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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「メディアと芸術」講義用オンライン・テキスト1
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「メディアの研究は知覚の扉をひらくものです。この分野では若い人たちがトップレヴェルの研究活動をおこなうことができます。そこで教師は、学生ができるだけ包括的な項目にあたるように仕向けさえすればよいのです。どんなこどもでも、自分の友人や仲間の生活や仕事をかたちづくる上で、電話やラジオや自動車がどういう効果を及ぼしているかを数えあげることができるでしょう。メディアがおよぼす効果を包括的にかぞえあげてゆけば、認識と探求の上で、多くの思いがけない道がひらけてくるはずです。」(マーシャル・マクルーハン「ペーパーバック版への序文」1965年)

「デジタル・アートゆえに価値がある、あるいは、先進的な表現であるというような評価は、21世紀にはいった現在、もうそろそろ改めなければならないだろう。デジタルメディアという電子メディアがつくりだすデジタル・アートは、スクリーンやフィルムという実体をもたないアートであり、絵の具や額縁など現実の存在として、重みを持つ媒介物にこそ、美があると信じてきた世代には、存在感が希薄な芸術表現といえる。そこには、油絵の具やテレピン油、ワニスの懐かしい匂いや、盛り上がった絵の具やキャンバスの材質感もない。画像の筆使いや微妙なタッチの温もりも伝わってこない。古典的な名画に見るかすかな絵の具のひび割れやニスの光沢も、電子画像には見出せない。つまり芸術作品が私たちに与える感動や深い感銘は、オリジナル作品と対峙した場合にのみ得られるものであって、映像のデジタルコピーからは得られることはできないのである。また芸術的な感性も育まれてこないのである。人はコンピュータやケータイに向かうとき、すでに豊かな感性を喪失しているのだ。デジタル・メディアによるコミュニケーションは、人間本来のコミュニケーションのクオリティを低下させ、感性を劣化させるのだ。人の心を打つ香り高い芸術作品を生み出すためには、形や色・材料や映像にも精通した卓越した造形力に裏打ちされた「感性」の存在が、絶対条件となる。」(三井秀樹「メディアと芸術/デジタル化社会はアートをどう捉えるか」2002年)

「新しい技術やコミュニケーション手段が出てくると必ず一定の拒否反応が生まれます。ある種のテクノフォビア(新しい技術に対する嫌悪)ですが、ソーシャルメディアについてもそれは同様に起きています。「ファクスが世界を変えたか?」「携帯電話が世界を変えたか?」「ケータイのカメラ機能が世界を変えたか?」と尋ねられたら、それは「変えたにきまっている」と答えます。ファクスも、携帯電話も、登場したことによって、いい面、悪い面の両方が浮かび上がってきました。しかしそういうことを議論することは僕はあまり意味がないと思っています。便利なものは良い悪い関係なく、必然的に普及していく。むしろわれわれはコミュニケーション手段が変わると、世の中も変わるということに注目しなければなりません。」(津田大介「動員の革命 ソーシャルメディアは何を変えたのか」2012年)

「周りをみてほしい。私たちは「ラディカル・コネクティヴィティ」を手に入れている。それは膨大なデータを瞬時に、いつでも、地球上のどこにでも送ることができる。とてつもない能力である。革命的な接続性を生み出すラディカルコネクティヴィティは、政治、ビジネス、文化を一変させている。テクノロジー好きのテクノフィルたちは、スマートフォン、インターネット、ソーシャルメディアなどのイノベーションが進歩を生み出していると礼賛する。現代のラッダイト(機械破壊)運動家たちは、新たな暗黒時代の到来を告げるものだと、これを非難する。」(ニコ・メレ「ビッグの終焉」2013年)

「実際に手で触れることのできるハードウェアの性質をもつもの、たとえば、キッチンのボウルや、ゴルフやホッケーのクラブ、フォークやスプーンといった道具類、鉄道、宇宙船、ラジオ、コンピュータといった装置、機械などと、ソフトウェアの性質をもつもの、たとえば、科学上の理論や法則、哲学的な体系、医学における治療法や病気そのもの、絵画や詩や演劇や音楽における形式や様式なども、ともに人間がつくりだした人工物、あるいは、メディアとみなしてもさしつかえない。すべては人工物であり、同様に、人間からひきだされたものである。芸術と科学、事物と観念、物理学と形而上学のあいだの区別は解消され、今日、流布しているメディアと人工物に関する古い科学は「新しい科学」にとってかわられる。」(エリック・マクルーハン+マーシャル・マクルーハン「メディアの法則」)

