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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼【問い】「アクションはどこで生きのびているか?」

▼「殺すなデモ in 水戸芸術館」(2003年 ※ネット初公開)
[出演] 殺すな+椿昇
[撮影] 不詳
[編集] イルコモンズ

▼国際シンポジウム「21世紀にボイスを召還せよ!」
[日時] 2009年11月15(日)13:00-18:30
[会場] 茨城・水戸芸術館コンサートホールATM

セッション2 16:50-18:10
「アクションは生きているか? 」
[司会] 高橋瑞木 [モデレーター] 木幡和枝
[パネリスト] 椿昇/白川昌生/小田マサノリ/イルコモンズ (各15分)

イルコモンズが参加するセッション2のテーマは「アクションは生きているか? 」
この問いに対するイルコモンズの「問いなおし」とその「こたえ」は次のとおり。

【問い】「拡張された芸術概念」による「社会彫刻」のアクションは、
     いま、どこで生きのびているか?

【答え】ストリート

 いま、いるといらとそのなかまたちが「アクティヴィズム3.0」の展示をやってる横浜は、イルコモンズが現代美術家を「廃業」した場所ですが、かたや水戸芸術館は、イルコモンズが思いがけず現代美術家になってしまった場所です。そういう場所にもどってきて、ボイスについて話をできるのは、とてもうれしい。美術家を廃業した後、再び水戸芸術館に戻った時は「殺すな」だった。場を提供してくれたのは、今回、同じセッションに参加する椿(昇)さんだった。なので、やはり、あのときの「殺すな」のアクションのことから話をはじめるのが筋だと思う。あのとき一緒に「殺すな」をやった山川(冬樹)くんとは、こないだヨコハマの会場で再会した。宇治野(宗輝)さんともそのうちヨコハマで会えそうな気がしてる。ということで、以下、水戸芸術館でのシンポジウムのための「映像」と「配布資料」を公開します(諸般の事情により、会場で配布する資料はモノクロになります)。

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[配布資料からの抜粋]
「3月のイラク侵攻に際して始めたアーティスト・ユニット「殺すな」が、次第に変形して、最初は路上を活動の舞台にしていたのが、今年の秋には巻上公一氏が主宰する即興音楽のユニット「コブラ」の音楽部隊をつとめることになったりで、いい意味でわけがわからなくなってきた。先日も水戸芸術館での椿昇「国連少年」展にジョイントして、路上と同じく美術館も公共空間にはちがいないとばかりに、大量のアンプやギター、各種打楽器を持ち込み、おそらく「美術館」と名のつく場所でこれ以上大きな音が鳴ったことはないのではないかというくらいの爆裂的大音響で館内ワークショップを行なった(子供は泣き、監視の女性は逃げ出した)。」(椹木野衣「美は乱調にあり」2003年)

「5月の末。水戸芸術館で開催していた、椿昇さんの展覧会「国連少年」へ行きました。そこで「水戸芸を殺す・な」というワークショップというか、デモンストレーションをひとつ。と、お呼ばれをした「殺すな」に関しては http://www.tentenyen.net/korosuna を参照していただけたらなんですが、ここ2ヶ月やってる運動です。で、水戸でデモ? そりも美術館内で? 意味なくない?という本当に意味はない。いんや、そもそもデモだからと何かを訴える、で変わる。なんてことを考えるのは置いておいて。とどのつまり「汝、騒音であれ」でいいかなと思っているわけです。メッセージを伝えるよりも、いやいやいや~んなバイブレーションであればいいのでは。なんかイヤがっている人、街にも美術館にも馴染みたくない人、そこ・ここの風景になることを拒むデモというわけで、「殺すな」では、みんなで太鼓とかをボンボン叩いたりしてるんですが、音楽的センスも置いておいて、とにかくノイズを出しにデモに行っているわけで。その水戸芸でも「殺すな」一行は、太鼓にギターに鳴り物をガヤガヤさせながら、館内を練り歩き、私たちが騒音になるはずだったのですが、にゃんと、そこへさらなる騒音が聞こえてきたのでした。それは音ではなく、次の展示室に向かおうとした通路に、もちろん絶対「国連少年」の展示作品ではない、予定不調和に登場した「有事中」。と書いてある紙。向こうの方までずーっと貼ってある!明らかに、誰かの仕業。つーか、「殺すな」の発起人のひとりでもあります小田マサノリの仕業というのが、一目でわかり。うー、一緒に騒音を出しに来たのに。知らなかったよ。うー、騒音が騒音にビックリした。ほんと。だけど、ドキドキした。騒音が聞こえるのって、なんだか、視界がパッと明るくなったような、そんな気分なんだなぁ。と改めて思ったのでした。」(工藤キキ「椿昇「国連少年」展@水戸芸術館」2003年)

