
「わざわざお弁当つくってくれなくていいよ」
ホーマーはちょっと黙ったが、また続けた。
「この仕事、ぼくの一生のなかで最高の
出来事だけど、おかげで学校がばかばか
しくなっちゃうなぁ」
「そうでしょうね。学校は、子供たちが
世間で危ないことに巻き込まれない
ように、集めておくためのものだもの。
でも、子供はみんな、そうしたくてもしたくなくても、いつか世間に出なければ
ならないわ。親が子供を世の中にだすのを怖れるのは無理もないことだけど、
でも、ほんとは怖れることなんか何もないのよ。世の中はおびえた子供で
あふれてる。おびえてるからお互いに脅しあうのよ。どんなときでも分かろう
とする努力を忘れちゃだめよ。どんな人も愛そうとする努力を忘れないこと。
私は毎晩、この居間でおまえを待ってます。でもおまえが話したいと思わない
限り、話してくれなくてもいいのよ。おまえの心の中を一言でも言葉にしたく
ないときが、きっとあるだろうって、私には分かるから」
母親は息子の顔をみた。
「疲れた顔して、さあ、もうお休み」
「うん」 少年は云って、寝室へ向かった。
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ウィリアム・サローヤン作 「ヒューマン・コメディ」より