「次の世代のための芸術と教育の目的は、人間の遺伝子コードの解読ではなく、感覚コードの解読でなければならない。グローバルな情報環境のなかでは、「解答を見つける」式の古い教育パターンでは何の役にもたたない。人間は電子のスピードで動きながら変化する解答、それも数百万という解答に囲まれている。生き残れるか、コントロールできるかは、ただしい位置で、ただしい方法で、プローヴ(探知、計測)できるか、問いを発することができるかにかかっている。環境をつくりだす情報がたえなまく流動しているのを前に必要なのは、固定した概念ではなく、自然という書物をよみとるスキル、まだマップが存在してない魔の海域を航行する航海術である。さもなければ、私たちは、このテクノロジーと環境をコントロールできなくなってしまうだろう。」(エリック・マクルーハン+マーシャル・マクルーハン「メディアの法則」1988年)

「有機体はすべて、その身体を周囲の特殊な環境に適応させる。いくつかの例をあげると、キリンの長い首やトラの牙、ヒトの親指などである。有機体はその体の一部を発達拡張させ、それによって、本来なら体がやるはずのことの代わりをさせ、他のことをするために体をあけておくことを可能にした。人間が登場した時、こうした「拡張活動」が、人間の活動のなかにふくまれてきた。今日では、かつて人間が自分の身体を使って行っていたことのほとんどが「拡張活動」によって行われている。武器の進化は、こぶしと歯にはじまり、原子爆弾で終わる。衣服や住居は、人間の生物学的な音頭調整機能の拡張である。家具は、人が地面の上にうずくまったり、座ったりすることの代わりをする。工具、眼鏡、テレビ、電話、時空をこえて声を運ぶ本などは、物質的な拡張の例である。貨幣は労働を拡張したり、蓄える方法である。輸送網は、かつて人間が足と背中で行っていたことの拡張として扱うことができる。」(エドワード・ホール「沈黙の言語」1959年)

→文化人類学の「文化」の定義

「私たちは、他の理論を攻撃したり自分の理論を防御するための基本となる理論は何も提出してないが、そのかわりに、自発的な発見をたすけるための手段である、私たちが「テトラッド」とよぶ4つで一組みの問いを提案した。テトラッドは、誰でも、どこでも、いつでも、人間を手を加えたどんな人工物に対しても問うことができる(そして答えが正しいかどうかを確かめることができる)。

 それはなにを強化し、強調するのか?
 それはなにを廃れさせ、なににとってかわるのか?
 それはかつて廃れてしまったなにを回復するのか?
 それは極限まで推し進められたときなにをうみだし、なにに転じるのか?」

 (エリック・マクルーハン+マーシャル・マクルーハン「メディアの法則」)

「すべてのメディアは、われわれをすみからすみまで変えてしまう。それらのメディアは、個人的、政治的、美的、心理的、道徳的、倫理的、社会的な出来事のすべてにひろく浸透しているため、われわれのどの部分にも触れ、影響をおよぼし、変えてしまう。メディアはマッサージである。こうした「環境」としてのメディアの作用に関する知識なしには、社会と文化の変化を理解することはできない。」(マクルーハン)

「いろんなコンピュータシステムその他、どんどんどんどんすごいものができてくる。それにしたがって、人間は本当の生き方ができるのかというと、それは逆ですね。万博の時に「進歩と調和」というのがテーマだったんだけど、それに私は全く反対だったんですよ。人間はすこしも進歩してない。退歩してますよ。」(岡本太郎)

→「人間は木にのぼりそこねたサルだ」(岡本太郎)

「人間のいやがるような仕事をするためだけに機械が使われたり、人間がやるのと同じことをするために機械が使われという時期はとっくに過ぎてしまった。なんでもあたらしい工業製品が必要になると、そのための機械が発明されるものと本能的に期待してしまい、新しい機械が発明されなければならないということになる。そこで人間は機械の奴隷になる。機械が発明されると人は、その機械を使うようになるというよりも、人がその機械に使われるようになる。なぜ人は機械の奴隷になるのか。それはそうした機械の発明を必要とする制度があるからだ。ある意味で、わたしたちはみんな機械の奴隷だが、文字通り、奴隷となっている人たちがいる。それは労働者たちだ。労働者は、自分がつくりだす製品にまったく興味をもたないという意味で機械であり、機械の奴隷である。雇用主にとって、労働者は工場の機械の一部にすぎないのである。彼らはただ生きるために働いている人間にすぎず、職人としての役割や、みずからの自由意志でものをつくる人間としての役割が終わってしまっているのである。」(ウィリアム・モリス「民衆の藝術」1887年)

