悪化があった場合途中で中止する場合もあります。ご了承ください。
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by illcommonz | 2013-10-31 21:56
▼自分で種をまいたものを穫りにゆくパーフェクトな一日、今日がその日


You had gone to reap just what you sow.
It's such a perfect day.
Today is your perfect day.
You just keep us hanging on.

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Rou Reed "Perfect Day"

Just a perfect day
Drink sangria in the park
And then later, when it gets dark
We go home

Just a perfect day
Feed animals in the zoo
Then later a movie, too
And then home

Oh, it's such a perfect day
'm glad I spent it with you
h, such a perfect day
You just keep me hanging on
You just keep me hanging on

Just a perfect day
Problems all left alone
Weekenders on our own
It's such fun

Just a perfect day
You made me forget myself
I thought I was someone else
Someone good

Oh, it's such a perfect day
I'm glad I spent it with you
Oh, such a perfect day
You just keep me hanging on
You just keep me hanging on

You're going to reap just what you sow
You're going to reap just what you sow
You're going to reap just what you sow
You're going to reap just what you sow

「米のロックに影響 ルー・リード氏死去」
アメリカのロックミュージックに大きな影響を与えたといわれるミュージシャンのルー・リードさんが27日、亡くなりました。71歳でした。ニューヨーク出身のルー・リードさんは、1965年に結成されたロックバンド、「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」でボーカルやギタリストとして活躍しました。その後、ソロとして活動し、1973年のヒット曲「ワイルド・サイドを歩け」など数多くの名作を生み出しました。最新情報は「生活の拠点を置いていたニューヨークを歌に取り上げることが多かったリードさんは、人間の暗部を描いた歌詞な」をどが特徴で、デヴィッド・ボウイさんやU2などその後の多くのミュージシャンに影響を与え、彼のスタイルをもとにロックのさまざまな形態が派生したと言われています。そして、1996年には、かつて所属した「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド」がアメリカの音楽界に大きな功績を残したとして、「ロックの殿堂入り」を果たしました。リードさんは、70歳を超えたあとも世界各地でライブを行うなど精力的に活動を続けていましたが、ことし5月に肝臓の移植手術を受け、療養生活を送っていました。」(NHK 2013年10月28日)
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by illcommonz | 2013-10-28 11:19
▼「そのように世界がゆるやかに構成されているのはなぜ?」


 生命は
 自分自身だけでは完結できないように
 つくられているらしい

 花も
 めしべとおしべが揃っているだけでは
 不充分で
 虫や風がおとずれて
 めしべとおしべを
 仲立ちする

 生命は
 そのなかに欠如を抱き
 それを他者から満たしてもらうのだ

 世界はたぶん 
 他者の総和
 しかし
 たがいに欠如を満たすなどとは
 知りもせず 知らされもせず
 ばらまかれている者同士
 無関心でいられる間柄

 ときに
 うとましく思うことさえも
 許されている間柄
 そのように
 世界がゆるやかに構成されているのは
 なぜ?

 花が咲いている
 すぐ近くまで
 虻の姿をした他者が
 光をまとって飛んできている

 私も あるとき
 誰かのための虻だったろう
 あなたも あるとき
 私のための風だったかもしれない

 吉野弘 「生命は」
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by illcommonz | 2013-10-17 01:56
▼一時帰省
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by illcommonz | 2013-10-12 06:05
▼「10.13 No Nukes Day 原発ゼロ☆統一行動 -福島を忘れるな・再稼働を許すな」
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「10.13 No Nukes Day 原発ゼロ☆統一行動 -福島を忘れるな・再稼働を許すな」
[日時] 2013年10月13日(日)13:00
[主催] 首都圏反原発連合
[共催] さようなら原発1000万人アクション/原発をなくす全国連絡会
[協力] 脱原発世界会議/経産省前テントひろば/再稼働阻止全国ネットワーク

