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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼異文化誤解の文化人類学序説
d0017381_2344876.jpg「異文化誤解の文化人類学序説」
(イルコモンズの「文化人類学解放講座」より)

誤解が理解のしそこないであるとするなら、
理解は誤解のしそこないである。
異文化の誤解は天災ではなく人的災害であり、
誤解はたえず再生産され、反復される。

「異文化誤解の映画史1&2」では、「異文化としての日本」や「他者としての日本人」が、
二〇世紀の映画のなかで、どのような記号(音楽・色彩・文様・アクセントを含む)によって、
「表象」されてきたかをみてきました。こうした大衆映画を対象にした文化研究のことを、
最近は「メディア・スタディーズ」などとよびますが、文化人類学では1950年代にすでに
こうした研究が行われていて、たとえば、マーサ・ウルフェンシュタインは1955年に
「同時代映画における子供のイメージ」という研究を行っています。そしてなにより、
文化人類学にとって、こうしたメディア分析は予備的な研究であって、文化人類学が
その本領は発揮するのはこの後です。文化人類学はこうした分析を出発点とし、
よりリアルな異文化の理解(ここでは誤解)を求めて、その理解(ここでは誤解)の
動かぬ現場をつきとめ、そこで綿密な現場検証、すなわちフィールドワークを行います。
好くも悪くも文化人類学には現場主義という伝統があり、文化人類学者になるには、
フィールドワークが欠かせません。たとえば、「異文化誤解の映画史1&2」でみたような
サムライ、ゲイシャ、キモノ、フジヤマ、ヤクザ、風呂、ネオン、カブキ、ニンジャなどの
記号やイメージを流通させている現場のひとつに、海外のジャパニーズレストランや
スシバー、また国内のギフトショップなどがあげられます。

d0017381_2342449.jpg
こういった現場をフィールドワークしてみると、大衆映画の中で日本を表象する記号が
あまり変化しないことの理由がみえてくるかもしれません。講義のなかで紹介したように
それには映画というメディア特有の事情もありますが、それだけではなく、映画の外の
現実世界には、このように日本文化をデモンストレーションしディスプレイする記号の
劇場のような場が存在し、そこで記号の再生産が行われていることも関係しているの
です。この講義は、みなさんを文化人類学者にすることを目的としていませんが、もし、
こうした問題に興味がある人は、自分でフィールドワークをやってみるのもいいでしょう。

d0017381_23431223.jpg
この講義では、ここからさらにもっと先にすすみます。二〇世紀は映像の世紀と呼ばれ、
日本文化を表象するのはなにも映画だけではありません。また記号を再生産する現場
はレストランやギフトショップだけではありません。一般にマルチメディア社会と呼ばれる
現代にはテレビ、ゲームソフト、ビデオクリップ、インターネットなどさまざまなメディアが
存在し、それぞれのメディアがさまざまなかたちで日本の文化を表象しています。特に
AV機器の普及によって、これまでは、もっぱらテレビや映画のような大きなメディアの
一部の制作者や専門家たちによってのみ行われてきた文化の表象が、アマチュアの
人びとの手によって行われるようになり、さらにインターネットなどの普及によって、
それが広く配信されるようになりました。そして、それらは文化人類学者たちが好んで
フィールドワークを行う現場のように決して固定されたものではなく、次から次に、
現われては消えてゆく非常に変動性の高いものです。さらに日本文化の表象は、
劇映画だけでなく、音楽ビデオやアートフィルム、コメディ、アニメなど多種多様な
ジャンルにまたがって存在するので、それらをすべてカヴァーすることは困難ですが、
逆にそこが、文化人類学の「雑種の学問(雑学)」としての力が発揮できるところでも
あるので、今回の講義ではあえてそこをフィールドとして選びとり、文化人類学の
可能性をひらく(解放)ための実験として、さまざまなメディアのなかに現われ、
浮遊し、移動してゆく日本文化の表象をキャッチ・アップしてゆきたいと思います。

