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![]() たとえば、ダムタイプのショーやリベスキンドの インスタレーション、あるいは、最先端のテクノ ロジーを使ったアトラクション的な体感アート のようなものを期待して見ると、もの足りなさや 刺激のなさを感じるかもしれませんが、そこが カールステンらしくて好いと思いました。 サイン波や接触不良音を使った音響作品からも明らかなように、カールステンの関心は 最新のテクノロジーを駆使した先鋭的なモノづくりにはなく、モダニズムの時代に夢見ら れた「未完のプロジェクト」の「実現」の方にあるように思えます。この作品も最新の科学 技術や工学理論を応用したものではなく、二〇世紀初頭のブルーノ・タウトの実験建築 (グラスハウス 1914年)を模範とし、またそれとほぼ同時代にE・M・フォスターが書い た次のような文学的想像力をモチーフにしたものだそうです。 「想像してみよう、蜂の巣のような六角形の小さな空間を。窓もなくランプに照らされてい ないのに、優しい光にあふれている。換気のための穴はひとつもないのに、空気は新鮮 である。楽器はひとつもないのに、瞑想をはじめるとただちにこの空間は、うつくしい旋律 で振動する」(「機械はとまる」 1909年) また「反復は機械になり、失敗は結晶になる」という結晶理論も、決して新しいものではなく、 フラクタル理論にとってかわられた旧式の理論ですし、建築と美術と音楽の「共存」という コンセプトにしても、マルチメディア以前の「総合芸術」(例えば、コルビュジェとクセナキス とヴァーレーズ)のそれがモデルとなっているようです。つまり、そこにはなにひとつ新しい ものはないわけですが、かわりにそこには、自然をモデルにした文学者のうつくしい想像を、 科学者が現実のものにしようとし、建築家がそのための空間とその構造をただしく設計する という「うるわしきモダンの精神」への回帰のようなものが感じられて、好感を感じました。 建築家がビジネスのために構造設計をごまかし、最新のバイオ・テクノロジーが自然の 摂理に反する人間の改造にのりだした時代だけに、特にそう感じました。 作品の躯体になってる結晶面が、空間の支持体であるのと同時に、映像のスクリーンで あり、また音響の振動版でもあるという、音と光と空間の共存という基本コンセプトがきっ きり実現されている反面、個々の音響や映像がいくぶんシャープさに欠けるというところ もなきにしもあらずですが、モデルが蜂の巣だけに、そういう甘さがあってもわるくないと 思いましたし、コンセプトはシャープなのに、しあがりがマイルドだというのもおもしろいと 思いました。 -------------------------------------------------------------- [追記] 上の図版は会場で子ども向けに配布されていた「シンクロン」の紙工作模型です。
by illcommonz
| 2006-01-06 18:23
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