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近頃は、どのシンポジウムに出ても、映像を使ってプレゼンをするため、しゃべる時間が足りなくなり、本当に云いたいことを云えずに帰ってくることが多い。なので最近はこんなふうに、云いたいことをあらかじめプリントにして配ることにしてますが(これはアクティヴィズムから学んだ情報伝達のメソッド。不平をいうだけではものごとのしくみは100年たっても変わらない)、明日はボイスのシンポジウムなので、同じく、アクティヴィズムから学んだ別の情報伝達のメソッドを試してみようと思ってます。アートのシンポジウムなんだから、多少のことをやっても怒られないはず。あと、パネルの後のディスカッションで、もし発言の機会があったら、「もくもくモブ」と「246表現者会議」のストリートでのアクション映像も流したいと思ってます。

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「実は横浜トリエンナーレでも彼女の動きに敏感に反応した参加アーティストがいた。見本市のような会場にあって、あえて床下まで覗かせる工事現場のような展示でひとり気を吐いていたヲダマサノリは、連続テロのあと、その作品のタイトルを、ジョンとヨーコの曲名をもじった「give piece a chance」から本来の「give peace a chance」に戻し、「WAR IS OVER (IF YOU WANT IT)」という有名な作品を下敷きにしたポスターを制作していたが、新たに「Imagine all the people living life in peace」というフレーズをアラビア語訳と併記したポスターを制作したのである。このポスターが張り出された10月8日は奇しくもアメリカによるアフガニスタン空爆の開始が伝えられた日だった。しかし、圧倒的な現実を前にしたアートの無力を嘆くことはない。そんな暇があったら、こういう臨機応変なゲリラ的実践を積み重ねながら、運動神経を磨いてゆくことだ。オノ・ヨーコの来日に予定されていた予算が余っているなら、それを使ってこのポスターと同じ全面広告を新聞に出せばいいのではないか。そのようにしてアートは社会に出てゆくべきなのだ。」(浅田彰)



「ストリートの思想家」と名づけるのは、彼ら・彼女たちの匿名性とその高い移動性のためである。この新しい思想家たちは変幻自在にストリートに顔を出す。神出鬼没の存在だ。二〇〇三年の反イラク戦争デモ以降の社会運動では、こうした複数の「ストリートの思想家」が重要な役割をはたしていく。ECDと並んで二〇〇〇年代の「ストリートの思想家」として重要なのは、小田マサノリである。小田マサノリは「イルコモンズ」という名義で「アクティヴィスト」として活動するほか、「なりそこないの文化人類学者」、「元・現代美術家」を自称している。小田マサノリの活動は、既存のメディアであるテレビや新聞、雑誌を中心に情報を得ている人には見えにくい。小田マサノリ/イルコモンズ名義で、エッセイとも論文ともつかない対話型の文章を書くことはあるけれでも、活字媒体ではほとんどその名前をみつけることができないからだ。けれども反戦運動やフリーター運動など、最近の若者の文化政治運動に少しでも関心のある人であれば、誰でも彼を知っているし、彼が今どこで何をやっているかも、日々更新されるそのブログを通じて知っている。小田マサノリも、ECDと同様に、新しい時代の「ストリートの思想家」と言っていいだろう。とはいえ、ここでいう「ストリート」は、単に「在野」という意味でも「路上」という意味でもない。むしろ社会がデジタル化され電子化され、ますます非物質的な領域に侵食されていることを意識しつつも、その情報の「流れ」や「道筋」を取り返していく思想家なのである。小田マサノリにとっては、インターネットの空間もまたひとつのストリートなのだ。小田マサノリを「ストリートの思想家」だと言う時、それは彼がストリートをフィールドとして選んでいるということにほかならない。通常、フィールドは囲われた面で捉えられるのに対して、ストリートは線で示される。そこにはとどまるべき場所はなく、常に「移動」が要請される。ストリートとは、「家をもたない人(ホームレス)」のものである。だが、かつてニーチェが述べたように、近代人とはすべからく故郷喪失者である。フィールドワーカーとは、ホームレスという例外状態を自らの常態として引き受ける存在を指すのだ。」(毛利嘉孝)