 「2年を経てもいっこうに収束しない福島第一原発事故。満足な補償も受けられないまま避難した15万人もの人々はいまだ苦しい生活を強いられています。それにもかかわらず政府は「原発の活用」を掲げ、原発再稼働と輸出に躍起になり、まるで福島の事故などなかったかのように振る舞っています。ついには「新規制基準」施行のもと、今秋、複数の原発で再稼働を容認させようとしています。原発ゼロを望む国民の声は圧倒的多数であり、もはや原発を残す理由は何ひとつありません。私たちはこうした政府の再稼働姿勢に真っ向から反対し、運動の結節点として、6月2日(日)にはNo Nukes Dayという同日共同アクションを行い市民の声を形にしてきました。そして、再稼働へのせめぎ合いが頂点に達する10月13日(日)に、あらゆる個人、組織の結集、参加を呼びかけます。全国の声を一つに集め、行動で可視化して、原発ゼロの決断を迫りましょう。」

 一時帰省のため参加できませんが、多くの人たちが集まることを期待してます。
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by illcommonz | 2013-10-12 05:58
▼怒りのときにも「子どもっぽい」とか「甘い」といわれるような、もうひとつのペルソナを手放さないこと
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 「行動をともなわない政治意識は、荒廃をみつめ、ものごとの中心部ばかり見ようとします。一方、直接行動をする人たちは、その行動自体のなかにオルタナティヴをつくりだし、中心部の腐敗から視線をズラして、その周辺部や自分たちの側にある奔放な可能性の方に目をむけるので、希望を育むことができるのです。一方、エスタブリッシュされた運命論者たちにとって、このような希望についての考え方は、非常に気に障るもののようです。彼らにとってのニュースとは、救いようのない厄介な知らせだけであり、そのメッセンジャーであることを自認し、またそれをいつもくりかえし教えてくれる。「失意」や「よくないニュース」「困難さ」ばかりを説きたがる人は、それによって「男らしさ」や「いかめしさ」「だまされにくさ」「現実を直視する強さ」を体現しようとしますが、現状は決して避けがたいものではないし、すべての道が下り坂ばかりとは限らないと考える人たちもいます。つまり、希望を持つということは、「女らしい」とか、「子どもっぽい」とか、「甘い」といわれるような、もうひとつのペルソナ(=社会的な人格)をすすんで身につけるということなのです。(レベッカ・ソルニット)」(イルコモンズ「ことしの抱負」(2013年1月9日)より)

 「知識人が、現実の亡命者と同じように、あくまでも周辺的存在であり続け、飼い慣らされないでいるということは、とりもなおさず知識人が、君主よりも旅人の声に鋭敏に耳を傾けることであり、慣習的なものよりも一時的なもので、危ういものに鋭敏に反応することであり、上から権威付けられた現状よりも、革新と実験の方に心を開くことなのだ。漂泊の知識人が反応するのは、因習的なもののロジックではなくて、果敢に試みること、変化を代表すること、動き続けること、決して立ち止まらないことなのである。(エドワード・サイード)」

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 改造したサックスにサイド・ベルをつけるのは、まさにこういうときのためなのである。

 「近所の公園でこどもに吹いて聞かせたら「おならの音だ!ぎゃははは」とよろこんでいた。「ぼくも吹きたい」と云うので、こどもに吹かせてみたら、いきなり上の音から下の音までびっくりするほど簡単に音が出たので、タンポの調整もうまくいったようだ。やはり楽器は、音をだすのが「楽」で、音を出すのが「楽しい」のがいちばんである。この世のなかは苦しみや悩みに満ちているので、これ以上、楽器のことで苦しんだり、音楽のことで悩みたくはない。楽器は苦しみから解放され、音を楽に楽しむためにこそあって、それはただしい音程よりもずっと大切なことだと思う。こどもたちは本能的に、ベルに耳をくっつけて音を聞きたがるので、こどもが聞きやすいように空いたトーンホールにトランペットのベルをロウ付けしたら、気のせいか(気のせいだ)、すこし音程がよくなった。そこにトランペットのミュートをつけたら、もっと安定したが、どちらにせよ、もともと自分は音感がわるいので、音程のわるさはあまり気にならない。」(イルコモンズ「サックスの形をしたおもちゃ」2012年5月4日)