[上映作品リスト] [1B] トーマス・エジソン「ジャパニーズ・ビレッジ」(1901年) ERPI教育映画社「日本の子どもたち」(1941年) フランク・キャプラ「戦争への序曲」 (1943年) 米国財務省「わたしのにっぽん」 (1945年)  米国戦事局「ふたつの都市の物語」(1946年) ザ・トーキングヘッズ「ワンス・イン・ア・ライフ・タイム」(1981年) カルチャークラブ「ミス・ミー・ブラインド」 (1983年) シャロン・ロックハート「ゴショガオカ」(1997年) マドンナ「ナッシング・リアリー・マターズ」(1999年) マドンナ「イフ・ユー・フォゲット・ミー」(1999年) ライナー・オルデンドルフ「マルコ第7番:京都」(2001年) フィオナ・タン「サン・セバスティアン」(2001年) ウィーザー「ハッシュ・パイプ」(2001年) DJ KRUSH「SUSHI」(2004年) 国土交通省「ようこそジャパン」(2004年) マシュー・バーニー&ビョーク「拘束のドローイング第9番」(2005 年) ナミキバシ(小林賢太郎+小島淳二)「日本の形~鮨」(2005年) ナミキバシ(小林賢太郎+小島淳二)「日本の形~土下座」(2005年) ゾーン4499「ニッポン」(2006年) ロブ215「スーパー8の日本の旅」(2006年) オレンジ・グローブズ「ジャパン・トリップ」(2006 年) ニコール・ブラックマン&ガブリエル・ペナバス「ヴァンパイア・ゲイシャ・TO・ゴー」(2006年) UFJ TSUBASA Securities「CM」(200X年) ローラーガール「ゲイシャ・ドリーム」(200X年) MAD TV「メモリーズ・オブ・ゲイシャ」(200X年)ASK A NINJA 「ニンジャに聞いてみよう」(2006年) SEGA 「PS2 ザ・ヤクザ 英語版予告篇」(2006年)

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d0017381_1441264.jpg【課題】 劇場未公開のモンド映画にみる異文化理解と誤解

「見よ、あれが東京の灯だ」予告篇
(The Light of Tokyo)
イルコモンズ編(作者不詳 制作年不明)
海外向け東京観光案内映画・成人指定*
カラー 5分8秒 18.7MB wmv

【ナレーション】
ある女の話:このネオン・ライトは全部、キャバレー、ソープランド、映画館、中華料理店、劇場、パブの看板だ。この繁華街の中心には3つ以上の映画館があって、その反対側には2,600席の大劇場がある。つまりここが歓楽街の中心だ。でも、ここで私がありつくことができた仕事は、公衆浴場の仕事だけで、これは長くつづかなかった。結局、私は「お江戸キャバレー」に行ってみることにした。ここには有名はハットリ・ダンシング・チームがある。私はホステルの仕事がやりたかったが、西洋風のダンスが踊れないので、仕事をもらえなかった。マネージャーは「芸者ハウスに行けばなんとかなるよ」といってくれたけど、実はそこもダメだったのだ。でも、そのことは彼には云わないでおいた。そして私はまた、さまよいつづけた...

ある男の話:夜も更けるにしたがい、ここには神社仏閣の慎みを忘れた、酒と笑いと愛と背徳がうずまきます。あとはすべて、あなたが支払うお金次第です。この繁華街には40の映画館があり、有名な「国際劇場」もここにあります。ここではあらゆるものがキラキラと輝く姿で登場します。日本のヌードショーは、ただ裸を見せるものではありません。またむやみに人を刺激するものでもありません。ヌードは人びとの生活様式の一部であり、ゲイシャがまさにそうです、ゲイシャは日本におけるセックス・シンボルなのです。 日本でサービス産業に携わる人たちは独自の組合と組織を持っています。ミュージャン、歌手、役者、ダンサーたちもそうです。だから仕事にあぶれることはありません。東京には400軒もの酒場があり、そこでは毎晩6つのステージが開かれます。つまり2,400のショーがあるのです。そこには、西洋風のレヴューから西洋化された日本のショー、そして純粋な日本の舞台芝居など、さまざまなものがあります。月がのぼるころからそれははじまり、東京を愉しませてくれます。東京は世界のエンターテイメントへの大いなる入口です。だが、それも男たちがそれに気前よくお金を払わなければ、存在できないのです。さぁ、ごらんください、クピ・ハヌーラさんです。いちばん新しいクイーンです。 こうしてショーははじまり、そして、それは朝まで続くのです...

ある女の話:(つづく) ★そして、この後、意外な展開が…

*次回 「東京の灯から遠く離れて」 をおたのしみに。
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by illcommonz | 2006-05-21 01:29
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