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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼日本の文化人類学は獄中ではじまった:芸術人類学
d0017381_116436.jpgこないだの多摩美の「芸術人類学」のシンポジウムでの話。
日本の「文化人類学の父」(では母はいずこに?)といわれる
石田英一郎が「治安維持法」で逮捕され、獄中にいたことは、
文化人類学を始めたころに本で読んで知っていたのですが、
まさか「逮捕者一号」だったとは、この日まで知りませんでした。
父は偉かった、、、ということで、シンポジウムでは、日本の
文化人類学のオリジネーターである石田英一郎の知られざる
(と同時によく知られているがよく忘れられる)その人となりが、
吉田(禎吾)さん(←イルコモンズの学問上の祖父で、ジョーキ
ング・リレーション(=冗談関係←「文化人類学解放講座」参照)
の関係にある人)からまず紹介されました。そこではくりかえし、
この「父」はまことに丈夫な反骨と、鋭い批評の精神のもちぬしで
あったことが語られました。おもしろかったのは(教条的ではない)
マルキストとして逮捕され、最後まで転向を拒否した石田が、
その5年間の獄中生活の間にフレイザーやモルガン(いずれも
UKの人類学のオリジネーター)の本をかたっぱしから読み
まくっていたという話で、トロブリアンド諸島のクラ・トレード
「文化人類学解放講座」参照)で知られるマリノフスキーが
病床でフレイザーの「金枝篇」(映画「地獄の黙示録」のネタ本)
を読んで感動し、数学から人類学に転向したという逸話とは
対照的でおもしろいなぁと思いました。続いて小松和彦氏からは、
「河童駒引考」などの仕事が紹介され、そこではくりかえし、
石田はとにかく何にでも興味をもち、何でもよく知っていた
ということが語られました。フランスの人類学の父といわれる
マルセル・モースを語るときの有名なことばに「モースは、
何でも知っている」(パパは何でも知っている?)というのが
ありますが、なんだかそれを連想させるような話でした。
おもしろかったのは、小松氏が話の途中で、石田が書いた
「抵抗の科学」という短いエッセイにふれていたところで、
それはこういう文章です(以下抜粋して引用)
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「抵抗の科学」 石田英一郎

私のやっている文化人類学の方からみても、単純で小規模な社会や文化の中に生きる人間ほど、個人が制度的なものの支配を受ける度合いが少ない。それが、農耕や牧畜をはじめ、多くの基本的な技術の発明によって、社会的な結合の範囲が拡大していくにしたがって、個人はますます大きな超個人的な力の支配を受けることになった。国家の支配、権威の支配、慣習の支配、神の支配、一言でいえば、最も広い意味での、文化の支配である。人間は自分の作りだした文化という怪物のために、朝から晩までキリキリ舞いさせられるばかりで、自分の力ではこの怪物をどうにもコントロールできないという、大変なことになってしまった。私のやっている学問も、人間をこのように金縛りにできる文化というものの全体を対象とした科学だと考えているのだが、最近、あちこちでとりあげられるようになったその応用論は、いずれも人間が人間を少しでもより巧妙に支配するための技術を考案しようという意図に出たものとしか思われないようなものばかりである。ところが不幸にして私は、どんな意味においても、支配されるということに我慢ができない。また人を支配することもいやである。帝国主義の支配、階級の支配、組織の支配、伝統の支配、コマーシャリズムの支配、流行の支配、およそいかなる支配でも、支配という事実が意識されると、もう堪えがたい自己嫌悪に陥ってしまう。こういうアマノジャクな頭のなかで、ひとりひそかに私の考えている新しい科学といえば、支配の学に抵抗する科学、いわば反支配の学ともいうべきものである。現代の社会科学や心理学や人類学にだって、文化の呪縛から少しでも人間を自由にするための方法が求められないわけはあるまい。だが、本当のことをいうと、やはり信じて支配されるというのが、いちばん幸福なのでなかろうか。ことに、天皇陛下でも、星条旗でも、ハーケンクロイツでも、スターリンでも、その万歳を叫んで死んでいけるような偶像のもてる人たち、もっと正確にいえば、偶像をもたされた人たちの方が、はるかに生きがいのあるの人生を送っているのかもしれない。ことごとに権威を疑い、異端をとなえて、反支配の学の樹立など企てているのは、さてさてシンドイことではある。 「新潮」1957年7月号