→フォーディズム

「聖書の語るところによれば、人間ははるか昔のあるときに、神の発明による一種の機械として創造された。なぜなら創造主たる神は、そのとき、土でまず空っぽの人形をつくりり、それから神の息を吹き込んで満たし、動くようにしたのである。人形はそれから世界を走り回り、人類の歴史に残るあらゆる行為をおこない、王国を建設し破壊し、戦争を遂行し、新しい領土を獲得し、自分たちの神をつくりだし、地球中にひろがり、教育と文明を発展させた。それらのことを、私たちは誇りに思っている。しかし、時が経つにつれ、人間はあまりにも人間になってしまい、その動物的な肉体があまりにも人間化され、それ以上、技術的に発展しなくなってしまった。自分でもそのことが恥ずかしくなるほどである。自分たちがつくりだしたテクノロジーの成長のまっただなかにありながら、時代遅れで、現代的ではないタイプの人間であることを恥ずかしく思っている。低レヴェルの人間であることを一刻もはやく克服して新人類となり、機械であることを実感できる鉄の人間になることを望んでいる。現代人たちは、機械化できるなら、自分を構成する各要素、自分の属する層、さまざまな関係、職業、さらに楽しみのすべてにおいて、もっと広く、もっと一般的に機械化されることを望んでいる。やがて私たちは、機械の指導者、機械の責任者、秘書、演説家、群集をつくりだすために、時計職人のように細かく面倒な仕事で苦労するようになるのではないだろうか。私たちの自然的欲求と能力の命ずるままに、もっと多くの機械を身につけようとするなら、いったいどれほど大きな体が必要となるだろうか。議会や銀行や企業のように、すでに巨大だと考えられてきた建物でさえ、いまでは不十分だということになり、改築されたり拡大されたり新築されている。私たちは、さまざまな実際的理由から、自然が私たちに課した本来の大きさで満足することにしよう。」(ヨゼフ・チャペック「人造人間」1924年)

「確かなことが一つある。「大きなもの」の時代の終焉がすぐそこに迫っている。」(ニコ・メレ「ビッグの終焉」2013年)

「機械は人間から創造力を奪うことによって、究極的に人間を支配することがありうるか否か」という疑問に対して私は多少とも答える責任を感じていることをまず告白します。その問題が私の心に重たくのしかかっているのは、あるとき、ほんのちょっとした何かのはずみで、「ロボット」を発明したからなのです。機械は人間の生活水準を大きな規模で向上させました。それは労働を軽減することによって、あるいは新しい欲求を生み出させることによって、あるいは人間の世界認識を高めることによってです。機械は人間の創造力を抑圧しません。なぜなら機械は人間の創造力から生まれたものだからです。人間と機械とのあいだに対立関係はありません。この百年のあいだに、わたしたちは人間のスピードと効率を何倍も高めてきました。しかし、同じような状況のなかで、私たちが人間の教育、生活の安定、あるいは人間の生命に価値をあたえるものを、同じような尺度で増大させてきたかというと、どうやらとても自慢できたものではないようです。私たちが進歩を口にするとき、自動車や電話回線の数でうぬぼれるのはやめましょう。そうではなく、私たちとその文明によって、わたしたちの人生が持つ価値こそを誇りにしましょう。機械が将来、人類の主人になることを私は恐れはしません。それよりも悪いのは、私たち人類が、人類ないしは人間のさまざまな問題の悪しき主人になることです。人間と機械の関係は、人間と人間との関係がどうなるかによって決まるものなのです。」(カレル・チャペック「機械の支配」1929年)

「ロボットは、電車に乗ったときに生まれたものである。ある日のこと、私は郊外を走る電車でプラハに行かなければならなかった。そしてその電車ときたら、不愉快なほど混んでいた。近代的な状況というのは、本来、ひとが慣れ親しんできた快適な状況を意識させなくなるのだということに気がついて、私はびっくりさせられた。電車のなかも、席も、羊たちが並ぶようにではなく、機械が並ぶようにびっしりと詰まっていた。そこで人間について、個人としてではなく、機械として考えることをはじめたのだった。」(カレル・チャペック「ロボットという言葉はどのように生まれたか」1924年)

