
また選挙がやってくるが、ぼくは、もう、どれかの政党の、
だれかに投票することはしない。投票する、ということは、
ぼくのもっている、ごくわずかの権利のうちの一つである。
だから、だれかに投票はしないが、棄権するつもりはない。
投票日になったら、その日が晴れていても、どしゃぶりで
あっても、ぼくは投票所へ出かけてゆく。投票所にいって、
投票用紙をもらうと […] 候補者の名前を書くワクの中に、
まず斜めの線をぐいと一本引く。つぎに、それと交わるよ
うに、もう一本斜めの線を引く。× つまりバッテンをつける。
なんだ、つまらない。いい年をして、まるでこどもみたいな
ことをする。それがいったいなんの役に立つのか、ただ
無効投票を一票ふやすだけ、それだけのことではないか、
ともおもう。しかし、ぼくがやろうとしているのは、投票ストライキである。ぼくには、投票を
ストライキする権利、スト権があるはずである。ストライキをしたという気持ちをはっきり
あらわすために、大きく堂々と×を書いてくるのである。[…] このストライキは、ぼくひとり
でやるストライキである。そんなことしても、なんの効果があるものか、じぶんだけの、
したり顔のおもい上りにすぎない、といわれても、ぼくは、じぶんひとりでやる。
花森安治(1911-1978) 「ぼくは、もう、投票しない」