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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼劇場の中より外がはるかに劇的になってしまった今、どんな演劇が演劇として成り立つのか
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ミナモザ公演「ホットパーティクル」
[日時]2011年9月21日(水)-27日(火)
[場所] 東京・新宿 SPACE雑遊
[作・演出] 瀬戸山美咲
[出演] 佐藤みゆき(こゆび侍)/平山寛人(鵺的)/浅倉洋介/
外山弥生/秋澤弥里/西尾友樹/大川大輔/中田顕史郎 

 「2011年春、私は原発に会いに行く。東日本大震災から1ヵ月が経った4月某日。「私」は頭を抱えていた。劇場の中より外がはるかに劇的になってしまった今、どんな演劇が演劇として成り立つのか。悩んだ末たどり着いたのはフィクションを放棄するという選択だった。つくりものが現実に勝てないなら、いさぎよく敗北をめ、現実そのものを舞台に載せよう。とはいえ、現実にもいろいろある。「私」が知っているのは、あくまでも3月11日以降の「私」自身の現実だけだ。ならばそれを描こう。結婚の予定はおろか、恋人もいない、売れない劇団をひとりでやっている33歳の女が、なかば自暴自棄になりながら眺めた東京の現実、演劇の現実、そして勢いだけで向かった福島で見た景色。
 その日、「私」はみんなから避けられている福島第一原発に自分を重ね合わせてしまった。「いつ死んでもいい」が口癖だった「私」は「彼」に会いに行くことを決める。まるで片想いの相手に会いに行くように。そんなことして何になるのか。その先に何か答えでもあるというのか。そもそも、「彼」に会いにいくことはひとつの可能性を捨てることにはならないか。原発まであと20キロ。自分の人生を見失った愚かで不謹慎な女の旅が始まる。
 「私」=瀬戸山美咲(ミナモザ主宰・東京都出身)を演じるのは、佐藤みゆき(こゆび侍所属・福島県出身)。わが身を捧げたドキュメンタリー演劇が幕を開ける。これは、今、地球上に生きる全人類におくる超個人的な愛と平和の記録。すべて実話です。

 ※ホットパーティクルとは、放射能を持った粒子のこと。主にプルトニウム粒子を指す。その毒性は強く、人体を激しく汚染する。
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 「劇場の中より外がはるかに劇的になってしまった今、どんな演劇が演劇として成り立つのか?」。この問いは演劇のみならず、映画、文学、マンガ、音楽、建築、デモ、現代美術など、およそ「同時代の表現」すべてに共通する問いで、この時代の表現者たちが例外なくひきうけなければならない「アポリア」(=難題)だと思う。「アトミッサイト」は、原発グランギニョル劇「原発供養ノ夜」というかたちで、このアポリアと格闘したが、ミナモザはどのように格闘してみせてくれるのだろうか。25日の夜の公演の後にトークがあるようなので、それを聞きにいくことにした。

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[追記1]
 「ホットパーティクル」については、3.11以後の「ドキュメンタリー演劇」とか「リアリズム演劇」とか、いろんな見方ができると思うが、これは七転八倒の「原発ラブコメディ」だと思った(ここでの「コメディ」は「喜劇」だけを意味しない。)。「原発ラブコメディ」、それはいまだかつて誰もみたことのない演劇のジャンルであり、世界初上演にして快作だと思った。舞台にのせられたのが「現実そのもの」だったとしても、ドラマターグの存在がそこをまぎれもない「演劇空間」に変え、演劇として成立させていた。3.11以後の演劇は可能だ。

[追記2]

▼エルビス・コステロ&アトラクションズ「愛と平和と和解のどこがそんなに変なんだよ」

 芝居の後、この曲のことを思い出しながら、もしなれるんなら、自分はジョン・ライドンの方がいいなと思った。
[PR]
by illcommonz | 2011-09-23 19:25
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