........................................
[おまけ]

▼ボイスがいた8日間:21世紀にボイスを召還せよ!1984-2009」のためのテキスト
 「すべての人はアクティヴィストである
 ~リーマンショック以後の「拡張されたアート2.0」に向けて(※ボツ原稿)
 (文=小田マサノリ/イルコモンズ)

・第一話:「現在」
・第二話:「日本社会でのアートと政治の関係性についての非モデルケース」
・第三話:「具体的な試みと、その可能性」
・第四話:「すべての人間はアクティヴィストである」
・第五話:「ボイスの夢」

 「新しい進路にむかう乗りもののスタンバイができました。
 すべてのひとに、シートと仕事を提供します。」
  ヨーゼフ・ボイス「オルタナティヴへのアピール」

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■「現在の日本社会でのアートと政治の関係性についてのモデルケースや具体的な試み、その可能性について小田さんの視点で論じていただければと存じます。」

●はい。では、はじめに「現在とはいつなのか?」、まずそれを考えることから話をはじめましょう。

▼第一話:「現在」

 今から一年前のことですが、ある雑誌の依頼で、「〈帝国〉のアートと反資本主義の表現者たち」という文章を書き、「アートと政治の関係」についてレポートしました。〈帝国〉というのは、A・ネグリとM・ハートが名づけたもので、旧社会主義圏の崩壊によって「勝ち組」になった資本主義経済のルールと価値観が、地球をくまなく支配する、二十一世紀の「新しい帝国」のことです。「市場開放」や「構造改革」といった天下の大号令と共に出現し、みるみる巨大化していったこの〈帝国〉では、この世に存在するありとあらゆるものが商品になり、投機や投資の対象になります。そこではアートも例外ではありません。安全で確実な投資対象を探していた富裕層や投資家たちにとってアート作品は、格好の投機の対象となり、現物資産として次々に買い漁られてゆきました。著名作家たちの作品が史上最高額で落札されてゆく一方、将来の値上がりを見こんでアジアや日本の若手作家たちの作品も先物買いされてゆきました。その当時、「アート」という語でネットを検索すると、いつの間にか「富裕層のための資産運用」サイトにたどり着き、あまつさえそこではこんな記事さえ目にしたものです。(*01)

 「9・11米国同時多発テロ以降、アートは安全なアセット・クラスと認識され、世界の富裕層のセイフティー・ヘイブン(「安全な逃避港」すなわち、日本語で言うところの「最後の砦」)として機能している。「レバレッジを解消し、手仕舞いされた膨大な資金が安全を求めてCASHや債券、特に米政府短期証券に流れ込んでいる」のであれば、むしろ「この資金の一部は必ずやアート市場にも流れ込んでくるはず」と筆者は考える。」(「富裕層のための資産運用・YUCASEEマネー」より)(*02)

 こんな具合にアートも〈帝国〉のマネーゲームとそのマーケットに飲み込まれていたわけです。T・フリードマンは、グローバリゼーションのおかげで先進国と発展途上国が対等かつ公正に競争ができる場が生まれたと述べ、それを世界の「フラット化」と表現しましたが、J・スティグリッツが反論したように、現実には世界は決して対等でもなければ公正でもなく、それどころか、北半球と南半球での格差も、富裕層と貧困層の格差も、ますます広がる一方で、むしろ「世界という舞台で効率的に競争できる者とできない者との格差」の広がる「逆フラット化」現象が起きていたのです。(*03)

