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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼多摩美「野生の思考の研究/3.11以後のブリコラージュ文学と野生の小説家」
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 「恋する原発」ができたのはもちろん3.11が起きたということが一番大きいでしょう。そしてもう一つは、川上弘美さんの「神様2011」の存在です。あの作品には、たぶん僕が一番ショックを受けたと思います。本当にたまげたんです。あの小説も処女作に戻っているんですね。本当に処女作を3.11を受けて書き直したわけです。僕は小説家という種族の本能について考えました。川上さんは小説家という種族としての本能を持っていて、それがすばらしいと思ったのです。それは何かというと、小説家はもちろん小説を書くわけです。構想があって、準備をして、構築してゆくというやりかたがふつうなのかもしれません。けれでも、そうではないやりかたがもう一つあります。それはレヴィ=ストロースのいうブリコラージュ、そこにあるものを拾って使うことです。どんな時にか。緊急時にです。緊急時に書かれる小説があるのです。それは通常の小説とは形が違います。表現の機能を大きく分けると、自分の芸術的基準に合わせて作品を構築するものと、危機に瀕して何か言わなければならないことで書く、二つがあります。小説はこの両方を持っているはずなんです。危機に瀕している場合には構築する時間がないので、そこに落ちているものを、これ、何かに使えそうと拾いあげる。それぐらいの強い衝動があるはずだと思います。川上さんは自分から小説を持ち込まれたそうです。だれに頼まれたわけでもなく、そもそもそれがどういう効果をもっているかもわからず、とりあえず書いてしまう。これは小説家らしい本能的な行いです。何でも書いてしまうのが作家の本能だなと、川上さんの作品を呼んで僕は深い感銘を受けた。芸術的な価値という面では、大したことがないかもしれない。でも、そうではない部分がある。川上さんの「神様2011」は、一義的には芸術としての価値を無視して書かれていますが、回り回ってすごくいいものになっているんですね。もしかすると芸術表現は、いわゆる芸術的価値ではない部分にも延びているとでも言うしかない。強度の問題です。つまり、一見すごく荒っぽくて、ラフで、直接的だけれども、読みば読むほど強度を感じる。ほかの作品が読めなくなってしまう強さがある。強度の問題は、価値ではなかなかはかれないところがあります」(高橋源一郎「恋する原発/処女作への回帰と小説家」) 

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 「くまにさそわれて散歩に出る。川原に行くのである。歩いて二十分ほどのところにある川原である。春先に、鴫を見るために、(防護服をつけて)行ったことはあったが、暑い季節にこうして(ふつうの服を着て肌をだし、)弁当まで持っていくのは(、「あのこと」以来、)初めてである。散歩というよりハイキングといったほうがいいかもしれない。川原までの道は(元水田だった地帯)〔水田〕に沿っている。(土壌の除染のために、ほとんどの水田は掘り返され、つやつやとした土かもりあがっている。作業をしている人たちは、この暑いのに防護服に防塵マスク、腰まである長靴に身をかためている。「あのこと」の後の数年間は、いっさいの立ち入りができなくて、震災による地割れがいつまでも残っていた水田沿いの道だが、少し前に完全に舗装がほどこされた。「あのこと」のゼロ地点にずいぶん近いこのあたりでも、車は存外走っている。)〔舗装された道で、時おり車が通る。〕どの車もわたしたちの手前でスピードを落とし、徐行しなから大きくよけていく。すれちがう人影はない。〔たいへん暑い。田で働く人も見えない。〕(「防護服を着てないから、よけていくのかな」と言うと、くまはあいまいにうなずいた。「でも、今年前半の被曝量はがんばっておさえたから累積被曝量貯金の残高はあるし、おまけに今日の SPEEDI の予想ではこのあたりに風は来ないはずだし」。言い訳のように言うと、くまはまた、あいまいにうなずいた。)くまの足がアスファルトを踏む、かすかなしゃりしゃりという音だけが規則正しく響く。」

 「この「神様(2011)」は三つの「層」でできている。「神様」と「神様 2011」で、変更が加えられていない部分はそのまま印刷されている。( )でくくられた部分は、「神様」にはなく、「神様 2011」に新たに書き加えられた部分だ。そして〔 〕でくくられた部分は、「神様」にはあったのに「神様 2011」で削除された部分である。「あの日」の前と後で、世界はすっかり変わってしまった。簡単にいうなら、「あの日」の後、世界には( )でくくられた部分が出現し、世界から〔 〕の部分は消失したのである。だから、わたしたちは、この「神様 (2011)」を、掘り出された地層の断面のように読むことができる。そして、この「地層の断面」こそが、わたしたちが生きている世界の構造なのである。」(高橋源一郎「恋する原発」)
by illcommonz | 2012-01-11 01:00
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