「機械は神に対して宣戦布告した」(カール・クラウス)

「フランケンシュタイン・コンプレックスとは、 創造主(キリスト教の“神”)に成り代わって人造人間やロボットといった被造物(=生命)を創造することへのあこがれと、さらにはその被造物によって創造主である人間が滅ぼされるのではないかという恐れが入り混じった複雑な感情・心理のこと。メアリー・シェリーの小説「フランケンシュタイン」に由来する言葉で、SF作家アイザック・アシモフが名付けた。このロボットに対する人間の潜在的な恐怖が、「ロボット工学三原則」を生み出したという事になっている」(ウィキペディア)

「第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条:ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。2058年「ロボット工学ハンドブック」第56版」(アシモフ「われはロボット」)より

「この原則は、人間とロボットという主従関係で書かれているが、「安全(人間にとって危険でない存在)」「便利(人間の意志を反映させやすい存在)」「長持ち(少々手荒に扱ったくらいでは壊れない)」という、家電製品に代表される道具一般にもあてはまる法則であることが、日米のファンらによって指摘されている。」(ウィキペディア「ロボット三原則」)

「機械を使えば、容易に事が運ぶのは間違いありませんが、だからといって、幸福をもたらすとは必ずしもいえないのです。自分の手を使うやり方は、たしかに技術を要するものですが、だからこそ、熟達の満足感が味わえるのです。もし機械に対する妄信が続くならば、私たちはあまりにも不器用で、弱い者になり、神がくださった、生きた機械である自分の体の使い方を忘れてしまい、そのことで、自分に腹をたてるようになる日が、まちがいなくやってくるでしょう。」(ムハトマ・ガンジー)



「私は自由を求めるインド、そしてまた、そのために闘っているインドに心からの共感をおぼえますが、あなたの機械嫌いはちょっと気になります。要するに、機械というものが、世のため、人のために使われさえすれば、人間を奴隷の状態から解放し、労働時間を短縮し、それによって、知性の向上や生活のよろこびというものを増進するのに役立つはずなのです。」(チャールズ・チャップリン)

「パパラギはいろんなものをつくりだす。私たちにはとてもつくれない、とても理解のできないものばかりで、私たちの頭には、ただ重たい石としか思えない。それらの物は、まず私たちがほしいというようなものではない。機械、ここにこそ大きな力が潜んでいる。機械とはなにか、私の頭の力では説明するのがむずかしいが、このことだけは分かっている。機械が黒い石を食って力をつくるということ、人間にはとても出せないような力をだ。パパラギは努力して神になろうとする。だが神はなお、最大のパパラギの機械よりも大きく、強い。水も火もなお神につかえる。パパラギのだれひとりとして、月の動きを、風向きを、自分の思いままにきめられてものはない。そうである限り、パパラギのおこなう奇跡にたいした意味はない。彼らの奇跡には、かくされた不完全さがあり、機械は見張り番と監督がいなければ働こうとしない。そしてどの機械もそのうちに秘密の呪いを秘めている。というのは。たとえ機械がどんなものでもつくるとしても、そのとき、私たちのつくる手づくりのものにこめられている愛情を食ってしまうのだから。機械がつくったものは、私にとっては血の通わない、無情のものにすぎず、それは完成しても、その苦労について語ることもできず、微笑むことももない。それを両親に捧げて喜ばすこともできない。機械がなんでも即座につくりだすので、パパラギはどんなものにも愛情を持たなくなってしまった。それこそが機械の持つ大きな呪いなのである。愛なき奇跡をうけいれるために、パパラギは自分の心を機械に食わせなければならないのだ。」(エーリッヒ・ショイルマン「パパラギ」1920年)

「ツイアビは、現地語のまま眠っていたこの話を、ヨーロッパで発表したり、ましてや本にするつもりなどはまったくなかった。彼はただ、ポリネシアの自分の国の人びとのためにだけ、この話を考えた。私は彼の了承なしに、これをヨーロッパの読者に紹介したのである。なぜなら、深く大自然と結ばれているこのひとりの原住民の目が、いったいどのように私たちを、見ているかが、ただ興味深いだけでなく、そこから何かを学びとることは、私たち、白人、啓発された人間にとって非常に意義深いものであると信じたからである。私たちは、彼の目という、私たちにはもう絶対に持ち得ない視点を通して、私たち自身を経験する。彼の観察は、文明を狂信的に信じている人たちにとっては、無邪気、いやそれどころか、ばかげていて愚にもつかないように映るかもしれない。しかし、いくつかの言葉は、真の理性を持った人、人生をしっかりみつめる人びとを、深い思索と自己批判へ導くだろう。世界大戦によって、私たちヨーロッパ人は、人間そのものに対する不信感を持つにいたった。今こそもう一度、ものごとを調べなおし、私たちの文明は、果たして本当に私たちを理想へ向かわせるものであるかどうかを考え直さなければならない。」(エーリッヒ・ショイルマン「パパラギ」1920年)

