(映画「おばさんたちが案内する未来の世界」に寄せて)
「以前は、西欧で生まれた組織モデルが世界の他の地域に輸出されて、その役目を終えていたが、いま、それとは異なる別の流れが生まれている。大衆による「非暴力的な市民的不服従」も含め、ムーヴメントを特徴づけるそのテクニックの多くが、あるいは、そのほとんどが、まずはじめに南半球で発展を遂げている。長い目でみれば、おそらくこれこそが最もラディカルなことだといえるだろう。」(ディヴィッド・グレーバー「新しいアナーキズム」)
グレーバーのこの指摘は非常に大局的なものだが、スケールが大きすぎて、まだしっかりと認識されてない世界の流れを的確に捉えた指摘だと思う。長い目でみれば、「この指摘はまったく正しかった」と云われる日が来るだろう(というか、もう来てると思う)。「二十一世紀のムーヴメントの風は南から吹いてくる」。南とはひとまず、中南米であり、アフリカであり、南アジアであるが、もちろんそれだけではない。どんな土地にだって南部があり、どんな街にだって南地区があり、どんな建物にも南側がある。そして精神や思考にもそれはあるだろう。「まず南からはじめよ」である。「もうひとつの世界」の太陽は南からのぼり、未来は南からやってくる。ウソだと思うなら、「おばさんたちが案内する未来の世界」をみてみるとよい(人類学者はボケッとしてる場合ではないと思う)。「悲しき熱帯」なんて、もういいかげん忘れて、南へ回帰しよう。人類学者はそれをトロピカルなロマン主義への退行だと云うかもしれないが、好きなように云わせておけばよい。「おばさんたちが案内する未来の世界」をみれば、これがロマンではなく、リアルだということがきっと分かるだろう。