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いる・こもんず 【普通名詞】 01| ありふれて変なもの 02| 扱いにこまる共有物 03| 分けても減らぬもの 04| 存在とは常に複数で他と共にあり、狂えば狂うほど調子がよくなる
はじめに、ふた、ありき

イルコモンズ編
見よ ぼくら
四人称複数
イルコモンズの旗
(Amazon.comで
大絶版廃刊中)
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▼「おばさんたちが案内する未来の世界」を見た人とこれから見る人へ
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映画「おばさんたちが案内する未来の世界/Old Ladies' Guide to the Future」に出てくる「南のおばさんたち」の語りは、「どうしてあんなにたくましく、そして、たのもしく思えてしまうのだろう」という、あの映画を見た人ならおそらく誰もが思うはずの疑問に対するひとつの可能なこたえ。
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「人がつながっているという安心感ほど、大切なものはない。一方、孤立して自信を失い、失ったものをお金で埋め合わせようとしているのが、現代の不安な暮らしだ。しかし、つながりをお金で埋められはしない。こればかりは、生身の産物だ。暮らしの中につながりを、なんとかとりもどす道筋を探さなくてはならない。

いまさらそんな夢みたいなことを言ってもムリでしょうと、またすぐにおこられてしまいそうだ。時代を過去にもどすことはできないのだから、と。いやべつに、過去にもどそうと言っているわけではない。「関係」から「心」まで何でもお金に換えていこうとうするいまの事態を、このまま先に進めていってかまわないのですかと聞きたいだけだ。もしそれはどうにもまずいと思うなら、現在まだどこかに生き残っている「人との関係力」を死に絶えさせることなく、その力を自覚しながら育てなおしていくことが急がれる。

どこにそれが生き残っているのか?その可能性のひとつは「おばさん」と呼ばれる人びとのなかにある。世の中が人とつながる自信をとりもどしてゆく足掛かりは「おばさん力」のなかに見つかると、わたしは思っているのだ。

「おばさん」といえば、図々しい、おせっかい、無神経、などという不名誉な形容詞がすぐに並ぶ。(中略) でもよく言えばおばさんは、人好きでたくましい。見知らぬ人ともすぐつながれる自信を持っている。関係力がおとろえた世の中にあって生き延びている珍種かもしれないが、いまや貴重な持ち物を保存している種族だとも言える。(中略)

なぜ、人と気軽につきあう自信を持っているおばさんが多いのか?ひとつには、生活のなかでたまたま「家事」を通して、モノや人と直接的につきあう日常があるからだと思う。決して「女だから」ではない。そうわたしは考える。さまざまな野菜や魚などの食材、水や火、天候や季節、そして生身の子ども。ときに病人。本来、男女子どもの誰もが担うべき「家事」を事実上おばさんたちが止むなく受け持っている。どうして家事や人の世話といえばいつも女なの、納得できない、と折々に思いながらも、つぎつぎにわき出る用事に追われていく。

しかし人間、じかにからだでモノとつきあって暮らせば、結果として生きる自信がつく。だから「男のおばさん」ももちろんいる。「じゃりん子チエ」というマンガでは、チエという小学生の女の子が、家事から家の仕事まで取り仕切っている。彼女は「子どものおばさん」だ。なんでもこい、と自信にあふれているが、その自信はからだでモノや人と直接かかわる生活からきてるにちがいない。ところが、すべてを商品化し、暮らしをお金に換えようとする社会は、関係の商品化、つまり、人と人、人とモノの直接関係を奪い取ることによって、人の生きる自信そのものを揺るがせているのだ。子どもの自信の前に、大人の自信喪失こそが問題である。

荒れ果てた消費社会が広がる。どこから歩き直しはじめたらよいか、見当もつかない。でも、モノや人と直接ふれあう毎日の体験は、積み重なる時間のなかで、人の自信をしずかに培ってゆく。あきらめずにそう信じたい。そして、作ること、工夫すること、協働することの楽しさを分かち合いながら、子どもたちと暮らしてゆきたい。」

 下河辺(小澤)牧子「子どもの自信」(「子どもたちのいるところ」より)
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これを読んで、「なるほど、そうか!」とポンとひざを打った。まったくその通りだと思う。
だから付け加えることはなにもない。もし、あるとすれば、これかな。

「よろこびを他の誰かと分かりあう/分かち合う、それだけがこの世の中を熱くする。
それだけがただ僕らを、悩めるときにも、未来の世界へ連れてく」(小沢健二)

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[追記] 私信によれば11月中旬から福岡を出発点に上映ツアーを再開するそうです。
前回、見逃した方はこの機会にぜひ。特に中南米を研究してる人類学者は見ておいた
ほうがよい。
by illcommonz | 2007-10-14 04:06
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