 このように〈帝国〉の資本主義、とりわけ「マネー資本主義」が世界を席巻し、世界を「逆フラット化」してゆく中で、「スーパーフラット」というコンセプトを打ち出し、時代の寵児となったのが村上隆です。村上隆は「芸術起業論」で「アートと社会との接点はマネーである」あるいは「アートはマネーとの関係なくしては進めない」と書いてますが、これは〈帝国〉の時代の価値観をいささか偽悪的かつ極端に表現した「ハイパー資本主義リアリズム」の芸術論として読むことができます。ボイスはかつて「マルセル・デュシャンの沈黙は過大評価されている」といいましたが、僕は「村上隆の芸術企業論は過大評価されている」と思ってます。それはさておき、世界を格差だらけのデコボコな世界にしたグローバリゼーションを支持してきた欧米のエリートや資産家たちが、自分の地位と欲のために、自分たちに都合の好いように設定した「欧米の芸術の世界のルール」に、とことん従属するかたちで制作しマネジメントしブランディングを施した村上隆の一連の作品は「〈帝国〉のアート」と呼べると思います。(*04)ちなみに日本では小泉政権の下で、竹中平蔵が「構造改革」と「市場開放」の旗振り役をしましたが、アートの世界では村上隆が「芸術起業論」や「GEISAI」を通じてその役を演じていたのだと思います。(*04)

 ここで村上隆の「芸術起業論」にふれたのは、それがこれから話すことになるボイスの芸術論とはおよそ相容れないものだからで、僕は「ボイスの社会彫刻論は過小評価されている」と思っています。かつてボイスは「芸術家がお金によって堕落しないようにするにはどうしたよいのですか?」という質問にこう答えています

 「現在の芸術は資本主義の中で貨幣によって乱用され、多くの若い人々に誘惑的に働いています。(中略) 私から忠告させてもらえば、現在の体制を変えなければいならないということです。そのためには…」。(*05)

 これについては、後で話すとして、そのレポートでは、こうした〈帝国〉の支配に抵抗して現れてきた「新しい反資本主義の表現者たち」の活動についてもレポートしました。バンクシーやゼウス、ビリー神父やアドバスターズ、そして「246表現者会議」などです。それが今から一年前のことです。

 それから間もなくして、リーマン・ブラザース社の経営破綻に始まる株価の大暴落で、金融恐慌が起き、〈帝国〉の経済はクラッシュしました。マネー資本主義の暴走と自滅がひき起こした、この経済的落盤事故にまきこまれ、「アートバブル」も終わりました。「美術手帖」のような批評誌がなぜ「アートバブルは終わった」という特集を組まないのか不思議ですが、それはともかく、このクラッシュで状況は変わりました。〈帝国〉は依然としてそこにあるとしても、そのルールや価値観はあちこちでほころび始めています。金融恐慌によってアート・ビジネスは不況に追い込まれましたが、一部の哲学者やアクティヴィストは「ざまぁ、みろ!」といいました。また資本主義がもたらす弊害や問題に抗議を続けてきた世界のアクティヴィストや「反資本主義の表現者たち」は、このクラッシュに逆に、「マネーが支配する世界の終わり」に「もうひとつの世界のはじまり」を感じとり、いま静かに活気づいています。「〈帝国〉のたそがれ」。これがいま僕らが生きている世界の「現在」だと思います。

 そして今、アクティヴィズムの外でも、これまでのゆきすぎた資本主義、とりわけ市場中心の経済や新自由主義的なものの見方に対する反省がはじまり、グローバルな資本主義が破壊してきた価値観の見直しがはじまっています。世界は「経済の時代」から「政治の時代」にシフトし始めているとも云われています。アートの分野でもいずれ「アートと社会」そして「アートと政治」との関係についての根本的な問い直しがはじまり、そこでは「アートと社会の接点はマネーである」という主張はもはや通らないでしょう。ビジネス・センスやマネジメント・センスがものをいうアートや、多額の資金を必要とする大規模なアートは、結局のところ「持続可能なアートフォーム」ではなかったのです。いま、現代アートは、それに代わるオルタナティヴを模索しながら、大きな曲がり角に立たされている。それが現時点でのアートの「現在」だと思います。

