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「あなたは覚えているだろうか?きっかけになるのは、街路に響くマーチングバンドのリズムである。それまで何千もの身体がひしめく空間に漂っていたのは、どこかきまりの悪いよそよそしさだった。そこには敵意や不信感はないが、見知らぬ同士の冷めた距離があった。だがその瞬間、たがいを隔てていた壁が消えうせる。マーチングバンドが登場するやいなや、人びとは「パフォーマー」と「オーディエンス」とを分断していたステージをみつめることをやめ、マーチングバンドの動きにあわせて踊り騒ぐ。ドラムの最初の一撃とともに最初に亀裂が走るのは、たがいを隔てるまなざしの壁である。それは通常の空間をきりくずす芸術的なパフォーマンスであり、街路に移動可能な「情動」の空間がつくりだされ、そこに新たな「関係」が出現する。その関係には希望が宿り、日常生活の網の目の中に血が通いはじめるのだ。 そこで実践されているのは「直接参加」と「情動」をつくるというラディカルな美学である。この美学がもとづいているのは、芸術的な形式や内容よりも、集団的創造のプロセスから生まれる「関係」や「経験」である。私たちは「情動の空間」の創造を目の当たりにしている。それは「共にある空間」であり、そこから、新しい関係や相互行為が可能となる「民衆の空間」が出現する。 その基本的な活動形態は「贈与」という無償の交換であり、それによって「芸術の商品化」の論理を回避しようとする。そこに受動的な消費の余地はない。すべてのオーディエンスが同時に参加しなければならない。この意味で「ラディカル・マーチングバンド」の方法は興味深いのだ。 もともとマーチングバンドは、国家形態に属するものであり、国家が定義する空間をもたらすものだ。その集団は整然とコントロールされて隊列をなし、軍隊に密接に結びついている。そこで提供されるのは、行動に刺激を与える一種のサウンドトラックである。だが、こうした国家や軍隊への結びつきがあるからこそ、それらが「抗議の戦術」として「転用」されたり「横領」されるときに、それがきわめて愉快なものになるのである。 当然のことながら、多くのラディカル・マーチングバンドのレパートリーは、スタイル、文化、バックグラウンドが融合する真の堆塙となっている。そこにはジャズやビッグバンドの曲からクレズマーやモロッコ音楽、インドのウェディングソングから、カリプソ、サルサ、レゲエやサンラまで、あらゆるジャンルが混在している。 しかし、そうした空間が妨害や問題なしに存在すると思ってはならない。そうした空間に対する弾圧や回収は避けがたいものである。また、それらもくりかえしているうちに儀式化されたものとなり、固定した循環のパターンへと後退するだろう。問題はつくりだした空間の情動的なボリュームをキープしつづけることである。スペクタクルへ回収されるワナを回避し、さまざまな瞬間や可能性が凝り固まったり、つくられたかたちのなかで生気を失わないようにする方法である。 これは決して一度かぎりの出来事で終わるものではないし、そうなる可能性もない。それはラディカルな想像力を自ら定位させる「持続的なとりくみ」に他ならない。それは絶えざる更新のプロセスである。」(スティーヴン・シュカイティス「情動をつくりだす美学:観客を消滅させ、群衆蜂起をうながすこと」より抜粋) --------------------------- 「どかどかうるさいマーチングバンド」に欠けているのはなんだろう?ホーンセクション?それもあるが、まずはアクセントとシンコペーション、そしてコール&レスポンスである。どれも簡単なことだ、やればできる。
by illcommonz
| 2011-10-05 01:51
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