はじめに、ふた、ありき
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もう終わってしまいましたが、今週の「文化人類学解放講座」では、 「文化人類学者になりそこねた作家たち」のシリーズのつづきで、 岡本太郎、ゴダール、ヴォネガットに続いてウィリアム・バロウズの作品と 方法論について話しました。その後、「文化人類学者の父をもった作家」 としてアーシュラ・K・ル=グウィンをとりあげ、ル=グウィンの小説世界や 言説(たとえば、映画「ゲド戦記」へのコメント)の中に、文化人類学のコア である文化相対主義と反権威主義、そして文明批判の視点を読みとると いうことをしました。 [教材資料] ▼「文化人類学者になりそこねた作家、 カート・ヴォネガット、文化人類学について語る」(改訂版) TARGET="_BLANK">http://www.aa.tufs.ac.jp/~mod/pri/Vonnegut_on_Anthropology.jpg ▼「文化人類学者の父を持つ作家、 アーシュラ・K・ル=グウィン、文化人類学について語る」 http://www.aa.tufs.ac.jp/~mod/pri/le_Guin_on_anthropology.jpg そして最後におまけとして 「文化人類学者の母を持つ表現者」 として、つい先ごろ待望の再結成を 果たしたレイジ・アゲインスト・ザ・ マシンのザックを紹介し、レイジの ヴィデオクリップをみながら、文化 人類学の中に宿る「抵抗の科学」 (石田英一郎)のミームの存在を 確認しました。 「ル=グウィン・アゲインスト・ザ・ウォー」 03年4月13日、イラク攻撃を口実にした 米国政府の「愛国者法」に対する抗議集会で スピーチをするル=グウィン。 次回の講義は、シリーズのまとめとして、ゴダールの「カメラアイ」もしくは、 「二〇世紀の起源」、そして、バロウズの「感謝祭」などのビデオをみた後、 ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編「ブロディの報告書」を映像化した短編 映画をみます。 「ブロディーの報告書~文化(相対主義)の発見」 (Brodie's Report An Invention of Cultural Relativism) 原作=ホルヘ・ルイス・ボルヘス 脚色=イルコモンズ 編集=小田マサノリ 音楽=ポポル・ヴゥ 朗読=プロ・トーカー 日本語字幕つき B/W+パートカラー 9分21秒 [教材資料] ▼「ブロディーの報告書~文化(相対主義)の発見」 http://www.aa.tufs.ac.jp/~mod/pri/BrodieRep2007.jpg この映画を手がかりに、文化人類学のはじまりの時代における「文化の発見」と 「文化相対主義」は、「文化の名のもとにおける同等/平等」という考えの上にたって、 それまでの「文明と未開」という階層的対立を脱構築した知の前衛であると同時に、 欧米社会の自文化中心主義的な思考に対するカルチャージャミングであったこと などを話します。そして、このシリーズの目的は、文化人類学者になりそこねた 作家たちを通してみえてくる、「文明批判の学」としての文化人類学の視点と態度を 後期でとりあげる「新たな文明としてのグローバリゼーション」に対してさしむけて ゆくことです(たとえば、市場経済中心主義批判とか、「勝ち組と負け組」の対立の 脱構築とか、西欧的著作権概念の相対化など)。そして最終的には、この講義に 出席した人たちが一人残らず文化人類学者になりそこねて、文化人類学者たち 以上に自分たちがいま生きてる社会や時代に対する文明批判的な視点とことば、 そしてそれを表現する手段や場をもったアクティヴィスト人類学者やアーティスト 人類学者となって、アカデミスト人類学者たちが行ってきた文化人類学とは別の 人類学、ピエール・クラストルが語った「科学とは別のもの」である、「もうひとつの 人類学」や「拡張された人類学」を、自発的かつ独自のやりかたではじめてくれる ことです。 「民族学は西欧文明と未開文明とのあいだに設けられた唯一の橋であるようにみえる。 つまり、もしこの両極のあいだにまだ対話が可能であるとすれば、西欧にそうした対話 をはじめさせられるのは、民族学なのである。もちろん古典的な民族学ではだめだ。 しかし、いまひとつの別の民族学にとっては、それのもつ学識が、限りなくゆたかで 新しい言葉を鍛えあげることを可能にするだろう。したがって、ある意味で、民族学が 科学であるとするならば、民族学は同時に科学とは別のものでもある」 (ピエール・クラストル) 「民族学とは、未開社会という特殊な対象によって定義される専門職ではなく、いわば ひとつのものの考え方であり、自分の社会に対して距離をとるならば、私たちもまた 自分の社会の民族学者になるのである」 (モーリス・メルロ=ポンティ)
by illcommonz
| 2007-05-18 23:47
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