この本のおかげで、100万回生きなくても、いきものにとって何がいちばん大切なのかを知ることができた。お金でもなく、地位でもなく、冒険でもないそれは、とてもシンプルで、ありふれたことなので、よくわすれてしまう。だからそのたびにこの本を何度もよみかえす。子どもは同じ本をあきもせず何回もくりかえしよむ。自分もそうだったが、この本は、大人になってから読み返した回数の方がずっと多いと思う。やがてこの本もiPadなどでよまれることになるのだろうが、自分は図書館の児童書のコーナーでよむのが好きだ。何百回、何千回とぺージをめくられ、表紙や背がすっかりくたびれてきた本の方が手によくなじむし、そうした何百、何千の手の痕跡から今でもこの本が子どもたちに読まれていることがわかって安心する。もちろん家にもこの本は置いてあって、よく人からもらったり・あげたりする本ので、たいていいつも2冊か3冊ある。いちばんすきなのは、「おれは100万回も…」といいかけたねこが、ふと、それをやめて、白いねこにある問いかけをするところ。そこからはじまった一回きりのそれは、100万回のそれよりもずっと大切でかけがえのないものだった。
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絵本「100万回生きたねこ」佐野洋子さん死去 72歳」
「絵本「100万回生きたねこ」などで知られる絵本作家・エッセイストの佐野洋子(さの・ようこ)さんが5日、乳がんで死去した。72歳だった。葬儀は近親者のみで営む。後日、お別れの会を開く予定。中国・北京生まれ。1961年に武蔵野美術大デザイン科を卒業後、ベルリン造形大でリトグラフを学ぶ。74年からほのぼのした画風の絵本を発表、76年に絵本「わたしのぼうし」で講談社出版文化賞絵本賞。「100万回生きたねこ」(77年)は、さまざまな飼い主のもとで生と死を繰り返す猫が初めて愛することを知る姿を描き、世代を超えて親しまれた。ミュージカルなどにもなり、178万部のロングセラーとなった。01年、絵本「ねえ とうさん」で日本絵本賞、小学館児童出版文化賞。「わたしが妹だったとき」など、自由な着想としなやかな感性に裏打ちされたエッセーでも知られ、老境に入っての一人暮らしをユーモラスにつづった「神も仏もありませぬ」で04年、小林秀雄賞を受けた。08年に巌谷小波文芸賞受賞。同年のエッセー「役にたたない日々」では、医師に余命2年と宣告された際に外国車のジャガーを購入した様子を描き、「毎日がとても楽しくて仕方ない」と軽妙に語っていた。」(朝日新聞 2010年11月5日)