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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼有無を云わせる知
d0017381_22453856.jpg幸福ということで思い出しましたが、こないだイルコモンズが書いた
「都知事にカルチェ」が掲載された「図書新聞」の通称・表の第一面
(イルコモンズがいつも書くのは「ウラの第一面」)に、大澤真幸
による中沢新一著『芸術人類学』の書評が載ってました。

「対称性の知性とは何か」というのが書評のタイトルで、要約すると、
『芸術人類学』のベースにあるのは、ものごとの中に思わぬ対称性
を見つけだし、そこで対応しあってる何かを敏感に感受し、つねに
「対でものを考える」という「対称性の知性」の探求であり、

このカップリングしてゆくインテリジェンスは、人類に普遍的なもので、さまざまな領域に
それがみられる。「対称人類学」の実践である『芸術人類学は、そうした知性のありかを
探索し、さまざまなジャンルを縦横無尽に横断してゆくフットワークのいい学問だ、という
話で、さらには、この本の論の組みたて方やことばの身ぶりそれ自体が「横断的な知性」
の実在をパフォーマティヴに示しているという読みでした。なお、これは厳密な要約では
ないので、興味のある方は、ぜひ原文にあたってみてください。おもしろかったのは、
この要約の後の最後の論評で、これは要約せず、そのまま引用します。

 「くりかえせば、本書はまさに、対称性の知性の何よりの実例である。これほど
 多様な領域を横断する自由な知性、これこそ、今日の知の世界からはほとんど
 失われているもの、しかし、最も強く求められているものではないか。私は知の
 このような包括性を強く支持したい。もしそれでもここに欠けているものがあると
 すれば、知の歩みを、有無を言わさぬものにする厳密性であろう。要するに、
 中沢新一という知性は、大胆ではあるが、まじめではない」(大澤真幸)

かたや「野生のコモンセンス」と称し、もっと雑種的で通俗的で、かつ政治的なジャンルの
ことどもについて、思いつくまま、連想するまま、口からでまかせに、ふざけたことばかり
書いてるこの「イルコモンズのふた」を大澤氏が見たら、きっと「イルコモンズという知性は、
まじめではない」どころか「イルコモンズはまじめにやれ」と怒鳴られそうだなと思いました。
でも、イルコモンズにも何か云わせてもらえるならば、この最後の論評にひとつ欠けてる
ものがあるとすればそれは、いま「知の世界」の外の世界で最も強く求められているのは、
他者に「有無を言わさぬ」(つまり他者を黙らせる)ような高圧的で権威的な知ではなく、
誰もが「ああでもないしこうでもないと言いあえて、最後は、うむうむとうなづき合える」
ような解放的で共有的な知のステップであり、敵対しあうものをカップルにするような
ダンサブルでノリのいい大胆なアイデアではないかということです。そしてそういうものは、
神話や数学だけでなく、なによりまず生活/暮しの知恵としてあるはずだというのが、
それです。そしてこういうことを云うと、また「まじめにやれ」と怒られるかもしれませんが、
イルコモンズアカデミーのモットーは「構想力よ一歩前に、厳密さは後からついてこい」
です。ということで、イルコモンズ・キャンプ・アカデミーは、相変わらず会場がみつから
ないので、まだ開催予定がたってませんが、今週の金曜に、東京・経堂のappelでいま
開催中のグループ展「戦後?」 で、毎年恒例の「イルコモンズの平和授業」を開講します
(詳しいご案内はまた別に書きます)レバノンで起きてる戦争のこともありますので、
どうか奮ってご出席ください。

「戦後?アンデパンダン -日常の回復-」
8/4(金) 16:00~22:00 パフォーマンスデイ
[出演] ダイナマイト・バッハ/アジアン・ビューティ/moom 瑠/
イルコモンズ+αによる平和授業
入場料 ¥1,000 + 要ドリンクオーダー
[PR]
by illcommonz | 2006-07-31 23:00
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