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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「監修」と「解説」と「回収」

▼ユリア・レーザ+クラリッサ・ザイデル監督「レディオ・アクティヴィストたち」予告篇

▼本田孝義「アトミックサイト展」
  「今日は暑い真昼間から自転車をえっちら漕いで、現代美術製作所に行って”アトミックサイト展”を見てきた。昨日見た展覧会が静謐だったとすれば、今日見た展覧会は心に爪をたてられるような、そんな気分になる展覧会だった。そういうことが悪い、と言っているわけではなく、3・11の原発事故を受けての展覧会であり、常にアクチュアルにアクティビストとしてアート活動をしてきたイルコモンズさんが監修しているだけあって、放射能下で生きることへの怒りが根底にあり、放射能下で生きなければいけないことが現実であることに向き合わされる、そういう意味だ。イルコモンズさんのビデオも全部見た。そして最後に、ユリア・レーザ+クラリッサ・ザイデル監督「レディオ・アクティヴィストたち/福島以後の日本のプロテスト」(60分/ドイツ/2011年)を見た。反原発のデモはマスコミがほとんど報道しなかったが、ネット上ではいくつも映像があった。が、よくよく考えてみれば、今のこの若者を中心にした反原発運動そのものを捉えたドキュメンタリー映画というのは、僕が知る限りなかったように思う。そういう意味ではドイツの監督が作った、というのは意味があると思う。ただ、僕の個人的な感想を言えば、素人の乱を中心としたデモの準備からデモへの生な感じは面白いのだけど、毛利嘉孝さんらの言説で背景を「解読」しようとしている部分がどうにも引っかかる。人によってドキュメンタリーに求めるものは違うと思うけど、僕はあまり解説を聞きたい方ではない。学者の方々の解説はそれ単体でどこかの文章として読めば納得出来る部分もあると思うのだが、反原発運動を一足飛びに日本の資本主義の矛盾、中東のような民主化革命と結び付けることに僕は抵抗がある。また、映画の中でこうした言説を聞くと、デモの生々しい感じが何か「回収」される気がしてしまうのだ。こういう見方はひねくれているのだろうか・・・。」(「本田監督の今日はこんな日でした」2011年8月14日より転載)

[追記]
 「こんにちは。『ラディオアクティヴィストたち』制作にちょっと関わった者としてコメントします。本田さんの考えが「ひねくれている」と思う人はたぶん少数派ではないかと思います。アラブ諸国の革命に参加する人々が、集団で法を破る(その国々では政治的集会がそもそも違法)ことで社会を変えることができると確信した一方、たぶん(希望的観測ですが)窓ガラス一枚割ること無しに達成できるであろう「原発を止める」という運動の間には隔たりがあります。でも映画製作者にとって大切なことは、この映画の制作を通して、若い日本の社会を変えていこうという運動に連帯を表明する、ということなのですね。欧米人にとってはサブカルチャーはほとんどプロテストカルチャーと同義なのに、日本ではどうも違う。彼女らはそれを日本に滞在する間観察してきた。でもフクシマが起こってそれが変わるかもしれない。その瞬間を彼女らは捉えたかった、とぼくは思います。だから彼女らの文脈化のやりかたは擁護したい、というのがぼくの立場です。今大切なことは、解釈を拒絶することではなくて、みんながそれぞれに解釈し、お互いにその解釈を語ることではないかと思います。」(Yasuo Akai 「「監修」と「解説」と「回収」」への2011年8月18日のコメントより)
by illcommonz | 2011-08-18 00:03
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