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どことなく岡本太郎を彷彿させるようなアマノジャクな精神ですが、同時に、グローバリズムの「新たな帝国」の時代のいま読んでも、そのまま通用する文だと思います。消費文化や市場経済という、さらに巨大化した「怪物」の支配とその管理から、家畜化された人間たちを解放し、自由にし、野生のコモンセンスをとりもどし、ギフト・エコノミーの経世在民社会のヴィジョンを提示できる学問、それは文化人類学の応用論であるカルチュラル・スタディーズではなく、そのもともとのはじまりにおいて、文明批判の学であり、そして抵抗の学であった文化人類学にこそ、そうなってほしいものですが、はたして、この翌日の東大での「文化人類学会」での発表をみてきたかぎり、そうした返り咲きはあまり期待できそうもないなぁ、という感じをうけました。いま、こういう「抵抗の学」としての文化人類学を、シンドイ思いをして実行しているのはたぶん、ディヴィッド・グレーバー (『VOL』の最新号にインタヴュー記事があります。それによれば、アンチ・グローバリズム運動に自らも参加し、その現場から書きおこし(Write-Up)た『直接行動の民族誌』というエスノグラフィーを遂に書き上げたそうです)と、こういう学会にはめったに出てこない学界の外にいる現場のアクティヴィスト・アンゾロポロジスト(「文化人類学解放講座」のこの項を参照)くらいのものではないでしょうか。でも、よくよく考えてみれば、石田だけでなく、かつてフランス人類学の「父」と呼ばれたマルセル・モース(*岡本太郎の民族学の先生)は、社会主義と組合運動のアクティヴィストだったし、同じくアメリカ人類学の「父」とよばれたフランツ・ボアズも人種差別に猛烈に反対したアンチ・レイシズムのアクティヴィストでした(その実の娘の
フランチェスカ・ボアズも弟子のマヤ・デーレンもアクティヴィストです)。こういう文化人類学のオリジネーターたちの「抵抗の精神」はいったいいずこに?という、そんな気にさせられた第40回文化人類学会でした。だからこそ逆に「芸術人類学」には、文化人類学の起源にあった抵抗と批判の精神をもう一度とりもどす「野生の人類学」になってほしいとも思いました。それはさておき、来週は大阪と名古屋で開催するイルコモンズ・トラベリング・アカデミー(これは、いってみれば"野良犬"や"野良猫"という時の意味での"野良の人類学"ですね)のため、「文化人類学解放講座」は休講にしますので、そのかわりに、ここに引用する文化人類学の父が書き遺していった文章を読んで、自習しておいてください。

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「はみだした学問」 石田英一郎

およそ学者にとっていちばん安易な道は、自分の学問に一応完結した体系を与えるのに都合のよいように、学問の対象や目的を限定していく方法であろう。私は人生の行路半ばにして迷い込んだ文化人類学という学問になると、当初から、限定された境界や完結した体系などを至難とするほどに茫漠とした対象領域と性格をもったものではないかと思う。こんなことをいうと、学会の一部から「いや、それはお前が勝手にそう解釈したり、空想をひろげたりしているだけのことで、この学問には早くから民族学というような名前で限定された対象や目的ははっきりしているではないか。この学問的な伝統からはみ出して任意に専門分野を拡大していったら、専門というものの純粋性も深さも失われて、単なるアマチュアの教養に堕してしまうばかりだ」という非難をうけることだろう。事実また私のアカデミックライフは、このような非難にさらされながら続けられてきたといってもよい。
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「醜の御盾となるな」 石田英一郎

戦時中の日本人は「大君の醜の御盾」となれと言われた。いま特定の超大国のカサの下に自国の安全を保つというのは、同時に、その国の醜の御盾となることを意味する。それには最悪のばあい、その国の安全のために、日本全土を死灰の山と化すだけの覚悟が必要だ。
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では、最後にもうひとつ。

シンポジウムの最後のパネル・ディスカッションのなかで中沢新一氏が、この日の講演を通じて、石田のなかに一貫して「小さ子(ちいさこ)」たちへの強いこだわりのようなものがあったことに気づかされたと述べ、石田の背中をずっと押しつづけてきたこの「小さ子」とはいったい何なのだろうかという問題提起をされてましたが、イルコモンズはそれはたぶん、近代に飼いならされない野生の声を宿した未開の存在者としてのこどもたちであり、野生というよりはむしろ"野良"とよぶほうがふさわしい、かつては誰もがそうであったコモンとしてのこどもたちの、その小さな呼び声ないのかしらん、と勝手にそんなこと想いながら帰ってきました。最後に引用するのは、いまから45年前の「美術手帖」に掲載された石田の文章です。ちょうど手元に、その号があったので、表紙と一緒に紹介します。かつては「美術手帖」もこういう特集を組み、岡本太郎などを媒介者として芸術と人類学は、いまよりもずっと近しい関係にあったという、昔話です。
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d0017381_11493527.jpg「人間の呼ぶ声」石田英一郎

忘れてはならぬことは、未開人の社会では生活と芸術とが渾然一体をなしているという事実である。そこにはわれわれの意味する遊離した芸術の概念は存在しない。それは"生活のなかの芸術"とか、"人生のための芸術"とかいったものですらありえない。芸術も科学も宗教も経済も、ここでは未分化のままにひとつの全体、すなわち生活を形づくっているのである。技術と呪術と芸術とは、ここに一体化して何らの矛盾も示さない。これらの才能の創作は、共同体の全員から、ひとしい共感をもって受け入れられる。しかも、まだ非人間的な力や技術が、人間の上に君臨することのない社会では、すべての人間の潜在的な可能性の前に、これをはばむ何らの扉も閉ざされていないのだ。こうした人類の若い健康な日々へのあこがれが、原始芸術の呼ぶ声に相呼応するものとすれば、それはとりもなおさず、暴虐な文明の綱に捉えれた人間の解放、現代におけるユマニスムの課題と相つらなるものである。巨大な文明の力に抑圧され歪められた、人間の回復への要請は、ふたたび十八世紀に見られたような未開への郷愁をよびさました。それは人類の幼い日への郷愁である。とくに原始芸術の魅力は、失われた人間と、その若い生命の泉を探し求めるわれわれの心をとらえて離さないであろう。 『美術手帖』1960年10月号

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[追記] イルコモンズ・トラベリング・アカデミーの旅支度があるため、かなり急いで書きましたので、いつもより読みづらいとこがあるかもしれません。あとでまた修正しますので、どうかご勘弁を。
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by illcommonz | 2006-06-10 12:20
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