[写真] Kai-Wai 散策「怒りのドラム街宣」より
http://kai-wai.jp/2013/10/post-2115.html

 怒りだけでなく、朗らかさやおおらかさがなければ、こどもや異邦人には伝わらない。子どもに伝わらないものは、大人にだって伝わらない。どんなに「こどもっぽい」とか「甘い」といわれても、どのみち自分はこういうふうにしかやれないのだし、それが「ことしの抱負」でもあったのだから、そうするしかない。
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by illcommonz | 2013-10-11 06:21
▼「マークがなければ破壊しろ!」と東谷は云った
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▼DOMMUNE 「未来の体温 after AZUMAYA」 開催記念 追悼番組」
[日時] 2013年10月9日 21:00~24:30 
[URL] http://www.dommune.com/reserve/2013/1009/
第一部:「東谷隆司とは誰だったのか?」出演:椹木野衣、矢野優、山川冬樹)
第二部:「生きてゐる東谷隆司」(生前の東谷隆司によるDJ PLAY世界初配信)

 「昨年鬼籍に入られたキュレーター東谷隆司氏を偲び、かねてから親交の深かった美術批評家の椹木野衣氏にキュレーションを依頼し、5名のアーティストを選出、構成した白金アートコンプレックス2FARATANIURANOと3F山本現代による合同グループ展「未来の体温 after AZUMAYA」。この展覧会開催を記念して、氏の一周忌を目前にした追悼番組「東谷隆司とは誰だったのか?」をDOMMUNEにて配信致します。東谷隆司氏は1999年に世田谷美術館にて「時代の体温」という日本の美術史に残る展覧会を企画し、その後も、横浜トリエンナーレ、東京オペラシティアートギャラリー、森美術館といった首都圏の現代美術の中心となる施設の立ち上げに関わった後に独立。「ガンダム 来たるべき未来のために」「釜山ビエンナーレ2008」などを手がけ、国内外での活躍を期待されておりました。また、キュレーターとしてだけでなく、執筆家・音楽家・アーティスト・パフォーマーでもあり、多彩な才能を持つ希有な存在でした。「未来の体温 after AZUMAYA」の企画者である椹木野衣氏が、矢野優氏、山川冬樹氏をゲストに迎え、東谷氏の「原点」と「結幕」を遡り、そして氏の見据えた「未来」を考察します。また第二部では、「生きてゐる東屋隆司」のタイトルで、生前の東谷隆司によるDJ PLAYを世界初配信!その本人のDJ PLAYを背景に、氏と生前縁のあった方々からの追悼文を朗読!絶対必見!」

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 故人のDJ PLAYにボイス・オーヴァーする追悼文を頼まれたので、リーディングしやすい感じの短文を書いて寄せた。著作権の関係でボツになるかもしれないが、東谷さんといえば、イラク戦争のさなかに「殺すな」のメンバーたちでよくやった「狂気のカラオケ」を思い出すので(あの狂いっぷりは、いまにして思うと「カラオケ・ダダイズム」だった)、当時、東谷さんの持ち歌だった、ある曲の歌詞をサンプリングしてリミックスした文を寄せた。あいにく家庭の事情で、都心まで番組見学にいけないので、今日は家でみることにする。東谷さんと知り合ったのは、たしか2001年の「横浜トリエンナーレ」のときだったが、いちばんつきあいが多かったのは、2003年から2004年にかけての「殺す・な」のときだった。



 イラク戦争に反対する路上でのデモ活動のほか、水戸芸術館の館内でデモをやったり、ジョン・ゾーンのCOBRAをやったりした。そういえば、青森の恐山に一緒に旅行に行って、みんなで「人生ゲーム」もやったこともあった。波乱万丈すぎるゲームの展開に思わず自分の実人生を重ね合わせ、すっかり落ち込んでいた東谷さんの真剣な顔を今でも憶えている。そのころの「殺す・な」のデモの写真がまとめて出てきたので、故人を偲んで、ここに載せておこう。

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[追記]
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 ピストンが一本しかないこのデモ用のトランペットをつくったとき、念頭にあったのは、東谷さんが「殺す・な」のデモでいつも使っていた、一本しか弦を張ってない黒のストラトのギターだった。「デモには一本あれば、十分なんだよ」と、そのときに教わったのだと思う。

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東谷隆司
(1968-2012)

 「何年、何十年、何百年先になるかわからないけど、原発が撤廃された時代の人々に知ってもらいたいこと。「原発がある時代にも、それに反対する人々は数多くいました」。少ない文字数ですが、このメッセージを書いている人間、転送している人々は、その意思を表明していた人たちです。」(東谷隆司 ‏@AxZxMxYx on twitter 2011年4月11日)

