「私は民族学科に移った。この学問は、まったく実証的に、研究者の主観や思惑、感情を排除して、対象そのものをとらえ、帰納的に結論を得ようとする。およそ芸術活動とは正反対なこのあり方に私は逆に情熱を燃やし、打ち込んでいった。自分の運命自体に挑むようなつもりで。マルセル・モース教授の弟子になって、一時は絵を描くことをやめてしまった。マルセル・モースの講義は、とりわけ幅がひろく、深い手ごたえがあった。教授はフランス民族学の大きな柱であり、父のような存在だ。フィールドに出たことがない民族学者として有名だが、その目配りは人間社会のあらゆる事象にゆきわたり、言いようもなく鋭い。この人の偉大なイメージを何とかあらためて生き返らせたいと、パリ大学の民族学教授で、映像記録の専門家であるジャン・ルーシュが企画をたてた。ミシェル・レリス、構造主義で有名なレヴィ=ストロース、それに私の三人を映すという。この映画はまず、こんな質問からはじまる。「なぜ芸術家であるあなたが、マルセル・モースの弟子になったのですか?」「芸術は全人間的に生きることです。私はただ絵だけを描く職人になりたくない。だから民族学をやったんです。私は社会分化に対して反対なんだ」。事実、私はそれを貫き通している。絵描きは絵を描いてりゃいい、学者はせまい自分の専門分野だけ、商売人は金さえもうけりゃいい、というこの時代、そんなコマ切れに分化された存在でなく、宇宙的な全体として生きなければ、生きがいがない。それはこの社会の現状では至難だ。悲劇でしかあり得ない。しかし私は決意していた」(岡本太郎)
[教材映像]
・「岡本太郎の世界」(1981年 6分)
・「芸術は爆発だ」(1996年 12分)
・「芸術は呪術だ」(2006年 22分)