
ギャビン・ブライヤーズ「タイタニック号の沈没」
「タイタニック号は20世紀初頭における最先端技術を駆使した世界最大級の豪華客船として、1911年4月に完成した。クイーンズタウン出港後の3日間は天候にも恵まれ、タイタニック号はその最高速度に近い22ノットで航海を続け、13日までに約1,000海里の航海を消化していた。航海4日目の4月14日午前9時、カロニア号より、氷山および氷原ありとの無線電話を受ける。タイタニック号は幾度か警告を受けるが、その警告は深刻に受け止められず、同船は速度を全く落さずに航海を続けた。午後7時30分、カリフォルニアン号は、浮氷原のため、停船の警告を送った。カリフォルニアン号の無線士は、タイタニック号を呼び出し再び警告するが、タイタニック号からは「黙れ、黙れ、こっちは今忙しいのだ!」という返事が返ってくる。度重なる警告を受けながらも、タイタニック号は20.5ノットという高速で航海を続けていた。そして14日も終わろうとしていた午後11時40分、突然船内に警報のベルが鳴り響いた。タイタニック号は北緯41度46分、西経50度14分で氷山に衝突、そして少し進んで停船した。4月15日午前零時、タイタニック号の船体はゆっくりと沈み始めていた。午前零時25分、スミス船長が女性と子供を優先して救命ボートに乗せるよう指示を出す。そして、その指示に従い左舷側で救命ボートの指揮をしたライトラー二等航海士は、女性や子供の優先を徹底して行う。しかし、それに対して右舷側を指揮していたマードック1等航海士は、「女性と子供が優先だが、他にいなければ、男性も乗ってよい」という柔軟な考えで救命ボートに指揮を行っていた。その脇では一等客室ラウンジで演奏していた楽士団が甲板にて軽快な曲を演奏し始めていた。しかし、当時のイギリス商務省の規定では定員分の救命ボートを備える必要がなく、またデッキ上の場所を占め、なによりも短時間で沈没するような事態は想定されていなかったために、1,178人分のボートしか用意されていなかった。結局、1,500名近い乗員乗客が本船から脱出できないまま、衝突から2時間40分後の2時20分、轟音と共にタイタニックの船体は2つに大きくちぎれ、ついに海底に沈没した。」(中尾政之
「失敗百選/41の原因から未来の失敗を予測する」より)
おそらくこの国の政府は、こうした過去の失敗から何も学ばず、このまま勝手に沈んでいくと思うが、どんな場合でも、せめて次の鉄則だけは徹底してもらいたいと思う。特に今回の場合はそうで、もはやそれ以上のことは期待すらしていない。
【非常時の鉄則】
女性と子どもの優先