 そういう彼もまた、原発と戦争に反対し、その意志を表明した人だった。

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[関連1]
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「未来の体温 after AZUMAYA」
[日時] 2013年10月5日-11月2日
[場所] 東京・白金アートコンプレックス3F 山本現代
[キュレーター] 椹木野衣
[出品作家] 赤城修司・竹内公太・高橋大輔・吉村大星・東谷隆司

▼椹木野衣「本展によせて」
 「本展は、昨年の10月16日、はからずも自死に至ったインディペンデント・キュレーター、東谷隆司(以下、東谷と敬称略)に捧げる企画である。私と故人との最初の出会いは、東谷が東京芸大在学中に学内で開かれた特別講義終了後、熱っぽい表情で挑むように質問にやってきたことに始まる。私が最初の著作『シミュレーショニズム』を出す前であったから、まだ1990年のことだ。以来、東谷とのつきあいは紆余曲折を経ながら20年以上にわたった。私がかつて大森に所在したレントゲン藝術研究所で日本の美術界に向けた具体的な活動を始めたとき、彼の顔はすでにそこにあった。1999年という世紀の節目を控えた年に、水戸芸術館で「日本ゼロ年」展を開いたときも、設置の段階からたびたび彼は会場を訪れていた。その後、当時、大阪のアートの拠点であったキリンプラザ大阪では、大竹伸朗「ダブ景」展を初め、いくつもの展覧会を共同で開催した。2003年3月にイラク戦争が始まったときに始めた反戦デモ・ユニット「殺す・な」には、毎回黒い一弦ギターと革ジャンで豪雨のなかでも参集してくれた。狭いカラオケボックスで、何度朝まで飲み、歌い明かしたことだろう。僕にとって東谷は友であり同志であり、そして弟のような存在でもあった。
 そんな東谷は、もうこの世界のどこにもいない。草の根を分けて探しても、二度とその姿を見ることはない。しかしだからこそ、この展覧会のキュレーションを受けてみようと強く思った。
 本展は、東谷が生前に交流の篤かった作家を集めたものでも、彼の考えを斟酌し、できるだけ忠実に展覧会として再構成したものでもない。そんなことは不可能だ。そうではなく、東谷があの震災と原発事故の直後に「未来」の人たちに向けてツイッターに残した短い一文をひとつの導入として、私自身がまったく新たに作家の人選をし、立ち上げたものだ。その際、故人が最初にキュレーションを手掛けた展覧会「時代の体温」(世田谷美術館、1999年)にならって(=after①)、本展を「未来の体温」と名付けた。東谷のいなくなった世界(=after②)から、私たちが未来へと向かう「時代の体温」をもういちど計ってみようと考えたからだ。また「未来」の一語には、東谷の仕事を代表するもうひとつの展覧会「GUNDAM ―来たるべき未来のために―」(サントリーミュージアムほか、2005年)も掛けている。
 東谷は自身のことをインディペンデント・キュレーターと名乗ることを好んだ。日本では馴染みの薄い響きだが、東谷にとって、語の力点は「キュレーター」ではなく「インディペンデント」であることに置かれていたはずだ。インディペンデントとは、「自らを頼る」野良の精神に通じている。実際、東谷は「野良のキュレーター」だった。組織に殉ずることをせず、分け隔てすることなく人と接し、ブルースメンのように時と場所を移動し、その果てに姿を消した。
 その東谷を、もう一度私たちの「未来」に向けて胚胎させてみよう。私たちひとりひとりの脳髄のなかで、もう一度まっさらな胎児となり、いつかふたたび血まみれで再誕してくるのを待とう。その最初の兆しを捉えるのが、本展のねらいである。 (2013年8月23日・記)」

[関連2] 未遂の企画(2006年)

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▼東谷隆司企画「PSE法記念フェス:マークがなければ破壊しろ!」
 「2001年に可決されたPSE法(電気用品安全法)が、2006年4月より施行されます。同法律は電気製品による危険や障害を未然に防ぐ素晴らしいものであるにも関わらず、市民の皆様から十分な理解を得ていないのが現状です。そこで、PSEマークのない電気製品がいかに危険であるかを印象づけるためにも、ここに市民参加型の大規模なイベントをご提案いたしますので、ご査収ください」

