
▼ハイレッドセンター「首都圏清掃整理促進運動」(1964年)
(前略)「話をきいてみると、どうやら、2016年のオリンピック招致にむけて、東京の治安のよさをIOC(国際オリンピック委員会)にアピールするのがねらいのひとつらしい。表現の自由よりもオリンピック優先ということか。1964年の東京オリンピックのときも、首都圏のジェントリフィケーションが行われたが、そのときは、ハイレッド・センター(高松次郎+赤瀬川原平+中西夏之)が「首都圏清掃整理促進運動」と称した見事なカルチャージャミングのパフォーマンスをおこなってみせた。」(イルコモンズ「
ディストピアトーキョー」2009年3月18日)
歴史はつねにドリフトしながら反復し、亡霊たちはいつも時ならぬ時間と場所に出没する、まるで「時間の関節がはずれている」かのように... というのが、デリダの「亡霊論」だが、奇しくも「東京五輪滅亡前夜」と重なった2009年9月30日の「杉並区なんとか安全かんとか条例」施行前夜、高円寺駅前に現れた清掃集団は、ハイレッドセンターの亡霊か、と思った。

かつてはアーティストがカルチャージャミングのプレイヤーだったが、いまはアクティヴィストたちがそれに代わった、まるでジャンルの関節がはずれているかのように... とはいえ、これはハイレッドセンターへのトリビュートでもなければ、パスティッシュでもなく、もちろんパロディでもない。影響があったかどうかさえも定かではない。そうではなく、これはいま現実にそこにある具体的な政治状況へのシチュアシオニスト的な介入である。


まだ今のこの時点では45年前の模倣と反復だが、45年前のそれとの決定的なちがいは、2009年のそれは映像に記録され(その一部始終は2カメ体勢で撮影された)、いずれYouTubeに公開されて、ネットワークの中をさまよいはじめるという点である。つまり、それは単なる反復ではなく「変わってゆく同じもの」であり、亡霊である。

ということで、「もくもくフラッシュモブ」の詳細は、いずれYouTubeに公開されるムービーをご覧ください。今日のところは写真だけ。あー、それにしても、おもしろかった。