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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「殺すなCOBRA 東谷隆司追悼版」


▼「殺すなCOBRA 東谷隆司追悼版」(2004年/2012年) 11分52秒 ※未公開
[撮影] シャロン・ハヤシ [編集] イルコモンズ [再編集] イルコモンズ

※2012年10月16日に他界した東谷隆司を偲ぶ会(「東谷隆司ナイト」2012年11月29日)の席で、故人を追悼するために、故人が参加した通称「殺すなCOBRA」(正式名称 John Zorn's Cobra 東京作戦 椹木野衣「殺す・な」部隊)(2004年11月15日)の記録映像を11分間に短縮したもの。当日は時間の都合などで上映されなかったため、故人の二周忌を前に初公開。

[関連]
▼イルコモンズのふた「【東谷隆司ナイト】」(2012年11月28日)
http://illcomm.exblog.jp/17265448/
▼「John Zorn`s Cobra 東京作戦 椹木野衣「殺す・な」部隊」
http://home.catv.ne.jp/dd/fuyuki/krsn/

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▼椹木野衣「東谷隆司-その「存在と体温」」
 「インディペンデント・キュレーターの東谷隆司が亡くなった。44歳、あまりにも早すぎる死だった。(中略) 「時代の体温」展は、「ダブ平&ニューシャネル」という大竹伸朗の最高傑作を生み出したこともあるが、ひとりの画家としての田中敦子に真正面から光を当てた点で、とりわけ評価されるべきだろう。(中略) 現在、世界の美術界で高い関心を集める田中敦子を、「具体の」という当時まだお決まりだった形容から切り離し、公の場で最初に評価したのは、まぎれもなく東谷隆司の画期的な仕事だったからだ。
 が、東谷は「時代の体温」展のあと、早々に世田谷美術館を去ることになる。詳しい理由は知らない。そのあとは横浜トリエンナーレの事務局、東京オペラシティアートギャラリー、森美術館と、いずれも首都圏の現代美術の中心となる施設に学芸員として関わり(よく、「オレほど日本の現代美術のエリートコースを歩んで来た学芸員はほかにいないですよ」と、なかば冗談混じりに話していたものだ)、やがて、みずから選び取った「インディペンデント・キュレーター」の道を歩むことになる。それは、一定の組織に従属することなく展覧会をキュレーションし続けることは可能かという、彼ならではの日本の環境への挑戦でもあったように思う。
 その間、東谷は「ガンダム 来たるべき未来のために」(サントリーミュージアム天保山ほか巡回、2005-2007年)を手がけ、「釜山ビエンナーレ2008」では日本担当となり、同ビエンナーレの2010年展では、彼にとって初となる国際展の総合コミッショナーをつとめた。ほかにも僕自身とのかかわりで言えば、東谷にキュレーションを依頼した大阪での大竹伸朗「ダブ景」展(KPOキリンプラザ大阪、2000年)や、オプアートへの関心から共同キュレーションした「オプ・トランス!」展(同、2001年)のことも忘れられない。また、2003年にイラク戦争への反戦デモ・ユニットとして、小田マサノリらと「殺す・な」を立ち上げたときには、宇治野宗輝や山川冬樹らとともに活動の主力となり、雨の日も晴れの日も路上でミニ・アンプをキャスターで引っぱりながら、黒い単弦のギターで参加してくれた。「殺す・な」の仲間とは他にも、戦争ゲームにヒントを得たジョン・ゾーン「コブラ」のライヴも行ったし(東京作戦「殺す・な」部隊、隊長=椹木野衣、2003年11月、現「山本現代」)、こうしたデモ活動の延長線上で、僕らは諏訪の奇祭「御柱」や下北半島の恐山まで遠征したが、東谷はそのすべてに同行してくれた。そして、深夜のカラオケ・ボックスで同室したとき、皆を最高に楽しませてくれたのも東谷だった。とにかく、大胆なコンセプトで時代の切っ先に打って出る反面、周囲への細やかな気配りに満ち、なにより、ひとりひとりの美術家への汲み尽くせぬ愛情に満ちていた。こんなキュレーターは、もうあらわれないだろう。そう思うと、どうしようもなく寂しい。
 けれども、冷静に振り返ってみたとき、キュレーターとしての東谷隆司の仕事で、最初に手掛けた展覧会「時代の体温」を超えるものは、ついになかったように思う。だからこそ、もし彼が生前に口にしていた「時代の体温2」を、より大きな機を得て実現していたら、と想わずにはいられない。が、それはついに実現しなかった。理由はなんだろう。ある時から目立つようになった彼自身の心身不調のせいだろうか。あるいは、ダイナミックに上昇し下降する生の「体温」をそなえた東谷のような存在に、それに釣り合う大舞台を任せることができなかった、日本の美術界の器の小ささだろうか。」
by illcommonz | 2014-10-15 20:57
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