[会場] 屋外スポーツ競技場など
[日時] 夕方
[参加費] 無料
[概要] 「全国からPSEマークのない電気製品を大量に集め、一般から破壊したい製品と破壊方法を公募し、実際に観客の前で破壊。破壊方法と破壊された製品のインパクト、パフォーマンス性を競い合う。ゲスト審査員には、サンフランシスコからマーク・ポーリンさんを招待。演出としては、PSEマークのない製品の品目を強調するために、破壊する際には、巨大モニターでメーカーのロゴを映し出し、メーカー名、品番を大音量で読み上げる。発売当時のCM映像などが上映できれば、さらに望ましい。(中略)」

[例]
 1. 上空100メートルのヘリコプターから1000台のテレビが雨のように降ってくる
 2. ヴィデオデッキとモニターを50セット積みあげた塔が、強烈なプレス機で一瞬で厚さ1mmに(プレス機メーカーのプロモーションに最適です)
 3. 電子レンジでなんでも加熱(猫とか動物は不可、ダイナマイトなどの無機物はOK)
 4. ジミー・ヘンドリックスの「パープルへイズ」を大音量で再生しているステレオコンポ100セットをガソリンかけて燃やす
 5. 大量の電化製品をあり得ない配線で繋いで次々に爆破
 6. ドリンクフリー:会場にある自動販売機はどれも破壊OK
 7. 山のように積んだ電気製品をカラシニコフで乱射(ゲスト;テロリストの皆さま)
 8. 洗濯機爆破オーケストラ
 9. バック・トゥー・ザ・ストーンエイジ:会場の一角では石器時代のコスプレした人たちが、黙々と電気製品を次から次へと石斧で破壊(一般参加OK)
10. 電気闇鍋:大量の電気温水器で沸騰させたプールで、電気かみそりなどのあらゆる小型電気用品を煮込む

#荒天決行、会場での事故については、観客の自己責任

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 当時、当日、この幻の企画に賛同して勝手につくったフライヤー。故人はまた、PSEマークのない電気楽器を愛した人物でもあった。

[関連3]
▼【東谷隆司ナイト】
http://illcomm.exblog.jp/17265448/
※追悼映像の上映は未遂
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by illcommonz | 2013-10-09 02:54
▼マーチングバンドが「抗議の戦術」として転用されるとき

▼NORA BRIGADE 「レタンセル=着火用の火花」(「怒りのドラム街宣」新宿アルタ前)

 「ラディカル・マーチングバンド」であるNORA BRIGADE が、こうした街場での演奏のとき、決して整列せず、各自がてんでばらばらに動きまわるのには理由がある。

 「もともとマーチングバンドは、国家形態に属するものであり、国家が定義する空間をもたらすものだ。その集団は整然とコントロールされて隊列をなし、軍隊に密接に結びついている。だが、こうした国家や軍隊への結びつきがあるからこそ、それらが「抗議の戦術」として「転用」されたり「横領」されるときに、それがきわめて痛快なものになるのである。」(スティーヴン・シュカイティス 「情動をつくりだす美学:観客を消滅させ、群衆蜂起をうながすこと」より抜粋)

 「ドラムの最初の一撃とともに亀裂が走るのは、たがいを隔てるまなざしの壁である。それは日常の空間をきりくずす芸術的なパフォーマンスであり、街路に移動可能な「情動(よろこびや怒り、笑いや哀しみ)」の空間がつくりだされ、そこに新たな関係が出現する。その関係には、希望が宿り、日常生活の網の目のなかに血が通いはじめるのだ。」(同上)

 日常生活の網の目の中に血を通わせようと、怒りのドラムにあわせて、思いっきり演ったら、バリトンサックスのネックに亀裂が走り、ネックがまっぷたつに折れた。

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よくみたらバネ針も一本折れていた。「怒りのドラム」の背後に、知られざる笑いと哀しみあり。

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さっそく修理する。まずはロウ付け。

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そして仕上げ(一丁あがり)。すべての原発が廃炉になるまで、なんべんでも折って、なんべんでも修理する。
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by illcommonz | 2013-10-08 02:03
▼[悲報] 悲しき民族学/人類学
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「世界は人間なしに始まったし、
人間なしに終わるだろう。」
レヴィ=ストロース
「悲しき南回帰線」