「モモによくわからないことがありました。ごく最近はじまったばかりのことなのですが、子どもたちがそんなものを使ってもほんとうの遊びはできないようないろんなおもちゃを持ってくることが多くなったのです。たとえば、遠隔操作で走らせることのできる戦車ですが、これはそれ以上のことにはまるで役にたちません。あるいは、細長い先でぐるぐる円を描いて飛ぶ宇宙ロケット、これもそのほかのことには使えません。あるいは、目から火花をちらして歩いたり頭をまわしたりする小さなロボット、これもただそれだけのことです。もちろんこういうおもちゃは高価ですから、モモのともだちはひとつも持っていません。とりわけこまることは、こういうものはこまかなところまで、いたれりつくせりに完成されているため、子どもが自分で空想を働かせる余地がまったくないことです。ですから子どもは何時間もじっとすわったきり、ガタガタ、ギー、ブンブンとせわしなく動きまわるおもちゃのとりこになって、それでいてほんとうはたいくつしていて、ながめてばかりいます。けれど頭のほうはからっぽで、ちっとも働いていないのです。ですから、結局、子どもたちはむかしながらの遊びにまたもどることになります。二つ三つの木箱とか、やぶれかけたテーブルクロスとか、モグラがもりあげた土の山とか、ひとにぎりの小石とかがあれば十分で、あとはなんなりと空想の力でおぎなうことができるのです。」(ミヒャエル・エンデ「モモ」1973年)

→ダニエル・ライオンズ「iPad であなたはもっとバカになる」

「今日なにが起きるかわからない原っぱの楽しみ。廃校になった小学校の空間は、ちょうど「原っぱ」のように、人間にそれに対するかかわり方の自由を与える。原っぱとはつまり空き地である。原っぱが、子どもたちにとって、日常的な絶好の遊び場だったことは、とても意義深いことだ。子どもたちは、本能的に、原っぱを好んだ。それは野球をしにいく場所ではななかった。ドッヂボールをしに行く場所でもなかった、なにかの目的を持って行く場所ではなく、ともかくそこに行って、それからなにをして遊ぶかを決められる特別な場所だった。原っぱはそのままで楽しいのではない。そこでは、毎日のように新しい遊び方が開発されていた。カゼをひいて、二、三日いけなかったりすると、もうみんなが遊んでいるルールが分からなくなってしまった。子どもたちは、いくらでも、原っぱを使った新しい遊びをそこから引き出すことができた。原っぱの楽しみは、その場所での遊び方を発明する楽しみである、そこで今日なにが起きることになるかが、あらかじめわからないことの楽しみだった。それが人間の空間に対する関わり方の自由ということの意味だ。この自由は、別の意味で同じくらい楽しかった遊園地と対極にある。遊園地は演出されている。どういう楽しさを子どもが得られるか、それが最初に決められ、そこから逆算してつくられている。それもとても楽しいことには違いないければ、そこにはかかわり方の自由がきわめて少ない。ジェットコースターには、ジットコースターとしての遊び方以外が許されていない。ちょっと雑な気がするけれど、建築は「遊園地」と「原っぱ」の二種類にジャンルに分類できるのではないかと思う。あらかじめそこで行われることがわかっている遊園地と、そこで行われることでその中身がつくられていく原っぱの二種類である。ぼくがこの分類にもうすこしこだわりたいのは、現在において原っぱが失われつつあるからだ。普通には、いたれりつくせりは親切でいいことだと思われている。でも、それで確実に失われるのは、原っぱにみられるような空間と人間とのあいだの対等な関係である。しかし見回してみれば、状況はすでに「遊園地」にみられるように、空間が先回りして人の行為や感覚を拘束するのをよしとする風潮だろう。」(青木淳「原っぱと遊園地」2004年)
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by illcommonz | 2014-02-09 16:03
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