 こんなふうに「経済」の話からはじめたのには理由があります。それというのも、かねてからボイスは、経済がすべてを支配する世界に危機感を感じ、それを変えなければならない、とくりかえし主張していたからです。例えばこんな風にです。

 「今日の我々の運命は、実は芸術や芝居や舞踏によって決められているわけではなくて、労働によって決められています。経済そのものが我々の文化になってしまっているのです。この地球の運命そのものが、人間によってではなく、経済という文化によって決められています。先程、地球の自然といいましたが、動物や石やそしてこの惑星全体の運命が経済によって決められています。(中略) 我々の文化は経済によって規定されている経済の文化であることを忘れてはならないと思います。そこで我々が考えなくてはならないのは、どのような道具を開発すればよいのか、そしてそれによって経済の中に深く手を入れ、経済を変容させて、新しい高い次元へと経済をもっていき、そして経済と芸術が相互に統括されたものになるか、ということです。つまり経済の中から本当に新しい創造性がでてくるように、我々は経済を変えていかなければならないのです。」(*06)

 これはボイスが1984年に来日した時の講演や発言をまとめた「ドキュメント ヨーゼフ・ボイス」から引用したものですが、同じことはその翌年に行われたミヒャエル・エンデとの対話「アートと政治をめぐる対話」でも述べられています。

 「今日では人々の暮らしは《経済》で起こっていることに左右されているんだ。(中略)この出来損ない、このひどい彫刻に対して適切なアクセスがポイントになる。こいつが美しい彫刻になるような、介入が必要なんだ。」(*07)

 その当時すでに経済中心の文化によって「ひどい彫刻」になってしまっていた社会とそこでの人間の暮らしを「拡張されたアート」の介入によって直接民主主義的に改革すること、それがボイスの芸術であり、「社会彫刻」でした。そのボイスが亡くなったのは1986年です。つまりボイスは、1989年のベルリンの壁の崩壊にはじまる、旧社会主義圏の解体と、そこからスタートを切った資本主義のグローバル化を目にせずにすんだわけですが、もしボイスがもっと長生きしていたらどうだったでしょう。「資本主義が作っているものの九〇パーセントは人間にとってまったく必要のないものです。それどころか、むしろ人間にとって有害なものであると、私は思っています。」とそう語っていたボイスが、〈帝国〉の下での資本主義の暴走を目にしていたらどう考えただろう?とそう「考える」ことは重要です。(*08)

 ボイスは「考えることそのものが彫刻であり造形だ」とつねづねそう説いてきました。おそらくボイスの目には〈帝国〉が支配する地球は、さぞかし「ひどい彫刻」、それこそ目もあてられないくらい「出来そこないの星」に映ったはずです。そんな風にボイスのかわりに、ボイスが知らない「現在」までの世界を、ボイスの目を通して「考えなおす」こと、そしてボイスが残していったことばを手がかりに「現在」以後の世界を「考えはじめる」こと、それが日本に「ボイスがいた8日間」の後に続く23年後の「現在」に「ボイスを召喚する」ことの意義だと考えます。さらに、ことばだけでなく、今から23年前に日本のオーディエンスにむけて語られたボイスの肉声と身振りにふれることのできる展覧会が開かれたことは、勿怪の幸いだと考えます。「現在」はボイスを呼び戻すのにはまたとない機会です。とはいえ、ボイスが死んだ後の23年の間に世界は大きく変わり、ボイスが想像もしなかったような変化が起きました。例えば、インターネットに代表されるテクノロジーやメディアの進化がそれです。また、ボイスが目指した直接民主主義な世界を実現しようとするアクティヴィストたちのスタイルも大きく変わりました。なので、「現在」にボイスの思想をそのままあてはめようとしても、おそらくうまくいかないでしょう。つまりボイスを呼び戻すと同時に、ボイスの思想自体も適切なポイントから彫刻し直す必要があるのです。場合によっては、ボイスが「それは削るな!」というところを削り落とし、ボイスが「そんなものはいらない!」というようなものをつけ足し、アップデートする必要があるでしょう。でも、それはまだ後の話にとっておきましょう。

※ここで、この「エントリーの文字制限」を超えたので、(つづく)、でも、どこに?




by illcommonz | 2009-11-15 00:43
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