「悲しい民俗学および人類学」(以下、フランス語記事を自動翻訳して要約)
 「ジュヌビエーブ・フィヨラッソ大臣は、ライセンスのこすることでいくらか仕上げたい。それらの数を徹底的に減らすために、斧に彫刻をします。民俗学と人類学は消えて、社会科のライセンスで会います。専門家は、訓練の死を予言します。ジュヌビエーブにとって、この単純化は軸のうちのひとつです。大臣は、タイトルの迷路を打ちます、その考えは、企業が理解するということです、卒業生によって獲得した専門知識がない現在のライセンスを中へカットし、いくつかの不満を刺激するために去ってください。民俗学の学者、および、人類学は動員されて、このように非常に速く、彼自身です。請願は、1,788人ずつ署名されました。また、民俗学・人類学のグループ・プロモーションは、フェースブック上でそれ自体を構成しました。民俗学と人類学は言及に消えて、社会科のライセンスのコースのうちのひとつ現われます。

 「教授を遺憾に思う、私たちは魂の補足のようになるでしょう。」

 「私たちは、訓練の消失を心配します、これらの訓練に会わない場合、それらはそれら自身で死ぬでしょう。」

 フランスは、マルセル・モース、クロード・レヴィ=ストロース、あるいは、ジョルジュ・バランディエと何人かの頭を見なします。それはヒューマニズムとオルタナティヴを作る、考える。将来、それらが列車を照らされた市民に寄与することを思い出し、子どもたちが予備選挙以来、そこに始められることをさらに提案します」(リベラシオン紙 2013年7月7日)

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 フランスの大学改革で、「民族学/人類学」という名前の科目が消滅し、「社会学」に統合されるらしい。民族学/人類学なんか学んでも企業やビジネスの即戦力にならないからだ、というのだろう。ネオリベラリズム的な実学偏重主義である。日本でもやがてそうなる日が来るかもしれない。しかし、たとえその名が消えたとしても、「ヒューマニズムとオルタナティヴをつくり考える」ための「魂の補足」の学として、社会学のなかでちゃんと生き延びていくだろうし、現に、専修大学の社会学の講義にはその兆候がみられる。世界は民族学なしに始まったし、民族学なしに終わるだろう。そういうものだ。

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[参考] 【専修大学的社会学】(※専修大学講義要綱よりサンプリング)

▼社会学原論
 「この講義では、社会を構成する人間とは何かについて理解を深めると同時に、人間によって構成されている社会の特性について考えることにより、社会学を主専攻として学ぶ学生として必要な素養を身につける。」

▼社会学201
 「ヨーロッパにおいて確立された社会学の系譜のなかに通底するヨーロッパ中心主義的な見方を対象化・相対化する批判的な視座を確保することも念頭においています。」

▼社会学101
 「本講義の目的は、「社会学とは、いかなる学問なのか?」という問いを、ともに考えてゆくことにある。具体的に扱う領域としては、文化研究、階層研究、消費社会論、教育社会学などを予定している。そのどれもが、「常識的なものの見方」とはひと味違う、「社会学的思考方法」を教えてくれる。講義のなかでは、こうした題材を通して、社会学を現代社会のなかで学ぶことの意義を一緒に考えてゆきたい。」

▼社会学201
 「これまで一方的に与えられてきた情報や、一見「あたりまえ」に見える慣習、また「正しい」と教えられてきた規範や制度について「なぜ」を問いかけることが出発点となる。社会的存在としての自分が今立っている場所や立場、これまで自然視してきたライフコースのモデルや「常識」の意味を問い直すことにもなるだろう。それは苦しい作業になるかもしれないが、重要なのは与えられた問題の答えをただ探すよりも、自分にとって議論するに値する「問いを立てる」ことである。個人的な問題を社会的な問題とつながったものとして理解できる、「社会学的想像力」を身につけて欲しい。」

▼社会学202
 「この科目を履修することで、あなた自身が日常生活の中で常識だと考えていたものが、疑わしく思えるかもしれない。

▼社会学特殊講義E(別名「アクティヴィズム社会学解放講座」)
 「この講義は、社会運動から社会を考える社会学です。社会はこれまでどのように変わり、そして誰がどのように世界を変えてきたかを学び、変えることのできないものと変えることのできるものを識別する知恵を身につけます。」

 「世界を変えようと決意した、思慮深い市民たちからなる小さなグループの力を決して否定してはいけません。実際、その力だけが、これまで世界を変えてきたのです。」(マーガット・ミード)

 「神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ」 (ラインホルド・ニーバー)
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by illcommonz | 2013-10-08 01:10
▼イルコモンズ「社会学特殊講義E/不幸なはずがないじゃない?」[副教材]

 しあわせ?しわよせ?

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【平成生まれの学生たちへ】
   ↑
【昭和初期生まれの人より】
 「ぼく/あたしの若い頃は、親からの仕送りなんかなかった。大学に行くために東京にでてきても、夜も寝ずに必死でアルバイトして、むしろ、ぼく/あたしの方が親に仕送りをしてきたんだ。そんな状態でも、ぼく/あたしは幸せだった。今の若者は親から仕送りをしてもらって、大学を卒業してからも援助してもらってる。それで、不幸なはずがないじゃない。」
   ↑
【明治時代生まれの人より】
 「ぼく/あたしの若い頃は、田舎から東京にでるなんて不可能だったよ。その上、中国と戦争するわ、ロシアと戦争するわ、そのたびに赤紙が来て徴用された。でもそんな状態でも、ぼく/あたしは幸せだった。昭和生まれの人はせいぜい疎開したくらいで徴用もされてない。親を田舎において都会にもでていける。それで、不幸なはずがないじゃない。」
   ↑
【江戸時代生まれの人より】
 「東京にでる?ああ、江戸のことね。でも、ぼく/あたしの若い頃なんて、そもそも移動の自由がなかった。明治時代なら関所ももうなかったんよね?それだけじゃないよ、江戸時代は身分制度があって職業選択の自由もない。名字さえないし。それに鎖国してるから旨いモンも少なかったし。なんの自由もなかったけれど、それでも、ぼく/あたしたちは幸せだった。牛鍋やカステラを食べてた明治時代の人が不幸なはずがないじゃない。」
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【戦国時代生まれの人より】
 「ぼく/あたしの若い頃は、毎日が、戦の日々だった。いつ上杉勢が責めてくるか分からないし、いったん戦となれば、殿のために命を捧げるのが、ぼく/あたしたちの人生。それでも、ぼく/あたしは幸せだった。江戸時代なんて剣の訓練も所詮は遊びの平和な時代だろ。参勤交代で命を落とすわけじゃなし。そんな江戸時代の人が、不幸なはずがないじゃない。」
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【奈良時代生まれの人より】
 「ぼく/あたしの若い頃は、実力でのし上がるなんて不可能だった。そもそも貴族以外は人間扱いされず、ドでかい大仏を作るからと徴用されたりする。平民はいくら優秀でも貴族にはなれない。それでも、ぼく/あたしは幸せだった。でも、戦国時代は実力社会は。実際、秀吉は百姓から太閤様にまでなったんだし、努力が報われるいい時代だよ。そんな時代の人が、不幸なはずがないじゃない。」
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【弥生時代生まれの人より】
 「ぼく/あたしの若い頃は、律令制なんてなかった。政治も経済も、卑弥呼とかいうおばちゃんが鹿の骨を焼いて呪術で決めていた。しかも運が悪いと祭祀の時には、生け贄にされちゃうんだ。そんな世の中でも、ぼく/あたしは幸せだった。奈良時代なら律令制度が始まってるから論理の通じる時代だよね?そんな時代の人が、不幸なはずがないじゃない。」
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【縄文時代生まれの人より】
 「ぼく/あたしの若い頃は、稲作なんてなかった。だから食料は毎日、山や川に探しに行く必要があった。食料が手に入らない日が続くと仲間がバタバタ餓死してしまう。だから毎日、生きるために必死だった。それでも、ぼく/あたしは幸せだった。弥生時代なら米作が始まって高床式倉庫もあったよね?そんなんで、不幸なはずがないじゃない。」

(Chikirin の日記「縄文人の勝ち」2010年7月25日を一部改変)
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by illcommonz | 2013-10-07 23:56